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2005年11月はじめより、ラオスに来ています。ここでは、山の村での日々を中心として、日々のできごと、思いを、ありのままに書いていきたいと思っています。
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2006年1月  
 2006年1月16日、ほぼ3週間ぶりにG村に戻ってきました。
 いよいよ、これから本格的に建物づくりがはじまります。どうなることか?・・・・と書いたまま・・・・毎日、作業に追われて日記を更新する時間がほとんどありませんでした。
 後からまとめての日記となってしまいました。
 
 色が変わっている日にちが読めます
活動日誌
 

図書館建設記‐1

 
今年度は、村での「文庫」活動の最初の1年。

まずは、小さい村での小さな拠点作りから始める。

文庫は、建物の在り方、作り方、実際に作ることまで関わる、とてもお節介な活動。

村の人も、忙しい中よく参加してくれて、こちらとしては「うれしい」誤算。
 
 今回、村の人、生活、材料、方法を知り、試行、実践を経て、管理棟(準備小屋、

本棟が出来たら、モンの人が集まり、担当の人、日本からの訪問者が寝泊りできる

小さな「家」を村の人で、建設し、次回(来年?)の図書館本棟(…と言っても、これま

た小さい。

およそ70平米強)の建設に備える。


鈴木晋作 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



1月16日 G村に到着。現地活動再開
バイクで移動した鈴木は、村に日没前に到着。
明日から活動再開。

1月17日 現地活動再開
材木、人手での手配の確認。不在時に村の人に頼んだ、材料進行状況を聞きに行く。

1月18日 村人を集めて、建設会議

床板に使う板が、届く。代表の人が血相を変えて、
「スズキ!板を持担いで来たわよ。早くにいらっしゃい」と呼びにくる。

その後、[あんたも行くのよ」と言われ、途中の村(徒歩1時間)まで、板を持って来る為に往復。

夜、全家族に集合をかけて話し合い。
いつもは、代わりに送られてきた子どもや奥様方が多いが、今回は、家長が集まった。
建設に関しては、具体的な話になった。工事の進め方、誰がどのように関わるのか、
お金のこと、共同作業の配分について。
基礎工事の担当の人も決まった。


1月19日 基礎工事の準備

基礎工事の段取り。担当する人たちと、方針について話し合い。


安井清子・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1月17日(火) 再び村へ。 「春がきた」?

 昨晩、村に到着した。翌朝起きて、改めて庭を覗いてみると、わぁ、スモモの白い花が満開。美しい。庭の野菜たち・・・・白や黄色の菜の花、そして紫の豆の花・・・まるで春がきたみたい。寒さも12月よりは少しあたたかい。
 人々は、本格的な農繁期・・・毎日畑仕事に追われる日々に備え、準備しているという感じ・・・・茅を刈ってきて、茅屋根を作り、家の補修をしている人々・・・・・鎌や鍬などの農具を、鍛冶場で打ちなわしている人々・・・・・砂糖を作っている人々・・・・
 
 砂糖は白砂糖、粉砂糖ではない。キャラメルに近い感じ。巨大な絞り器・・・・2つの丸太の間にサトウキビを挟んで、その上側の丸太の上で人が飛び跳ねて、その重さ、勢いで、挟まれたサトウキビを絞る。朝から夕方までかけて、丸太の上で飛び跳ねるのだから、大変だ。サトウキビをつぶして、汁を絞り、それを、さらに時間をかけて煮込むと、まるでキャラメルみたいな、甘い塊ができあがる。人によっては、ピーナッツを混ぜてあって、まるで上等なピーナッツキャンディだ。これらは、本格的農作業がはじまったら、日々の畑仕事へのエネルギー源、または、おやつの友となるものだ。忙しくなる前の今の時期、人々はこんな風に保存食を作り、農繁期に備える。



