ラオス 山からだより  17号  

            20124月 










 新しい年となりました。4月に何を今さら・・・と思われるでしょうが、ラオスでは、4月がお正月です。でも、モンの村では、昨年の11月にお正月をすでに迎えています。ラオスは、50あまりの民族が住む多民族国家ですから・・・民族によって、お正月の時期も違うのです。

ゲオバトゥ村の太郎の図書館も、20074月に図書サービスをはじめてから、丸5年がたち、6年目に入ります。子どもたちも、すっかり大きくなりました。上の写真の子どもたち・・・今、小学校5年生ですが、6月には卒業し、9月からは中学生になります。モンの子どもたちは、大きくなると家事や農作業の手伝いで忙しいし、中学生になると、学校が遠くなるので、ますます図書館に来られなくなります。でも、せっかく図書館に来ていた子どもたちです。中学生になってからも、図書館に来続けてほしいです。

村の図書館は、毎回、大勢の子どもたちに利用され、図書館スタッフの語りもなかなか上手で、その点は、私が関わる他の図書館よりも上です。村のモンの子どもたちは、絵本を見て、お話を聞くのが大好きなのです。でも、問題は、なかなかラオス語の本を読めるようにならない・・・ということです。ラオス語とモン語はまるっきり違う言葉なので、仕方ないことではあるのですが・・・・。今、関わっているビエンチャンの子ども図書館の子どもたちは、図書館では遊んでばかりいるのですが、本を借りて行く冊数は多いのです。やはり、ラオ族の子どもたちが、小学校低学年で、ラオス語の本を読めるようになるのとは違って、モン族の子どもたちが、ようやくラオス語を読み、意味をわかるようになるのは、小学校高学年のようです。だから、中学生に対しても、図書サービスを考えていかないといけない。これまでは、小さい子どもたちを中心の対象に考えていましたが、今後は少しずつ範囲を広げていく必要があるでしょう。今の子どもたちの将来は、村の中だけにはとどまっていないでしょう。今後、より広い世界で、自分の人生の選択肢を広げていくためには、どうしてもラオス語の読み書きが必要となり、本を通して、より広い世界と出会っていくことが必要となるからです。

6年目をむかえ、私たちも、村の子どもたちと一緒に、少しずつ成長する図書館でありたいと、ますます思っています

  



「ゲオバトゥ村の影絵の夜」                       20111210

安井の主人ノイが所属する人形劇グループ「カオニオ」のメンバーと一緒に、昨年秋、モンの民話を影絵に仕立ててみた。ゲオバトゥ村には、まだ電気が通っていない。(今年の夏頃までには、電気が通る予定がある)真っ暗な夜、光と影で演じる影絵ができたら、きっと楽しいだろう・・・とずっと思っていた。選んだのは、「人間とトラ、クマ、イノシシの知恵比べ」と「へっこき嫁」という2話。「へっこき嫁」は、日本の民話であるが、モンにも同様の話がある。実は、200511月に図書館の建設作業のため村に滞在をはじめる時、暗い夜に演じられたら楽しいな・・と、私も影絵を作ってみたのだが、実際に一人で演じるのは難しく、そのままになっていた。一部、その人形も利用してもらい、「カオニオ」のメンバーが1か月かけて、新しい影絵芝居へと作り変えてくれた。




子どもたちとのワークショップ

 ゲオバトゥ村は、まだお正月休みが続いていた。(モンの正月は、1125日からだったのだが、まだ正月気分が残っている時期だった)お正月でいいのは、子どもたちがずっと遊んでいられるということだ。普段なら、子どもたちは1日図書館に入り浸るということができない。水汲みや農作業、牛の世話などをやらなくてはいけないからだ。でも、お正月は、遊んでいていい。子どもたちが1日図書館に入り浸ることができたのは、ワークショップを行うには、本当にちょうどよかった。

1210日の夜、影絵の公演をすることになった。その前、朝から夕方までの時間を使って、子どもたちが、「自分たちで影絵の人形を作って演じる」というワークショップを行った。メンバーが説明をした後、「やってみたい人!」ときくと、11人が勢いよく手を挙げた。象グループ、ブタグループ、人グループ、魚グループの4つに分かれ、さっそく、各自ボール紙に絵を描き、切り取り、色セロハンを貼る。






子どもたちが作った影絵の人形。なかなか面白いものができた。

 それぞれのグループが、幕の後ろで、演じてみる。たとえば象グループは、「人間が象を捕まえようとすると、小さな象、中くらいの象、大きな象が出てきて、人を突き飛ばして、人が逃げる。」ブタグループは、「大ブタが子ブタを連れて食べ物を探しに行く」といった簡単なストーリー。

