桜の森の満開の下

 


 



          

 昨晩、呼んだヘルス嬢は、顔はお世辞にも上等とは言えなかったものの、なかなかの床上手で、夜が更けるまで飽きることなくハッスルしたのでしたよ。女性を顔で判断しちゃいけません。
 明け方うつらうつらしてたところ、微かな物音で目が覚めました。薄目を開けると、すでに服を着終えた女がドアを開けて部屋から出ていくところです。もしやと思って財布や部屋の中を確かめましたが、なにも無くなった形跡はありません。逆に、金を払をはらわなくていいのかという後ろめたさと、何より彼女のテクニックに心残りを覚え、素早く服を身につけ、後を尾けることにしました。
 朝まだ明けぬ無人の道を女は駅とは反対の方へ歩いていきます。駅へ行かねばタクシーもつかまらぬだろうに。そう思いながら後を追うと、行く手には日頃参拝に訪れる者もない香取神社がある。あわてて女の消えた後を追うと、彼女の姿はすでに森の奥、もはや影もない。
 訝しく思いながら森の奥へ足を踏み入れると、そこには巨大な櫻の木が立っていた。
 女が消えたのはこの辺り、さては幽霊だったかと背筋に冷たいものを覚えたが、よく見ると木の枝々になにかぶら下がっているものがある。いまさら櫻の蕾の季節でもあるまいにと目を凝らすと、なっていたのはまだ満足に髪も生えそろわぬ幼子達だった。
 黒いのや白いの黄色いの、兎唇や体中に毛の生えたの、いろいろな子供が頭頂のへたからぶら下がっている。
 幼い子供なりにはっきりした個性があるのかその顔立ちにはなにやら見覚えがある。あれ、あの右側の地面から3本目の枝に生えているのは、向かいの床屋の親父に似ているな。さては、あいつもデリヘル狂いか?
 どうやら俺の相手をしたのはこの櫻の木の精らしい。男の精を吸い取ってそれが実となり生い茂る。欲望だらけの夜の運動も全くの運動ではなかったらしい。
 そんな感慨に耽っていると、右手の木陰から30過ぎの男女が現れた。なにやらすがるような目つきの彼らは俺の姿に気付く様子もなくふらふらと木の幹に近づいた。
 よく見ると2軒隣に住む、不妊に悩む若柳夫妻だ。彼らしばらく天を覆うようにそびえる大木を見上げていたが、しばらくして意を決したように右手に垂れ差がるやや熟れすぎの感のある男の子をもぎ取った。感に堪えぬ様子で二人奪い合うように抱き合いあやしていたが、やがていそいそと家路へとついた。
 なるほどな。デリヘルを装いながら種仕込み、世の不妊夫婦へとコウノトリの役割を果たしてみせる。人間の生の仕組みってのはこうなってるんだ。じゃあ、俺の料金もタダでいいんだね。ホッとしましたよ。
 今後もお互い協力しましょうねと、去り際に木を振り返ると、いつのまにか芽を出し実ったのか、俺と同じ顔をした子供がぶらぶらと揺れてました。

 達者で暮らせよ。
 名前は捨吉と名付けましたが、どうせすぐに里親が新しい名を付けるでしょう。
 まあ、すぐ忘れるからいいや。

(「妄想日記コーナー」より転載・2000/06/24の行状)