名探偵コナン
「奇術愛好家殺人事件」(File132-134)
チャプター1
園子:はーい、皆さんご注目。取り出しましたは一枚の白いハンカチ。そして深紅の紐と銀色の指輪。
蘭:はいはい。
園子:ではお嬢さん、紐の真ん中に結び目をひとつ作ってください。
蘭:うーんと、こうでいいの?
園子:では、その結び目を手のひらにのせて、この指輪をその横に置きます。その上にハンカチをかぶせて。悪魔に魅入られた私の指をハンカチの中に滑り込ませて、怪しげな呪文を唱えると。オッペケペー、オッペケペー。あーら不思議、いつの間にか指輪が紐に通ってます。
蘭:えー、すごい。ねえ。どうやったのその子。
園子:秘密よ、秘密。今夜みんなの前でやるんだから。
蘭:そっか。今日集まるのって確か奇術ファンの人たちだもんね。
園子:そうそう。みんなインターネットで知り合ったの。いわゆるオフ会ってやつよ。
小五郎:しかし、天下の鈴木財閥のご令嬢がコンピューターで文通とはね。
園子:あーら。この情報社会にインターネットは欠かせなくってよ。事務所にも1台入れたらどうですか。
蘭:うふふ。それにしても驚いちゃったよ。園子が急にインターネット始めたり、マジックに夢中になるなんてね。
園子:だって、素敵な人と巡り会っちゃったんだもの。
蘭:素敵な人?
園子:名前は土井塔克樹さん。21歳、私が参加している奇術愛好家連盟の常連よ。丁寧な言葉づかいに、ウィットに富んだジョーク。そして、ときたまこぼれ出るキザな台詞まわし。はあ、きっと素敵な男性に違いないわ。
蘭:じゃあ、会ったわけじゃないのね。
園子:うん。会うのは今日が初めて。彼に今のマジック見せて驚かせちゃおうってわけ。
コナン:別に驚かないと思うよ。
園子:え?
コナン:テレビでよくやってる初歩的な手品だよ。だって、あれ、指輪に紐の結び目を押し込んで、そこに親指を入れて引き抜いただけでしょ。
蘭:あ、そうか。
園子:相変わらず、かわいくないわね。
蘭:気にしないで。私がオフ会に参加するって言ってから、なんか機嫌が悪いのよ。ねえ、それより、いいの?私がお邪魔しちゃっても。
園子:平気よ。私の彼女を連れて行くって言ってあるから。
蘭:彼女?
園子:んふふ。
蘭:な、何よ。
蘭:え?男のフリして通信してた?
園子:そう。30歳のオジサンになりきってね。これがまた面白いんだ。
蘭:でも、鈴木園子って名前見たらすぐにバレちゃうんじゃない?
園子:大丈夫。みんなハンドルネームって言う架空の名前で通信してるから。例えば、私は「魔法使いの弟子」で、克樹さんのは「レッドへリング」。昔の奇術用語なんですって。
蘭:え?じゃあ、なんで本名知ってるの?
園子:メールで直接聞いたのよ。
蘭:なんだ。いつもの押しの一手ね。
園子:ん。わかってるじゃん。どお?インターネット上で会話している顔も知らない仲間がいきなり出会うのよ。わくわくしちゃうでしょ。
蘭:うん。そうだね。
コナン:まるで仮面舞踏会だな。
小五郎:へえ。ああ。なんか変な匂いしねえか?
コナン:ハックション。
小五郎:はああ。ちぇっ。
園子:こんにちは。オフ会の者ですけど。
荒:いらっしゃいませ。あ、魔法使いの弟子さんですね。
園子:は、はい。
荒:お待ちしてましたよ。
園子:でも、どうしてわかったんですか?私が魔法使いの弟子って?
荒:あなたの発言を見ていればわかりますよ。女の子が無理してオジサンのフリしてるってことが。ねえ、みなさん。
黒田:ええ。いつもモニターの向こうで大受けしてたわよ。
浜野:そうそう。
園子:あちゃあ。
浜野:どうせやるんなら、田中さんみたいにうまくやんねえとなあ。
田中:あーら、私は別に男性のフリをしてるつもりはなかったけど。逆に私は、消えるバニーさんのこと、女性だと思い込んでたわよ。
浜野:あ、そう。そいつはしてやったり。
黒田:してやったりじゃないですよ。私なんか女同士だと思って、下着の話までこの人とメールで話しちゃったんだから。
浜野:ああ、あんときは焦ったぜ。
荒:申し遅れましたが、私がこのロッジのオーナーの荒義則です。そして、彼は今回アルバイトに雇った須鎌くんです。
須鎌:どうも。
園子:どうも。あの、克樹さん。レッドヘリングさんってまだ来てないんですか?
荒:ああ。彼なら2階に。
黒田:ああ、下りてきた、下りてきた。
園子:え?はあ。
土井塔:あれ?もしかして、魔法使いの弟子さん?僕ですよ。土井塔克樹。
園子:うそ?わ、私のイメージが。
土井塔:そっか。やっぱり女の子だったんだね。感動。
園子:あははははは。
荒:ところで、あなた方は?
蘭:彼女に誘われてきた、毛利蘭です。
小五郎:その見送りにきた父です。
荒:それは、失礼しました。さあ、どうぞ。あ、お持ちします。
小五郎:わかってるでしょうな。くれぐれも娘たちには手を出さんように。
蘭:お父さん。
荒:ご、ご安心ください。
小五郎:コラァ!帰るぞ。
コナン:あーん。ぼくも泊まるぅ。
小五郎:バーカ。風邪ひき野郎が何言ってんだ。それじゃ、娘たちをよろしくお願いしますよ。
荒:はい。
田中:えーと、これで来てないのは。ボードリーダーの脱出王さんと。影法師さんだけね。
園子:ええ、影法師さんも来るんですか?
蘭:どうしたの?園子。
園子:だって、その人いっつも私は空を飛べるだの、姿を自在に消せるだの、不気味なことばっかり書き込んでんだもん。
蘭:へえ。
田中:とにかく、ボードリーダーが来ないことには。
黒田:誰か、脱出王さんの電話番号わかります?
荒:それなら、私が知ってるよ。彼の本名もね。
留守番電話:はい、西山です。
荒:ん?
