インフルエンザ編

インフルエンザ

 インフルエンザはかぜの親玉です。よくインフルエンザとかぜとはちがう、という解説もありますが、インフルエンザも立派なかぜの一つです(インフルエンザ感染症の恐ろしさを強調するための表現と思われます)。たしかにかぜウイルスの中で最もありふれたライノウィルスなどとは症状が異なりますが、アデノウィルスなどインフルエンザと似た症状を示す、ウィルス感染症も存在します。
 
 インフルエンザ騒動は今や毎年冬の風物詩となってしまったので、ワイドショーや新聞雑誌などの無責任な報道・記事に振り回されないよう、インフルエンザ感染症について詳細に解説することにします。

 2009年4月、新型インフルエンザ(H1N1pdm)が発生しました。しかし、新型インフルエンザウイルスは日本では大きな被害が出ることなく(健康被害に関しては、です。マスコミの風評被害は甚大なものがありました)、2011年に終息しました。新型インフルエンザ(現在はH1N1pdmと呼ばれます)については、別稿をご参照ください。(→新型インフルエンザについてはこちら

 ●インフルエンザウィルスの構造

 まずインフルエンザウィルスの構造から始めましょう。インフルエンザに関するさまざまな事柄は、このウィルスの構造を知ると理解が容易になるからです。

 インフルエンザウィルスは、オルソミクソウィルスというグループに属している、大きさが100nm(1mmの1/10000)の中型のウィルスです。

 中心にRNA(リボ核酸)という遺伝子を持ち(右図の真中の8本のまだら紐のようなもの)、外側には、NAとHAという2種類のとげが林立しています。その他に、M2という蛋白質(右図の白い棒)も存在します。

 右図で赤いとげはノイラミニダーゼ(NA)と呼ばれる蛋白質で9種類あり、緑のとげはヘムアグルチニン(HA、赤血球凝集素)と呼ばれる蛋白質で16種類あります。

 ●インフルエンザウィルスの種類

 インフルエンザウィルスは内部(ピンクの所)の蛋白質の種類で、A型、B型、C型に分けられます。

 A型インフルエンザウィルスは、ヒト、水鳥、ブタ、ウマなどに感染し、B型とC型インフルエンザウィルスはヒトにしか感染しません。また、病原性が強いのはA型とB型インフルエンザウィルスで、C型インフルエンザウィルスはあまり病原性はありません(C型は時に小流行を起こします)。

 A型インフルエンザウィルスはもともとミズトリ(かもなど。水禽類)の腸管内で増殖するウィルスでしたが、ヒトなどにも感染する能力を獲得し、宿主を増やしてきました。

 A型インフルエンザウィルスを表わすときは、このHAとNAのとげの番号を組み合わせて表現します。たとえば、3番目の緑のとげ(HA)と2番目の赤のとげ(NA)を持っているA型インフルエンザウィルスはAH3N2と表現します。

 A型インフルエンザウィルスのHAのとげは、トリでは16種類(H1、H2、H3、…、H16)すべて見られますが、ヒトでは3種類(H1,H2,H3)のみです。一方NAのとげも、トリの9種類(N1、N2、…、N9)に対し、ヒトでは2種類(N1,N2)みられるだけです。すなわち、鳥インフルエンザの一部(H1,H2,H3とN1,N2を持ったウイルスの一部)がヒトでも寄生、繁殖できるように進化したと考えられています。

 一方、B型インフルエンザウィルスは、HAもNAも1種類しかありません。

 インフルエンザの増殖

 次にインフルエンザの感染、増殖サイクルを見てみましょう。

 まず、インフルエンザウィルスがヒトの鼻、のど、気管支に侵入すると、緑のとげ(HA)を伸ばして細胞のレセプター(ウィルスのとげがくっつく部位)に吸いつきます。

 次にウィルスは細胞の中に取り込まれ、自分のRNA(自分を複製する遺伝情報の図面です)を細胞に注入します。(このとき、ウィルスの殻は分解します。これを脱殻といいます。)

 細胞の中に注入されたウィルスRNAは、細胞の核(遺伝子を複製する所。細胞の中心)に入りこみ、細胞の核を支配し、自分の分身を作らせます。

 沢山作られたウィルスの複製=分身は細胞から外に出ようと、細胞の表面に移動し、盛り上がって突起となります(出芽といいます)。このとき、ウイルスは緑のとげ(HA)で細胞とくっついているので、これを切断してウイルスを自由にするのが赤いとげ(NA)の働きです。自由になったウィルスは、流血中を広がり、さらに次々と細胞に感染を広げていくのです。