 
 夜、私たちが頼りにしているニア・ノーポー(ノーポーの奥さん)がやってきた。
「明日、あんたたちの家の床に使う板材を運びにいくわよ」と言う。
 伐りたてほやほやのようだ。隣村の奥の山の森に、村の男たち4人が行って、6日間泊まり込んで、木を板に挽いたという。60枚。明日の朝、その板を森から運び出してくるのだ。
「9つの山と9つの谷を越えていくのよ。朝5時に出て、板を切りだしたところに11時に着いて、それで板を担いでくるのよ。デッデ〜〜〜(遠いよ)、シャッシャ〜〜(疲れるよ)」と、ニア・ノーポーは声を一段と高めて言う。モンの人がそう言うからには、本当にデッデ〜〜(遠くて)シャッシャ〜〜(疲れる)んだろう。一瞬、一緒に行って、どんな風に木を伐り出しているのか見てみたいな・・・・と思ったが、モンの人ですら遠いというところに付いて行ったら、とてもじゃないけど大変だろうと思って、やめた。(安井)


1月18日(水) ねずみとり、そしてミーティング
 今日は納税の日。
 朝から村長の家はにぎやか。今日は、郡と地区から役人がきて、税金を集める日なのだ。税金は、水田や畑の大きさ、そして牛と水牛の頭数に応じて払うそうだ。毎年、米の収穫後に税金を集めるようである。
「豚や鶏は家の回りにいて、国の土地を使っていないから、関係ない」とのこと。
「よっぽど収穫が悪ければ税金まけることもあるけど、ただのトゥットゥンゲン(怠け者)で収穫が悪いっていうのだったら、まけないわよ」と、この辺りの地区長が言う。ちなみにここの地区長は女性である。人々は、自己申告をして、そして税金を払う。村長がだいたいのことは知っているので、めちゃくちゃごまかしたりってことはないらしい。2日かけて、役人たちは税金を集めて行った。

 ねずみとりの罠をしかけに行く
 小学校5年生の少年、トンが、
 「ネズミ(山に住んでいる野ネズミ)を取る罠を仕掛けにに行くから、一緒に行こう」と言うので、「行く行く!」とついて行った。トンはベトナム製の鉄の罠を6つ持って行く。気軽な気持ちでついていったら、山によじ登る羽目になる。「オイオイ、ほんとにここ登るの?」という山の急斜面を、とげとげの蔓や木の枝をくぐりながら、這いつくばりながら、必死にトンについて上る。とげに服はひっかかるし、うっかりすると足下を踏み外しそうだ。
 トンは木の幹の根元など場所を選んでは、ねずみとりをかけて、土や葉を置いて隠すと、上に乾いたトウモロコシの粒をばらまく。ねずみがトウモロコシを食べにきて、うっかり踏むと、バタンと罠が閉まり、「ギャア〜(チュー!)」ということになる。
 罠を、一つ一つ別々の場所にかけては、また移動。道の向こうから、人々の声が聞こえた。するとトンは、
「しー!ちょっと待って、みんなが行ってから」と、こっそりひそんでいる。どうも罠をかけた時に、人に出会ってはいけないらしい。それからトンは私に、
「パヌン、絶対に、『かかる』とか『かからない』とか、そういう言葉を言っちゃだめだよ。獲物が罠にかからなくなってしまうからね」と小声でささやく。
 せっかくひそんでから、山道を下りたのに、畑仕事や薪とりに来た村の人々に出会ってしまった。
「ムゥ ダッチ(何しに来たんだい?)」と聞かれると、トンは「た、薪とりだよ」となんとなく決まり悪そうに答えている。「ふぅ〜ん、薪とりねぇ、そんなとこでかい?」。私たちはどう見ても薪とりには不向きな急斜面を這つくばって上っている。
 ひっかき傷だらけになりながら、6つ罠をかけて下りる。明日朝、一緒に見に行こうと約束。
 帰り道、トンが「パヌン、もし、山道にサトウキビが転がっていたら食べるかい?」と聞くので、「食べる!」と答えると、
「だめだよぉ。それを食べると、ポンゾン(妖怪、山姥の類)が出てきて、食われちまうぜ。それはポンゾンの罠なのさ」と言う。そう言ってからトンは「うぅにゃ〜、えぇい〜やぁ!」と、奇声を発して、まるでまじないでもかけるような身振りをして、山の斜面を指した。自分で指さした先にトンが駆け寄ると、なんとサトウキビが落ちている。トンはすばやく拾うと、むしゃむしゃ食べた。
「わぁ、ポンゾンの罠にかかったぁ」と、私が言うと、トンは「ポンゾンなんて怖くないさ・・・・・ウソだよ。これ、さっきぼくが半分隠しておいたんだ」と愉快そうに言って笑った。



