ラオス 山からだより 5号 ラオス山の子ども文庫基金        2006年1月 

新年あけましておめでとうございます。

昨年11月から、G村での活動を始めました。図書館活動担当の安井清子と建築担当の鈴木晋作が村に長期滞在して、活動の拠点となる場所作り、そして文庫活動への準備を始めています。この時期、村は霜が下りるほどに寒く霧も深く、最初の頃は、いったいどこから手をつけてどちらへ進んで行けばよいのだろう?と思うようなこともありましたが、1ヶ月の滞在を経て、村の人たちとの共同の輪も少しずつ広がってきて、ようやっと一歩踏み出した・・という気持ちです。

それに先だって11月初め、仙台より、武内桂子さん、横須賀和江さん、及川勝さんの3人が村の建設予定地を訪れました。村の人たちも「タロー・ニア(太郎のお母さん)がいらした」と、みんなで歓迎してくれました。村では今、まるで民話を語るように人々が話しています。

「この村に以前仕事で訪れたタローは、家に戻ってお母さんに『いい村だったよ。年とったらあんなところに住んでも良いな』って言ったんだ。その後、残念なことにタローは事故で亡くなってしまったのだけど、お母さんが本当に村を訪ねてきたよ。そして、ここに子どもたちのために家を作ったら、タローの魂がそこで生きていくんじゃないかって、それで村に家をみんなで建てて、子どもたちの場所を作るんだよ・・・」

1月7日には、東京池袋の東京芸術劇場小ホールで、「ラオス山の子ども文庫基金支援コンサート」が開かれ、満員御礼、とてもすてきなコンサートとなりました。おおたか静流さんの歌、程農化さんの二胡。歌が空気をふるわせて響き、人々の心を動かす。そして、その空気は遠いG村までつながっているんだと思いました。東京のコンサート会場と山の村は全然違いますが、どこかで人々の気持ちはつながっていくと、私は、本当に感じました。おおたか静流さん、程農化さん、コンサートの実現に向けて奔走してくださった関係者の方々、そして聴きにいらしてくださった方々、本当にありがとうございました。

まだまだ、私たちは霧の中、試行錯誤のまっただなかにおりますが、いろいろな人々の応援を受け、歩き始めました。今年もどうぞよろしくお願いいたします。                        (安井清子)



ラオスの山へと響く歌声                                  安井清子

 おおたか静流さんの歌声が、心に響き、そして会場の壁を越えて、海越え山越え、G村の山々まで響いていった気がしました。私はラオスの山の景色が目の前に見えるような気がしながら、歌を聴いていました。そして、会場でいっしょに聴いている人たちとつながることができる・・・・そんな不思議な一体感を感じました。歌の力。

程農化さんの二胡の音も心に染みいりました。二胡ってこんなにすばらしいんだ・・・と驚くほどすばらしく、おおたかさんとのコラボレーションは、本当にお互いを信頼しあい、楽しみながら奏でられた音が響き合っている・・・そんな音が見えるみたいでした。

 おおたかさんは、麻と藍から作られたモンのスカートを着て(というより不思議に巻きつけ)、モンの上着を着て(というより、不思議にひっかけ・・・)様々なモンの衣装のあれこれを、普通でない組み合わせて着こなされていて、とてもユニークですてきでした。モンづくしの衣装で出て頂いて、本当に嬉しかったのです。

 このコンサートのために、2つラオスの歌も準備してくださいました。ドック・チャンパー(チャンパーの花)と、ドック・ブアトーン(蓮の花)の2つ。ラオス語の歌詞の他、ご自分で作った詩での初歌いでした。新年初のコンサートで、初歌いの歌。なんだか幸運になる気がします。おおたかさんも、「初歌いの歌を聴くと、360日命が延びます」とおっしゃっていたから、みんな2〜3年は命が延びたようです。

 とても幸せな時間でした。

「人のつながりで実現したコンサート」

 このコンサートは、人々との出会い、つながりから始まりました。そして、つながってくださった人々のあたたかい心のこもったご協力のおかげで、実現することができました。コンサートで響いたおおたかさんの歌声はもちろんですが、こうしてコンサートを準備し、奔走し、実現に導いてくださった多くの方々の動きが、本当に心に響きました。 

