山からだより 14号  


           

                       
  2010年11月 

 

大変ご無沙汰しております。前回通信を出してから、半年以上たってしまいました。本当に、いつも報告が遅れて申し訳ございません。

 今年の夏は日本では猛暑で、お米の出来がよくなかったと聞いていますが、G村では雨が少なくて、結局、棚田に水が引けずにお米を植えられなかった家族もいるそうです。でも今は、田植えの出来た家族は稲刈りも終え、12月には、モンのお正月がやってきます。1年のたつのが早いこと…子どもたちは、あっという間に大きくなっていきます。子どもたちの成長に負けない図書館になりたいものです。

 

3つの図書館合同ワークショップを行いました                  安井清子

 8月23日から26日3日間、ビエンチャンにて、安井の関わる3か所(シェンクワン県G村、ビエンチャン県S村、ビエンチャン市内D町)の図書館のスタッフが、首都ビエンチャンに集まって、合同のワークショップを行った。G村からは、ツィア・リー、マイワァ・リー、リー・ローの3人。S村からは、ジェ・ブー、マイ・ワァ、マイイェン・ワァの3人。そして、ビエンチャンのD子ども図書館のカオ。経費節約のため、安井の自宅にみんな泊り込み、料理や移動などは、夫が担当した。

 G村の3人は前日の昼にバスに乗り込み、17時間かけ、翌日の6時にビエンチャンに到着。S村からは、バスで3時間。23日の午前中には、全員がビエンチャンに集合した。 

         

8月23日(月)  ビエンチャン市立図書館見学。この図書館は日本の援助でできた図書館だが、建物の大きさも図書館の蔵書も多く、雰囲気もなんとなく日本の図書館っぽい。ただ図書館員は不足しているようで、募集中の張り紙がある。さて、この図書館では、入口に荷物を預けることとなっている。しかし、マイイェンが置いたハンドバックが盗まれるという事件がさっそく発生。しょっぱなから出鼻をくじかれることとなった。荷物を預けろと言うのに、誰も見ていない…ということが原因とはいえるが、図書館員が辞めて、新しい人が入ったばかりとのことで、まだ仕事に慣れていないらしい。マイイェンもこの時に限って、村の人から買い物用に預かってきたお金だの、デジカメだのを持っていたので、結構な損害で、結局、図書館長と話し合い、弁償騒ぎとなったが、図書館の予算がないという事情を切々と図書館長が話すので、結局、私が半分持つこととなった。図書館が公共の施設であること。不特定多数の人々を受け入れる場であること。図書館で起きることに対して、責任を持つ立場に私たちはいることを、身を持って感じることとなった。

 さて、午後は国立図書館へ。国立図書館の児童室は、現状では、子どもの本の倉庫…と言った方がよいような状況で、子どもたちへのサービスをやる場所とはなっていないのは残念である。国立図書館の中で興味深かったのは、ラオスの古い書物ともいえるラーン椰子の葉に書いたバイラーン(貝多羅葉)を見せてもらったこと。これはモン族には馴染みのないもので、担当のトーンスック氏が、面白おかしく説明してくれ、実際に椰子の葉に、各人の名前を昔の文字、タンマ文字で書いてくれ、モンの人たちには新鮮な経験となった。またもう一つ興味深かったのは、数年前にできた視覚障害者のための音のライブラリーの部屋。お話をCDに録音し、それを視覚障害者に届けるシステムが始まろうとしている。そこで、「モンの人たちのために、モン語で録音したいんだけど、ちょうどよかった」と言われ、リーがいきなり録音室に入り、絵本1冊をモン語で読んだ。まるでラジオの生出演をしているような雰囲気だったのに、あがりもせず、上手に読む。「CDができたらプレゼントするわ」とのこと。リーもさぞ嬉しかったろう。

8月24日(火)            D図書館に、SVA(シャンティ国際ボランティア会)の図書館スタッフ、ミンチェン氏、ウィラスッグ氏の二人を講師として招き、ストーリーテリングなどについて話してもらう。ミンチェンは、実は、私が以前SVAで働いていた時、図書館プログラムで一番はじめに入ったスタッフである。当時19歳だった彼は、「働けるのなら何でもいい」と入ってきたが、図書館の仕事がぴったりだったようで、今ではお話の語りの上手さ、お話への熱意は、私が知る限り、ラオスの図書館活動に関わる人の中では一番のように思う。彼の活動に対する熱意が伝わればいいな…と思い、頼んだのであった。

 図書館で日々、子どもたちにお話してあげるのは、決して「芸」になる必要はなく、子どもたちに向き合って、丁寧に、おかあさんが子どもにお話をしてあげるように読んであげればいいのだと、基本的には思っている。しかし、相手が大勢になればなるほど、大勢の子どもたちを惹きつけるのは難しく、そのためには、練習とテクニックが必要となってくる。普段の活動の中で、その語りの準備をし、練習を積んでから子どもに向き合うということがなかなか実践できないものだが、それを実行しているのが、ミンチェンである。ミンチェンは、一つ一つわかりやすく、具体的に、実演を交えながら話してくれた。