 村に戻ってくると、向こうから板を担いで男たちが来る。二番目に板を担いで歩いて来たモンの男は、あれ?晋作氏であった。それから、ニア・ノーポーら女の人たちがいたを担いで歩いてきた。彼らは朝3時に家を出て、6時間かけて山の向こうの森の中で伐りだした板を担いで隣村におろし、そこから村へと運んできた。1往復では足りないので、家にいた晋作氏は駆り出されて、板を運ぶ羽目になったのである。
「あんたはねずみ罠かけに行ったんだって?明日の朝は一緒に板運びをするのよ」とニア・ノーポーに言われる。

 夜、村長の家でミーティング
 今朝、村長を訪ね、そろそろ材料もそろう頃であるし、どういう風に作業を進めていくか、村の人たちと相談したい・・・と言うと、
「じゃあ、グレングレンを鳴らして、村の人たちを集めよう」
ということとなる。グレングレンとは、村の中央にある、タイヤのホイールを利用した鐘。それが鳴ると、みな村長の家へと集まる。
 8時過ぎ、人々が集まってきた。私たちが、
「仕事は、基礎作り、木工事、建具作り、壁塗り・・・の4つに大きく分かれていて、それぞれ、そんなに上手じゃなくても、少し技術があって、あとやる気がある人たちにやってほしい。もちろん、これは手伝いじゃなくて、仕事としてだ」
と言うと、村の人たちからあれこれと意見がでる。
「できる人だけやると、他の人たちが関われなくなる」
「一部の人たちにだけ、お金が入るのはよくない」
「ぼくだってやりたいけど、道具を持ってない。それで関われないのはつまらない」
などと言う意見も、ワイワイガヤガヤ、いつになく意見が出た。
 晋作氏。「みんなでやるのはとてもいいことだけれど、毎日違う人が来て、毎回指示待ちでは大変だから、それぞれの仕事に対して責任者を作ってほしい」と。まず基礎作りでは、ゾントゥアとジュアツォンという二人が選ばれて、責任者となる。
 数人の希望者を雇う形で仕事を進めていくのかな・・・と思ったら、村の人々が、家族から一人ずつ出して、みんなで作っていこうという。実際にはよけいに大変かもしれないけれど、でも、こうしてみんなが関わるという方向に、村の人々から意見が出てなったのは、あぁよかったなぁ、ありがたい話だなぁ・・・と思った。
 また、この日、晋作氏がずっとあたためていたオンドルのアイディアを話した。この地方は寒い。床の一部であるが、オンドルのように、かまどから出るあたたかい空気を使って床をあたためよう・・・というアイディアへの意見を聞いてみたのだ。
 私は、モンの人は「そんなこと、本当に出来るのかい?」と、反対するかと思っていたら、村長は即、「面白そうだ。ぜひやってみよう」と言い、村の人たちもみな賛成した。
 これまでずっと伝統を守ってきたモンの人たちだから、頑固一徹だろう・・・と私自身、思いこんでいたが、結構新しい試み、面白そうなこともやってみたい・・・・という気持ちもあるのだな・・・と認識を新たにした。なんだか、少しずつ窓が開いてくる・・・そんな気がした。(安井)


