奥豊後の敬語、丁寧語
大分に限らず、一般に方言には敬語や丁寧語は少ないように思われる。これは、方言が普段よく見知った同郷の相手や気の置けない相手に対して使われるためではなかろうか。今、人々が改まった席などでは方言を使わないのと同様に、昔の庶民も武家や役人を相手に話す際には恐らく「ですます」を使った表現を選び、ぞんざいにならないよう気をつけたことだろう。
「大分弁の敬語・丁寧語」と言われても、すぐに思い浮かべることができる大分県民は、あまりいないかも知れない。奥豊後地方で昔の年寄りが語っていた言葉として筆者が記憶しているものを、いくつか挙げてみる。
「いらっしゃる」を大分では「おいでる」と言う。訪問を受けた場合だけでなく、相手の在宅を問う場合などにも使われた。今では、この「おいでる」を使う人が高齢者だけになってしまったような気がする。
・ようこそ、おいでくださいました。⇒ よう、おいでちくれました。
・ご主人は、おられますか。⇒ ご主人な、おいでますな。
・おられたんですか。⇒ おいでたんですな
・明日はお宅にいらっしゃいますか。⇒ 明日はお宅においでるでしょうかな。
上の例文にもあるとおり、人にものを尋ねる際の標準語の語尾「〜ですか」は、大分では「〜ですな」となる。肯定形「ですよ」は「でっせ」である。
・先生はいつ、いらっしゃるんですか。 ⇒ 先生はいつ、おいでるんですな。
・先生は、さっき、いらっしゃったんですよ。
⇒ 先生は、さっき、おいでたんでっせ。
上記のほかにも、「です」や「ます」は普通に使われる。「〜ですから」は「〜ですき」あるいは「〜ですけん」となるし、「〜しますから」は「〜しますき」あるいは「〜しますけん」となる。
・正月ですから、実家に帰ります。⇒ 正月ですき(けん)、実家に帰ります。
・明日は休みますから、よろしくお願いします。
⇒ 明日ぁよこいますき(けん)、よろしゅうお願いします。
「〜しなさい」に相当する表現として「〜しなさりい」がある。これも今ではほとんど耳にすることがなくなってしまった。
・まあ、茶を飲んでお行きなさい。⇒ まあ、茶を飲んじ、いきなさりい。
「〜して下さい」は「〜しちくれなさりい」となる。印象としては単に「して下さい」ではなく「して下さいませ」といった感じであり、大分では最も丁寧に聞こえる表現である。
文脈によっては、「お願いする」という意味合いがこもることになる。
ぞんざいな表現から順に丁寧の度合いを加えていくと、以下のような具合だ。
・遊びにおいで。⇒ 遊びい、きなあ。
・遊びに来て下さい。⇒ 遊びい、来ちょくれ
・遊びにおいで下さい。⇒ 遊びい、おいでちょくれ。
・遊びにいらっしゃって下さい。⇒ 遊びい、おいでちくれなさりい。
民家や商店を訪ねた際に使われる「ごめんください」は「おごめん」と言う。
ついでに、挨拶言葉も掲載しておこう。
・お暑いですね。⇒ おあつうございます。
・お寒いですね。⇒ おさむうございます。
・精が出ますね(大変ですね)。⇒ おひどうございます。
これをぞんざいにすると、はりこみよるなあ、はりこむなあ、という言い方もある。
・お疲れ様でした。⇒ ごしんどでした。
こうした言葉を聞くと、標準語とはひと味もふた味も違った温もり、相手への労りや思いやりを感じて、心和む思いがする。このまま使う人もなくなって失われてしまうのは、なんとももったいない限りだ。
(2011年10月01日)