「語る前にちゃんと準備すること」「自分が本を好きでなくてはいけない」「自分でお話をちゃんと理解しておくこと」「そのまま話すのではなく、相手の子どもに適する形にして話す。(長さや言葉遣いなどなど)

「ちゃんと練習すること」・・・めくり方、場面と進行、表情、歩き方などなど

「最後に、自分なりのまとめをしないこと。子どもがそれぞれ受け取ればよい」

「実際に、子どもに語る前に、仲間に見てもらって、批判をしてもらうこと」などなど。

 SVAのもう一人のウィラスッグ氏は、ギターをひいて、歌とゲームを教えてくれた。ソフトな語り口で、若いのにお爺さんみたいに柔和なのであるが、子どもに対する優しさがにじみ出ている。

 今回、特に見て行ってほしかったのが、図書館活動の中の、子どもたちに対する姿勢なのである。お話を語ることへの真摯な姿勢も一つであるが、それだけではなく、図書館は、子どもたちがいろいろと経験をする場所。「遊ぶ」ということも含めて、図書館で子どもたちが生きる時間を、いかに豊かに楽しく生き生きと夢中に・・・ということへの姿勢を私たちが持たなくちゃいけないということを感じてほしかった。

8月25日(水) 本屋にみんなで行き、自分たちがほしい本を自由に選んでもらった。その後、D図書館で、子どもたちを相手に、話をしたり遊ぶ。いつも話しているモン語ではなく、ラオス語で話すので、戸惑いながらであったが、大人たちも子どもたちも楽しそうだった。

 夜は、食べ放題の店に行き、最後の打ち上げ。食べ放題なので、みんな山盛り取ってきたのはいいが、後で「食べ残すと罰金!」ということがわかり、最後には、みんなで必死に食べて大笑いとなる。どれもこれも、村から来た図書館員たちにとっては、初めての経験。

 図書館は子どもたちにとって、新しい世界への窓…と常々思っているが、図書館に関わる大人にとっても同じことだ。自分たちの視野を広げ、新しい世界への窓を開いていかなければいけないと思う。今回のワークショップも、技術やテクニックを学ぶというよりも、自分自身の視野、世界を広げるというそのために少しでも役立ったら…と思うものである。また、お互いに顔がつながったことから、今後、子どもたちの交流などへとつなげていくことができればいいな…と願っている。


山の村と首都ビエンチャンで、子ども図書館を通して、思うこと             安井清子

 前号で紹介した、ビエンチャンの「川のほとり文庫」は、正式名は「D子ども図書館」として4月にオープンして以来、近所の子どもたちのたまり場となっている。毎回、近所の子どもたちが、我が物顔で集まってくるが、夏休みなどは、朝から夕方まで1日中いる子が多い。昼休みも帰りたがらない。特に、小5〜中1の女の子たちが中心となり、すでに図書館運営のボランティアのごとき存在になっている。

 山の村の状況では、幼児以外は、図書館に1日中入り浸ることはできない。山の子どもたちは、水くみ、畑仕事、薪背負いなどの家の手伝いをしなくてはいけないからである。学校のある時は、昼休みや放課後に図書館に走りこんできて、ひとしきり本を見てから、家の仕事をしに走って行くような感じで、夏休みは泊まりがけで、家の畑や田んぼを手伝いに行っている子も多いので、夏休みには、図書館に来る子が少なくなるのは、都会とは全然違う状況である。

 いったい、どっちがいいのか?は、よくわからない。山の子どもたちにくっついて歩きまわっていると、彼らが、水くみや畑仕事などの生活の中で、本当に大切な人間の力をうんと身につけているような気がするからである。子どもたちは、生きるための努力をしなければいけないという環境であるけれど、だからこそ小さい頃から身体に身につく、生きる力のきらめきを感じる。自然の中で育つということの素晴らしさを感じるとともに・・・ただ、やはり大変だ。山の子どもたちは忙しい。生活に対して責任を負っている面が多いのである。まぁ仕事と遊びは多分に入り混じっているが…いずれにしても図書館に入り浸る時間は、山の子にはない。

 それに引きかえ、ビエンチャンのここらの子は、時間はたっぷりある。「ただ遊ぶ!」という時間を持っている。そんな中で、図書館に来るようになった子は、絵本やお話に接し、工作したり絵を描いたり、歌をうたったり踊りをおどったり・・・この図書館を自分たちが好きなことを何でもできる「子どもの砦」みたいに思っているらしく、一人ひとりが、主みたいな顔をして、さまざまな活動を発展させてきている。ここ半年、そんな子どもたちの姿に接して、「子どもにとって、ただ遊ぶという時間は必要だな」と思う。子どもの頃に、ありあまる時間を持っているということは、なんて素晴らしいことだろうか!