留守番電話:ただ今外出しております。
荒:あれ、留守電になってる。
留守番電話:ピーッという発信音がなったらメッセージをお入れください。
荒:仕方ない。彼が来るまで、われわれだけで盛り上がりますか。じゃあ、わたしは須鎌くんと夕食の支度をしますので、みなさんは自分の部屋でシーツでも換えておいてください。
一同:はーい。
園子:うわあ。広い裏庭。素敵。
蘭:来てよかったね。
園子:はああ。これで土井塔さんがイメージ通りなら言うことなしなんだけどな。
蘭:こらこら、それは言わないの。
須鎌:あのう。食事できましたけど。
蘭:は、はい。はあ、びっくりした。
園子:ったく。ろくな男がいやしない。ああ、やっぱ私のあこがれの君は彼一人か。はあ。
蘭:まだいるわけ?そんな人が。
園子:そうよ。まだ会ったことのない私の王子様。んふ。
コナン:ねえ、どうすんの。ぼくの晩ご飯。
小五郎:オレが粥でも作ってやるよ。着くまで寝てろ。
ラジオ:杯戸町にあるアパートで、西山務さん41歳が遺体で発見されました。発見したのは部屋を掃除に来た西山さんの母親で、遺体のそばにあったパソコンのモニターに「まずは一人目、影法師」という謎めいた文字が残されており、警察では事件との関係を捜査中です。なお、西山さんはインターネットに凝っており、今日は自らボードリーダーを務める奇術愛好家連盟の集まりに出かける矢先の悲劇でした。
コナン:え!
小五郎:おお!
ラジオ:次のニュースです。
小五郎:お、お、おい。まさかこれ蘭が今行ってる。
コナン:おじさん。車戻して。早く!
荒:え?尊敬する日本のマジシャン?私は黒羽盗一さんが好きだったな。夢のあるステージだった。
土井塔:ああ、ぼくも黒羽さんだな。
田中:じゃあ私は木之下吉郎さんにしとこうかしら。弱冠二十歳で全タイトルを総なめにした天才。
浜野:そんじゃあ、オレ、そいつの師匠の九十九元康さん。
黒田:何よ。みんな亡くなった人ばっかり。私は、今超人気の真田一三さん。あなたたちは?
園子:そりゃあ、もちろん。怪盗キッド様よ。
蘭:え?
荒:でも、彼、泥棒ですよ。
園子:だれが何と言おうと怪盗キッド。
蘭:ねえ、まさか、あこがれの王子様って。
園子:そうよ。悪い?
コナン:早く。おじさん、急いで。
小五郎:うるせえ。これ以上飛ばせねえんだよ。ん?なんだ、ありゃ?火事か?うわぁ、ああ、つ、吊り橋が燃えてる。あのロッジに行くには、この橋しかねえんだぜ。
コナン:おじさんは、警察を呼んできて。
小五郎:お、おい。
コナン:蘭、待ってろ。
小五郎:うわぁ。
コナン:蘭!
12'05
浜野:あれ?変だな。電話がつながんないぞ。
園子:どうしたの蘭?
蘭:うん。ちょっと、誰かに呼ばれたみたいな気がして。
園子:こんな山奥で蘭のことを?
蘭:ちょっと玄関見てくるね。
園子:よしなって。誰もいやしないわよ。
蘭:あっ!コ、コナンくん。
園子:え、なんで?どうして、こんなとこに倒れてんの?
蘭:あ、すごい熱。
コナン:蘭、逃げろ。早くここから逃げろ。
蘭:あ!コナンくん。しっかりして、コナンくん。コナンくん。コナンくん。
浜野:え?何?玄関にその坊主が倒れてた?
荒:しかし、なんでまた。
黒田:きっと、ここに泊まりたかったのよ。
蘭:そんなんじゃないと思います。
黒田:え?
蘭:コナンくんが言ってました。逃げろ。早くここから逃げろって。
一同:え?
浜野:ど、どういう意味だ、そりゃ?
蘭:わかりません。その後すぐに気を失っちゃって。
土井塔:あの、解熱剤を持ってきました。見たところ、ただの風邪だと思うから。薬を飲ませて、安静にしていれば、すぐに楽になりますよ。
蘭:すいません。
土井塔:いえいえ。
園子:見たところって?
土井塔:ぼく、こう見えても医大生なんですよ。
園子:えーっ。
荒:とにかくもう一度ボードリーダーに連絡をとってみましょう。
小五郎:なんですって?朝まで動けない、って。どういうことっすか、警部殿。
目暮警部:そう怒鳴るな毛利くん。あの山を夜間別ルートで登るのは非常に危険だ。ヘリを飛ばそうにも山間部の夜間低空飛行は、木や電線に接触して墜落する恐れがある。
小五郎:なら、せめてロッジの電話を。
目暮警部:電話なら、さっきから何度も掛けとるがつながらんのだ。とにかく、すぐそっちへ行く。おとなしく待っとれ。
小五郎:えーい。クソっ!
荒:あれ?つながらない。
黒田:電話線がどこかで切れてるのかしら。
荒:しかし弱ったね。今夜の飲み会の段取りもすべて彼に任せていたから。
田中:じゃあ、とりあえず仮のリーダーでも決めます?
荒:そうだね。
黒田:えー、嫌よ、私。リーダーなんて。
土井塔:じゃあ、公平にジャンケンでも。
浜野:待った、待った。ただ決めるんじゃ面白くない。ここは奇術愛好家らしく、マジック風に決めません?
田中:マジック風?
浜野:では、園子さんにお手伝いを。
園子:え?わたし、ですか?
浜野:ええ。まずはこの白いハンカチで麗しの園子嬢の美しい瞳を封印します。誰か、ペンと紙をお持ちの方はいませんか?
田中:ああ、これでどうかしら?手品師さん。
浜野:OK。では、その紙に一枚ずつ皆さんの名前を書いてください。
田中:はいはい。
チャプター2
浜野:書き終えたらひとつにまとめて、裏返しにして園子嬢に渡してください。
田中:ええと、メンバーはこれだけね。はい、これよ、園子ちゃん。
浜野:ああ、ペンもいっしょに。
田中:はい。じゃあ、これね。
浜野:皆さんは、下がってください。では、園子嬢。皆さんに見せないように好きな紙に○×△のしるしをつけてください。
園子:○×△?