 ●インフルエンザの変異(何故ワクチンがきかないか)

 ヒトのインフルエンザで、現在流行しているA型インフルエンザウィルスは新型(AH1N1pdm)、香港型(AH3N2)の2種類、B型インフルエンザウィルスは1種類の計3種類です(過去にはアジアかぜAH2N2、ソ連型AH1N1も流行しました)。

 すなわち、過去インフルエンザにかかったり、ワクチンを打っていれば、何回もインフルエンザにかかることはないはずです(理論的には3回かかれば免疫ができるはず)。それが何故、毎年600万人から1000万人の人々が罹患し、ワクチンの効果が限られているのでしょうか。

 それはインフルエンザウィルスが、大きな変化と小さな変化を繰り返して、ヒトの免疫の防御システムをたくみにかいくぐって流行するからなのです。

 連続変異

  インフルエンザのHAとNAは不安定で、そのアミノ酸構造を変化させ(突然変異)、とげの形を少しづつ変えていきます。これを連続変異といい、車でいうとマイナーチェンジにあたります。インフルエンザウィルスは毎年連続変異をくりかえしているのです。

 不連続変異

 トリのインフルエンザウィルスとヒトのインフルエンザウィルスがブタの体内で交じり合い、新しいインフルエンザウィルスが生まれることを不連続変異といいます。

  シベリアから中国に渡ったカモのウィルスはブタに取り込まれます。一方、ブタはヒトのインフルエンザウィルスにも感染します。ブタの体内で共存することになった、カモとヒトのインフルエンザウィルスが、HAとNAを取り替えて新しいインフルエンザウイルスが誕生する(遺伝子の再集合という)ことを、不連続変異といいます。
 当然、ヒトはこのウィルスに対する備え(免疫)はありませんから、あっという間に感染が広がっていくことになります。

インフルエンザの症状

 潜伏期間は1〜4日で、感染経路は咳による飛沫感染です。感染力はきわれて強く、一地域に爆発的に広がり、3〜5週で終息する経過を繰り返します。まず、12〜1月にA型インフルエンザが流行り、2〜3月にB型インフルエンザが流行するというのが、例年のパターンです。

 症状は急激な発熱(39℃以上)によって発病しますが、頭痛、筋肉痛、関節痛(からだのふしぶしを痛がる)、全身倦怠感(ぐったりして起きていられない)などの全身症状が強いです。ほほが赤く、目は充血してうるんできます。高熱のわりには、せき、鼻水などは当初は目立ちませんが、やがてせきもひどくなり、ピークを向かえます。腹痛、嘔吐、下痢などもしばしばみられる症状です。

 発熱3〜4日に一度解熱しますが、1〜2日後に再び発熱することが多く、インフルエンザのニ峰性発熱と呼ばれます。この2度目の発熱は1〜2日で解熱し、咳を除けば症状は快方に向かいます。咳はしつこく続く例があり、この場合は肺炎も考えて治療を行います。2度目の発熱が2日以上続く場合は、中耳炎、肺炎など細菌感染が強く疑われるため、必ず診察を受けて下さい。まれに足の筋肉痛のため、歩けなくなることもあります。

 合併症は、子どもでは気管支炎、肺炎、中耳炎、熱性けいれん、ライ症候群、インフルエンザ脳症(後述)などの合併症がみられます。B型インフルエンザはA型に比べて症状が軽いといわれてきましたが、2002/3年のB型インフルエンザの流行時の経験では、A型インフルエンザとあまり症状の差は認めませんでし

 インフルエンザ脳症

 1994年に学童のインフルエンザワクチン集団接種が中止されたころから、老人のインフルエンザ肺炎による死亡と乳幼児のインフルエンザ感染に伴なう脳症が増加し始めました。

 このうち、乳幼児に見られるインフルエンザ脳症については、1998年、1999年に患者が多数報告され、社会的に注目されるようになり、1999年12月に日本小児感染症学会がインフルエンザ関連脳症についての見解を公表しています(付録2)。また、厚生労働省、新興・再興感染症「インフルエンザ脳症の発症因子の解明と治療及び予防方法の確立に関する研究」班(主任研究者森嶋恒雄岡山大学大学院小児医科学教授)によって、2005年11月にインフルエンザ脳症ガイドラインが公表されています(→内容はこちら)。

 インフルエンザ脳症は、5歳以下の乳幼児(特に1〜2歳がピークで、0歳台は少ない)がA型インフルエンザウィルス(AH3N2:香港型)に感染して発病します(ただし、2002年調査ではAソ連型(AH1N1)やB型でも脳症は報告されています)。