 私は以前からおおたか静流さんの歌が好きで、よくラオスにもCDやテープを持ってきて聴いていましたけれど、ご本人にはもちろんお目にかかったこともなかったし、まさかこんな形でコンサートをやっていただくことになるとは、夢の夢にも思っていませんでした。

 ひょんなことから、友人の岩本宣明(のあ)さんが紹介してくださった野口潤子さんが、文庫基金の活動に賛同してくださり、野口さんがファンであり、おつきあいも深いおおたか静流さんも会員になって下さったのでした。

 その後、野口さんがこのコンサートの案を出して、まさか!と思っていたら、おおたかさんが快諾してくださり、会場も取れ、実現へと向かいました。私たちは、何もわからずお任せするばかりで、しかもラオスにいるので、何もお手伝いできませんでした。

 企画、交渉、宣伝、事務仕事に至るまで、野口潤子さんと、野口さんのお知り合いの方々、私の友人たちの協力のおかげで、コンサートが実現したのでした。

 この縁のつながりの始めの岩本さんが、20年ぶりだったそうですが、照明を担当してくれました。本当に私がラオスにいて知らない間に、人々が時間と手間をかけ、コンサートに向けて準備をしてくださっていたのだ・・・と、そのことを、コンサートの当日知りました。本当にありがたいことだなぁ・・・と胸が熱くなりました。

 本当に今回のコンサートは、人のつながりから始まり、そして、手作りの、心がこもったコンサートになったと思います。そしてまたさらに、人と人とをつなげてくれました。

 本当に、みなさん、ありがとうございました。

 コンサートの翌々日、私はラオスに戻ってきました。お世話になった方々に何のお返しもできませんが、「あぁ、本当にがんばらなくっちゃ!あんなにみんなの応援をもらったんだから、がんばらなくっちゃ」と思っています。

 私たちのできることは、それだけです。本当に、山の村の子ども文庫を作り上げていくこと。そして、いつか、山の村に子どもたちが集まる、おはなしがたくさん詰まった楽しい家ができ、場所ができた時、今度は、ぜひ、山の村でモンの人たちの歌声と、おおたかさんの歌声が響き合ったらすてきだなぁ・・・もちろん夢の夢の夢ですけれど・・・・そんな日が来ることを夢見ています。       
                                            (2006年1月11日)

 

 

















     おおたか静流さんと程農化さん。  東京芸術劇場。1月7日。   (撮影:つちだ耕平)


2005年度中間報告〜建設編                        鈴木晋作

●準備作業

《はじめに》

ノンヘートのモンの正月は12月2日に新年を迎え、約2週間以上続いた。その間、モンの正月を体験すると共に、村の人々と交流し、お互いの理解を深める良い機会になった。普段は畑仕事で出払っている人が多く、なかなかお互いの顔をみることができない。家々に呼ばれ、または訪ね、話をすることで、絶好の「面通し」の機会であった。村にいて活動することが当たり前であると認識されるようにならなければならない。

今回の準備は、時に手配・作業は順調、直線的には行われなかったが、主に村とその近郊で行った。これを通して得た情報と関係性は、以降も村の材料、人の個性・技術を知り得る、村の「新たな地図」であると言える。

《作業の進捗状況》

今回の滞在は、材木に関わる郡の行政上の手続きをすること、わら・竹・土を集め、荒壁土(粘土とわらを寝かせ、強くした土)の準備をすること、屋根葺き材(瓦)の調査、見当をつけること、そして最も難題な材木を探すことであった。左官材料(粘土、わら)に関しては、必要作業を終え、施工の時まで寝かせる。瓦に関しても、担当者をベトナムに派遣して、製作を開始する運びとなっている。材木に関して材の大きさを見直し、一部は購入済、その他は発注して製材を待つ。以上、必要な準備・手配は大筋で完了している。               