 私は、モンの子どもたちは、普段、けっこう恥ずかしがり屋なので、できないんじゃないか、と心配していたのだが、みんな、結構上手に作り、そして演じることができた。

 思うに、これが、図書館活動の入っていない山の村の子どもたちだったら、いきなりはできなかっただろう。            

ここに来ている子どもたちは、毎回、短時間であっても、5年前から図書館に来て、絵本を見たり、お話を聞いたり、お絵かきをしている子どもたちだ。やはり、少しずつ、いろいろな力が子どもたちに蓄積されてきているに違いない・・・と、それがうれしかった。

 観客の子どもたちも、友達の演技を一生懸命見ている。






















影絵の夜

 さて、暗くなった頃から、影絵の公演がはじまる。でも、残念なことに、昼過ぎから、冷たい雨がシトシト・・・そしてザーザーと降り始めた。この時期は、本当は乾季なのに・・・である。ここノンヘート郡は、霧深いので、霧雨のようになるが、今夜は本降り。しかも、寒い。演じるメンバー3人はビエンチャン出身で、寒い気候には弱い人たちだから、手がかじかむくらい寒くて大変そうだが、見る村の人たちの方も同じく大変だ。夜になって寒くなった中、雨に降られながら・・・・ビニールシートをテント代わりに張ったが、狭いので、冷たい雨に、みんな押しあいへしあい・・・「見えない見えない」と・・・騒然となる時もあったが、それでも、結局はドミノ倒しみたいにもならず、ちゃんと見ているのには感心する。

みんな、顔・顔・顔を並べて、本当によく見ていた。演じる方がラオス人なので、ラオス語で演じたのであるが、モンの民話だということもあろうが、子どもたちはよくわかっていたようだ。私は一番前に陣取って、影絵の画面と子どもたちの顔を写真で撮っていたのだが、子どもたちの顔に感激した。

本当に、こんな子どもたちの顔に出会えただけで、幸せである。

お話を聞く力がある子どもたちは、見る力もあるのだ・・・と思った。

 

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「マイワァの魂を送る」

前号でお知らせした、前スタッフ、マイワァの死の後、図書館にちょっとした異変が起きるようになった。何も悪いことは起きていないのだが、気配を感じるという。そして、私が図書館を訪ねたある日、なんとヘビが段ボールから出てきた。私も、このままにしておくのはいけないような気がして、スタッフの一人とともに、シャーマンのお爺さんを尋ねた。盲目のシャーマンのお爺さんは宙を見るようにしながら、私の手をとると、「これはね、亡くなったマイワァの魂が、図書館に戻ってきているんだよ。今でも、図書館を守っているつもりなんだ。今日のヘビも、いますよ…ってことを、あんたに知らせるために出てきたんだ。彼女は、自分も図書館でみんなと同じように働いているのに、自分だけお金をもらえないのは不公平だって訴えているんだよ。だから、あんたは、彼女にお金を払わなくちゃいけないよ」と言う。 

彼女の魂が、図書館に帰ってきている…というのは、嬉しいような痛ましいような…なんとも言えない気がした。彼女にとって図書館という居場所が、そこまで大きかったのだろうか? でも、いつまでも来ていてはいけない。ちゃんと魂は昇天していかなくちゃ。シャーマンのお爺さんは、「あんたは、どうしても払ってあげなくちゃいけないんだよ。分割払いにするかね?一括払いにするかね?」と言う。私が、「一括払いにします」と言うと、お爺さんは、「一括なら、250ヤーコウチェンコウ、250チュアンダウ」と言う。それは、お金と言っても、あの世のお金、「紙」である。舟型に折った紙と七夕飾りのように切った紙が、あの世のお金なのである

「マイワァは自殺したから、あの世で貧しい暮らしをしているんだ。いろいろ苦しいんだよ。だから、お金と一食の食事を送ってあげなさい」とお爺さんは言った。

 影絵公演の前日、村のシャーマンに頼んで、準備したお金とごちそうをマイワァに送ってもらった。つまり、お線香とともに紙を燃やし、煙を送るのである。

「マイワァよ。図書館のみんながあんたにお金を送るよ。だから、このお金を使って天国で暮らしなさい。もう図書館に出てくるんじゃないよ。安らかにお暮し」とシャーマンが言いながら、紙を燃やした。煙が勢いよく空へと立ち上って行った。本当に、彼女の魂に届くような気がした。







〈震災から1年〉

大震災から1年がたちました。この冬はとても寒い日が続き、仮設住宅で暮らす人達にとっては殊更に厳しい冬だったでしょう。15千人以上の人が亡くなり、行方不明の方もまだ3千人以上もいらっしゃいます。家族も家も何もかも失い、辛い気持を抱えながら生きて行かなければなりません。復興もあまり進展していないようですが、そんな中でも少しずつ前に進んでいる人、まだ何も見通しが立たない人、特に原発事故で避難をしている人達は、先の見えない不安の中で辛い毎日を送っていらっしゃると思います。

せめてこの人達のことを忘れずに、自分の身に置き換えて考え続けなければと思っています。(武内桂子)