ラオス 山からだより 8号 
                               2007年8月 



暑中お見舞い申し上げます。暑かったり涼しかったり、干魃になったり水害になったり、変ですが、ラオスでも、最近、毎年、変です。今年は、私が村に滞在していた5月の時点では、雨が少なくて、棚田に水が入らないと言っていました。今頃はどうなのでしょうか?

 日本人から見ると、昔ながらの素朴な生活をのんびりと続けているように見える、ラオスの山の村においても、実は伝統的な生業だけでは成り立たず、生活のサイクルとバランスが狂いはじめてきていることは否めません。人々は変化の中で、右往左往しはじめているように思えます。実際今年に入ってからも、数家族が、村から離れていきました。これまでは、金なんかなくたって、お腹いっぱい食べて幸せに暮らしてきた人々が、今、「金がないと、幸せだと思えなくなってしまう」社会に巻き込まれつつあるのです。不気味な目に見えない「うねり」が、こんなラオス・ベトナム国境の山の村にも、ひたひたと迫って、巻き込もうとしている・・・そんな感じがしてしまいます。

 そんな世界的な「うねり」には、とてもかないません。結局、私なんかができることが、あるのでしょうか?

 へんてこな論理だけど、そこで、「たろうのとしょかん」です。

 子どもたちが、自分で絵本のページを開き、新しい世界に出会っていくこと・・・・夢中になっておはなしを聞くこと・・・それは、子どもたちにとっては、本当の人生経験と同じほどで、そして、その経験が心の世界をより豊かに広くする。子どもたちがこれから成長していき、出会う様々な岐路で、より広い視野を持ち、適切な価値判断をして、自分で人生を選択して歩んでいく。全体の流れに流されず、一歩立ち止まって、自分にとって何が大切かを考える・・・そんなタフな心を持った人になってほしい。彼らの人生の礎のために、きっと少しは役立つだろうと思って、この図書館活動をしているのだ!と思っています。

 もちろん、これは反対も同じで、私たちは、「たろうのとしょかん」の場で、山の村の人々、子どもたちとの出会いを通して、「人間に大切なこと」をたくさん教えてもらっています。

 「たろうのとしょかん」は出会いの場所です。これから、モンの子どもたち、村の人々だけでなく、日本人も含めて、人と、自然と、本と、おはなしと・・・いろんな出会いが生まれることを願っています。     (安井清子)


「図書館の活動報告」

 現在、G村の図書館は、週2回開いている。水曜と金曜。朝7時半から夕方4時半まで。

 図書館員は村の女性2人。6人の子どもの母、ニア・ノーポーと、20歳のツィアである。朝、まず掃除。図書館は板の床張りである。土間のモンの家と違って、土足厳禁であるが、靴を脱いでもモンの子の足の裏は、土足同様。足洗い場も作ったのであるが、やっぱり汚れることは仕方ない。朝、二人は、図書館回りと中をきれいに掃き、床を拭き、足洗い場の水を入れ替え、本を本棚に揃え・・・・テキパキと開館準備をする。

午前中は、すでに子どもたちは学校へ行っているので、就学前のおちびたちがやってきて、一人前の顔をしてページをめくっている。赤ちゃんを抱いたお母さんや、農作業へ出かける若者がカゴを背負ったまま寄って、本を借りていくこともある。

昼前、小学校の昼休み、子どもたちが一気にバタバタとやってきて、急に賑やかになる。子どもたちは入ってくると、男の子は青く塗った石、女の子は緑に塗った石を、「子ども」と書かれた箱に入れる。箱は、「子ども」「大人」「年寄り」に区分けされている。ちなみに「子ども」は小学生以下。「大人」は中学生〜高校生、未婚の若者まで。「年寄り」は結婚して2人くらい子どものいる人から・・・だそうである。モンはあっというまに、年寄りになってしまうのだ。

「えっ、じゃあ、私は当然年寄りよね?」とニア・ノーポーにきくと、「あんたやツィー婆ちゃん(80歳過ぎのしわしわ婆ちゃん)は結婚してないから、子どもよ、ハッハッハ」。夕方閉館後、この石を数えて、図書館の来館人数を数えているのである。ふと見ると、小さいおちびが、石を入れ替えては遊んでいることもあるので、とっても正確・・というわけではないが、多い時には1日に100人近くが利用する日もあり、そんな時は足の踏み場もない。