浜野:○は仮のリーダー、×は今夜の飲み会を盛り上げる宴会部長、三角は、そうだな、風呂焚き係にでもしておきましょうか。
須鎌:風呂を焚くのは、ぼくがやりますけど。
浜野:いいんだよ。ゲームなんだから、罰のようなものが入っていた方がね。
園子:はい。しるしつけました!
浜野:では、誰かあの紙をテーブルに並べてください。もちろん、名前を下にしたままで。
土井塔:えーと、それじゃあ、リーダー役の人からめくってみます?
浜野:待った。めくる前に、その紙の裏に書いてある名前を予言しましょう。
土井塔:予言?
浜野:うーん。私の第六感が正しければ、仮のリーダーは黒田さん、あなただ。
黒田:え?そんな。うそ。
荒:あ、当たってる。
浜野;続いて、風呂焚き係は、田中さん、あなた。
田中:ええ、わたし?
園子:すごーい。大当たり。ほら。
田中:あ、本当だ。まさか、どこかですり替えたんじゃないでしょうね。
浜野:とんでもない。見てたでしょ。私は紙に一度も触れてないし、しるしをつけたのは目隠しをした園子嬢です。
園子:ん?えへへへへへ。
田中:わかったわよ。風呂焚きでも何でもやりますよ。
浜野:おおっと。
須鎌:あの、薪の置き場所はわかりますか?
田中:大丈夫よ、ここに着いたとき、一通り案内してもらったから。
浜野:さあて、残るは×じるし。栄えある宴会部長は、土井塔くん、君だ。
土井塔:え?弱っちゃったな、もう。
荒:どれどれ。あれ?
土井塔:あ?
浜野:え?
土井塔:宴会部長の名前。
荒:あなたになってるようですよ。浜野さん。
浜野:はあ?
荒:ほら、間違いなく。
浜野:あれ?おっかしいなあ。
園子:さあ、さあ、部屋にこもってネタ考えて。
土井塔:今度は、ミスしないでくださいよ。
浜野:やれやれ。
黒田:でも、どうしよう。私、リーダーなんて、ボーイスカウトの班長をやって以来よ。
荒:なあに、あくまでも仮ですから。じゃあ、私はワイン蔵からいいワインを選んできます。須鎌くんは、キッチンで簡単なつまみでも作っておいてくれ。
須鎌:はい。
荒:じゃあ、あとよろしく。リーダー。
黒田:もう。じゃあ、とりあえず園子ちゃんは、風邪で寝込んでいるあの子の様子を見てきてくれる?
園子:はーい。わかりました。
黒田:私たちは、テーブルにグラスとか並べてましょうか。
土井塔:はい。
園子;どう?コナンくんの具合は?
蘭:うん。だいぶ、熱は下がったみたい。土井塔さんの薬のおかげね。
園子:良かった。
蘭:あの人、園子のイメージが崩れちゃうほどの人じゃないと思うけど。
園子:そう?医大生って言うのには、ちょっと食指が動いたけど。それより、蘭にも見せたかったよ。浜野さんのマジック。最後はちょっと失敗しちゃったけど、カッコ良かったんだから。
蘭:へえ。
園子:彼、飲み会でもなんかやるみたいだから。蘭も下りて来なよ。
蘭:でも、コナンくんが。
園子:大丈夫よ。熱は下がったんだし、1・2時間放っといても問題ないって。
19'25
田中:ああ、用意できたわね。
黒田:さあ、席に座って座って。
田中:あれ?他の人たちは?
園子:宴会部長の浜野さんは、部屋で手品のネタを思案中でーす。
土井塔:荒さんは、ワイン蔵に。
荒:ふう。寒い。
蘭:あ、来ました。
田中:脱出王さんと、影法師さんはまだなのね。
黒田:あの二人仲が悪いから、どっかで出会ってけんかしてたりして。
蘭:仲が悪いって?
園子:そうなのよ。ある手品師のことで口論になっちゃって。
荒:まあ、まあ。こんなときに嫌な話はよしましょう。影法師さんはともかく、ボードリーダーの脱出王さんはきっとそのうち。
コナン:来ないよ。
荒:え?
蘭:コナンくん。
コナン:その人、殺されたよ。自宅のマンションで。
荒:こ、殺された?
蘭:どういうこと?コナンくん。
コナン:その人、西山務っていうんでしょ。
荒:あ、ああ。
コナン:じゃあ、ラジオ通りだ。間違いないよ。ぼくはそれを教えるために戻ってきたんだ。みんなに危険が迫ってるってね。
黒田:え?なんで私たちまで?
コナン:殺された西山さんのコンピューターのモニターにメッセージがあったんだ。まずは一人目、影法師ってね。
荒・土井塔:なんだって!
田中:そういえば、二人の口論に浜野さんも口を挟んでとばっちりを食ってたわね。
荒:と、とにかく、彼にもこのことを知らせないと。
荒:浜野さん、浜野さん、入りますよ。
園子:あれ?いないわね。
田中:窓が開いてる。
コナン:ん、まさか。ああ。落ちてはいねえみてえだな。
蘭:ねえ、ちょっとあれ。浜野さんじゃない?
園子:うそ。
コナン:は。そんなバカな。
荒:浜野さん。どうした、浜野さん。
土井塔:来るな。来ても無駄だ。もう死んでるよ。
蘭:そんな。
土井塔:それにこれ以上、現場を荒らしたくない。
荒:げ、現場?
コナン:見てわからないの。遺体はロッジから10メートル以上離れてるし、まわりにはいま駆け寄ったあの人の足跡しか残ってないよ。
荒:で、でも。それじゃあ。
コナン:そう。これは翼を持たない人間には到底なし得ない犯罪。不可能犯罪だ。
22'20
荒:ふ、不可能犯罪?
園子:で、でもなんで浜野さんが。
蘭:どうして殺されなきゃいけないの?
土井塔:理由はまだわからない。今言えるのは死因が絞殺だということ。誰かが細い糸のようなもので浜野さんの首を絞めて殺し、何らかの方法でここに運んできたであろうということだけさ。このロッジの近辺にいる誰かがね。
荒:え?おい、おい。まさか君は、われわれの中に犯人がいるなんて言ってるんじゃ。
土井塔:いえ、まだそこまでは。
田中:でも、ここには私たちしかいないわよ。
須鎌:いえ。容疑者ならもう一人います。
一同:え?
須鎌:その人がどこかに潜んでいたということも十分考えられると思いますけど。
黒田:誰よ。その人って?
