お 説 教 集

 

2007年11月4日 年間第31主日

「ザアカイ、急いで降りて来なさい」
(ルカ19・5より)

ザアカイを呼ぶイエス


ロワゼール神父様

先日、いっしょに住んでいる司祭たちが、天国にいったら自分たちはどうなるのかについて話し合っていました。そのなかのひとりは、この世に生まれてから一番よかったことは、素晴らしい人に出会ったことでしたと言いました。きっと、あの世でも素晴らしい出会いが、もっと良い出会いが待っていることでしょう。この世では感じられなかったほど素晴らしい幸せがあるでしょうと、その人は言いました。


私はこのとき、なるほどとおもいました。人生が幸せか、不幸か。これは出会いによって左右されていることは事実です。だれでも最初の出会いはお母さん、そしてお父さん、兄弟、自分がうまれてから最初の出会いによって、深い影響を受けたのです。

この人に出会えてなかったとしたら、いまの私がどこにいるのでしょか。どんな人間になったのでしょうか。昔の先生、友人、偶然出会った人・・など想像すると、きりがない話になります。今日、このお御堂で、この世を去ったなつかしい人たちを思い出しますと、またお祈りしますと、私たちは彼らのために、天の幸せを祈るだけではありません。わたしたちは彼らと出会ったから、いまのような自分になったことも思い出します。

エリコという町に、ザアカイという男がいました。かれは徴税人の頭でした。同じ町のひとたちは彼をこわがっていたかも知れません。それはローマ皇帝のための税を集めて納めていた人だからです。そして彼にはそうした税を集める権限があったのです。彼はけがれたもの、異教の者であるローマの役人でしたから、同じようにけがれて、異教の者同様と見られていました。さらに、彼が金持ちだったと伝えられています。おそらく、税金の一部をじぶんのものにしていたのでしょう。


ザアカイは心のどこかに、自分のやっていることに不満だったようです。こんな生活をして、自分の生活はどうなってしまうのかと、不安に思っていました。若いころに学んだ教訓と現在やっていることがあまりに違うので悩んでいたでしょう。でも、どうしたら良いのか分かりませんでした。しかし誰かからイエス様のことについて聞き、自分の町に来ることを知ったのです。心の中にイエス様を見るだけ、出会ったら何かが変わると期待していたことでしょう。

 

ザアカイはイエス様に出会いました。そして、その出会いによって彼の人生が変わりました。
イエス様は彼の悩みを知っていました。彼が心に強くのぞんでいた解放を彼に与えました。救いを感じた彼は、その志をうけて、分かち合いをはじめました。主よわたしは財産の半分を貧しい人たちにほどこします。イエス様は彼の過去の罪について何もとがめませんでした。ただ、簡単に「今日、救いがこの家を訪れた」といいました。


まさにイエス様が示された態度の源泉は、その2、300年前に知恵の書、きょうのミサでの朗読でもありましたが、その知恵の書の出現です。主よ、全能のゆえに、あなたはすべての人をあわれみ、改心させようとして、ひとびとの罪を見過ごされる。あなたは存在そのもののすべてを愛し、お造りになったものを何ひとつ嫌われない。


わたしたちも日々の生活のなかで、心配や不安、ときにトンネルの先に光を見出せなくなっていることがあります。これは自分が悪いことをしたからではありません。でも、そのとき、もし友人、兄弟、ふつうの人にも出会い、そうした人から力を得ることがあります。こういうことは人生において何回も何回もあったと思いますが、こういうとき、決してただ偶然なのではありません。本当は心の支え、慰めると喜びになる出会いは、神の深遠なる摂理の出会いに関係があるのです。


きょう、これまでに亡くなった方を思い、もし彼らがこの世に帰ったら私たちに何を伝えるのかを考えたとき、きっとキリストと出会ったであろう彼は、さきほどの詩篇の歌詞にあるように、主はめぐみとあわれみに満ち、怒るに遅く、慈しみ深い。主は悩みのうちにある者を支え、食べる物すべて与えてくださる、と伝えるでしょう。

言い換えれば三位一体の限りない愛の内にいる彼らは、いま私たちが互いに支えながら、絶え間なく神に信頼し、決して希望を失わずに、いつもイエス様を求めなさいと言うでしょう。そして「今日、救いがこの家を訪れた」という祝福の言葉を毎日のようにいただけるようにしなさいと言うでしょう。

 


(文章については、特別に神父様からHP掲載の許可をいただいておりますが、テープおこしの段階などで、管理人の判断により修正を加えております。お説教録音テープの聴取が困難なときなど、文の省略もありますので、あらかじめご了承下さい)

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