 その症状は、まず高熱が出て数時間でけいれんを起こします。しかし、この時点ではインフルエンザの高熱に伴なう熱性けいれんと区別がつきません。ただし、熱性けいれんなら、数分間から数十分でおさまり、回復してくるのが普通ですが、脳症の場合は寝てばかりいて起きてこない、呼びかけても応答がない、目がうつろでボーとしている、見えないものが見えたり、聞こえたりする(「意味不明の言動」)、嘔吐する、さらにけいれんが再発するような症状が続き、おかしいことに気付かれます。

 救急病院で診察を受けると、意識障害の存在、けいれん重積(けいれんがとまらない)などがみられた場合、CTやMRIという脳の形を写し出す検査が行われます。その結果、脳が腫れていたり(脳浮腫)、脳の一部が壊れている(壊死)ことが確認されれば、インフルエンザ脳症として強力な治療が開始されます。

 インフルエンザの発病からこのような脳症の症状を呈するまでの時間は、平均1.4日(約30〜36時間)しかかからず、症状の進行は電撃的です。したがって、抗インフルエンザウィルス治療薬を飲み始めていても、発病を抑えることはできないものと思われます(間に合わない)。2002年調査では、死亡は15%、重度後遺症を残したものは8.5%、完全回復したものは50%でした。

 インフルエンザ脳症の多くが、A香港型インフルエンザウイルス感染に伴って発病します。しかし、なぜ発病するのかは現在まだ解明されていません。インフルエンザウィルス感染が引き金になって発病することは確かなのですが、インフルエンザウィルスそのものが脳炎を起こすわけではないようです(そのため、インフルエンザ脳炎・脳症ともインフルエンザ関連脳症とも呼ばれます)。

 一般にウィルス感染症では、リンパ球、顆粒球、マクロファージ(大食細胞)などの免疫を担当する細胞が協力して病原ウィルスと戦い、炎症という戦場でウィルスに打ち勝ち、病気を治します。この時、それぞれの細胞は炎症性サイトカインという物質を分泌し、指令を出したり、連絡をとり、組織的に戦います。しかし、インフルエンザ脳症の髄液(脳を包む液体)には、この炎症性サイトカインが異常に多いことがわかりました。

 インフルエンザ脳症を起こしたお子さまは、インフルエンザウィルス感染に対して何らかの原因で全身の炎症反応が異常に強くおこり、その結果脳の血管の細胞が大量の炎症性サイトカインに曝され、壊されてしまいます(サイトカインストームという)。そしてその結果、脳血液中の水分が大量に血管外に滲み出し、脳が腫れてしまうのではないかと考えられています。このメカニズムは、インフルエンザ脳症のお子さまでは、脳以外にも肝臓など全身で観察されているのです。

 さらに一部の解熱剤(ボルタレン=ジクロフェナクナトリウム、ポンタール=メフェナム酸)が症状の悪化に関係する疑いが強くなり、ボルタレン、ポンタールの使用については、2001年厚労省薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会で15歳未満の小児において、原則禁忌(原則的には使用してはならない)と決定されました。ただし、現在、我が国の小児科で主に使用されている(諸外国でも用いられている)アセトアミノフェンは、脳症の発症に関連しないと考えられています。

 インフルエンザ脳症については、まだよくその本当の原因はわかってはいません。ボルタレンやポンタールを使用しなくなっても、それだけでインフルエンザ脳症がなくなるわけではありません。ただ、脳症になるお子さまは毎年60〜230名、死亡者は9〜33名と、感染者総数600〜1000万に比べると極めて少数です。きわめてまれな病気と考えてよいと思います。(インフルエンザ脳症の詳しい解説はこちら

 また、インフルエンザ脳症の発生はA香港型の流行と相関しています(A香港型が流行した年(98/99、99/00、01/02)にインフルエンザ脳症が多く発病しています=下図)。したがって、インフルエンザワクチンを接種することによって、A香港型の流行が抑えられれば、集団レベルではインフルエンザ脳症の発病数も抑えられる可能性が期待できるのです。個々(人)のレベルでは、残念ながらワクチンを接種してもインフルエンザ脳症を発病し、死亡したお子さまもおりましたが、インフルエンザワクチン接種は現在インフルエンザ脳症を予防するもっとも有効なアプローチと考えられます。したがって、当クリニックはインフルエンザ予防接種を強くお勧めしています(→インフルエンザワクチンインフルエンザワクチン詳細編)。なお、最近のインフルエンザ脳症の報告は、2004/05シーズンに51例、2005/06シーズンは51例、2006/07シーズンは42例、行われています。