須鎌:もう忘れたんですか?おかしな人たちだ。今夜このロッジに泊まりにくる予定だった、あなた方奇術愛好家連盟の一人、影法師さんですよ。
荒:そ、そうか。それならありうる。自宅で殺された西山さんの遺体のそばにもそれらしいメッセージが残っていたというし。
黒田:じゃあ、いまもどこかで私たちの命を狙ってるかもしれないってわけ?
田中:冗談じゃないわ。
須鎌:あっ。
荒:ちょっと田中さん。
園子:田中さん。どうしたの?
田中:帰るのよ。殺人鬼が潜んでいるこのロッジから、いますぐに。
コナン:帰れないよ。
田中:え?
コナン:ぼくがここに戻ってくるとき、吊り橋が誰かに燃やされちゃったんだ。
荒:何だって。あの橋がないと麓には下りられんじゃないか。
黒田:まさか、電話線も犯人が?
田中:まだ、携帯電話という手があるわ。
荒:あっ、ああ。
土井塔:無理だよ。ここは携帯電話の圏外。つまり、ぼくたちは犯人によって下界から完全に隔離されたってわけさ。
一同:そ、そんな。
24'33
小五郎:あ?影法師の正体が分かった?本当っすか警部どの。
目暮警部:ああ。正体とまではいかんが、奇術愛好家連盟のメンバーだということはわかった。
小五郎:じゃあ、そいつのIDから身元が。
目暮警部:調べたが赤の他人だったよ。
小五郎:赤の他人。
目暮警部:ああ。奇術とはおおよそ縁のない人物で、ここ2年間パソコンにはまったく触っていなかったらしい。つまり、誰かがパスワードとIDを勝手に使って影法師として通信していたということだ。いやあ、それに、問題はそれだけじゃないんだ。
小五郎:あ?
目暮警部:いるんだよ。もう一人。あのロッジに集まっている人間の中に謎のIDを使って通信しておった不審人物がな。
園子:私のせいかな?だって、浜野さんを宴会部長に選んだの私だもん。浜野さんが、一人で部屋にこもってなかったら、きっと狙われてなかったもの。私が選んだばっかりに、浜野さん。
蘭:園子。
土井塔:気にすることはないよ。君はあのとき目隠しをされてランダムにカードを選んでしるしをつけただけでしょ。宝くじに外れたからといって、数字の的に矢を放った人を恨んだりしないだろ。あれと同じだよ。君はただ浜野さんの手品の助手をしただけだ。君が思い悩む理由はどこにもないよ。だろ?
園子:は、はい。
コナン:手品の助手だと?
黒田:ねえ、それより大丈夫なの?こんなところでのんびり助けが来るのを待ってて?
コナン:大丈夫だよ。橋が焼け落ちたときおじさんが向こう側で言ってた。すぐに警察を呼んでくるから、ロッジでじっとしてろって。夜が明けたら、きっと警察の人といっしょに助けにきてくれるよ。
田中:それならいいけど。
荒:しかし、犯人が影法師さんだとすると。
黒田:やっぱり、この前のチャットが原因なんじゃない?
蘭:あ、チャットって?
田中:チャットっていうのは、パソコンから電話回線を使ってリアルタイムで多人数が話し合いをするイベントのことよ。
黒田;話し合いっていってもモニターに打ち出される文字だけの会話だけどね。
蘭:でも、それがなんで殺人に?
園子:ほら、言ったでしょ。ある手品師のことで口論になっちゃったって。
荒:知ってるかなあ?昔、日本の脱出王といわれた春井風伝という老人の手品師。
蘭:あ、もしかして、先月、ショーの最中に事故で亡くなられた。
荒:そう。その事故の話をみんなでしていたとき、突然影法師さんが妙なことを言い出したんだ。あの偉大なマジシャンが死んだのは貴様らのせいだってね。
蘭:どういうことですか?
黒田:半年前のチャットで、昔はやった脱出ショーの話で盛り上がったのよ。そろそろ誰かやってくれないかなあって。その矢先の事故でしょ。影法師さんがいうには、私たちがあんな話をしたからだって。
田中:逆恨みもいいとこだわ。
荒:気になって、ボードリーダーの西山さんに確認したんだが、半年前のチャットの中に春井さんらしい人はいなかったようだよ。でも、IDの人物が本人とは限らないし、誰かがそのチャットの記録を見せたってことも考えられるし。それで、西山さんと相談して今回のオフ会を企画したんだ。半年前のチャットに参加していた人を集めて直接確かめた方が早いからね。
園子:そうだったんですか。
黒田:でも、最近よね。影法師さんが入会したのって。なんで、半年前のことを知ってたんだろ?
荒:ああ、それも本人に確かめて、誤解を解くために影法師さんも呼んだんだが。
田中:そういえば、影法師さんっていつも言ってたわね。私は宙空を舞い、その姿を消滅させることができるって。
黒田:ちょっと。それって?
土井塔:そうですね。もし、犯人が影法師さんだとしたら、あの不可能犯罪でそれを実演したことになります。ぼくたちの目の前で、血塗られたマジックショーをね。
田中:はあ、冷えてきたわね。部屋から何か羽織るものとってこようかしら。
コナン:は、ハックション。
蘭:じゃあ、私も行きます。この子に着せるセーターかなんかとってきたいんで。
土井塔:だったらぼくもいっしょに。大勢の方が安全ですから。
29'40
田中:はあ。ったく、部屋に入るぐらいでビクビクしなきゃいけないなんて。
コナン:うん。うん。やだよ、こんなブカブカ。
蘭:こら。動かないの。
コナン:ねえ、園子ねえちゃんがやった手品の助手って何のこと?
蘭:なんか、浜野さんがみんなの役割をマジック風に決めたっていってたけど。
コナン:マジック風?
蘭:うん。それで、仮のリーダーが黒田さん。風呂焚き係が田中さん。宴会部長が浜野さんになったんだって。
コナン:じゃあ。もしかして浜野さんが一人で部屋にこもったのは、宴会部長だったから?
蘭:うん。部屋で手品のネタを考えてたみたいよ。
コナン:そのとき、他の人は何やってたの?
