パラノイアの市


 



          

 銀の雨降る都ノグスナールで、あまねく名声の聞こえた暗黒詩人ヨギュスタンは、ある年パラノイアの市を一目見ようと、天上都市アークスラムを訪れた。
 赤と黒、ふた筋の煙からなる螺旋の階段を昇り、マンホールの蓋を開くと、そこは100万の夢と7種の狂気からなる漏斗型をした都の、最深部にある広場だった。
 おりしも街は祭りの最中で、普段から人気の多い市場にはパレードが来るとあって、いっそう人混みでごったがえしていた。
 古物屋の店先には刳り貫かれた賢者の眼球がぶら下げられており、道行く人々の魂をじっと見つめている。
 骨屋の陳列台では、黄色く変色した骸骨が、隣の肉屋の豚肉を着込んだら自分の体に合うかしらんと、ぼんやり思案している。
 不吉な目をしたコウノトリは、上空を横切る間に、オムレツ屋の店頭にあったフライパンの上に、大きな卵をひり落とす。ピシリと音を立てて割れた殻の隙間から、けたたましい笑い声が響いたかと思うと、中から角のある赤子が這い出してくる。

 楽士たちのにぎやかな演奏を先触れに、西の坂を登ってパレードがやってきた。
 ドンチャカチャン、ドンチャカチャン。
 猪の年に生まれた者の貌の皮で作られた太鼓は、陽気な怨みの声を上げる。
 楽士たちに従うのは、様々な容姿の踊り手達だ。
 猿のような剛毛に覆われた者、額からぶた草を生やした者、足の替わりに大蛇の尾をなびかせる者など、市民の中でもとくに、異種族同士の婚姻によって生を受けた祝福された人々が行列に参加する栄誉に属している。
 行列が広場の中央に差し掛かったとき、その前に赤の魔術師が進み出た。痩せこけた腕をひと振りすると、大気の中から翼だけの鳩が現れて行列の中の人々をかすめた。剃刀でできたその羽毛がひと撫でする度に、彼らの喉笛が次々と掻き切られ、鮮血が噴水のように撥ね上がる。通りに沿って建ち並ぶ、くすんだ家々の壁が、人血によって目の醒めるような地獄の色に塗り替えられるのだ。
 一方、喉を切られた人々は、首筋に新しく出来た大きな口でヘラヘラと嗤いながら、何事もなかったように行進を続けていく。
 果てることの無いかのように祭りは続くのだった。

 詩人のヨギュスタンはというと、目前で繰り広げられた珍異の市の光景にすっかり満足しきった様子で、彼自身も詩を紡ぎ出すことでパレードに参加しようとした。しかし、言葉は口をついて大気に流れ出すことなく、内側へ内側へと堕ちていくのだった。
 
骨の髄へ、魂の底辺へと。