1月19日(金) 隣村から板を背負ってくる
 朝5時に、目覚まし時計をかけ、起きる。5時半ニア・ノーポーと女の人たち5〜6人と一緒に歩いて1時間のお隣村へ。昨日、山から背負って運んできた板が、まだ隣村に残っているのだ。それを一緒に背負いに行かなくちゃダメだとニア・ノーポーが言う。どんなに運んでくるのが大変か・・・それを私たちに知らせたいのだろう。
 男たちは肩に、女は男ほど肩が強くないので、紐をかけて背中に背負って板を運ぶ。私はカメラとビデオをいれたザックをお腹に背負い、背中には板を背負って歩く。
「私たちは、昨日は、6時間遠くの山の上から運んできたのよ。こうしてニャアニャア(重い)思いをして、床板用の板を運んでいるんだから、家ができたあかつきには、床の上で一晩寝るわよ。みんなでハダカで布団もかけずに寝るわよ。ワッハッハ」とニア・ノーポーが豪快に言って笑う。



 板を背負いに行ったから、トンと一緒に昨日かけたねずみ罠を見に行けなかった。
村に着くと駆けてトンの家に行ったが、もう朝早く見てきたという。
「どうだった?」と聞くと、トンは少し不満げに、「1匹もとれなかったよ」。
「今度また行く時、また連れて行ってくれる?」と言うと、トンは
「ん、いやだ。だって、罠をかけに行く時に、女の人に出会うと、罠にはかからないって言われているんだよ。パヌンは女だからなぁ。ぼく、昨日パヌンを連れて行っちゃったんだから、かからないはずだよ」と、口をとがらせて言った。

 天気が急にあたたかくなった。昼間は25℃くらいまで上がった。湿度は20%。
霧がかかっていると、温度5℃、湿度80%くらいなのだから、まるっきり違う。

 夜、ニアノーポーらと話し合う。もう明日から、コーカン(基礎)作りを始めようということとなる。「セメントと砂は近々購入してくる。石もね・・・」と言うと、
「石なんて、山にたくさんあるのだから、買う必要なんてないよ。みんなで取ってくるよ。それに、石を取ってきたり、土地を整地したりする軽い作業は、みんなで順番に協力してやるから、お金なんか払わなくていい」と言う。私たちは、労働してもらった分は、それなりの支払いをしてもいいと思っていた。でも、彼らが
「一度払うと、その後も払わないとやらなくなるよ。これは、私たちのために建てる家なんだから、みんなで労働は出し合うからいいよ」と言う。予想外であった。
 と言っても、今後始まる大工仕事などは、やはりそれなりの報酬は出さないと思っているが、みんなに協力してもらう仕事と、賃金を払う仕事のバランスが難しいなぁと思うが、村の中のバランスや、村の人たちの感覚を壊したくないと思った。
「もう、明日、村の人たちを集めて、石集めをはじめよう」と、いきなり明日から始めることが決まった。
 モンの人たちは早い時は即決、動くのが早いのである。(や)


建設記2 工事編


1月20日 基礎工事開始

 基礎工事が始まる。共同作業(村のグループごとに作業をお願いする。一家族一人参加してもらう)地業(基礎の為の地面掘削)と基礎の為の石採取および石運び。

石運びは、石灰岩を砕いて(砕けた面の方がセメントに付着する)行うもので、みんな疲れたようで午後3時過ぎには、終了。同時に、地業(基礎の為の地面掘削)も切り上げる。明日からは、作業を得意な人に割り振って、「稼ぎ」としてやってもらう。共同作業は、村のグループごとに参加義務がある。でも実際は、すぐ帰ってしまう人や、市場に行ってしまう人、座ったままの人もいて、その人の意識に関わっている。子どもを脇に座らせた力強い「母」の働きが絶大。 (鈴木)

整地 = 20u
地業 = 幅50cm×深さ25〜35cm×4.5m 6人
石採取・運び = 1.4立米 (トラクター4台分)

上.地面を掘る子連れの「奥様方」 (す)

