古より神の島と言われてきた、広島県・宮島。そこには、神秘の森が広がっています。ひっそりとたたずむ樹木たち、太古から変わらぬ姿です。原始の森は、冬でも尽きることのない豊かな実りに溢れています。そこでは、多くの生き物たちの命が育まれてきました。絶えることなく、生命の営みが行なわれている神秘の森を訪ねます。
広島県の西、瀬戸内海に浮かぶ宮島。周囲30キロの島です。古くから神の島として信仰を集め、人々が手を加えることはありませんでした。
島の北側に広がる弥山原始林です。この森は、1万年以上も昔から、その姿を変えていません。多くの草花が枯れる冬に入っても、森は青々と輝いています。
森の中に入ると、鬱蒼と木々が生い茂っていました。椎や樫などの照葉樹の木です。一年を通じて、たくさんの葉をつけているのが、特徴です。
昼なお暗い、照葉樹の森。そこは、人が足を踏み入れることのない神聖な領域です。
弥山の森は、多くの野生動物が暮す舞台ともなっています。ニホンジカは、外敵に晒されることなく、穏やかな暮らしを営んでいます。
突然、森の中の木が揺れ始めました。何かいるようです。ニホンザルです。この森には、およそ80匹が群れをなして暮しています。青々とした葉が生い茂るこの森は、猿にとって格好の住処です。
動物たちが暮らす、照葉樹の森。そこでは、木々のドラマが、ひっそりと繰り広げられています。森を見渡すと、朽ち果てた大木の姿が目に入ります。数百年という長い命を終えたのです。木が倒れることによって、その隙間からは、零れんばかりの太陽の光が射し込みます。光を浴びることによって、照葉樹の若い木はぐんぐんと育ちます。
鬱蒼とした照葉樹の森に射し込む、僅かな木漏れ日。この光の下に、次の命が芽吹くのです。倒れた木にも新しい役割が与えられます。若い芽の養分として、その成長を助けるのです。若い芽は、やがて大木へと成長します。こうして、長い時間をかけて、照葉樹の森は移り変わっていきます。
この森の中では、野生動物たちも、それぞれの役割を果たしています。猿が食べているのは、ヤブツバキのつぼみです。冬に入ると、猿たちは好んで食べます。ヤブツバキは、一度にたくさんのつぼみをつけます。猿にとっては、十分すぎるほどの量です。木の下に、鹿がやってきました。鹿は、猿がつぼみを零すのを待ち構えていたのです。長い森の歴史の中、いつしか猿と鹿の共存関係が生まれました。照葉樹の森の中では、こうした営みが日々繰り広げられています。
冬、照葉樹の森は、色鮮やかな実りの時期を迎えます。猿は、食事をすることによって、森を育てる役割を果たしています。実を食べると、次の食べ物を求めて、森の中を歩き回ります。猿は、歩きながら消化しきれなかった種を糞と一緒に排出します。猿の力を借りて、森の中に行き渡った種は、やがて大木へと成長し、照葉樹の森をつくるのです。
弥山原始林の北にある、世界遺産・厳島神社。海上にそそり立つ社殿は、独特の景観を作り出しています。1400年に渡って、神の島を守ってきました。島全体は御神体として祀られ、森の木が伐採されることはほとんどありませんでした。古くからの人々の篤い信仰が、豊かな照葉樹の森と密接に結びついているのです。
鷹の仲間ミサゴです。大きな翼が特徴です。獲物は、海や川に棲む魚です。瀬戸内海の豊かな恵みは、ミサゴの暮らしを支えています。狩りを終えたミサゴは、ねぐらに戻っていきます。ミサゴのねぐらは、照葉樹の森の中です。アカマツの木。ここが、ミサゴのお気に入りの場所です。アカマツは、照葉樹の森の中で、一際高く目立ちます。
このアカマツの木は、宮島の照葉樹の森にとって、欠かせない存在です。宮島は、岩場が多く、斜面に沿って森が広がっています。度重なる台風や豪雨は、森に深刻な被害をもたらしてきました。
一度、地面が崩れると、痩せた土が、現れます。ここでは、照葉樹の木は育つことができません。代わりに生えてくるのが、痩せた土を好むこのアカマツです。アカマツの木は、成長するに従い、根を広げ、地面に水を蓄えていきます。そして、痩せた土地を肥沃な土地に変えていくのです。そこでは、再び照葉樹の木々が育つことができます。こうして、森はゆっくりと元の姿に戻っていきます。
宮島で、寄り添うように暮す生き物たち。その巧みな絆が、神秘の森、弥山原始林をつくり出しているのです。12月も半ばを迎えました。この日も、森の中では、猿たちが夢中になって食べ物を頬張っています。猿の大好物、ヤブツバキの花は、鮮やかな赤みを増しています。いつもと変わらない宮島の光景です。猿たちは、やがて来る春の出産に備えます。
神の島、広島県・宮島。いつの時代も、威厳に満ち溢れ、圧倒的な存在感を放ってきました。脈々と続く生命の営みを見つめてきた弥山原始林。今年もまた、厳しい冬を迎えます。