敷地にて、絵本の仮の空間(簡単な屋根空間)をつくることやワークショップ(土壁の実演、試し塗り)を予定していた  子どもたちと山の畑に藁を取りに行くが、時間的な制限、人手の都合から実施せず次回に持ち越した。  

次の訪問の1月中旬には、その仮の空間を設けて、文庫活動も建設現場の横で定期的に活動を繰り広げる狙いである。

工事は人集め、材料発注(麓の町で手に入るセメント、砂、砂利)から始まって、基礎工事と木工事(カンナがけから)行う。人材があれば、時期を重ねて同時に行える。                             


その間、準備した粘土とワラは寝かして腐るのを待ち、竹は風に当てた後、囲炉裏の上に渡して乾燥・薫蒸(燻して、防虫対策)させる。

これらの作業も、山間の農村の生活、共同体が生きているからできることであり、例えばビエンチャンのような都市部などの山での「暮らし」が無効な地域では、大変困難なことである。

●「口から口へ手から手へ」〜多くの人が参加すること

今回の作業は一家族から一名、一日の労働提供をしてもらった。つまり村の中心施設の為の全世帯参加の共同作業である。村長と話し合い、各人に作業を割り当て、実施した。人手が不足した分、作業が増えた分に関しては、自主参加を募り行った。

それらの多くを積極的に参加してくれた数人の協力者に負っている。

効率や作業の進め方については、課題が残ったものの、概ね参加状況は良好であった。

それは、これまでの安井さんの活動が村の人にも伝わっていることが何よりの要因である。そして扱っている材料は、農作業、山での暮らしの中で常用されるもので、方法(土壁など)が新しいだけである。情報は、口から口へ伝わり、方法は手から手へ伝わる。

●「+αの図書館」〜建物の活性要素=寒さ対策、快適な家、集まりたい場所として                      

ラオスは熱帯地域と言ってもこの村は、冬には霜が降りる、鼻水は滴る、豚も震える。だから「流行」の手入れの簡単なコンクリートの土間も足からじわじわと熱を奪い、心底身体を冷やす。(裸足、サンダルの生活)この経験から、逆に足からぬくぬくと温まるような床のシステムを考える発想が出てくる。それは、建物の骨格(構造・用途)とは違う面でこの村に適した建物のシステム(村での有効な寒さ対策、廃熱利用)としての可能性を持っていると考えられる。

身をもって体感しながら設計から建設へと実践に移す。

付け加えて、毎年二,三,四月は水不足になることから雨水や廃水の積極的な利用も取り入れたい。

(すずき)





『太郎の子ども図書館管理棟計画』

建物名:図書館管理棟(2年目に図書館本棟建設)

用途:文庫活動拠点、管理者滞在  構造:木造1階建+上屋(採光) 室内面積約24u

工期:2005年12月〜2006年4月

壁:竹木舞下地、土壁+漆喰(現場採取)床:板+土間

建設活動(2年間)の1年目の試行である。

構法は、日本の伝統工法から発想を得て、細材を経済的に使い、ダボ栓で補強し、3本併せた柱、梁の構造、出来るだけ金物を少なく使用した木組みを考える。なお、施工は適性に合わせて村人が行う。

特に基礎(床、床下)、主構造(土台、柱、梁)、屋根(小屋、屋根材料)は耐久性の高い材料(材木=マメ科の堅木、屋根=粘土瓦)と方法(交換可能な部材、雨仕舞い)を採用する。

壁には、世界各国で見られる「土壁」を採用し、「自由な配置の窓」「明るい室内」「板面材を使用しない壁作り」を、村の住まい作りの新たな方法として提案する。村には、個性的な土(粘土分が安定し強い土、砂分の多く割れにくい土)がある。竹、わらも基本的には購入することなく手に入りやすい。

作業に関して、基礎、木工事には、大工工事が得意な人、好きな人を中心に「稼ぎ」として割り当てる。山での材料調達、塗り壁、その他の簡単な工事には、分け隔てなく「仕事」「楽しみ」として参加できるプロセスを考える。

                        







   




1年目の建物の模型。図書館本体ではなく、準備作業小屋、また宿泊などの生活空間としても使用する予定。