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兄さん、僕は還ってきた。
生まれて初めて見る故郷へ・・・。
容姿が瓜二つなことを幸いに、矢沢家の次男を殺害し、
すり替わって生きてきた偽りの人生。
一体これで良かったのかい?
十五の春に発狂し、以来、地下室の座敷牢に閉じこめられて育った兄よ。
兄さん、イクオ兄さん・・・。
幼い頃、二人で近所の飼い犬を犯したっけ。
小学校を卒業した日、担任の死体を裏山に埋めに行ったっけ。
かって本物の矢沢六合夫が体験したであろう、偽りの想い出が、
強く強く、この胸を締め付ける。
実家の敷地には使われなくなった古い工場があって、
そこにはいくつものネジや歯車が落ちていた。
それらを自分の身体の骨や関節と入れ替えては遊んだものさ。
借り物の躰に、借り物の心。
躰の中で歯車が回れば、ニセモノの記憶がゴトゴトと揺れ動く。
骨を抉れ!
脳髄をほじくり出せ!
躰の奥の黒い兄。
僕を操り、戒める。
最期にわかったのは、僕が兄さんの妄想の産物に過ぎないってことさ。
何処まで行っても自由なんかありゃしない。
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