蘭:さあ?みんなそれぞれ役割があったみたい。
田中:蘭ちゃん、急いで。どこかで影法師さんが狙ってるかもしれないから。
蘭:あ、すみません。
コナン:影法師、本当にそいつが犯人なのか?だれもそいつの姿を見ちゃいないし、みんなのアリバイもあやふやだ。とにかく犯人は俺たちをここに閉じ込めて、まだ何かをやらかす気だ。だが、もう何も起こさせやしない。それが、殺人なら、なおさらな。
蘭:はあ。
田中:な、なに?
蘭:や、矢が急に。
田中:うそ。誰よ、出てきなさい。
土井塔:よ、よせ。
コナン:窓から離れて。
田中:え?何、今の?
園子:きゃー!
蘭:そ、園子。
コナン:クソっ。
チャプター3
蘭:あ、園子、園子は。
荒:黒田さんとトイレに。
土井塔:どうしました?
黒田:ガラスよ。お風呂場の方からガラスが割れる音がして、園子ちゃんが覗いたら。
コナン:矢が鏡に刺さっている。あの窓からか。
荒:だ、だれかが外からわれわれを狙ってるんだ。
田中:冗談じゃないわ。もう頭に来た。
蘭:あ、待って田中さん。田中さん。
荒:外に出ちゃ行かん。
田中:どこの誰だか知らないけど、こそこそ隠れてないで出てきなさいよ。
黒田:ちょっと見て。林の中足跡だらけよ。
荒:やっぱり誰かが潜んでいたんだ。
園子:そ、そんな。ああ。
荒:あ、気をつけて。
田中:ああ。
蘭:あ、田中さん、大丈夫ですか?
田中:どうして私たちがこんな目に遭わなきゃいけないのよ。どうして?
荒:ん?お、おい。あれ、ひょっとして。ボウガンじゃないか?
コナン:あ。
土井塔:え?
須鎌:これではっきりしましたね。犯人はぼくたち以外の人物だということが。
荒:でも良かったよ。誰かがけがする前に犯人がボウガンを手放してくれて。
土井塔:えい。クソっ。
田中:まったく最低のオフ会ね。来るんじゃなかったわ、こんなところ。
荒:そんなあ。オフ会のせいにしなくても。
田中:あなたたちはいいでしょうけど。私は直接ボウガンで命を狙われたのよ。この気持ちわかる?
蘭:とにかくロッジに戻りましょう。ここにいたら危険です。
田中:ああ、そうね。
園子:浜野さん、かわいそう。雪の中に置き去りなんて。
黒田:シーツか何か掛けてあげた方がいいのかしら。
須鎌:だめですよ。
黒田・園子:は?
須鎌:あれは遺体のまわりの雪に誰の足跡も残っていなかったという、不可能犯罪の明確な証拠。あの美しい芸術を余計な足跡で汚してはいけませんよ。
黒田:げ、芸術って、あなたねえ。
園子:さむー。あ、ちょ、ちょっとこれボウガンの矢じゃない?
黒田:じゃあ、それ私たちの分だったってわけ?
荒:運が悪けりゃ、われわれにも刺さっていたかも。
土井塔:とにかく戻りましょう。皆さん。
コナン:この木のまわりだけ、枝に積もってた雪がずり落ちてる。なんで?ん?何だ、木の幹に真新しい穴があいてる。いま誰かがいたずらに開けたんだろうか?それとも、この辺をうろついていた何者かが?だとしたら何のために?あやしいのは、さっきから不穏な行動をとっているあの男。土井塔克樹。
34'58
荒:浜野さんが殺されたとき、何をやってたかって?
コナン:うん。ぼく、そのとき寝てたから教えてほしいんだ。
荒:でも、そんなこと聞いて、どうするんだい?
黒田:わかった。私たちの中に犯人がいると思ってるんでしょ?
田中:でもね、坊や。矢は外から飛んできたし、ボウガンだって林の中で見つかったのよ。どう見たって、これは私たち以外の人が外から狙って、
コナン:だけど、誰も犯人を見てないんでしょ。まだそう決めちゃうのは早いんじゃない?
蘭:コナンくん。
土井塔:ああ、そうだね。この際、はっきりさせとこう。浜野さんが殺されたのは、彼が部屋にこもっていた間だよね。ぼくはそのころ黒田さんとテーブルに食器を並べて宴会の準備をしていたよ。ですよね、黒田さん。
黒田:ええ。並べ終わったあと、私はキッチンに行って須鎌くんの手伝いをしたわ。
須鎌:うん。荒さんに言われてつまみを作っていたんだよ。
コナン:黒田さんと須鎌さんがキッチンにいるとき、土井塔さんは何やってたの?
土井塔:ああ、宴会用のクラッカーを部屋にとりにいってたよ。
コナン:へえ。クラッカーねえ。
園子:私は、コナンくんの具合を見に、蘭がいる部屋に行ってたわよね。
蘭:うん、そう。それで園子が宴会に誘うから、コナンくんを部屋に残して二人でこのリビングに下りてきたのよ。
荒:私はワイン蔵にワインをとりに。
田中:私は風呂焚き係にされちゃったから、薪でお風呂をわかしてたわよ。
コナン:その時間、どれくらいかわかる?
田中:うーん、そうねえ。7〜8分ってとこかしら。
荒:私もそれぐらいだと思うが、正確な時間までは。
須鎌:約8分ですよ。
田中:え?
須鎌:荒さんが戻ってくるまでの間、オーブンを使っていましたので。
コナン:でも、ワインをとりにいくだけで8分もかかる?
荒:ワイン蔵に新しいカギを付けたのすっかり忘れててね。部屋にとりにいってたんだよ?
田中:新しいカギ?
荒:あ、なんなら、直接見てみます?
荒:ほら。上の2つが新しく付けたカギだよ。
園子:本当だ。いっぱいついてる。
蘭:でも、どうしてこんなたくさん?
荒:ついこの前、泥棒に入られてね。だから増やしたんだ。ここにある金目のものはワインぐらいしかないからね。
コナン:ねえ、あれってキッチンの勝手口?
荒:ああ。
コナン:周りに足跡がいっぱいあるけど。
田中:ここに着いたとき、みんなでロッジの回りをぐるりと一周したから、そのときの足跡じゃない?
荒:さあ、坊や。もういいだろ?早く中に戻ろう。
コナン:ついでだから、風呂焚き場も見せてよ。
荒:おいおい。
ここが風呂焚き場だよ。
コナン:ひさしの上にはあんまり雪が乗ってないみたいだね。
荒:ああ。風呂を焚くとき温かくなるから、ずり落ちてしまうんだ。
コナン:は。ねえ、あれってどこの窓?
