ラオス 山からだより 22号 
 
             20151

あけましておめでとうございます。

2015年の幕開けです。

私たち「ラオス山の子ども文庫基金」は、2004年に結成し、2005年から、ラオス、ゲオバトゥ村図書館建設をはじめました。ということで、活動をはじめてから、早いものでもう10年の月日がたったのです。(図書館がオープンしたのは2007年なので、オープンしてからは、8年)。本当に多くの方々に支えられて、ここまで進んでくることができました。

昨年は、村のコミュニティセンターもオープンすることができました。今後は、子どもたちだけではなく、若者たち、大人も集まる場所として使ってもらえれば、これ以上嬉しいことはありません。コミュニティセンターには、モンの記憶……これまでに録音してきたモンの民話や、村の生活の様子を記録したビデオなどを、村の誰でもが視聴できる形にしておきたいと思っています。まだ一部しか入れられておりませんが、今年には、なんとか、コレクションを整えていきたいと思っております。

図書館をオープンした頃、「今、絵本をめくっている子どもたちが大きくなって、図書館の担い手になってくれたら、本望」と思ったことがありました。今後、そんな子どもが出て来てくれたら、嬉しいことです。図書館は「人」で支えられています。図書館を支える「人」を、どう育て、どう継承していくことができるのか? 今後、いつかは私たち日本人はフェイドアウトすることを考えると、「人」を育てることは本当に、今後、ますます真剣にとりくまなくてはいけないことだと思います。

それにしても、よくここまで続いてきたと……と思うと同時に、まだまだ至らないこと、できていないこともたくさんあり、また気持ちを新たに、これからも頑張らなくては……という思いもひとしおです。

これまで、ずっと応援をしてきてくださって、本当にありがとうございます。

どうぞ、今年もよろしくお願いいたします。                    (安井清子)

昨年8月にパキスタンに行ってきました。昨年は13回忌にあたり、太郎がお世話になっておりました会社の社長さんがあちこちに手配をして下さって、私たちを連れて行ってくれたのです。今のパキスタンの現状では再び現地に行くことは無理だろうと思っておりましたので、実現できたことに感謝しております。事故現場はインダス河に沿って作られているカラコラムハイウェイの中国側から三分の一ほど下ったチラス付近でした。現場はインダスの流れに呑みこまれてしまって、足を踏み入れることはできませんでしたが、道の山側に作られた石碑は無事に残っておりましたので、持って行った写真やお菓子、イスラマバードのホテル(日本人女性が経営していました。)で用意して頂いたたくさんのお花をお供えし、お参りしてきました。8月下旬には珍しいというほどの良いお天気に恵まれ、イスラマバードからキルギットまで飛行機で行くことができ、太郎が最後に行ったフンザという町まで足を延ばすことができました。帰りはキルギットからチラスを経て3日間かけてカラコラムハイウェイをイスラマバードまで南下しました。チラスからは太郎たちも見られなかった景色だったのです。沢山の村や町を通り、パキスタンの現状の文化や生活環境に触れ、考えさせられた旅でもありました。ノーベル平和賞を受賞したマララさんの勇気ある行動に深い敬意をはらい、パキスタンの子どもたちや女性が平和に暮らせる日の一日でも早い実現を願っております。

安井さんが本を作っていることは聞いておりましたけれど、内容は知りませんでした。このたび「ラオス 山の村に図書館ができた」が出版されることに改めてお礼申し上げます。楽しみにしています

(武内桂子)

トンのこと

 トンは、図書館建設時から、私たちがお世話になったサイガウ爺さんの孫だ。爺さんの長男、ゾンブーの次男である。

モンは、長男が家を継ぐのではなく、長男から家を出て行き、末の男の子が家を継ぐ。長男のゾンブーはサイガウ爺さんの家を出、隣に小さな家を建てて住んでいた。ゾンブーには、リー(男)、トン(男)、ガオジェ(女)、メドン(男)という4人の子どもがいるが、2001年に、武内太郎さんがテレビ取材で、この村を訪れた時、リーは三脚をたてるのを手伝ったり、山の撮影にくっついていったりしていたのに、トンは一緒に行っていなかったところをみると、彼はまだ小さかったのだろう。トンが、爺さんの家で、太郎さんと一緒に写った写真がある。

2005年の末から、私たち(安井と建築担当の鈴木晋作)は、図書館の建築作業で、村に滞在したが、ゾンブー家は、図書館の建設地のすぐ下だったので、私たちは、ゾンブー一家に本当にあれこれお世話になった。

 私たちは、彼らきょうだいにくっついて畑に行ったり、山にネズミ捕りに行ったり……モンの子どもたちの日々を知ることができたのだった。みんな、とても働き者で、図書館建設の作業も、よく手伝ってくれた。土壁を作るための土をワラと混ぜてねかせておいたのだが、この土とワラを混ぜるために、しばしば水牛に踏んでもらった。この水牛を山から連れてきて、土の溜池の中を歩かせるのを、トンはいつも嫌な顔ひとつせずにやってくれたものだった。

 建設や図書館の仕事が終わった夕方、いつもこの家の囲炉裏端で、手を火にかざして、あたたまりながら、炒り豆やらのおやつをご馳走になった。心もあたたまった。

 無邪気で元気なきょうだいも、成長して大きくなった。長男リーはすでに結婚し、奥さんとともに、ラオスの南、アタプー県というモン族が元々住んでいない遠いところに、出稼ぎに行って1年以上になる。

