いろいろ 2006年8月26日



9月1日からも引き続き休みの診断書を出しに職場に行ってきた。

その帰り、ふと思おう。

自立している大人と思っていたのに、排泄が自立じゃないと改めて・・。結構苦い感覚。
自立した大人は、なんとか自力排便がしたいのだ。

膀胱は、造影を見ると見事に正しい位置にパシッ、尿道もピンと・・・。でも自力排尿は無理だそうだ。



誰かが落としたスイカの種、砂浜で芽を出してる。


いろいろ 2006年8月21日



小説などの本は、何となく読めている様な気がしてます。

ところが、パソコン関係の本など、横書き、小さな文字となるとさっぱり頭に入りません。
横書きとか、文字の大きさと言うのは、おそらく言い訳で、頭が錆びてきているに間違いなしです。

タグ打ちをした時は、まだ理解できた気がするけれど。
その先予定していたCSSやら、Java Scriptの本はなかなか手に取れず、眠ったまんま。このページに必要性もあまりないので、なおさらのこと。

昨日遂に、Dreamweaverをインストールしました。

まだ、使う気持ちにはなっていないけれど、タグ打ちに時間を費やすならば、ソフトを使って、その分余った時間が出来たなら、他の事に向ける方がよいのかもと考えて・・・。
これまた、その扱い方が至難の業なのかもしれないけれど。

私は、このiBookの前のメビウスの時に、タイピングに夢中になっていた時期がありました。ゲーム感覚でよい成績を得るとそれが快感。もっともっと速くとどんどんやってました。

その時期というのは、人工肛門の選択をした時からその術後の頃。
これに夢中になったことで時間が過ぎていきました。

結局、やりすぎで、ベットの上でキーボードが壊れ、退院後に楽しみにしていた入力コンテストを受けるタイミングをはずしましたが、体で覚えたタイピング、タイピングだけは、まだ結構速く、・・指が覚えています。
体ではなく、錆びつつある感じの頭で理解する事は、これからどうなるのか・・。
錆止めしてなんとかなるのなら、少しづつぴかぴかにしたいけれど、そうなると随分時間が要りますね。

今日、ブログのスタイルを変えるだけでも頭完全にフリーズしたから・・


いろいろ 2006年8月19日



三人の友人から、朝日新聞に「骨盤臓器脱」の事が載っていますよ・・・というメールが、入院中の私に届きました。

8月1日の朝日新聞広告特集

「こんな病気を知っていますか?」

「こんな病気」というのが「骨盤臓器脱」

「骨盤臓器脱」は、女性のQuality of LIfeを大きく損なう病気です。
にも関わらず、ほとんど知られていないのが実情です。
そこで、骨盤臓器脱に詳しい泌尿器科と産婦人科の6人の先生方を迎え、原因や症状、治療法などについて話し合っていただきました。

昔からあるこの病気に対して、最近治療のニーズが高まって来たのは、救命、延命の医学からQOLの医学が重要になってきているからであり、結びは、専門医を見つけて早めに受診を!

ただ、日本は骨盤底の専門医が少ないのが問題です。

症状、日常生活への影響、発症率なども載っていました。

「骨盤臓器脱」が記事として取り上げられた事で、盛り上がったかに思えた感情でしたが、何度か読み返すうちに、患者であったら、自分と同様の症状で困っている人が他にもいるのだと言う認識を持つ事はできたとしても、それでは、何処から手をつけてよいのかとても迷うだろうと言う感じをもちました。

私は既に術後の状態ですから、落ち着いていることができますが、このメンバーの中のお一人に、秋に手術をお願いする予定でしたのが、腸の問題、下血が加わったことで、それが困難になっていたので、今の心の状態でなかったら、気持ちもそして実際の受診も右往左往になったことと思われます。

専門医が少ないのが問題ですと書かれている様に6人の医師はそれぞれ、東京、横浜、大阪、名古屋などなどにおられます。

この病気の人は、高齢とまで言わずとも若くはないはずですし、距離的な問題を考えると、受診には本人の決断と周囲の配慮が必要だと感じました。

そして、いくつか教えていただきたい点があったので、記事の下の部分に書かれていたフリーダイヤルに電話をしてみました。

まず、どうして、ジョンソン・エンド・ジョンソンの広告なのか尋ねると、私は不勉強だったのですが、ジョンソン・エンド・ジョンソンがポリプロピレンのメッシュの販売にあたっていたのです。