シーズン 患者数 死亡数
1998/99 217 61
1999/00 109 27
2000/01 63 9
2001/02 227 33

 

インフルエンザの診断

  インフルエンザはかつて、@突然の発症、A38℃を超える発熱、B上気道症状、C全身倦怠感等の全身症状、の4点を満たすものとされてきました。インフルエンザと確実に診断するためには、血液を採取してインフルエンザの血清抗体価が上昇していることを確認するか、のどをぬぐってその検体からウィルスを分離・検出するしかありませんでした。

 ところが、1999年にインフルエンザ迅速診断キットが登場してから、インフルエンザの診断は正確に、しかも容易に行われるようになりました。
 現在ではさまざまな迅速診断キットが登場し、A型とB型のインフルエンザを区別して診断できるようになりました(右図はクイックナビFlu(大塚製薬)。上段が陰性、中段がA陽性、下段がB陽性を示している)。


 ●インフルエンザの治療

 インフルエンザウイルスそのものの増殖を抑えるインフルエンザ治療薬(抗ウィルス薬)が登場し、インフルエンザの治療は一変しました。従来は、インフルエンザにかかったら、なるべく家で安静にしているように、といわれてきましたが、現在はなるべく早く病院に行き、検査をし、症状によってはインフルエンザの治療薬を飲むことが最も良い対処法となりました。

 現在我が国で使用できるインフルエンザの治療薬は5剤、現在開発中の新薬が1剤あります。 

抗ウィルス剤

塩酸アマンタジン(シンメトレル)

@効果と作用機序

 1998年A型インフルエンザの治療薬として認可されました。シンメトレルはA型インフルエンザに著効を示し、大体1〜2日でインフルエンザの熱は下がり、他の諸症状もかなり和らげます。シンメトレルの作用は、M2蛋白の働きを抑制し、インフルエンザウィルスの脱殻を抑えてしまうことです。脱殻が起こらないと、インフルエンザウィルスは感染細胞で増えることができないため、インフルエンザはおさまってしまいます(右図参照)。しかし、2日以内に服用を開始しないと、すでにウィルスは蔓延して効果は期待できません。また、B型インフルエンザウィルスはM2蛋白を持っていないため、シンメトレルはA型インフルエンザウィルスしか効果はありません。

A副作用と問題点

 シンメトレルは長期に服用した場合、薬が効かない耐性ウイルスが誘導されてきます。もともとA型インフルエンザウィルスの1万個に1個は、シンメトレルが効かない耐性ウィルス(抵抗力を持ったウィルス)が存在していますが、シンメトレルの作用でインフルエンザウィルスがほとんど死滅した後、この耐性ウィルスが急激に増えてくるのです。この耐性ウィルスは感染している本人には普通のインフルエンザウィルスと同じようにふるまい、特にインフルエンザ症状が重くなることはありません。しかし、他のヒトに感染したときには、シンメトレルが全く効かなくなります(症状が軽くなることはない)。この耐性ウィルスはシンメトレルを飲み始めて、早ければ3〜4日で出現してくるといわれています。 

 さらにM2蛋白の働き(イオンチャンネル活性)に重要な役割を持つアミノ酸が一つ以上変化するだけで、シンメトレルは効かなくなるといわれており、非常に耐性を誘導しやすい薬剤のようです。

 その上、シンメトレルには、興奮したり、夜寝られなくなったり、うわごとを言ったりする精神神経症状や、吐き気などの副作用が時に少なくありません。(2007年にタミフルの「異常行動」が騒がれましたが、精神神経症状はシンメトレルの方がはるかに高頻度です。)
 しかし、薬を止めると症状は消失すること、インフルエンザそのものでも夜寝られない、うわごとを言うなどの熱譫妄がみられるため、副作用に注意を払いながら、投与が行われてきました。ただし、熱性けいれんを起こしたお子さまや1歳未満の赤ちゃんには、使用は好ましくないと考えられています。

 2004年以降、中国では農民と当局がぐるになって鳥インフルエンザ対策として、薬価が安いアマンタジンを大量に飼料に混ぜて鶏に服用させていたため、ほとんどのA型インフルエンザがシンメトレル耐性になってしまったことがわかりました(詳しくはこちら)。アメリカのCDC(疾病管理センター)は2006年1月にインフルエンザの予防と治療にアマンタジンとリマンタジン(アマンタジン類似薬)を使用しないよう、勧告しました(報道はこちら)。中国の身勝手で非道な振る舞いで、抗インフルエンザ薬がひとつ(薬剤は2種)消滅してしまったことはまことに残念です。

