books / 2004年12月22日〜

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芦辺 拓『切断都市』
1) 実業之日本社 / 四六判ハード / 2004年12月15日付初版 / 本体価格1800円 / 2004年12月22日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

 しばしば狂騒の舞台となる大阪は道頓堀に、女性の屍体が浮いた――しかも頭部、両手両脚を切断された格好で。やがて大阪港にある太平洋アジア交易センターのオフィスの一室で生首が発見、直後に消失するという奇怪な事件が発生したことで、女性の胴体は冴木麻衣子のものと確認される。大阪全体を舞台とした大規模な演劇イベントを企画しながらも直前で頓挫、その怨みによって殺害されたと推理して警察は捜査を進めていたが、天王寺公園で同一の手口による、しかし胴体とは性も特徴も異なる右腕が発見されたことから、事件は前代未聞の展開を見せ始める。キャリアでもノンキャリアでもない、捜査本部で曖昧な立場にある梧桐渉警部は、事件が発覚する直前、偶然巡りあった展示『切断都市』との関係を疑うが……
 かねてから“都市小説としてのミステリ”というテーマを追求してきた著者の、ひとつの集大成的な意味合いを感じさせる長篇である。冒頭、主人公である梧桐警部がふらりと訪ねたギャラリーで、主催者手ずから披露された、時の権力によって分断された摂津国の悲劇をモチーフとした展示物“切断都市”。そのさいの解説を背景に未曾有の事件が展開していくさまはスピーディで、牽引力も強い。五里霧中のなか、頑迷さ故に迷走する捜査陣のドタバタと、遊軍的な立場ゆえにそれを眺める梧桐の冷静な眼差しとを対比させた描写が実に堂に入っている。
 とりわけ本編で興味深いのは、インターネット空間の取り込み方だ。この分野を扱ったミステリはやもすると専門知識の解説に偏りがちだが、本編はマスメディアで形成されるのとは異なる新たな世論を醸成する媒体として、専門的な部分を語りすぎず客観的に捉え、その特異な性質を活かしてプロットに組み込んでいる。とりわけ、残り三分の一あたりで提示される“犯行声明”のアイディアとその後の推移は極めて独創的だ。
 反面、そうして盛り込まれた無数の趣向が、解決編で綺麗に収まらずかなりぎくしゃくした印象を与えるのが残念に思える。伏線を論理で一歩一歩解き明かすのではなく、展開を説明で結びつける類の解決編であったために、ことこの作品のややこしい背景とかなり複雑なトリックとをスムーズに納得させ辛いという状況を生じさせているように感じるのだ。ジャズの即興演奏のように、雑誌連載のなかで少しずつ物語を膨らませていくというスタイルが作品に独特のビート感を齎すと同時に、それ故に多くの趣向をうまく消化されなかったのだろう。書き下ろしで伏線を丹念に織り込んだ本格推理とは異なる味わいがあるのだが、そうした収拾の難しさが連載作品の悩みだろう。
 とは言え、状況を徹底的に利用し尽くした解決編は圧巻であるし、あくまで部外者の立場から事件に関わる森江春策と違い、警察組織の内部で捜査の進展をつぶさに見届けながらもアウトロー的な観点から事件に挑む梧桐渉警部のお披露目として充分な貫禄を示した作品であり、先に刊行された『紅楼夢の殺人』とともに著者の節目となる作品であるのは間違いない。

(2004/12/22)


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