次に専門医を見つけて受診をと記されているけれど、紹介状がなくても紹介されている医師の診察を受ける事が可能なのか聞いてみました。

すると、このフリーダイヤルから紹介状を作成をして下さるとの事でした。
受診科もそれぞれのケースで教えて下さるとの事です。


いろいろ 2006年8月16日



風景写真という本を読んでいて見つけた一節。

コンテストを狙う人の中には、現場の条件を重視する人が少なくありません。
そのために、プロ写真家が感動力を発揮して何度もシャッターを切り、表紙や口絵を飾る様な写真を撮れている脇で、アマチュア写真家が「今日は、全然だめだ」と嘆いている、という不思議な現象が起きます。

それは、簡単に言えば、イメージ通りの風景を求めるか、現場の状況を受け止めてイメージを飾って行くかの違いです。

これ、写真だけでなく、私は私に都合良く読んだ。

この筆者には申し訳ないけれど、イメージ通りの排便、排尿をするか、現場状況を受け止めてどうにかするかと・・・本当に、自分に都合良く解釈できる頭です・・と呆れながら。

息子が「退院後、ヤケに喋り方がかわいくなった」と私をからかう。

確かに、術前のイライラ感は、薄れているからか。

それよりなにより、摘便・・・あれで、熟女としての何もかもも一緒に摘出された感。
それでかわいくなった、どこか抜けてしまった様のかわいいなのではないか。

スマートな女性からは想像外。
イメージも何も出来ず。

必要だから行ったのだし、それなくして退院はなかったのだから、現場の状況を理解し、ここに至る前で自力でなんとかしなくては。
この前の記事にも似通ったことを書いているが、これが今の私の一番の注意点。

まだ、その日その日で不安定な、リニューアル排便。
息みの方向がずれていて、力が目標点に集中せず、意思と無関係に尿のほうが引きずられる様に排出される。


いろいろ 2006年8月14日



ふっと気がついた。
ボクシングの亀田みたいね、私はと。

退院後二日目、もっとゆっくりできないのかと。

そう思いながらも、私のテンションは、結構高く、このテンションを維持していかないと、暑さも加わって、ころりと参ってしまいそう。
リニューアルの排便ルートは、そうすんなりとはいきません。

「ここからが、腕のみせどころですね」というメールをいただきました。
ここからと言うのは、退院後ということか・・、なるほどと感心、自分の体調管理にも腕があるのですねと気がつきました。

退院前に摘便をした。
摘便と言うのは、文字通り、便を摘出する事、と言ったって、私が仕事場で今までに体験した範囲では、これをしてもらうのは、小さい子どもさんか高齢者・・・。
行う方も嫌だろうし、もちろんこちらも、終わった時にどんな眼を合わせたらよいのか・・・、下を向いて合わせないに限ります。

自己導尿が、うまく出来ない時に、導尿をしてもらっていたけれど、仕事仲間にやってもらうことになるので、あまりに嫌になって、なんとしても自分で行う様にした。

それと同じ様に、自分で出来ないのですかと尋ねてみると、出来っこないし、危険が伴うとのこと。
出ないのは、困る。

この出ない状況も困るけれど、逆もしかり・・・。

「本当に、オムツだよ・・・」とそれを見て、息子が驚き顔。

退院時、私は、しっかりこれを着用、道路の渋滞時にも一安心でした。
”薄型はつらつパンツ”という商品名のそれは、はくタイプのオムツ。
普通私の年齢は、この商品のターゲットではないと思うから、買う時にも独り照れ。

ここで、キルの原則(ワリキル、ノリキル、ヤリキルまたは、ニゲキル)から、ワリキル。
売店で購入、安心を買ったわけです。

今日は、退院した実感味わう為に、お盆で休みの息子に声かけて、買い物にふらふらと出かけてみました。
安心のために、はつらつパンツ着用。
夏物クリアランスセールも終わりかけの時期。

私は、ストーマになった時に処分した、ジーンズを再び買う事を考え、サイズ確かめようと試着。

試着室で、気がついた、”はつらつパンツ”・・・でした・・私。
いくら何でも、これで、ぴったりジーンズの試着は大胆・・中止。

最初にもどれば、非科学的だけれど、亀田の様に、いけるいけるいけると思う事で、排便もなんとかなる様に思いたいものです。


いろいろ 2006年8月6日



50才の誕生日を迎える夜に「今回予定されている手術の事、そして、生きている時間に関しても、半世紀が過ぎ(半世紀!!)、第二章へ。」と書いた覚えがある。

第二章のはじまりは、年相応の仕事は、セズで、八月の中旬になっている。

それでも、今回の手術に対する期待は、かなりのものなの。だからそれに費やす時間は後々よい時間だったと思うことができるとよい。

QOL追求は、大変だ。

今の思いとして、今回の手術は過去最大に参った。

私は麻酔の中で眠っているのだから、手術がどんなであろうと知る由もないのだけれど、これまでとは違い、すっかり参った。
痛みが強くて参ったのかというと、そうでもなかった様に思う。