 2005/2006年のシーズンでは、アメリカのAH3N2(香港型)ウイルスのシンメトレル耐性率は92.3%、日本ではAH3N2の耐性率は65.3%で、AH1N1(ソ連型)でもシンメトレル耐性は急増しているようです。 

B当クリニックの対策

 上記のようにシンメトレルは耐性ウイルスが増えていること、精神症状が強いこともあり、現在は処方しておりません。

オセルタミビル(タミフル)

@効果と作用機序

 タミフルはノイラミニダーゼ阻害剤といって、インフルエンザのNA(ノイラミニダーゼ)の働きを抑える薬です。インフルエンザウィルスのNAは、感染細胞内で複製された無数のインフルエンザウィルスが出芽して、感染細胞から飛び出すことを助けます。このNA(ノイラミニダーゼ)の働きを抑えるノイラミニダーゼ阻害剤(タミフル、リレンザ)が投与されると、インフルエンザウィルスは感染細胞から分離できなくなり、細胞にくっついたまま最後は死んでしまいます(上図参照)。

 タミフルはA型インフルエンザ、B型インフルエンザ両方に有効で、1〜2日で熱は下がり、インフルエンザの症状は軽くなります。インフルエンザの症状を1日程度短縮するといわれています。

  しかしタミフルの効果が現われるには半日以上はかかるため、急激に進行するインフルエンザ脳症の発症を抑えることは難しいと考えられています(2003年にはタミフルを服用したにもかかわらず、インフルエンザ脳症を発症した例もありました)。

A副作用と問題点

 タミフルは副作用として、服用患者の5%に腹痛、下痢がみられますが、症状は軽く服用をやめれば消失します。
 
 薬の効かない耐性ウィルスは、タミフルでも1/100の割合で出現しますが、タミフルの耐性ウィルスはシンメトレルの場合とは異なり、感染力が弱いため、あまり問題にしなくてよいと考えられています。

 また、タミフルを飲んで速やかに解熱しても、ウィルスの排出は数日間は続くこと、解熱後1〜2日後に再び発熱するお子さまが少なくないため、いつまで園や学校を休ませなければならないのか、問題になってきましたが、2012年に小中学校では「発症後最低5日間、かつ解熱後2日を経過するまで」、幼児(幼稚園、保育園)では「発症後最低5日間、かつ解熱後3日を経過するまで」とされ、決着がつきました(登校・登園基準の項をご覧ください)。

 2007年11月ごろから、北欧でタミフル耐性のAソ連型(H1N1)のインフルエンザウイルスが登場し、急速に全世界に広がりました。
わが国でも2008年は2.6%だったタミフル耐性H1N1ウイルスが2009年には93%を占めるようになり(国立感染症情報センターのまとめはこちら)、マスコミが大騒ぎしたことは記憶に新しいところです。
 
 このタミフル耐性H1N1ウイルスは、日本ではマスコミなどで相変わらず無責任な呆言を垂れ流している、専門家ではない「口先評論家」達が騒いでいた、「タミフルを使いすぎると、ウイルスが抵抗力を持ってしまい、効かなくなる」(薬剤の選択圧)などという杞憂とは全く無関係に発生したものでした。すなわちこの耐性ウイルスは、たまたまタミフルが作用するノイラミニダーゼに突然変異が起こり、ノイラミニダーゼの立体構造に変化が生じ(ノイラミニダーゼの275番のアミノ酸が、ヒスチジンからチロシンに置換した)、その結果タミフルが作用しなくなったウイルスだったからです。(→連続変異
 むしろわが国ではタミフルを幅広く使用してきたにもかかわらず、2008年段階では2.6%と、ほとんど国内からは耐性ウイルスは見られなかったのです。

 タミフル耐性H1N1ウイルスは2009年上半期に急激に世界中に拡散しました(WHOのレポートはこちら)が、2009年5月発生した新型インフルエンザH1N1pdmにとって代わられ、現在は消滅してしまいました。

 タミフルの現在の大きな問題点は薬価が高額なことです。この薬の乱用は医療費を押し上げる可能性があります(投与人数の多いため、また世界中で備蓄しているため)。また、ドライシロップと称していますが、きわめてまずい薬で飲み方に工夫がいるようです(食事と一緒に服用することが勧められています)。

 2007年、薬害反対グループと狂騒マスコミによって、タミフル「異常行動」の副作用騒ぎが医学ではなく、社会問題となりました(第2次タミフル騒動→当クリニックの見解はこちら)。人の命に係る深刻な問題を、チンドン屋のような馬鹿騒ぎで面白おかしく囃し立てることがどれだけ医療現場を混乱させ、保護者を惑わし、子どもの健康を危険にさらしているか、彼らマスコミ連中は自らの職業的倫理観に問うことはないのでしょうか。