1月20日(金) 石を割り、土をならす
 朝、ニア・ノーポーが来て、「石を取る場所を探しに行くわよ」と言う。
 私はてっきり、河原のように石がごろごろしている場所があって、そこへ石を拾い集めるのだと思っていた。しかし・・・である。山の斜面にどっしりと岩岩がごつごつと突き出ている場所で、ニアノーポーは
「ここがいいわね。この岩を割ればいいわね」と言う。石を拾い集めるのではなくて、岩を叩き割って、石にして、それを集めるのだ。
「な、なんと。すごいな」・・・日本では、土も石も袋詰めで売られている。・・・・・・欲しいもの、必要なものは金をだして買う。結局、私たちは売られている商品に合わせて生活しているんだなぁ・・・・。それが、ここでは・・・・・手頃な石がなければ、岩を手で砕いて石にするのである。なんだかすごいなぁ、この人たちは・・・・
 結局、鉄の棒を手にして集まってきた大半は女たちであった。女の人たちが、岩をかち割って石にした。それを、爺さんの孫ビーが運転する耕耘機で、何度も運んだ。モンの女パワーにつくづく関心してしまった。
 
 家を作る建設現場では、土ならしをはじめた。こちらも女の人ばかり。鍬やスコップを持って集まった。みんな一生懸命土を掘っては運ぶ。私も少しは手伝わないと・・・と鍬を持って振り下ろすが、その姿にみんな爆笑。
「そんなへっぴり腰じゃあ、パヌンは山に住んだら、食べていけないよ」。
 確かにそうだ。私みたいなのは、もし山の村に住んだら、ツォツォーニェー・チャウップラウ(一番貧乏人)になるだろう。これまで赤ちゃんを抱いていたり、優しい顔しか見たことのなかったかわいい嫁さんたちが、たくましく力強く鍬を振り下ろす姿を見て、私はまたまた改めて、山に暮らす女たちの力強さに恐れ入ってしまった。
 こうして見返りもないのに、労働してくれる人々の姿を見ていると
「本当にいい場所を作らなくちゃ。あぁ、村にこの家が、こんな場所ができてよかったなぁって、みんなが思ってくれるような場所にしなくっちゃ」と思えてくる。(安井))




1月21日
 
基礎工事2


作業は、石割(石灰岩の石を、大きいものと小さいものに砕く)と基礎地業。
「稼ぎ」だからか、やっぱり慣れているからか、地業の3人は、昨日の6人の倍くらい働く。
石割は、共同作業で女性が中心になって行う。親の代わりに来させられた中学生達は、いじけて作業をしている。
石割 = 0.6立米程度 人
地業 = 完了 (掘削=14m、叩き締め=20m、基礎下割栗石=20m)  (鈴木)

 


上. 石灰岩を砕いて、小さい石にする  (す)
下. 叩き締めた土の上に基礎の割栗石を入れる



1月21日(土) 基礎作りはじまる。子どもたちと竹を背負う
 朝、ノンヘートへ行き、セメントなどの購入。今日から基礎作りの作業がはじまる。
村では、先日集めた大きな石の塊をさらに、トンカチで細かく砕く作業をしている。また、二人の男たち(ゾントゥアとジュアツォン)が晋作氏とともに、基礎作りの溝掘りやらをはじめた。
 午後、私は、ニア・ノーポーと子どもたちと一緒に、隣村で伐ってくれた細い竹150本を担ぎに行く。子どもたちは遊び半分で、道々、谷側へ石を投げながら行く。
「あんたたち、下に人がいて当たったらどうするの?やめなさい」と、肝っ玉かあちゃんニア・ノーポーが言っても全然聞かない。モンの子どもたちは働き者だが、かなりやんちゃで跳ねっ返りの連中でもある。
「そうだ。竹を縛るものがないね」・・・・元からモンの人たちには、既成のひもを使おうなどという考えはない。「蔓を取らなくっちゃね」と、ニア・ノーポーが言うと、子どもたちは先を争うように、土手の斜面にはえている蔓を見つけては、引っ張って取る。みんな今度は、縄跳びをしたり綱引きをしたり・・・・・遊ぶ遊ぶ。まったく、早回しの映画でも見ているようである。
 隣村に着くと、その蔓で、竹を束ね、大きい子で15本、小さい子10本、私とニアノー・ポーが23本づつ、背負って帰った。結構重いのである。さっきまでふざけまわっていた子どもたちだが、みんな弱音をはくことはなく、最後まで背負って帰った。