なのに、術後、HCUのヤケに明るいライトの下に、どうしようもない私がいた。
一体どうすればよいのか、身の置き所がなかった。

実際、ここには、一泊しただけなのだが、幾日もの朝夜が繰り返されたかの様な気がした。


眠ればよいのだと気がつき、眼を閉じる。
すると、瞼の裏なのか頭の中になのか、必死に突き詰めて考えなくてはならない様な物が浮かび上がってきた。

突然、夏目漱石 ”こころ”

「暑さと疲労とで自然身体の調子が狂ってくるものです。尤も病気とは違います。 旧に他の身体の中へ、自分の霊魂が宿替えをしたような気分になるものです。」

術後、この一節を読んだ時、文豪が言う、この感覚だったのではないかと、はっとした。

素直に眠れないし、記憶が、ほとんどないのは、一ヶ月以内に、二回の全身麻酔の成せる精神状態なのかなと、素人考えに思う。
こうやって書いていても、ほとんど覚えていないのだから、何に参ったのだろうかととても不思議だ。
それでも、やはり回数を重ねると、頭にも体にものダメージも強いにきまっている。

とにかく、また、手術が必要だということになったら、きっと麻酔の前に気を失う・・・・。


夏恒例の新潮文庫の100冊。
黄色い帯の着いた新潮文庫を二冊買うともれなくyonda?という名前のぱんだのマスコットがいただけるという。

そのパンダの本に向けた目線がかわいくて、私はこれ欲しさに新潮文庫を2冊買い、その場で即いただけるのかと支払が済んだ後も、レジ前でもじもじしていたが、その気配全くない。
尋ねてみると、ハガキで応募し、そのまた2ヶ月後に手元に届くということでした。手間のかかるyondaぱんだ。

中から私が選んだのは、一冊は筒井康隆さんの”最後の喫煙者”
もう一冊は、夏目漱石・・文豪に”さん”をつけるのはおかしい。
”こころ”なんて・・・選んだ。
全く関連性も何もないチョイス。

ここで”こころ”を読んでなきゃ、”こころ”からの引用なんてありえない。。

術後12日目。
わたしの気持ちに焦り発生。

お腹を切って、管、管の状態から、後数日で二週間。
二週間前の状態を考えたら、戻り具合は、外見では、何もなかったかの様子。
それは、それなりに凄いのだけれど、お腹の中の具合がはっきりしない。

飲水OKから、流動食、三部粥、五分粥、七部粥、そして全粥と順番にアップして行く予定。
予定通りいかないということに対して脆い私は、もう焦る。

疑いでとどまっているから、まだよいのだけれど、腸閉塞疑いになること、二回。
アップして行くはずの食事が、一気に流動食へ。
その白くくすんだお椀を見ると気分は愕然。

前回の入院から解りきっている様に、知った人との会話はないから愚痴、グチれないのだ。
人と喋って、いろいろな出来事をかわしている、日頃のありがたみを感じる。

私の病室は、西向きに窓があり、午後になると当然夏の強い西日が差し込んでくる。
そうなるとエアコンは、設定温度28度を保とうと、喘ぐ、喘ぐ。
暑いのだけれど、陽射しの中でエアコンが喘いで出す強い冷気は、気持ちがよくない。

そんな部屋にいたくないので、この時間帯を過ごす場所を玄関の外の小さな池の傍にある、藤棚下のベンチに見つけた。

いかにも暑そうなこの時間、外に出ている人はいないけれど、この藤棚の下は、予想外に風通しもよく、陽射しは遮られていて、とても気持ちよい。
藤棚の隙間からの陽射しが、円やら楕円やらになって、ベンチの上をきらきら動く。

ここで、本を読んだりぼうっとする。

病室に独りで居ると、忍び寄る焦りも、ここでのんびりとしているとわずかに遠のく気がする。

早く、帰りたいという気持ちが強いのは当然だが、私は、単科の治療にとどまっていないこの「骨盤底再建外来」を二年間も捜していたのだという事を思い出し、気を取り直す。

執刀医は、見つからず、体調はいろいろに変わって行く状態の時を考えたら、泌尿器科、大腸肛門科と両科の手術を短期間に行えたのだから、この環境の中で少しゆっくりしなさいよと自分に言い聞かせる感じ。

月毎のいろいろ

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