文字化資料

NHK『美しき日本 百の風景』より「北海道 ニセコ」


→ 日本地図で位置を見る 

北海道、雄大な山々を望む、ニセコ。秋、山は色あざやかに姿を変えます。それは、長い冬に入る前、わずか二週間だけの色彩のドラマ。木々は寒さが早くやってくる山の上から色づいて行きます。ニセコの紅葉は一日一日天から麓へと舞い降りて来るのです。

天から舞い降りる紅葉
北海道  ニセコ

標高1000メートルを超える山々がつらなるニセコ連峰。スキーヤーたちの憧れの地です。深い雪に覆われる前、山々が束の間の輝きを放つ、二週間をみつめました。

九月の終わり、山頂に近い場所の木々が染まりはじめました。ニセコの紅葉は一日およそ50メートルずつ標高を下げていきます。

一年の寒暖の差が激しいニセコの木々は目に沁み入るような鮮やかな紅葉を見せてくれます。白い幹に黄色の葉が印象的なダケカンバ。白樺の仲間で、標高の高い所に育ちます。白と黄色の色彩のコントラストがニセコの紅葉の中でひときわ目に映えます。木々の色づきを際立たせる緑。山肌を覆う笹です。冷たさを増す風に波打つ笹の海原。ニセコの秋は日一日と深まっていきます。

この季節、山の麓ではジャガイモの収穫が真っ盛りです。前田さん夫婦は山の紅葉と競い合うように、農作業に励みます。

一日一日で、だいぶ、グングングンって来ますね。うん。

やっぱり、朝晩の冷え込みが、こう、厳しくなると、やっぱり、こう、段々段々、スピードを上げてくると言うか。うん。

やっぱり、どうしても収穫って結構疲れる作業多いんですよね。そのとき、ほっとすると言うか、うん、何かあの、い、一息つけるっていうかね。うん。そんな感じがありますね。うん。

紅葉が麓に降りてくる頃にはもう冬も間近。前田さん夫婦の収穫は明け方から、日が暮れるまで続きます。

十月になると、雨に雪が混じり始めました。一雨ごとに寒さが増し、木々の葉は一層色づいて行きます。

翌日、静かな夜明けが訪れました。標高750メートル、山あい深い原生林に囲まれた沼、ひっそりと神秘的なたたずまいをみせる神仙沼です。朝5時、太陽の光が差し込みはじめました。夜明けの沼を覆っていた靄がゆっくりと晴れて行きます。目の前に現われたのは、見事な紅葉。その姿を神仙沼は鏡のように映していました。神仙沼の紅葉の盛りは十月の初めのわずか二、三日。晴れて風がない時だけに見られる魔法のような風景です。水面に逆さに映ったダケカンバ、白い枝の一本、黄色い葉の一枚までが繊細に浮かび上がります。朝7時、日が高くなるにつれて、風が吹き始めました。水面の紅葉はゆらめき、そして、かき消されてしまいました。

ニセコ連峰のひとつ、イワオヌプリ。紅葉の名所として知られています。山の中腹にあるダケカンバとナナカマド。十月に入って、木々は燃えるように色づきました。標高600メートルまで降りて来た紅葉。この季節、色づいたのは木々の葉ばかりではありません。宝石のような果実たち、今を盛りと輝きます。うっかりすると、見過ごしてしまいそうな小さな小さな秋です。

ニセコ連峰の最高峰、ニセコアンヌプリ。この山の麓で秋の豊かな恵みと共に暮す人と出会いました。池田さん夫婦はニセコの紅葉を間近に望めるこの地で、ペンションを営んで21年になります。

厨房の窓からアンヌプリの頂上の方を見てますとね、あの、1時間ごとに、その、ラインが下がってくるような、あの、リアルタイムで。何年か前に、とっても、その、あの、自覚した年がありましてね。ああ、私たちがいくら、何か、何を思おうとね、自然はこういう風にきちっと、こう、移り変わっていくし。で、実際に観察していれば、いろんなものを見せてくれるんだなっていうのがわかって。

これはね、ズミというんですけれども、別名コリンゴ(小林檎(こりんご))とも言ってます。リンゴみたいでしょ。ちっちゃなね。お酒にしても割とおいしい、飲みやすい、あの、酒ができますね。

果実酒を作る木の実、山の小鳥たちにとっても大切な食べ物です。

山に実があれば、あの、そういう本来こっちにいない鳥まで来てくれるんだなってことがわかったんですよ。実際、鳥なんかを見ていくとね。だから、あの、自分だけのものじゃない。みんなのものだと。みんなっていうのは、その、小動物から含めて、みんなで分け合いましょうっていうことだと。

池田さん夫婦は20種類もの秋の実のお酒を作り、宿泊客に振る舞います。渋くて食べられない実からも、素晴らしい果実酒ができあがります。二年、三年と熟成させて、豊かな味と香りを楽しんでいます。ゆったりと時間をかけて味わう、自然の味。その贅沢な恵みをくれたのは茜色に色づいたニセコの山でした。

山頂近くで紅葉が始まって十日あまり、ニセコの山は麓まですべて秋の色に覆い尽されました。大自然の絵筆が染みあげた、ニセコの山々です。

ニセコの山に、シベリア方面からの北西風が吹きつけるようになりました。晩秋の森の主役となったのは、葉が落ちたダケカンバの白い幹です。

ダケカンバの森で木々の姿をスケッチする人がいました。画家の徳丸滋さんです。徳丸さんはニセコの風景に魅せられて、23年前ここに移り住みました。身近な山に足を伸ばしては四季折々の自然をキャンバスに写し続けてきました。徳丸さんが好んで描くのはダケカンバのある風景です。中でも心を惹かれるのは、冬が近づいて葉が落ち、枝の形が露になった姿だといいます。

あの、雪に、こう、押されるでしょう。して、こう、曲がりますよね。それで、春になったら、また、上に、こう、伸びていくんですよね。それで、こう、グニャグニャグニャグニャ、こう、曲がって、タコの足のように曲がってくんでね。何年もかかって、こう、上に伸びていこうとしながら、地を這ってく姿っていうんですかね、そういうのが、やっぱり強いエネルギー感じますよね。ああいう、ねじれたところも好きですよね。あの、こう、素直に行かないっていうところね。

ダケカンバの枝のうねるような造形、それは、烈しい風や雪の重みに耐えてなお、上へ上へと伸びて行こうとする、たくましい命の姿です。ダケカンバの枝先に、小さな芽を見つけました。冬芽です。冬芽はこれから半年もの間、深い雪の中で眠りながら、ゆっくりと命を膨らませて行くのです。

ニセコの山々にたった二週間だけ舞い降りた紅葉。それは、見事な命の輝きを見せてくれました。ニセコが一面の銀世界に変るのはもうすぐです。

ページの先頭へ↑
←ひとつ前に戻る
トップページへ