夜は疲れて、すぐ寝てしまった。そしたら変な夢をみた。ダチョウの顔が人間で、しかもなかなかハンサムな男たちで、その上、日本語を話すのである。「おかしいなぁ。ダチョウはオーストラリア産なんだけど・・・」と思うと、このハンサムなダチョウたちは、「How are you、today(トゥダーイ)?」などと、豪州英語を話すので、私は「わぉ」と驚いてしまった。「でも、このハンサムなダチョウだちが、ますます知的になったら、自分たちがダチョウであるという境遇をどう思うようになるのだろう?ダチョウであることが辛くならないだろうか?」と私は本気で心配したのだが、ふと起きると真っ暗なモンの家だったので、一人で笑ってしまった。(安井)

1月22日 基礎工事3

基礎工事 割栗石叩き、基礎底板石積み(石をセメントモルタルで積む)を3人と鈴木。 

出来るだけ、セメントを使わないで作るべきだが、作業に不慣れなのでセメントに頼る。
基礎は修復が利かないので、未熟な作業者でも出来る方法を考えたが、セメントの使用量が多くなってしまう。
考えた方法(想像)と実践には、差異があり、その差異は、時間と材料(費用)としてはね返ってくる。時間をかけて、張った糸(水糸)も子ども達(ここぞと言うときに、邪魔をする4〜7歳のやんちゃ坊主)と手伝おうしてこける安井さんによって歪む。
サイガウ家のビー(高校生)が今日も手伝ってくれて、石をトラクター2台分運ぶ。(す)

基礎石積み = 15m
石採取 =0.7立米



上. 工事の様子 墨出しをする。方針を決める  (す)
下. 石とセメントモルタルのラップルコンクリートの基礎



1月22日(日) 霧の寒い日、作業続く
 今日から、セメントを使って、本格的な基礎作りの作業がはじまる。モンの人たちにやり方と、晋作氏が考えているやり方が違うようであるが、砂利をおいた上に、セメントを入れ、大きな石を組み合わせていく、晋作氏のやり方でやっていこうということとなる。
 私はニア・ノーポーとともに平たい石を探しに行く。平たい石は、実は今回試そうとしている床、オンドルのために使いたいのである。モンの人たちに聞くと
「この村にはないけど、隣村の手前のトウモロコシ畑の下で見たよ・・・・畑に行く途中にあるよ・・・」などという、あれこれの話を受けて、ニア・ノーポーと見に行くことにしたのだ。あちこち歩き回って探してみたが、どうもなさそうである。
「こりゃ、ダメだね。スズキーに他の方法を考えてもらわないとね・・・」ということになる。
 道々、ニア・ノーポーが、小さい頃に見た、虎やサルを捕る罠のことを話してくれた。彼女が小さい頃住んでいたのは森に囲まれた村で、サルや時には虎が出たそうである。
「サルがね、その当時植えていたケシの実を食べに来るのよ。それで、食べるとフラフラ酔っちゃってるの。でも、全部食べられたら、来年のための種がなくなっちゃうから、追っ払おうとすると、私たち女子どもなんかはかえって威嚇されちゃうの。だからお父さんが罠を作ったのよ」と。
 トウモロコシを食べに来るサルたちが、民話の中に語られているが、それはお話ではなくて、つい最近まで本当のことだったんだなぁ・・・・山の村にいると、民話の世界と実際の世界がまだまだたくさんの接点を持っていて、近い・・・・そんな気がする。