 タミフルの「異常行動」に関しては、

10代の異常行動1.5倍に=タミフルとの関連「結論は困難」−厚労省

 抗インフルエンザ薬タミフルを服用した10代の異常行動が報告されている問題で、厚生労働省は3日、タミフルを服用した患者が重大な異常行動を起こす確率は、服用しなかった患者の1.54倍とする研究班の調査結果を発表した。ただし調査対象者が少ないため統計的に有意とはいえず、服用との因果関係を結論付けるのは困難だったという。
 一方で同省は、10代への使用制限を取りやめる根拠はないとした。近く安全対策調査会に研究結果を報告し、同会は使用制限を継続するかどうか判断する。

 廣田良夫大阪市立大教授の研究班が20歳未満のインフルエンザ患者9666人のデータを分析。事故につながる恐れのある重大な異常行動を起こす確率は10代では、服用者は服用しなかった患者の1.54倍となった。ただ、異常行動を起こした人数が11人と少なく、データにばらつきがあったため、統計的に有意とは認められなかった。10歳未満では服用者の方が異常行動率が低かった。
 岡部信彦国立感染症研究所感染症情報センター長の研究班によると、タミフルの使用を制限した後も異常行動は大幅には減っていない。異常はインフルエンザそのものによって起きている可能性を示しているという。
    2009年6月3日22時55分配信 時事通信

 と、「抗インフルエンザ薬(タミフル、リレンザ)を使用しても、あるいは無投薬でも、インフルエンザに罹患中は発病2日間は異常行動を来たす怖れがあるので、子どもを1人にしないでよく注意して」という、厚労省の2007年の注意の正当性が、ますます明らかになってきています。

 タミフルの問題ではないのです。インフルエンザにかかったときは、薬を飲もうと飲むまいと2日間は異常行動に注意しなければならない、という正しい警告を、厚労省はマスコミの捏造炎上呆道にも動じず、毅然として、全ての保護者に周知させるべきでした。その上で、タミフルの10代への投与の原則中止などという馬鹿げた愚策は、一刻も早く取り消されなければなりません。

 しかし一義的には、上記厚労省の正しい警告を狂乱じみた「炎上」報道で葬った、捏造マスコミに今なお棲息する、無責任で愚かな口先「ジャーナリスト」とTVで踊るデンパ芸者のお太鼓コメンテータが最も責任が重いと思われます。

 ところが、厚労省の役人の顔色を窺いつつ、プロ市民とマスコミ連中を刺激しないようにと、ただただ無策で結論だけは先送りというこの調査会の事なかれ主義は、典型的な官僚的手法であり、無能無責任の一語に尽きます(厚労省の発表はこちら)。小児科学会も情けないことにこの結論を追認しました。(→声明はこちら
 正確な疫学調査のもとに、10代へのタミフル投与の「原則中止」などという愚策が、一時も早く勇気を持って解除される日が来ることが切に望まれます。

B当クリニックの対策

 インフルエンザの症状を呈し、迅速診断が陽性の10歳未満、成人の患者さんにはタミフルを5日間、処方しています。

ザナミビル水和物(リレンザ)

@効果と作用機序

 ザナミビル水和物(リレンザ)もノイラミニダーゼ阻害剤で、A型インフルエンザ、B型インフルエンザに有効です。吸入薬なので、直接インフルエンザウィルスの感染部位であるのど、気管支に到達してインフルエンザウイルスの増殖を抑制します。(→リレンザの作用を示す動画

 この薬は銀色のカップ(ブリスターという。右図の左の四個の玉)のなかに粉末が入っていて、この2ブリスターを1日2回、5日間、専用のディスクへラー(右図、右側の吸入器)を用いて吸入します。

 リレンザはA型インフルエンザ、B型インフルエンザ両方に有効で、1〜2日で熱は下がり、インフルエンザの症状は軽くなります。インフルエンザの症状を1日程度短縮するといわれています。また、新型インフルエンザウィルスにも有効だと考えられています。また、現在問題になっているタミフル耐性H1N1ウイルスにもノイラミニダーゼの作用点がタミフルと異なるため、効果が期待できます。

A副作用と問題点

 リレンザは吸入薬で、喘息の治療薬のフルタイドロタディスクと類似した吸入用具を用います。吸入薬なので、小さなお子さまには使用できません。2006年2月から、5歳以上の小児にも処方できることになりました。しかし、小学校の低学年(6〜7歳)では強く吸い込むことはなかなか難しいようです。ただ、吸入してむせる子はいないようです。