荒:2階の廊下の突き当たりにある窓だよ。
コナン:じゃあ、ひさしに登れば2階に行けちゃうね、田中さん。
蘭:コナンくん。
田中:ふふ。そうねえ。でも登れたのは私だけじゃないわ。私お風呂の湯加減の具合を見るために2・3度お風呂場をのぞきにいったから。
黒田:ちょっと、それどういう意味?
田中:私がいないスキにここにくれば、誰でも登れるってことよ。
黒田:私じゃないわよ。
コナン:ボウガンの矢が撃ち込まれたのは、この風呂場の窓とその上の田中さんの部屋か。犯人が矢を撃ち込んだんだとしたら、さっきみんながいたあの林からってことになるけど。あ、なんか引っかかる。窓に人影が映った田中さんの部屋に矢を撃ち込むのはわかるが、なんで誰もいなかった風呂場なんかに。ん?何だこれ?ホチキスの針じゃないか。なんでこんなところに落ちてんだ?あ、まさかこれって。えいっ。これはひょっとすると。あ、ん。
土井塔:捜査は順調に進んでるかい?探偵くん。
コナン:ああ、うん。まあ、ぼちぼち。
蘭:ほら、みんなもう中に入っちゃったわよ。
園子:もう。相変わらずちょろちょろして危なっかしいわね。この子。ほら。
コナン:あ、園子ねえちゃん。浜野さんがみんなの役割を決めたときのこと、詳しく教えてくんない?
園子:え?
コナン:なるほどな。だいぶ読めてきたぜ。この事件。残る謎はただひとつ。不可能犯罪。あの謎を解かないかぎり、犯人を追いつめることはできねえ。でも、どうやったんだ?遺体の周り10メートル四方は、誰も足を踏み入れてないまっさらな雪。クレーンかなんかで遺体を持ち上げて上から落とさねえと、あんなこと無理だ。せめて遺体の周辺に柱でも立ってねえと。どうにもこうにもやりようが。
荒:ワインでもどうです?暖まりますよ。
黒田:こんなときにお酒?
田中:軽く飲む程度ならいいんじゃない?
荒:気分直しにもなりますし。
コナン:はっ。そうか、そうだったんだ。だから犯人は吊り橋を落として、オレたちを下界から隔離したんだ。読めたぜ、完全に。不可能犯罪のトリックが。そして、それを実行した犯人の正体もな。
41'15
コナン:さて、どこから行くかな。
蘭:こら。
コナン:ああ。
蘭:いたずらしちゃ、ダメでしょ。
荒:いいですよ。とりあえずは、1本で足りたから。
コナン:ねえ、このロッジにホチキスとかはさみとか長い紐とかない?
荒:え?
蘭:どうすんのよ、そんなもの。
コナン:朝になるまで、ここで警察の人待ってるんでしょ。へへ。暇だから図工の宿題やっちゃおうかなって。
荒:それなら、おじさんの部屋にあると思うよ。いっしょに探してみよう。
コナン:うん。
荒:お、あった、あった。はい。これで全部そろったね。
コナン:ありがとう。あと、画用紙とかクレヨンとかも欲しいな。
荒:画用紙はあったけど、クレヨンはどうかな。あ、坊や、色鉛筆ならあるよ。ほら。あ?ぼ、坊や。
蘭:え?コナンくんがいなくなった?
荒:ああ。ちょっと目を離したスキに。
園子:トイレにでも入ってるんじゃないですか?
荒:いや、トイレにはいなかったよ。それに私が保管していたボウガンの矢もなくなってるし。
園子:え、ウソ?
田中:そ、そんな。まさか。
黒田:まさかあの子、犯人に。
田中:え?
コナン:わあー。
蘭:今の、コナンくんの声。
荒:よし、みんなで探そう。
蘭:コナンくん。どこ。コナンくん。
蘭:あ、コ、コナンくん。
コナン:あ、蘭ねえちゃん。
蘭:あ、また。
コナン:誰かいるよ。
蘭:え?
コナン:今度は右側の林に。
蘭:ああ、ちょっと。コナンくん。ちょっと、待ちなさい。こら。はぁ、はぁ。もう、危ないマネばかりして。犯人に出くわしたらどうすんの。
荒:しかし、犯人が再びボウガンを手に入れたとなると。
黒田:こんなところでうろうろしてたら狙われちゃうじゃない。
コナン:うまくいったね。園子ねえちゃん。
園子:え、何が?
コナン:だからぁ。あれだよぉ。
園子:あれって?
コナン:ほら。へへ。
園子:ふひぇひぇひぇ…ああ…ふぁふぁふぁふぁ…。
蘭:園子。ちょ、ちょっと。どうしたの?しっかりして。
園子(コナン):しっかりするのはあなたの方よ、蘭。
蘭:え?
園子(コナン):さあ、私の後ろにあるボウガンを手にとりなさい。
蘭:なんで?なんでボウガンがこんなとこに。
園子(コナン):それを持って3階中央の浜野さんの部屋へ行くのよ。
荒:お、おい。
黒田:いったい何をする気?
園子(コナン):私と蘭とで再現するのよ。今夜のこの裏庭で犯人が演じた血塗られたマジックショーをね。
一同:え?
荒:血塗られたマジックショーを再現するって?
黒田:もしかしてわかったの?あの不可能犯罪の謎が。
園子(コナン):ええ。雪に足跡を残さず、浜野さんの遺体を裏庭の真ん中に運んだトリックも。それを実行したのが誰なのかってことも、バッチリね。
一同:え?
荒:何だって。犯人が分かったというのか。
園子(コナン):さあ、蘭。ボウガンを持って3階の浜野さんの部屋に行くのよ。用意はすべて整えておいたから。
蘭:う、うん。
チャプター4
荒:でも、ボウガンでどうやって?
園子(コナン):ボウガンだけじゃ足りないけど、長い紐とはさみでもあれば、この不可能犯罪は可能になるのよ。まず、2本のボウガンの矢の後端に穴をあけておき、そこに紐を通して小さな輪を作って結び、その2つの輪にあらかじめ長さを測っておいた紐を通すのよ。紐の中間に別の2本の紐を結わえつけた長い紐をね。そして輪に通した長い紐の両端をベランダの手すりに結びつければ準備はオッケー。あとは矢を1本ずつボウガンで撃ち放つだけ。
蘭:園子。紙に書いてある通り、矢をセットしたよ。でも、どこ狙って撃てばいいの?