 
 私たちが村に到着した16日の夜は、満月を過ぎ十六夜(十七夜?)の月だったろうか?夜八時頃、東の黒々とした山の端から月が昇ってきた。私は爺さんの家の台所にいたのだけれど、壁の隙間から皓々と月のあかりが差し込んできて、急に暗い部屋が明るくなった。外に出てみると、山から月が昇ってくるところだったのだ。
 毎晩、確実に月が昇る時間は遅くなり、月は欠けてゆく。月が山から上る前、山の端がうっすらと明るくなる。月を待ちながら、月も山の向こうで待ちかまえている・・・ほら・・・・と思っていると、楚々としながらも、暗い夜空に白い光の穴をぽっかりと開けたように、月が姿を現す。暗い夜を、時を変えながら、姿を変えながら上ってくる月。暗い夜を白い光で明るくする月。
 人々が月で暦を数え、月を敬う・・・そんな気持ちが少しわかるような気がしてくる。
 モンの人たちは、月を指ささない。月を指さすのはジャイ(タブー)である。月を指さすと耳たぶが切れる・・・とモンの人はいう。(や)


 

1月23日 基礎工事と思ったら・・・墓造り

「お墓作り」
今日、基礎工事をする予定の二人は、親戚の墓造りをしないといけなくなり、
今日は現場は休み。我々もそれを見学し、墓造りの様子、村の人の共同作業の様子を見る。
よく働く人、先頭に立って動く人は大体決まっているようだ。こういう作業の得意な人が、興味を持っていろいろ作って覚えるうちに、村の中で大工的な存在となったりするのだろう。

「蓄熱する床の石」  
オンドルの床を支え、蓄熱する平たい石を見つけるのが難しい。
それに代わるものはないだろうか。
サイガウ爺さんも側溝の上蓋を鉄筋コンクリートで作っている。鉄は高いし、村では常用できない、かまどの廃熱で暖めるのだから、鉄は膨張するだろう。
いろいろ相談していて、「竹筋コンクリート(※)はできるかなぁ」と話していたら隣の家の墓の上蓋(開閉不可)は、亀裂防止に竹を編んでコンクリートを流し込んでいた。
強度、耐朽性(竹はアルカリで腐食=防アルカリ処理の必要)は劣るけど、試作する価値は
ありそうだ。爺さんも乗り気だ(溝に蓋をしたいから…)。

※日本も戦中時に、代用品として使われ橋の上板やマンホール(?)の蓋などに使われていた。
日本の人が作った小規模の建物、水槽はベトナム、タイなどでも実践例がある。

[結婚パーティ」
小学校の先生の結婚パーティでにぎやか。発電機で大音量で歌を流し、子どもも(子どもが主に
)踊る。酒をやたらと飲まされ、モンの親父連中に頬擦りをされる。

酔って千鳥足の人にたくさん出くわす。今日は、性と死にまつわる不思議な一日だった。(す)


1月24日 今日も墓造り・・・

昨日、結局墓は仕上がらず、我々の道具も貸し出したまま。
安井さんと相方のニア・ノーポーが子ども達を引き連れ石採取に行く。
遅れて、ぼくも参加。明日の用意。(す)


上. トラクターで基礎に使う石を運ぶ。
   …石を運んでいるのか、野次馬の子どもを運んでいるのか…
   (す)
下. 娘婿がセメントと石で墓をつくり、娘がモン語で墓標を記す。



1月25日 基礎工事

今日から、大工工事の得意な2人も加わって、4人で仕事、順調に進む。(す)

1月26日 移動
村からポーンサワンへ。安井さんは、ビエンチャンに戻る。(す)

その前に(ぼくはラオス語が全然分からないので)、材木も手配の進行具合を確認しに行く。
近日中に、一部が届く予定。
その時は、ぼくとモンの人と一緒に行く。ラオス語からモン語に訳してもらって、加工寸法との確認をする。
角材に製材してもらって、村に運ぶ。

空港に、カウンターパートも文化研究所のソムトンさんが現れる。
モンの親戚に会いに来たついでに、仕事をするといった具合だが、
ベトナム語が堪能で、ベトナムまで、瓦の手配の具合を確認しに行ってもらった。
前に担当者として行った村の人は、ベトナムのモンの親戚と酒を飲んだり遊んできて、
結局何がどうなったのか分からず、
今回、ようやく来月サンプルが出来ることがわかった。(す)

