闇市の少女


 



          

 日曜日にはまだ朝のうちから家を出て、赤羽まで足を向ける。
 闇市へ行く。女を買いに行くのだ。
 大通りに面した教会の裏庭で市は開かれる。そこで売られているのはときに希望だったり、欲望だったり、ありとあらゆる物があるのだ。
 売人の親爺の背後には木製の大きな檻が並べられているのだが、今日もその格子の向こうには、目が一つしかない女や、全身鱗に覆われた女、一尺ほどの背丈しかない女などが、あざけるような顔をして俺を見返している。
 今日は変わった嗜好にしたいな、そう思っていたところに目に付いたのは、檻の奥、ひっそりと身を潜め、怯えたような顔をした一人の少女だった。
 「あの娘がいいな」俺の注文にニヤリと顔をゆがませた親爺は黙って鍵を開け、娘を呼びだした。

 ことが行われるのはいつも教会の屋根裏部屋だ。
 壁に付いた染みがキリストの屍衣のように浮かび上がり、ベッドのスプリングがたてる軋みは賛美歌のように麗しい。
 「さあ、来いよ」
 恥じらっているのか、うつむいたきりの風情に鈍い欲望が湧き起こり、娘の手をとってひと思いに引き寄せた。血の気のない整った顔には表情が無く、人形めいた従順さで胸の中に倒れ込んできた。

 その後のお楽しみについて特に書くことはない。いつもと同じ反復運動、いつもと同じ昂ぶりと喪失感。
 やや違っていたのは、娘の体が確実に反応しながらも相変わらず無表情なままだったこと、そして檻の中から身に着けていた襤褸着を纏いつづけていたくらいか。

 ベッドにうつ伏せのまま死んだように動かない娘の背をみつめながら、俺はなんとなく違和感を覚えていた。どんなに思い返しても、あのときの体位が思い出せない。

 そのときだ、娘の背中がもぞりと動いたのは。
 うつ伏せの背中がくの字に折れて、黒髪に覆われた後頭部が俺の方へと起き上がった。
 「あなた、最高だったわ。」
 甘い擦れ声が漏れ出て、彼女の背中がふらふらと近付いてきた。
 後ろ手にした掌が、背中に突き出た乳房を持ち上げ、たくし上げた裾の合間からは、尻の割れ目にぱっくり開いた女陰がのぞく。

 こちらの彼女は俺ともう一戦交えるつもりなのだろうか?

 その後の事はあまり覚えていない。体の芯におぼえた疼くような痛みと、脳味噌が蕩けるような白熱だけだ。


 客が来ないのだろう。眠たげな目をしている親爺に娘を返した。檻の中へと戻っていくその後ろ姿ははどこか虚ろで、何かが抜け落ちてしまったかに見える。
 「じゃあな」
 声をかけると、娘は淋しげな横顔で微かに微笑んだ。
 俺の背中に移り棲んだ、本当の彼女に別れを告げたのだろう。


 闇市ではいろいろなものが売られている。そこで売られているのはときに希望だったり、欲望だったり、ありとあらゆる物があるのだ。
 今日の収穫も期待に違わず珍しい代物だった。
 これだから闇市通いはやめられない。