コナン:この木の根元だよ。蘭ねえちゃん。
黒田:え?
コナン:大丈夫。失敗したってやり直せばいいんだから。紐が絡まないようにちゃんと撃ってね。
蘭:じゃあ、撃つよ。みんなどいて。
黒田:わあ。
蘭:いくわよ。
土井塔:待った。ぼくがかわりに撃ってあげるよ。こういうの得意だから。へへへ。
コナン:あいつ。いつのまに?
土井塔:いいかい?園子探偵。
園子(コナン):え、ええ。
土井塔:そんじゃあ、お言葉に甘えて。ビンゴ!
園子(コナン):喜ぶのはもう1本の矢を撃ち込んでからよ。いま矢が刺さった木のちょうど真向かいにある向こう側の林の木の根元にね。そう。矢によって作り出された紐の形が、ヨットのマストに張られた2枚の帆をかたちどるように。
荒:こ、これは、いったい。
園子(コナン):あら、まだわからないの。さあ、土井塔さん。遺体に見立てた布団を出して。それを縛った紐についている小さな輪に、ヨットのマストに当たる2本の紐の片方に通してちょうだい。そして、その布団をベランダから下にロープウェイのようにおろせば。遺体は見事裏庭の中央に。
荒:そ、そうか。
黒田:すごいわ。
荒:これなら、周りの雪に何も足跡を残さずに遺体を運べる。
黒田:紐を遺体のズボンの穴にでも通せば、ロープウェイになるってわけね。
園子(コナン):そうよ。犯人はボウガンで裏庭中央の何もない中空に、ロープウェイの支点を瞬時に作りだし、不可能を可能にしたのよ。
須鎌:でも、この仕掛けの後始末はどうするんですか?紐を回収しようとすれば、紐が引きずられて雪に変な跡が残ってしまう。現場には、それらしい跡もなにも残ってなかったんですよ。
園子(コナン):ご心配なく。さあ、土井塔さん。ヨットのマストに当たるもう1本の紐を輪に結びつけて、左右どちらかの林の上空めがけて撃ち出してちょうだい。ベランダに結びつけた紐を切るのと同時にね。そうすれば、残った疑問はすべてクリアになるはずよ。
どう?こうすれば、紐を遺体の周りの雪に触れさせずに、裏庭から消し去ることができるでしょ。
荒:た、たしかに。
須鎌:で、でも、矢はまだ木に刺さったままじゃないか。
園子(コナン):だから、犯人は吊り橋を燃やして、私たちを下界から隔離したのよ。警察が来る前に矢を回収するために。そうでしょ、犯人の田中貴久恵さん。
49'02
黒田:田中さんが犯人ですって?
荒:そ、そんな。
田中:ちょっと、園子ちゃん。私は犯人にボウガンで命を狙われているのよ。なのに、なんで私が犯人になっちゃうの?なんならあのとき一緒にいた蘭ちゃんに。
園子(コナン):そう。そうやってあなたは殺されそうになったように見せかけて、容疑者から外れようとしたのよ。
田中:だから、どうやって?
園子(コナン):仕掛けは簡単よ。窓の上の壁にホッチキスの針を打ち込み、それに紐を結わえつけ、その紐の適当なところに重りをつけ、余った紐を上の階の手すりの柱に通して、窓の下から部屋の中に入れる。あとはその紐をベッドの上で固定し洋服で隠しておけば、服をとるふりをして紐を切るだけで、自動的に窓ガラスが割れる。そして、ガラスが割れたのと同時に、服の下に隠しておいたボウガンを背中越しに撃ち、蘭たちが矢に気をとられているスキに、ひもを再び引っ張り、おもりを上げ、カーテンを開けて、ガラスが割れたのを蘭たちに確認させれば、あたかも外から誰かが矢を撃ち込んできたかのように見えるって寸法よ。
荒:でも、そんなにうまく、いくかね?
コナン:いくよ。だって、ぼく、さっき同じふうにして矢を撃ったんだもん。ほら、ぼくが使った仕掛けがまださっきの部屋に残ってるでしょ。
黒田:本当だ。
田中:でも、私のときは、すぐあとに下のお風呂場にも、矢が撃ち込まれたわよ。
園子(コナン):あの仕掛けも簡単。重りのついた紐を下の風呂場の窓の上にホッチキスでとめ、あまった紐を手すりから上に通してストッパーをつけ、窓の下に挟むだけ。あとは窓を開けてストッパーを外せば、真下にある風呂場のガラスが割れるってわけ。あらかじめ、田中さんが鏡に矢を撃ち込んでおいた、風呂場の窓ガラスがね。そして、田中さんは、蘭たちが風呂場に向かっているスキに、これらの仕掛けを回収したのよ。その証拠に、そのとき落ちたホッチキスの針や針の穴を風呂場の外で見つけたわ。
田中:でも、ボウガンは林の中で見つかったんじゃなかった?
園子(コナン):あれは、あの後、あなたが外に出たとき、あらかじめつけておいた足跡にみんなが気をとられているスキに捨てたのよ。そのときでしょ、あなたが矢を木から抜いたのは。浜野さんの遺体を運んだときに使った輪の後端に輪がついている特殊な矢をね。あのときあなたが尻餅をついたのは、矢を抜いたときの反動。ちがう?
田中:ふふ。良くできましたって、ほめてあげたいけど、私に浜野さんを殺すのは無理なのよ。私はその時間、お風呂を焚いていたんだもの。焚いていた時間は約8分。8分間でお風呂を焚きつけて、浜野さんの部屋に行き、さっきの不可能犯罪をやるにはちょっと無理があるんじゃない?
園子(コナン):あらかじめ風呂を焚きつけておけば、そんなの簡単よ。
田中:あら、私は偶然、風呂焚き係に選ばれたのよ。
園子(コナン):偶然?あれは偶然なんかじゃない。マジックよ。そして、あのとき、浜野さんのマジックのサクラをやっていたあなたなら、誰が何の係になるかわかっていたはずよ。
黒田:サクラ?