 ガオジェも昨年結婚した。
 
←トン(右)と兄のリー

 トンはきょうだいの中では、一番勉強ができるようであった。地元の高校に進んで勉強していたが、ある時、村を訪ねた私に、

「ぼくさぁ、学校を辞めた方がいいんじゃないかな? このまま勉強していても、仕方がない気がするんだ。高校に行くとなんだかんだで、親にお金を出させるだろ。それで高校を卒業しても、何の仕事につけるわけじゃなし、この田舎では農業をやるしかないだろ……そんなことなら、もういっそ今、学校を辞めて兵士にでもなったら、親にお金の工面をさせなくてもすむし……もちろん、ぼくは広い世界を知りたい。でもね……難しいんだ」

と話したことがあった。トンはまじめで、その分、悩み深いのであった。苦しい生活の中で、親に苦労をさせてまで自分が勉強していいのか……と悩み、将来の夢を描けずにいた。

その後幸運なことに、トンは、アメリカに難民としていったサイガウ爺さんの妹から支援をえて、ビエンチャンの法律学校へ進むことができ、今も勉強している。

 トンが、ある時、ビエンチャンにいる私を訪ねて言った。

「ぼくは、パヌン(安井のモンの名)のおかげで、世界を広げることができたと思っているんだ」と。これは、もちろん、「たろうの図書館」ができたおかげだ…ということだ。トンは、図書館を作りにきた私たち、そして図書館で出会った本を通して、村から外への世界への扉を開き一歩踏み出したのかもしれない。

 さて、昨年9月、そのトンにまたまた思いがけないチャンスがやってきた。本当に偶然なのだが、私が日本大使館の方から、「日本へのスタディツアーに参加する学生を紹介してもらえないか。できれば、日本のグループの活動を手伝っていたりとか、かかわりのある人がいたら」との話を受けたのだった。とっさに思いついたのがトンだったのだ。トンは、ゲオバトゥ村にいた時は、本当に私たちをよく手伝ってくれた。そして、今は勉強している学生である。誠実でまじめな彼を、私は自信を持って推薦した。

 トンは面接に受かり、日本に行ってきた。はじめて飛行機に乗り、海を渡ったのだ。日本では、東京と沖縄に行ったと言う。東京では、鈴木晋作くんが宿泊先にかけつけた。

 トンの世界は、また一つ大きく広がったに違いない。              (安井清子)

「ラオス 山の村に図書館ができた」が出版されます

 ゲオバトゥ村の「たろうの図書館」の記録が、福音館書店より出版されます。2015115日に書店に並ぶ予定です。図書館を作ることになったいきさつ、村の人たちとの建築作業の奮闘ぶり、子どもたちと本との出会い、村の生活、滞在中にきいた村のお年寄りの昔語り……建物建築からオープン、そして今に至る図書館活動……図書館づくりの奮闘記ではありますが、読んで下さる方々が、村のみんなと出会い、山の村の空間に身を置き、身近に感じてくれたらいいなぁと思いながら書きました。これまでお世話になった皆様に、少しでも、「たろうの図書館」ができた村の様子、図書館に来る子どもたちのことをお伝えできたらと思っています。

 図書館がオープンした頃から、私たち日本人が実際に山の村に滞在し、図書館を作ったということを、いつか本にしたいとずっと思ってはいました。でも、建物完成直後は、まだ書けませんでした。もし出版後、建物だけできたはいいけれど、実際に使われていない……ということにでもなったら、かえって恥ずかしいと思ったからです。でも、「たろうの図書館」が、本当に「村の図書館」になったら、本にまとめたいとずっと思ってきたのです。

 2012年、村に電気が通りました。ラオスも、山の村も少しずつ変化しはじめました。「たろうの図書館」は5年の月日を経て、相変わらず、子どもたちでにぎわっていましたが、やってくる子どもたちも代替わりしはじめました。5年間活動が続いたから、いい、というわけではありませんが、

その時、

「今、これまでのことをちゃんと本にしておかなくてはいけない」と思いました。電気のない村で図書館をつくり、子どもたちが本と出会い、図書館活動を継続してきたことはやはり意味の大きいことで、ちゃんと残しておかなくてはいけない…と思ったのです。

 これまでの記録を読み直し、新たに書いて原稿をまとめ、出版社に持ち込むことにしました。まずは、子どもの本の出版社にあたってみました。図書館づくり、子どもと本との出会い、お話の大切さ……などを伝える本にしたかったからです。でも、もしダメだったら、アジア関係の出版社にあたってみようと思いました。そう思って最初に持ち込んだ「福音館書店」からの出版が決まったのは、2012年の春だったよう思いますが、実はそれから、膨大な量の原稿を本にまとめるために、再び読み直し削り、書き直すという、特訓のような作業を、編集者の叱咤激励を経て行い、最後はメールや国際電話でのやりとりを通して校了にいたったつい数週間前まで、続けることになったのでした。私にとっては、ここまでの丁寧な「本作り」は初めての作業で、1冊の本を作り上げるということの大変さを思い知りました。こうして世にでることになった、「たろうの図書館」の記録は、たくさんの写真と、イラストまで入った満足のいく本になりました。

 これまで、「たろうの図書館」をご支援してくださったみなさまに、ぜひ読んでいただきたいです。本当にこれまでご支援ありがとうございました。

そして、図書館はまだまだ続いていきます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 「ラオス 山の村に図書館ができた」安井清子著  福音館書店 定価1500

(また、同出版社、「母の友」2月号にも、「たろうの図書館」の活動が掲載されます。)