 小さい子どもたちには本を読んで、お話をしてあげる。大きな子どもたちは自分たちでラオス語の本を読む。特に中学生以上は、普段は麓の学校へ通っているので、     

子ども

大人

年寄り

合計

2007年3月

288

118

22

428

2007年4月

224

174

16

414

金曜の午後、大勢やってきて本を借りていく。 

夕方、水汲みの途中に立ち寄って、バケツをほっぱらかしたまま、しばらく本に見入っていく子どもたちもいて、たまにお母さんに怒られているが、これまで全然無関心だったお母さんの中には、子どもを連れてやってくるようになった人もいて、嬉しい。

 6月はじめから8月いっぱいは夏休み。学校が休みになると、モンの子どもたちは、畑仕事の手伝いでますます忙しいし、図書館員の女の人たちも同じである。「山の村のペースでやっていこう」と、当面は週2回であるが、今後できれば、回数も増やしていきたいし、G村だけではなく、回りの村も含めた地域の図書館活動の中心となっていけるように、人を育てていかなくてはいけない。また、モン族のお話を元にした本作りなど、この村ならではの図書館作りを進めていきたい。

「人形劇がやってきた」

 5月半ば、ヴィエンチャンにベースを置く「カボーンラオ」というラオスの人形劇グループを、私たち、山の子ども文庫基金がG村と協力して呼び、G村をはじめ、ノンヘート郡の中心にある小学校、近隣の村々、計4カ所で、公演をしてもらった。「カボーンラオ」は、日本やスウェーデン、フランスなどでも公演を行っている。今回、ぜひ、ラオスの山の子どもたちに見せたい!と思い、話を持ちかけたところ、スケジュールが急遽決まって、実現した。

カボーンラオが公演で使う人形たちは、椰子の実、竹、カゴ、ほうき・・・デコボコの鍋、やかん、またはお古の服などなど、ラオスのどこにでもある、普通の人たちが生活の中で使う見慣れた材料や、またそこいらに捨ててあるもの・・・からできている。そんな見飽きるほど身近な物が、人なのか、妖怪なのか、動物なのか?不思議なキャラクターとなっている。そのものたちを彼らが演じると、魂が入ったものたちとなって、歌をうたったり、踊ったり、ストーリーを展開する。なんともユーモラスで、人間くさく、あたたかい。




演じ手の顔も見えているし、人間が演じているのもちゃんとわかっているのにも関わらず、子どもたちは、本気で世界に引き入れられている。人形が近づいてくると、「きゃあ〜」と悲鳴をあげて、椅子をひっくり返して逃げ出す子もいて、大笑い。子どもたちはあまりにも真剣に見つめているので、演目が一段落した時、ハァ〜とあちこちでため息が聞こえ、急にざわざわと空気が動く。息をするのを忘れてしまっていたのだ。こんな真剣な出会いの中で、子どもたちの心に残ったものも、きっと大きいだろう。都会から遠く離れた、機会の少ない子どもたちであっても、彼らはちゃんと新しい世界を受け入れる力を持っている。そんな力を伸ばす機会を今後も作っていきたい。

 山奥の小さな図書館ではあるけれど、図書館は新しい世界への窓。今回のカボーンラオも、新しい世界からの風でした。




最後に、繰り返しになりますが、建物ができて本が入ったからといっても、それで図書館ができあがったわけではなく、これからなのです。今後、山の村の人々、子どもたちによって、どんな活動が行われていくのか? 何年もかけて、どのような図書館になっていき、みんなの場所として活動が根づいていくのか? それとも使われなくなってしまうのか?・・・・これからが本番だと思っています。 また、村から一歩出て隣村に行っただけで、本も絵本も見たことのない子どもたちが、まだまだたくさんいます。G村の「たろうのとしょかん」を拠点として、より多くの子どもたちへ、活動を届けるためにはどうしたらよいのか? 山の民モンに伝わる口承文化を次世代に継承していくために、どうしていけばよいのか? また、図書館からは離れますが、これまで土に生きてきた彼らが、生業が変わりつつある中で、どうやって民族のアイデンティティを守り、村に根ざした生活を続けていけるのか?・・・・様々な課題があります。

これからできるだけ、私たちは、ラオスの山の図書館と、山の村の現状を、みなさんにお伝えしたい、投げかけていきたいと思っています。結局は彼ら自身の問題であり、私たちは端で手をこまねいて見ているだけ・・・・になるのかもしれません。でも、少しでも一緒に考え、百分の一でもいいから、我が事として一緒に喜んだり心配したりできたら、少しは、世の中、よくなるような・・・気もするのです。一人では何もできませんが、何人かが自分の得意な知恵を持ち寄れば・・・もしかしたら、文殊の知恵?

 とにかく気長に、あきらめず、頑張っていきたいと思います。

 どうぞ、これからもご支援をよろしくお願いいたします。