西南戦争(せいなんせんそう)にたおれた情(じょう)の人

  西郷隆盛 (さいごう たかもり)
● 活やくした時代   1827年〜1877年
                江戸〜明治時代

● 活やくしたこと

  1827年 薩摩藩(さつまはん 鹿児島県)の下級武士の西郷吉兵衛(さいごう きちべえ)の
         長男として生まれる。

  1844年 薩摩藩の下級役人になる。
         親友の大久保利通(おおくぼ としみち)と勉強にはげむ。

  1854年 藩主の島津斉彬(しまづ なりあきら)に気に入られ、いっしょに江戸に行く。

  1858年 藩主の島津斉彬(しまづ なりあきら)が亡くなり、僧の月照(げっしょう)とともに
         身投げをする。しかし、西郷隆盛だけが生き残る。

  1859年 藩主の島津久光(しまづ ひさみつ)にきらわれ、島に流される。

  1862年 生麦事件(なまむぎじけん)がおこる。
          薩摩藩主の前を横切ったイギリス人を切り殺した事件
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  1863年 イギリスはそのほうふくをするために、薩英戦争(さつえいせんそう)をおこす。   
           薩摩藩とイギリスの戦争がおこる。 → その解決に大久保利通があたる。
             ↓
         西郷隆盛の力が必要とされ、ゆるされ、鹿児島にかえる。

  1866年 西郷隆盛と桂小五郎(かつら こごろう)の間で薩長同盟が結ばれる。
           江戸幕府をたおすため、薩摩藩(さつまはん)と長州藩(ちょうしゅうはん)が同盟する。

  1867年 大政奉還(たいせいほうかん)
            江戸幕府が政権を朝廷にかえす。
         王政復古を宣言する。
            天皇中心の政治を行う。
         西郷隆盛は、武力で江戸幕府をたおそうとする。
                 ↓
  1868年 戊辰戦争(ぼしんせんそう)がはじまる。
            幕府軍と新政府軍との戦い
            西郷隆盛が、新政府軍の参謀(さんぼう 戦争の指揮とする軍人)になる。
                 ↓
         幕府軍の勝海舟(かつかいしゅう)に会い、江戸城の無血開城(むけつかいじょう)を行う。

  1869年 版籍奉還(はんせきほうかん)を行う。
            藩が支配してきた土地と人民を天皇にかえす。

  1871年 廃藩置県(はいはんちけん)を行う。
             藩をやめ、県ををおき、明治政府が任命した県令(けんれい)が
             県の政治を行う。

         西郷隆盛が参議(さんぎ 政治を行う役職)になる。

  1873年 地租改正(ちそかいせい)を行う。
            藩に米を納めるのをやめて、土地所有者が明治政府に税金を納めるしくみ
            にかえる。
         西郷隆盛が陸軍大将(りくぐんたいしょう 陸軍の最高司令官)になる。      
         西郷隆盛(さいごう たかもり)が征韓論(せいかんろん)をとなえる。
            士族(しぞく 武士のこと)をひきいて、朝鮮(ちょうせん)に攻めこみ、日本の
            領地にするいう考え
                  ↓
         西郷隆盛が征韓論反対派の大久保利通(おおくぼ としみち)にやぶれ、明治政府
         から去り、鹿児島にもどる。 

  1877年 士族(しぞく 武士のこと)にかつがれて、西郷隆盛(さいごう たかもり)が
         西南戦争(せいなんせいそう)
をおこす。
                  ↓
         明治政府軍にやぶれ、城山で死ぬ。(51才)


● 人 物 評

  維新の三傑(さんけつ)と呼ばれる西郷隆盛(さいごう たかもり)、大久保利通(おおくぼ としみち)、木戸孝允(きど たかよし)のうち、西郷隆盛は旧勢力(幕府軍)をうちやぶる役割をしたといえるだろう。そして、自分に政治的なセンスがないと分かると、後の制度の確立は親友の大久保利通(おおくぼ としみち)に任せるのである。ただ、征韓論(せいかんろん)にだけは、大久保利通が反対しようともこだわりを持っている。お金に困る士族(武士)を率いて朝鮮に攻めこむことで、士族(武士)の生活を助けようとしたのである。情の西郷隆盛らしい行動である。
そんな西郷隆盛をしたい、士族(武士)が集まり、やがて、西南戦争(せいなんせんそう)をおこすことになる。自分が作った明治政府を、今度はたおそうとする西郷隆盛はどんな気持ちだったのであろうか?


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