 また、刺激により気管支喘息の発作を誘発する可能性があるため、喘息のお子さまは使用しないほうがよいとされています。しかし、現在10代のお子さまにはリレンザしか使用できないため、インフルエンザで高熱、全身症状がある場合は、喘息のお子さまにも処方しています。気管支喘息の患者さんでも、特に問題なく使用できています。むしろ、フルタイドで慣れているせいか、うまく吸入できる患者さんが多い印象です。

 リレンザは吸入薬のため、発売以来タミフルの陰に隠れていましたが、10代でタミフルが使用できなくなったこと、2009年タミフル耐性のH1N1ウイルスが日本でも蔓延したために、リレンザの使用頻度も増加しました。

B当クリニックの対策

 現在はイナビルを主に使用し、リレンザはほとんど処方しなくなりました(吸入回数が多いのと、ブリスターの装着が面倒なため)。

ペラミビル水和物(ラピアクタ)

@効果と作用機序

 ペラミビル水和物(バイオクリスト社、日本では塩野義製薬がライセンス)はタミフル、リレンザに次ぐ、第3のノイラミニダーゼ阻害薬の注射薬です。注射薬のため、インフルエンザと診断されたら、15分間点滴で薬が投与されます。長時間作用型のため、1回の点滴で投与されます。(重症例では反復投与も可能。)

 薬が飲めなかったり、吸入することができない高齢者やせき、嘔吐がひどい人でも使用できるメリットがあります。A型およびB型インフルエンザウイルス、H5N1型鳥インフルエンザにも有効です。(ペラミビルの詳細はこちら

 2010年1月13日に塩野義製薬が製造販売承認を得たと発表し、2010年1月27日から発売になりました(報道はこちら)。

A副作用と問題点

 主な副作用は、消化器症状(腹痛、下痢など)のようです。1回投与で長時間作用するので、それに伴う副作用の観察が必要です。また、注射薬なので、使用に制限があります。

ラニナミビル(イナビル)

@効果と作用機序

 ラニナミビルはリレンザと同じノイラミニダーゼ阻害剤で、A型インフルエンザ、B型インフルエンザに有効です。ラニナミビルの前駆体である、ラニナミビルオクタン酸エステルの入った乾燥粉末剤(イナビル吸入粉末剤20mg)を吸入します。

 吸入によって、ラニナミビルオクタン酸エステルが、直接インフルエンザウィルス感染部位の咽喉頭、気管支に到達し、生体の酵素の働きでラニナミビルに変わります。このラニナミビルが長時間気道にとどまり、増殖しようとするインフルエンザウィルスのノイラミニダーゼの働きを抑え、インフルエンザウィルスの増殖を防ぎます。

 ラニナミビルは長時間作用型ノイラミニダーゼ阻害剤であり、ザナミビルの数倍強い抗ウィルス活性を持つといわれています。1回吸入する(イナビル20の容器をずらして左右1回づつ吸う)だけで効果を示します。ただし、ザナミビル(リレンザ)と異なり、10歳以上の小児と成人はラニナミビルオクタン酸エステルとして40 mgを吸入(イナビルを2個吸入)するのに対し、10歳未満の小児はラニナミビルオクタン酸エステルとして20 mg(イナビル1個)を吸入するというように、年齢で投与量(イナビル使用本数)に差があります。

 2010年9月10日に製造販売承認が得られたため、2010年10月19日より発売になりました。

A副作用と問題点

 腎から排泄されるため、腎障害時には減量を考慮する必要があります。長時間作用するので、それに伴う副作用の観察が必要です。

 吸入薬なので、リレンザと同じように幼児に使用できない欠点があります。また、乾燥粉末なので、自力で吸い込むことが必要で、息を吹き込むと細かい粉末が舞い上がり、むせたりするので、吸入前に十分な説明が必要です。(特に小さい子。リレンザと異なり、吸入手技が1回だけのため。)

B当クリニックの対策

 1回の吸入で済むため、十分に説明した上で、年長児〜成人は主にイナビルを処方しています。

ファビピラビル(アビガン)

@効果と作用機序

 アビガン(ファビピラビル:T-705:6‐fluoro‐3‐hydroxy‐2‐pyrazinecarboxamide)は、ヒト細胞内に侵入したインフルエンザウィルスRNAが、ヒト細胞の核を支配し自分の複製を作らせる、RNAポリメラ−ゼという酵素の働きを抑えることで、ウィルスの複製、増殖を防ぎます(右図参照。富山化学工業ホームページより転載。原図はこちら

