「いつまで死んだフリしとんじゃ・・・ 勿体ぶらんと、さっさと姿を見せんかい・・・ 」
もはや、本気モードになったモンクを誰も止めることはできませんでした。ただでさえ
憎いディアーザを前に戦闘モードに入っていたモンクの前で、儚い小さな花が犠牲にな
って自分たちを助けてくれたのです。モンクは姿を変えて復活するであろうディアーザ
を‘心待ち’にしていました。他の3人も似たようなものでした。ですから・・・
「ぐおーっ! 貴様達は過ちを犯した・・・ 絶対に犯してはならぬ過ちを。それは・・・
この我を本気にさせたことだ!!」という言葉と共にディアーザが復活し『魔王ネオデ
ィアーザ』となって、今まで見たことがないような凶暴且つ巨大な姿で勇者たちの目の
前に現れても、4人は冷めた目でネオディアーザを見詰め、何事もなかったかのように
それぞれがバトルの準備に取り掛かっていました。
後から思い返してみれば、この時点で勝敗はハッキリしていたようなものでした。ネ
オディアーザは確かに最強の敵でした。‘フレイムL’‘サンダーL’といった魔法や
‘光り輝く息’‘灼熱の息’といった攻撃を、今度は3回攻撃を駆使して攻めて来まし
たし、‘ディスペル’‘テイクL’といった魔法で勇者たちの力を弱めに来たかと思え
ば、挙げ句の果てには‘ヘルヒール’なる魔界妖術で自らのキズを治しながら戦ったの
ですから・・・ しかし、とっくに無効化されている‘ギガデス’を何回も唱えたり、勇者
たちが強化魔法を何も使っていないにも拘わらず‘ディスペル’を連呼したりと、明ら
かなエラーを犯していました。
対する勇者たちは何度か危険な状態に陥りながらも、勇者や僧侶が冷静に対処して、
‘リフレッシュ’や‘ヒールL’で回復を行いつつ‘テイクL’を唱えられれば、僧侶
はすかさず‘プロテクトL’で対応し、モンクはクリティカルを連発して‘ヘルヒール’
では追い付かないほどのダメージをネオディアーザに与え続けました。戦士も通常の攻
撃や、普段は先ず使うことのない‘サンダーL’でネオディアーザにダメージを蓄積さ
せて行きました。
お互いの攻撃が何回くらい行き交ったでしょう。とっくに疲れきっても可笑しくない
くらいの長いバトルを両者は続けました。勝敗を決したのは勇者たちの‘心’でした。
自分たちの後ろには世界中の人たちがいる。姿は見えなくとも、今、この瞬間も自分た
ちのことを支えてくれている。そう思いながら戦う勇者たちの心は、どんな危ない状態
に陥っても、決して折れることはありませんでした。
やがて、長い戦い・・・ 勇者たちのファイナルバトルも終わりを迎えようとしていまし
た。「ディアーザよ、そなたは間違いなく最強の敵であった・・・ それは拙者も認めよう。
しかし、世に悪の栄えた試し無し。そなたへの引導、この‘村雨’が渡してくれよう!」
と言って「であーっ!」という掛け声と共に、戦士が垂直に剣を振り下ろすと、魔王ネ
オディアーザは巨体を揺らし始め、やがて地響きを立てて前のめりに倒れました。
「くっ・・・ なぜだ・・・ どうしてだ・・・ こ、ここまで我は力を使ったというのに、た、
たかがマックルに敗れ去るとは・・・ だ、だがしかし、我の野望は決して消えぬ・・・ 何回
も、何回も甦り、か、必ず世界を・・・ 世界を我のものにしてみせるわっ!」という声が
倒れたネオディアーザから聞こえて来ました、そして、背中の辺りからあの‘黒い霧’
が立ち昇り始めました。
勇者は慌てず、騒がず、ゆっくりと道具袋から‘悪霊喰らいの壺’を出し、黒い霧の
方に壺を向けました。すると‘悪霊喰らいの壺’は勇者の手を離れ、宙に浮いた状態で
黒い霧の方に口を向け、もの凄い勢いで黒い霧を吸い込み始めました。
みるみる内に黒い霧は壺の中に吸い込まれて行き「な、何だこれは、ど、どうしたの
だ、我を・・・ 我をどうしようというのだ・・・ ぐわっ、や、やめろ・・・ く、苦しい・・・ ぐ
おーっ! た・・・ たすけてく・・・ れ・・・ 」と、ディアーザの断末魔が壺の中から暫く聞
こえていましたが、やがてその声も聞こえなくなりました。壺が手から離れた後、勇者
は‘国王の紋章’を取り出してずっと見ていましたが、間違いなく壺の方にコンパスの
針を向けて光っていた‘国王の紋章’は段々と輝きを捨てて行き、やがて光は完全に消
えました。魔王ディアーザがこの世界から消え去った瞬間でした。
すると間もなく勇者たちに光が注ぎ始めました。魔王城が消えていっているのです。
暫くすると、ディアーザを追うように魔王城も完全に消えてしまいました。
魔王城が無くなって、日光が降り注ぎ、心地よい海風の吹く「魔王城の島」で4人は