園子(コナン):あのマジックはあらかじめ裏に印をつけた紙を部屋に仕込んでおき、サクラがその紙に名前を書き込んで、マジシャンがしるしと名前を言い当てる手品。
荒:し、しかし、あのときしるしをつけたのは、君じゃないか。
園子(コナン):ええ。目隠しをして、田中さんが私に渡す直前ですり替えた書けないペンでね。つまり、私にはペンが書けないことも、最初から印がついていたこともわからず、まわりのみんなは私がランダムにしるしをつけたように錯覚するってわけよ。おそらくあなたは、このマジックをやろうと浜野さんに持ちかけ、まんまと風呂焚き係になり、あらかじめ薪をくべておいた風呂焚き場のひさしから、二階に侵入した。そして、浜野さんが部屋に戻るのを待ち伏せて絞殺し、いま実証したトリックを使って不可能犯罪を実行したのよ。最近、ここに入ったという泥棒も、多分田中さんよ。
荒:え?
園子(コナン):トリックに使う紐の長さとか、ロッジに置いてあるペンの種類とかを調べておかなきゃいけないから。
田中:そんな、そんなにいうんならあるんでしょうねえ。
園子(コナン):あら、証拠ならあるわよ。あなたのブーツの中に。
田中:はあ。
園子(コナン):後端に輪がついたもう1本の矢がね。コナンくんにこちら側に走ってきてもらったのには訳があったの。あなたをここにおびき寄せるというね。
田中:うっ、ううう。
園子(コナン):さっきまであなたには、こちら側の木に残った矢を抜きにくる時間はなかった。それが今は検証に使った矢が1本あるだけ。ということは、コナンくんを追ってここに来たときに抜くしかなかったはず。
須鎌:穴です。矢が刺さった跡があります。
園子(コナン):そういうこと。細工のしてある矢をその辺に捨てるわけにはいかないでしょ。ブーツの中なんて、最適に隠し場所だわ。
荒:じゃあ、影法師っていうのは。
園子(コナン):おそらくそれは、田中さんが作り出した架空の人物。たぶん、他人のIDを勝手に使っているのよ。
黒田:でも、彼女は影法師さんと同時に例のチャットに参加してたけど。
園子(コナン):そんなこと、電話回線とモデムとパソコンが2つずつあれば可能だわ。もっとも、影法師だけじゃなく、田中貴久恵の名前もそのIDもだれか別の人のを使っているのかもしれないけれど。
55'20
田中:はは。いいえ。どっちも正真正銘、私のものよ。あなたたちにそそのかされて死に急いだ春井風伝の孫娘のね。
黒田:春井風伝の、
荒:孫娘。じゃあ、まさか
田中:そうよ。おじいちゃんは私のIDであなたたちと交信してたのよ。イカサマ童子っていうハンドルネームでね。それに気付いたのは、おじいちゃんの遺品を整理していて、例のチャットの記録を見つけたときよ。変だと思ったのよね。昔みたいな体力もないのに、脱出マジックやるって言い出したときは。
黒田:え、でも、あれは。
田中:ええ。おじいちゃんが勝手にその気になって、勝手に死んだだけ。別にあなたたちのことは恨んじゃいないわ。でも、どうしても許せなかった。おじいちゃんが事故死した後の、西山さんと浜野さんのあのコメントだけは。
西山:私も新聞でみてびっくりしました。
浜野:いやあ、舞台の上で死ねて彼も本望でしょう。はははは。
西山:年寄りの冷や水って言うやつですか。はははは。
田中:おじいちゃん、あの脱出マジックが成功したら、みんなに自分の正体を明かすつもりだったのよ。
荒・黒田:え?
田中:何とか成功いたしました。皆さん楽しんでいただけましたか?イカサマ童子こと春井風伝よりってね。未送信のこのコメントを見つけたら、なんだか悲しくて悔しくて。どうにも止まらなくなっちゃったってわけ。
黒田:でも、あの二人も、イカサマ童子が春井さんと知っていたら、あんなこと。
田中:そうねえ。でも、彼は気付いていたみたいよ。
黒田:彼って?
田中:土井塔くんよ。あのショーの前日に、彼からおじいちゃんに励ましのメールが届いていたから。
荒:しかし、なんで彼が?
園子(コナン):それは多分、彼もマジックの使い手だからかな。
一同:え?
園子(コナン):あら、まだ気付いてないの。土井塔克樹はアナグラム。その7文字を並べ替えると。
黒田:あ!
荒:か、怪盗キッド?なんで彼がここに?
キッド:見事な推理だったぜ、探偵くん。
コナン:蘭はどこだ?
キッド:となりの部屋でかわいい顔して寝息たててるよ。どうも、あの手の顔には弱くってね。
コナン:ちょろちょろと妙な動きをしやがって。レッドへリング、お前のハンドル通り、惑わされるところだったぜ。
キッド:ふっ。別に惑わすつもりはなかったぜ。ここへ来たのは死んだはずのイカサマ童子が通信し続けているのを、不審に思ったからだ。イカサマ童子は春井風伝のデビュー当時のステージネームだったからな。彼女を一目見て孫娘だとわかり、サクラのことも見抜けたが、まさか殺人とはな。気付いたときにはもう手遅れ。情けねえぜ。
コナン:感情的な性質は、時には推理を妨げ、真実から遠ざける。止めたかったよ。今回の悲しい殺人は。
キッド:ふふっ。オレは探偵じゃねえし、お前は風邪でぶっ倒れてた。仕方ないさ。
コナン:はっ。
キッド:また、会おうぜ名探偵。世紀末を告げる鐘の音が鳴り止まぬうちに。
コナン:あっ!くっ、相変わらずキザな野郎だ。
コナン:その後、警察のヘリでおっちゃんと目暮警部が到着し、田中さんが素直に自首して、事件は静かに幕を閉じた。静かじゃなかったのは、園子。何とオレと蘭は事件が終わったその足でカラオケボックスに引っ張りだされ、延々4時間も彼女のオンステージにつきあわされた。どうやら、あのドロボウに今回も会えなかったのが、相当悔しかったらしい。そして、その3日後。
園子:ねえ、蘭。聞いて、聞いて。また見つけちゃったのよ、インターネットで、いい男。
蘭:へえ、今度は何の仲間?
園子:はは。盆栽よ、盆栽。
蘭:盆栽って、マジ?
園子:ふふ。渋めの男狙ってるのよね。
コナン:懲りねえやつ。
←ひとつ前に戻る
トップページへ