 RNAポリメラ−ゼを阻害する作用があるため、A、B、C型全てのインフルエンザウィルスの効果があり、高病原性鳥インフルエンザや今後発生する新型インフルエンザ(現在中国で流行しているAH7N9ウイルスにも)にも有効と考えられます。他のウイルスにも効果があったという報告もあります(→ノロウイルスの増殖を抑えたという基礎研究)。

 最近では、エボラ出血熱にも有効な薬剤として注目されており、すでにフランスで実際に投与されています。(→報道はこちら

 感染マウスに対する動物実験ではタミフルより強い治療効果が示されました。ウイルスの放出、拡散を防ぐノイラミニダーゼ阻害剤(タミフル、リレンザ、イナビル、ラピアクタ)とは異なり、ウイルスの複製、増殖を抑えるため、発病後48時間以降でも効果が期待できます。

 アビガン錠200mgは、2014年2月3日の
厚生労働省の薬食審医薬品第二部会の審議で、承認が了承されました。3月ごろ承認される見込みです(報道はこちら)。服薬方法は、第1日目は1回8錠(1600mg)を1日2回、2日目以降は3錠(600mg)を1日2回。全部で5日間布教します。動物実験で胎児に奇形をもたらす催奇形性の報告があったため、妊婦には使用できないことになりそうです。

A副作用と問題点

 動物実験で胎児に奇形をもたらす催奇形性が報告されており、人間でも同様な副作用が起こる危険があるため、妊娠している女性への投与は禁忌になります。

 ノイラミニダーゼ阻害剤(タミフル、ラピアクタなど)がきかない耐性インフルエンザでも効果が期待されるため、当面は新型インフルエンザのみに使用されることになりそうです。

 抗インフルエンザウィルス薬は副作用や価格の問題があり、安易に使用するべきではありません。当クリニックでは抗ウィルス剤を使用するに当たっては、家庭内感染などインフルエンザとほぼ診断できる例を除けば、インフルエンザ迅速診断を行い、診断を確定してから投与することを原則としています。

その他の薬

 インフルエンザの症状をやわらげるため、鎮咳去痰剤(咳、痰に)や抗ヒスタミン剤(鼻水、鼻閉に)、整腸剤、下痢止め(腹痛、下痢に)を適時投与しています。
 抗生剤(抗菌剤)はインフルエンザウィルスそのものには効果はないため、インフルエンザと診断された場合は必要はありません。ただし、中耳炎、肺炎の合併が疑われる場合には投与しています。

解熱剤

 インフルエンザでは解熱剤の使用には注意が必要です。小児では、アセトアミノフェン(コカール、カロナ―ル、アンヒバ、ピリナジン、ナパ)のみが安全に使用できる解熱剤と考えられています(解熱剤の使い方をお読み下さい)。
 ボルタレン(ジクロフェナクナトリウム)、ポンタール(メフェナム酸)、アスピリンは、インフルエンザには使用できません。

 ●登校・登園基準

 登校・登園基準としては、学校保健安全法(2011年3月最終改正)では、インフルエンザは第二種の感染症に分類され、解熱後、2日を過ぎるまでは登校・登園はできないと定められていました(学校保健安全法第十九条二イ→原文はこちら)。しかし、抗ウィルス剤(タミフル、リレンザ、イナビル)の使用が一般化し、診断後早期に解熱し元気になって登校・園したり(解熱してもウィルスの排出は続くため、感染源になってしまいます)、逆に発病5日目ごろに再び発熱する(二峰性発熱)例もあり、いつまで登校・園停止にしたらよいのか、問題になりました。

 そのため、厚労省は2009年8月に「保育所における感染症対策ガイドライン」を発表し、保育園では「発症後最低5日間、かつ解熱後3日を経過するまで」(→詳細はこちら。P.27)を登園基準に定めました。

 また、文部科学省も2012年4月1日より、学校保健安全法の一部を改正し、小中学校では「発症後最低5日間、かつ解熱後2日を経過するまで」、幼児(幼稚園)では「発症後最低5日間、かつ解熱後3日を経過するまで」と変更し、厚労省に基準を合わせました。(→通知はこちら

 この基準は妥当と考えられるので、当クリニックではインフルエンザの登校、登園に関しては、この厚労省、文科省の登園基準を目安に、登校、登園許可書をお出ししています。

本篇中、Medical Tribune別冊「座談会インフルエンザ診療の実際」の図3点を使用させていただきました。

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