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アポダイジングスクリーンが初めて日本に紹介されたのは、1999年の火星大接近のときです。 「網戸の網に穴をあけたものを何枚か重ねたものを望遠鏡の筒の先端にかぶせると、惑星の模様が数ランクよく見える」という信じがたい記事で、当初、原理は誰もわかっていませんでした。 そして「網戸の網に穴をあけたもの」という、とても怪しげでオカルトなアイテムの原理の解析がここ何年かでアマチュアの間で進められ、一応の結論できるレベルまで達しました。 アポダイジングスクリーン(アポダイジングフィルタ)の原理と効果を明確にしておきたいと思います。 2007/08/15
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アポダイジングスクリーンとは、口径の開口部の周囲を減光することで、焦点像にできるジフラクションリング(回折環)を低減し、微細な模様に対するコントラスト(MTF)の改善を狙うフィルタです。 そもそも、当初は、網戸の網が何の役目をしているのか(回折格子としての副次機能の働きなのか、単に減光させるためなのか)、それすらわからなかったのです。(というか、どうしてジフラクション(回折)リングができるのか?といったことすらわからなかったりしたのですが。(汗)) まぁ、なにぶん、本物の論文みたいなものを見たことがないので、それ以上のことがわかりません。(仮にあったとしても、数式が延々並ぶ論文でしょうから、読む気もしませんが。) それでも、無い知恵絞って円形開口における回折リングの解析プログラムを作り、そこに強度分布を任意設定できる機能を付け加えての解析を開始しました。 いろいろ紆余曲折があって、いろんな開口パターンを考えたりしましたが…。 2007/07/24
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題材として、口径10cmF10でのシミュレーションをします。 まず、理論値です。無遮蔽円形開口でのエアリーディスク直径の理論値は2.44λFで求められるので、 2.44×598nm(d線)×F10=14.6μm になります。 また、一次リング(第二極大)の強度は、中心部(第一極大)の強度を1.00000とすると、0.017498になります。 で、当初はMMXPentium150MHzの機械でVBAで組んで、像ができるまで18時間などという途方もない計算をしていましたが、どうのこうの言ってどうにか数分でできるまでになりまして。 図は、開口形状、結像状態(リニアスケール)、強度分布(リニアスケール)となっています。 なお、回折リングを見やすくするために、結像状態を3倍増感します。増感すると、かなり大げさに見えますので、ご注意ください。 2007/07/24
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エアリーディスク直径は、シミュレーションでは14μmと出ています。これは描画した図から直径を「測定」しています。シミュレーション像は1ピクセルが0.5μm相当になっている関係で、0.5μm前後の誤差がありますから、大筋で合っていますかね。 一次リングの光度も、小数点以下3桁は一致していますから、合っているとしましょうか。 2007/07/24
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さて。 とりあえず円の周囲に向けて滑らかに透過率を下げるフィルタ、ということで、たとえば三角関数のcosのカーブに沿った減光率を持つフィルタというのが考えられます。この場合の像の光度分布は、こうなります。
2007/07/24
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で、何も三角関数に沿わなくても、単純に直線的に減衰するカーブでもいいんじゃないかということで、この場合、こうなります。
周辺部の減衰率がcosカーブよりも強いためか、コントラストが若干向上しました。 ということで、『滑らかに減衰するフィルタ』として、いろいろな減衰パターンが考えられます。 では、究極の減衰パターンは? ということになります。 2007/07/24
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だんだん突き詰めて考えると、開口部での光度分布と結像した像の光度分布が対称になるのではないか、という仮説が生まれます。 円形開口のフラウンホーファー回折での強度分布が一次のベッセル関数に従うことから、開口部の透過率分布を一次のベッセル関数に従わせてみます。(なお、筆者は、ベッセル関数がどんな意味を持つ関数なのかは、全く知りません。) ベッセル関数は引数を2つ持つので、パラメータを変えると中央透過率の集中具合が変わります。中央に透過率が高い部分を集中させ集中度を強くして、事実上の無限開口にした場合です。