1月27日 村に戻る
県の中心地から、バイクで急いで戻る。
しかし現場では、誰も仕事をしていない。
今日は、仕事を休みにしたようだ。
どこかの家で、豚を絞めてご馳走があったらしい。

急いできたのに現場は動いている様子はなく、残念。
サイガウ爺さんは、「村の人を信用しなさい!心配ないわ!」と言うので、
4人だけで作業を先行する按配だった。

でも、作業をずっと見て置く方が安心確実。
だから今日は誰も作業をしていなくて、ちょっとほっとした。

昨日は、材木小屋を8人がかりで作ったようだ。(す)


1月28日 村に戻る 

基礎工事再開。次第に村の人も慣れてきた。基礎工事の目途がついた。


上. 基礎工事。手前の低い基礎は、かまどの穴。 
    向こうにあるのは、共同作業で作った材木小屋。
    作業を村の長老達が、見守っている。  (す)

1月28日  安井は日本へ
 28日ビエンチャンを出発し、安井は2月6日まで日本へ。2月7日に再びビエンチャンへ。

1月29日 基礎工事完了

通りがかりの人は、石積みが美しくないと聞こえるようにぼやいて過ぎて行く。

凸凹が有った方が、断熱層とする土(粘土と牛の糞?)を塗る下地には良い。
オンドル床を実践するなら、蓄熱した熱容量の大きな石が直接外気に接しないように
(内部の熱を逃がさないように)しないといけない。

基礎の上盤の水平を取ることでその作業方法に関して意見が食い違い、午前中は試行錯誤する。
村の人が言うように、鏝で「なり」に塗っても、水平を取るの困難。

まずは水平の基準が違うので、そこから話をしないといけない。
村の人は、「とてもまっすぐだ!」というけれど、平気で2,3mmの高低差は出る。

結局は、こちらが提案した簡便な方法を採った。
段取り、道具、材料(板)の不足もあり、今回は4日間かかったが、
段取りよくやれば4人で二日半で出来るだろう。
来年度の本棟建設のときは、彼らを中心に多くの人でやってもらいたい。(す)



上. 作業風景。いろいろ方法で試したが、一番シンプルに確実にやるのが良かった。
    原始的だけど、木も高いし、勿体無いので、人手はかかってゆっくりだけど
    水平に定規を当て、多めにモルタルを盛って角材で押し出す方法を採った。
    意外とうまく行った。誤差は、最大±1.5mmくらいか。
    出張った部分は,発電機が使えるときに、グラインダーで削らないといけない。 (す)

1月30日 休憩

サイガウ爺さんの家で、たまった洗濯物、道具の手入れをする。最近の記録もまとめる。

隣で畑から帰って来た子供達が、絵本を読んでいる。
今日は、農文協の「そだててあそぼう」シリーズの「豚」、「稲」、「とうもろこし」編
などが人気がある。

高校生のビー君は、稲わらを使って作るものに関心があるようだ。
そういえば草鞋の編み方の本もあった。本から、実際の「形」が生まれる。

字のまだ読めない子は、安井さんが話すように、見慣れた絵本を
自分で場面を説明しながら、ページをめくっている。

60cm×35cmの本棚も立派な図書館みたいなものだ。

・・・・午後、町に降りて、ホームページの更新、材木の手配の様子を伺う。(す)


上. 村の大工仕事のときな人に作ってもらった本棚。
    「机の上の図書館?」 を 畑帰りの子ども達が囲む。   (す)

1月31日 石探しに隣村に行く

いつも通り、サイガウ爺さんと共に材料探しに二つ隣の村に行く。
オンドルの床に使う平らな石を断崖に下から探す。
爺さんは、70代後半とは思えない素早さと体力で茂みを切り開き道を作り、石を掘り起こし、上から滑らしてくる。
二人で働き、3時間で70枚もの石が集まったが、爺さんが熱狂して上からポンポン放ってしまうので3分の1以上は割れてしまった
(笑い)。
                      


上.小高い隣村を目指す。爺さんは、ずんずん先を歩く。



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