それまでの緊張が解けたのか、ぺたんと座り込んでしまいました。
「また、つまらぬモノを斬ってしまった。」と忘れない内に言って置かねばと考えた
戦士が座り込んだまま言いました。その時です。宙に浮いていた‘悪霊喰らいの壺’か
ら、4つの宝玉が離れ‘天空の宝玉’は遥か上空へ‘地平の宝玉’は西のカラッカ大陸
の方へ‘水平の宝玉’は東の大海原へもの凄いスピードで飛んで行きました。そして、
‘深層の宝玉’は真下、つまり地面に吸い込まれるように消えていきました。残った壺
はそのまま勇者の前に落ちて来ました。ころんと転がったその壺はどこにでもある只の
壺にしか見えませんでした。勇者はディアーザが吸い込まれていった壺の口を覗いて、
逆さにして振ってみましたが、もちろん何も出て来ませんでした。
「さんざ偉そうな台詞をほざいた割には、最後は『助けてくれ』やと・・・ みっともな
い最後やったの・・・ 」と普段モードに戻ったモンクが呟くと「終わりましたね。」と僧
侶が応えました。「宝玉がそれぞれの棲み処に帰っていったということは、ディアーザ
は‘この星の意志’によって裁かれ、消されてしまったのですね。」と僧侶が続けて言
いました。「各々方、皆の衆が待っておられる・・・ そろそろ帰りましょうぞ。」と戦士
が立ち上がりながら言ったので、みんな立ち上がり、勇者が‘壺’と、しおれてしまっ
た‘喝采の花’を拾い上げ、ラントにワープで帰ることにしました。「もしや・・・ 」と
思いましたが、ワープの行き先はちゃんと12箇所表示され、勇者が呪文を唱えるとち
ゃんとラントに到着しました。
勇者たちがラントの町の中に入ると・・・ 勇者たちを出迎えたのは、なんと世界中から
集まった人たちでした。人々は勇者たちの姿を見付けると次々に「ありがとう。」と声
を掛けてくれました。よく見るとエルフ族の村2の長老、エルゴラのゴールデンマック
ル、レオン親子、デリナダの渡し舟の船頭、カラの道具屋、竜の国王、ウェイダン王、
シリーク村長、ランガート王、エルフ族の村1の村長、そしてディコス、スラックの姿
もありました。勇者たちは人ごみの中からサイモンの姿を探しました。やがてサイモン
は花職人と共に勇者たちの前に現れました。「さあ、その花を貸してごらん」とサイモ
ンは勇者に言って‘喝采の花’を受け取ると‘フェニクス!’と言って呪文を唱え始め
ました。すると、しおれていた花の茎が真っ直ぐに伸び始め、そして白い花びらを咲か
せました。‘祝福の花’として甦ったのです。それを見た勇者たちは飛び上がって喜び
ました。サイモンは‘祝福の花’を花職人に渡し、花職人が大事そうに花畑のほうに持
って行きました。これで勇者たちの心に残っていた一点の曇りが消えました。
実は、皆に声を掛けてラントに集めたのは、勇者たちと祠の跡の地下道で別れた後の
サイモンだったのです。
「全く、大したヤツだぜお前は・・・ オイラも商人として、絶対、成り上がってやるぜ、
これからもよろしくな。」とディコスが声を掛けて来ました。
「やってくれたな、お陰で俺もモンスター退治からやっと解放されたぞ。これからは
大魔道師目指して勉強だ。あの爺さ・・・ いや大魔道師スラックを超えてみせるぜ。」と
嬉しそうにレオンが声を掛けて来ました。
「とうとうやりおったの・・・ これで儂も自分の研究に没頭できるというもんじゃ。礼
を言うぞ。本当に良くやってくれたの。」とその爺さ・・・ スラックが声を掛けて来まし
た。「‘自分の研究’って・・・ 危険な研究のことかな?」と勇者は思いました。
そしてひとりのちびマックルが駆け寄って来ました。勇者の弟です。
「兄ちゃん、兄ちゃんはやっぱ凄えや、戦士さんも、モンクさんも、僧侶さんも、皆
凄えや。オイラも絶対兄ちゃんのようになってやるからなー」と言いながら、元気に飛
び付いて来ました。「あっ、そうだ。カラッカの王様が待ってるよ。また『ワシの跡を
継げ』って言いたいんじゃないのかな・・・ 」との弟の言葉に勇者はギクッとしました。
「王様がお待ちとあらば、行かぬ訳には参らぬのう。」と戦士が冷やかすように勇者
に言いました。モンクと僧侶は含み笑いをしていました。勇者は仕方なく、カラッカ王
とマクレル騎馬隊長が待つカラッカへ行くことにしました。気が重かったのか、勇者は
さっさとワープで移動すれば良いものを、ひとりでラントの町を出て旅の扉のほうへ重
い足取りで歩いて行きました。その後ろ姿にディコスが声を掛けました。
「よおっ、まあどうでも良いけどよ・・・ お前の名前は何ていうんだ?」との言葉に、
勇者は振り返って「名前か・・・ 好きなように呼んでくれ!」と答えました。
完