いろいろ 2008年4月10日

母は、二年前の5月の連休に浜名湖に小旅行をして、その二週間後にたった一泊の入院でなくなった。
その前、4月に私は、私は満開の桜を見せようと何度も何度もお花見に誘い、やっと一回だけ、車からちょこっと降りてのお花見をした。

何故今、こんなことを書いているかというと、名古屋弁でいうところの体がエラい・・つまり、怠過ぎると、桜はほとんどどうでもよいのだ・・・・ということを私自身実感し、やっとあの時の母の気持ちがわかったのだ。


いろいろ 2008年4月8日

受診日でしたが、術後、15日目で一度も嘔吐していませんし・・・・。
枕を高くして逆流を防止することもなく、眠ることができますし・・・・。
飲水に関しては、昨日ポカリスエット500ccOKでしたし・・・・。
ひょっとして上手く行ったかと・・・・・M先生も・・・・・。 あと一週間、水、お茶、スポーツドリンクを経口でとり、その次の週には、ラコールに進む予定です。


いろいろ 2008年4月4日

予定の二週間でなんとか退院してきました。

今回は、初めてのことがいろいろあり、体力的に非常にきつい術後となりました。

初めての事とは、予想以上の癒着の酷さで、その剥離のため、手術時間が5時間半におよんだ事。
さらに、出血量が2000ccにおよんだ事。人間の血液量は体重1キロあたり、65mlだそうですので、私は48キロですので・・・・ざっと計算すると4000cc以下ですので、これは大変。 当然、術中から輸血となったこと。

その後もヘモグロビン7で、怠くて息苦しくて歩けず、輸血続ける。
度重なる全身麻酔による体の侵襲・・・・月曜日の手術だったのに、本当に麻酔から覚めたという自覚があったのは、木曜日であったこと。

術後、飲水開始する前にガストログラフィン小腸造影を行った所、その夜から40度を越える高熱がでたこと。
熱の原因は、剥離の際に傷ついた小さな小さな腸の穴から腹腔内に造影剤が漏れ、一部腹膜炎。 毎朝、各種点滴が並びました。

今回行われた手術は今までの「小腸剥離術」「小腸切除術」とは異なり、最終手段とも言える「小腸バイパス術」 術後の私のお腹の中は、下の図の様になっています。

図の肥大部分は、もとの太さに戻る事なく肥大してしまっていた小腸です。
ここから先の癒着のとても酷い部位は、そのままにして、肥大部分に、より状態のよい小腸をつなげたというのがバイパス術です。
つなげる際にもその癒着の酷さから、途中剥離断念を考えられたそうですが、それでバイパスを造ると残存小腸が短くなってしまうので出来うる限り剥離されたそうです。

そして、一番嬉しい初めての事は、術後11日で嘔吐をすることがないということ。 今までの術後は既にイレウス症状で必ずイレウスチューブが鼻に入っていたのでこれは大変なことです。

退院にあたっての、M先生からのお話。
嘔吐しないこと。
水、お茶が飲める様になる事。
流動食が通過できる様になること。
固形物が少しでも食べられる様になる事。
2から3週間ずつかけて一段階ずつ勧め、ゆっくり時間をかけ、最終的には、ポートに頼る必要がなくなる事

まだ当分お箸は必要なさそうですが、徐々に失った体力を取り戻したいのです。

月毎のいろいろ

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