 一方、このビエンチャンの図書館を取り巻く環境は、非常に危うい。覚せい剤など薬の蔓延は、子どもたちの傍にまで入ってきている。また、都会生活の中での貧困は厳しい。田舎では、お金がなくとも自然に助けられて生きられる部分がまだまだ強いが、都会生活の中では、すべてが金である。田舎の大変さとは違った大変さ、厳しい現実が、子どもたちの回りを取り囲んでいる。

 ここで子ども図書館に関わるようになって、「どんな子どもたちであっても、現実の世界だけに生きるのはシンドイ」のだと感じるようになった。それは、日本の子どもにだって当てはまるだろう。ラオスの山奥に住む子どもたち、ビエンチャンの子どもたち、日本の子どもたち…どんな子どもでも、環境は違えども、自分を取り巻く現実だけの世界にしか住んでいなかったら、それはやはりシンドイことだろう。だから、やっぱり、どんな子どもたちにとっても、本、お話、そしてその間をつなぐ大人の存在はどうしても必要なものなのだろう…と思う。それは、現実逃避ではなく、子どもたちの心の世界を広げるもので、子どもの時にしかできない、心の基礎を作る。そして、大切なのは、いくら世界を広げる…と言っても、それはテレビではダメなのである。なぜか?というと、それは他人と機械が作り出したペースにそのまま流されることになりやすいからである。そうでなくても、世の中の大きな流れには立ち向かうことは難しいのだから、小さな頃からテレビ漬けの流される生き方になってはいけないと思う。

 おおげさなことを言うが、「いったい何がしあわせなのか?」ということを考える。結局、自分という人間が自己をしっかり持って生きていくことができる…ということではないだろうか?自分は何をやりたいのか?どうやって生きたらいいか?それを考えることができ、それに向かって努力することができる人間になることができれば、幸せへの第一歩と言っていいのではないか?…あとはもう、自分次第である。そんな子どもたちになってほしい。だから、他人の余計なおせっかいだと思いながらも、きっと、こんなことをやっているのだと思う。

日本での活動 2010年6月〜11月

ギャラリー亀福 にてモンの刺繍の作品を展示                        2010年6月8日〜13日

 東京・国立にあるギャラリー亀福にて、昨年に引き続き、展示をした。今回は、藍と麻によるモン族のスカート作りの工程を写真で紹介するとともに、これまでに、図書館活動の中で作り上げられた刺繍の絵本などを紹介。G村で作られた刺繍の絵本の原画も展示した。

石川県・小松市「空とこども絵本館」にて写真展と講演                 2010年10月9日〜15日

 これまでに私たちの図書館活動に対して援助下さっている那谷寺清水基金の後援で、市立「空とこども絵本館」にて、G村の写真展示、図書館活動についての講演を行った。同館は、とても素敵な絵本図書館で、私たちも今後、参考にさせていただきたい場所である。写真展の会場では、清水基金の方による、民族楽器などの演奏もあり、和やかな素敵な空間となった。

出雲市の保育所と鰐淵・猪目分校を訪問                 2010年10月19日〜21日

 ここには、以前SVAで図書館担当をされた野津氏と、夫人となったプッタワンさんがいる。お二人の紹介で、近くの保育所と、小学校の分校を訪問。鰐淵・猪目分校は全校3人。ラオスのお話と人形を見せる。3人は絵本にラオス語の訳を貼る活動をしている。しかも手作りのキーホルダーなどを売って資金にしていると言う。ラオスに戻ってから、さっそく子どもたちからの手紙と絵を送ることにした。今後、子どもたちの交流ができればいいなと思う。

新潟市立潟東中学校、潟東南小学校を訪問              2010年11月4日〜5日

 中学、小学校、PTAの集まりで、ラオスの子どもたちと図書館活動の話。写真も展示。



計画変更についてのご報告

 前号で、「国際ソロプチミスト東京‐葵」のみなさまからのご援助が決まっていたG村に集会所を作る計画が変更になるかもしれない…という報告をしました。結局、G村での集会所の建設は現時点では中止になりました。様々な変化が村に起こり、村長たちがその計画推進について責任をもちかねる…という話になり、結局、そのような状況で進めることについては、難しいと判断して、集会所への援助は降り出しに戻すことになりました。

その代わりとして、ビエンチャン市の「D子ども図書館」の建設・図書館整備などの費用として使わせていただくことになりました。「国際ソロプチミスト東京―葵」の皆さまには、大変なご迷惑をかけることになりましたが、みなさまの心温かいご理解とご協力に、心より感謝しております。

まことにありがとうございました。