これが、おそらく究極のアポダイジングフィルタではないかと思います。 しかし、データを見ればわかるように、絶大な像コントラスト(エアリーディスク強度と一次リング強度の差:5.7EV→10.6EV)を持つ反面、透過率は極端に落ち(16.5%)、エアリーディスク直径が元の口径での場合の2倍ほどに肥大(14μm→26μm)して、分解能が落ちています。 このように、像コントラストを稼ぐと、分解能と集光力が犠牲になり、実用性を欠いてしまいます。実は、分解能とコントラストの間にはトレードオフの関係にあります。コントラストを稼ぐと分解能が低下し、分解能を稼ぐとコントラストが落ちます。(試しに中央遮蔽率95%なんていうのでシミュレーションしてみてください。驚くほど分解能があがります。) 結局、どこで妥協するのかという問題になります。 2007/08/15
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透過率16.5%は、あまりにひどいので、ベッセル関数の引数を低くとって、透過率を少し稼いでみます。 すると、こうなります。 まぁ、こんなところで妥協するとしますか。 逆に言ってしまえば妥協できる範囲で適当でいいとも言えます。 フィルタの周囲ほど減光するグラデーションNDフィルタがあれば、それに越したことがないのですが、なにぶん、市販されていません。(中心が黒いやつは売ってますが。) しかも、おわかりの通り、正確に球面収差が除去されていることが前提条件となります。フィルタには波面誤差が許されません。仮にカメラ用のフィルタがあったとしても、天体望遠鏡に使うフィルタの面精度はカメラ用の数倍の平面精度が要求されます。カメラ用のフィルタでは、かえって波面精度を落とす結果になるかもしれません。 そこで、高価な光学平面ガラスにグラデーションND処理をしたフィルタの登場を待つことになりますが、もし商品として登場しても驚くような値段になるに違いありません。 2007/07/24
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そこで、波面誤差を与えずに開口部の周囲を減光するフィルタとして網を何枚か重ねて使った、という訳です。考える人は考えますね〜。 網の目は筒抜けなので、レンズや鏡の持つ面精度に全く影響を与えず減光することができます。 ただし、網は、一種の回折格子になってしまうので、像の周囲に回折像を作ってしまうという欠点があります。網目のピッチ(格子定数)が大きいと実視界が制限されてしまうため、使用できる対象は、視直径が著しく小さい星:火星、木星、土星などに限られます。
段階式に減光するアポダイジングスクリーンですが、一次リングの強度が充分低くなるため、事実上、ほとんど回折リングが見えません。 普及している屈折式の口径は、多くが15cm以下で、元々の集光力が少なく、さらにアポダイジングスクリーンによって減光されることなどを考えると、この程度のスクリーンで、事実上ほとんど回折リングを消せます。 2007/07/24
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反射式は、原則として、中央遮蔽があるために、コントラスト面で大変不利になります。(シーフシュピーグラーのような、中央遮蔽のない反射光学系は、屈折式と同じ扱いになります。)
最近の短焦点反射などに準じて中央遮蔽率を30%としてみましたが、回折リングがかなり強く、コントラストがかなり悪くなっています。 2007/07/24
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アポダイジングスクリーンを入れてみたところで、回折リングの強度は下がりましたが、あまり劇的な改善はしません。
ベッセル関数アポダイジングスクリーンを入れてみましたが、やはり、ほとんど変わりません。アポダイジングスクリーンは、万能フィルタではありません。まず、中央遮蔽率を下げるのが先決です。 ちょっと気になったので、計算してみました。『究極』のフィルタで。
なんか、すごく無意味なことをしたような… 2007/07/24
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反射式では中央から来る光が遮蔽されてしまうため、ジフラクションリングが強まり、コントラストが浅くなります。 どのような原理でジフラクションリングが強まってしまうかと言うと、円形無遮蔽で得られる像から中央部分と同等の口径で得られる像を抜いたものと等価になります。 「中央部分と同等の口径で得られる像を抜いたもの」とは言えマイナスの光はありません。焦点像は干渉のバランスで成り立っているので、バランスが崩れた分が浮き上がってきて明るく見えてしまいます。 要するに、そっくりそのまま「副鏡径と同じ口径の無遮蔽の像」が重なります。 しかも、エアリーディスク部分(第一極大)は正相、ジフラクションリング(第二極大)は逆相に当たるのですが、副鏡分を差し引く場合はプラスマイナスが逆になるので、エアリーディスク部分が暗くなり、ジフラクションリングが明るくなります。 ジフラクションリングを低減させるには、中央遮蔽を限りなく小さくするのが先決です。 2007/07/26
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