在る日、小喬は庭で刺繍をしていた。
そこへ、夫である周瑜が帰ってきた。
「まあ、あなた、こんな時間に帰っていらっしゃるなんて、どうしましたの?」
と訊くと、周瑜は俯いたまま沈んだ表情でこう言った。
「…曹操が攻めてくる。それも八十万という大軍でだ」
「まあ…」
「城では応戦か降伏かで意見が真っ二つに別れている。
…どうしたものか…」
夫の色白の顔がますます蒼くなっている。
「あなたはどちらですの?」
小喬は動揺を隠して言った。
「…仮に、主君が代ったとしても、
われわれの暮らしにはなんの変化もないだろう」
夫の言葉に小喬はがっかりした。
「…それではあなたは戦うおつもりではないのですね」
「…」
「それで、私たちの暮らしは安泰というわけですの?」
何事かと、周瑜はその池を覗きこんだ。
「これは…」
池の水は澄み切っており、鏡のように周瑜の姿を映し出した。
「なんと情けない顔をしておるのだ…これが今の私か!」
周瑜は池の水が映し出す己の姿に恥じ入った。
「この池はおまえの心か。おまえの目にも私はこのように醜く映っているのだな…」
「済まない。私はなんと愚かだったのだろう。まったくおまえの言うとおりだ。おまえ一人を守る事ができなくてどうして都督が務まろうか」
小喬は夫の言葉に満足した。
そして周瑜は遂に水軍を率いて曹操を迎え撃ったのであった。
「あなたはそれでも都督なのですか?!ご自分の妻も護れないで、どうして国が護れるでしょう!」
小喬は怒りの余り目に涙をため、手にしていた刺繍用の鋏を地面に落とした。
そのとき、とてつもなく大きな音がしたかと思うと突然そこに大きな池が現れた。
その池は後に鋏池と呼ばれるようになり、今も岳陽楼近くにあるという。
(終)