cinema / 『アルフィー』

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アルフィー
原題:“Alfie” / 監督:チャールズ・シャイア / 脚色・製作:エレイン・ポープ、チャールズ・シャイア / 製作総指揮:ダイアナ・フィリップス、ショーン・ダニエル / 原作戯曲&オリジナル脚本:ビル・ノートン / 撮影:アシュレイ・ロウ / プロダクション・デザイナー:ソフィー・ベッカー / 編集:バドレイク・マッキンリー / 衣装:ベアトリス・アルナ・パッツァー / 音楽:ミック・ジャガー、デイヴ・スチュアート、ジョン・パウエル / 主題歌:ミック・ジャガー&デイヴ・スチュアート“Old Habits Die Hard” / 出演:ジュード・ロウ、マリサ・トメイ、オマー・エップス、ニア・ロング、ジェーン・クラコウスキー、シエナ・ミラー、スーザン・サランドン / 配給:UIP Japan
2004年アメリカ作品 / 上映時間:1時間45分 / 日本語字幕:戸田奈津子
2005年07月09日日本公開
公式サイト : http://www.alfie.jp/
日比谷シャンテ・シネ3にて初見(2005/07/11)

[粗筋]
 ロンドンからマンハッタンに移ったアルフィ・エルキンス(ジュード・ロウ)ーの夢は、他のロンドンっ子が見るものと大差なく、経済的に成功することと、世界中から集まってくる美しい女性達と楽しむこと。ひとりの女性には縛られない。冴えないアパートに女性を連れこむことはせず、繊細に決めた衣裳で自ら赴いてはそれぞれのスタイルにあった場所でサービスする。それが彼、アルフィーのポリシーだ。
 経験が豊かなので、相手が“それ以上”を望んだときの気配をいち早く察する。たとえば、夫とは六ヶ月以上もセックスレスの生活を送っているドリー(ジェーン・クラコウスキー)とは、彼女の空閨を埋めるために週にいちどの逢瀬を楽しんでいたが、相手のアプローチが積極的になってきたのを察すると、適度に愛想のいい言葉を投げながら、週にいちどの逢瀬を引き延ばし、ゆっくりとフェイド・アウトを選ぶ。それもまた、アルフィーにとっては彼なりの“優しさ”だった。
 容姿にさほど華はないものの料理が上手で家庭的、安らぎを得るためにときおり身を寄せる“準ガールフレンド”と捉えているジュリー(マリサ・トメイ)もちかごろはあからさまにプロポーズを待ち焦がれる様子を見せていて、正直なところ少々辟易している。だが、ドリーのようにそれとなく距離を置くことが出来ないのは、シングルマザーならではのアクセサリーがあまりに愛らしすぎるからだった。無邪気に懐いてくるジュリーの息子を到底邪険には出来ず、ジュリーとの関係は長びいている。
 軽薄な遊び人のアルフィーだが、女遊びにばかりかまけているわけではない。自分なりの夢に向けて、着実に準備は進めつつあった。親友のマーロン(オマー・エップス)とともに働いているリムジン会社を二人してオーナーから買い取り、事業の拡大を計画しているのである。そろそろ銀行に出資の話を願い出ようかとしていた矢先、マーロンの身にトラブルが降りかかった。恋人のロネット(ニア・ロング)に浮気がばれ、険悪な状態に陥っているのだ。ふたりの仲を取り持とうと、アルフィーはロネットの勤める酒場に残り、彼女の相談に乗る。だが、甚だ具合の悪いことに、長雨に祟られてずるずると居残っているうちに妙な雰囲気になり、流されるように関係を持ってしまった――美人だと意識しながらも、極力距離を測っていたつもりだったのに。
 さすがのアルフィーも罪悪感に苛まれたが、事態は思わぬ形で終息した。アルフィーと関係したことで却って吹っ切れたのか、その夜のうちにロネットはマーロンを赦し、舞い上がったマーロンは勢いに乗ってプロポーズしたのだという。雨降って地固まる、とはこのことか――友人関係の破綻をも覚悟しはじめていたアルフィーの肩からどっと力が抜けた。
 このあたりからアルフィーの境遇はにわかに暗転する。まず、まったく思いがけない形で彼は女遊びを禁じられる羽目に陥った――大事なモノが勃たなくなってしまったのである。惨めな思いを押し隠しつつ訪れた病院では、器質的なものではなく、何らかのストレスが原因だろうと診断される。心当たりはあった。その後、久々にジュリーのもとを訪れたアルフィーは、不注意が原因で女遊びを悟られたジュリーに門前払いを喰らっていたのだ。安らげる環境を喪ってしまったことが、しばらくのあいだ彼から生殖能力を剥奪していたらしい。とりあえず機能は回復してほっと一安心していたアルフィーに、医者は更におぞましい宣告をする――ナニに痼りが認められるので、念のために検査する必要がある、と。
 最悪の可能性を想像して暗澹とするアルフィーに追い打ちをかけるように、マーロンが突然会社を辞め、ロネット共々郊外へと越してしまった。ロネットの提案で何も言わず去ることにした、悪いが共同経営の話も無しにして欲しい――オーナーを介して渡された手紙を読んで、アルフィーは途方に暮れる。折しも世間はクリスマス。生涯で最も淋しいニューイヤー・シーズンを迎えるかに見えたアルフィーであったが……

[感想]
 現代のハリウッドで美男子をひとり挙げろ、と言われたなら、私は間違いなくジュード・ロウを選ぶ。オーランド・ブルームやアシュトン・カッチャー、レオナルド・ディカプリオや活動拠点は違うがガエル・ガルシア・ベルナルなど色々思いつく人もあるかも知れないが、私の目からすると、正統派の“美形”はいまのところジュード・ロウしかいない。昨今流行の野性味とは一線を画し、『アビエイター』ではハリウッドの気風に毒された気障ったらしい俳優を、『スカイキャプテン ワールド・オブ・トゥモロー』では威風堂々としながらもどこかしら間抜けで憎めない正統的なヒーローを、『コールドマウンテン』や『スターリングラード』では垢抜けないなかにも力強い品性を感じさせる若者を、『A.I.』では女性達の欲望を満たすだけに製造されたジゴロのロボットを、という具合にその完成された容姿を活かしながら実に様々なキャラクターを演じ分ける彼は、まさに正統派の映画スターではないかと思う。
 どんな役柄でも見事に演じきってしまう彼だが、しかし本編のアルフィーほどの嵌り役はなかったように思う。本人と同じロンドン出身で伊達男、わざわざマンハッタンに移住しただけあって夢もあるがそれ以上に女性とのアバンチュールを望み、その時その場で異なる女性との逢瀬を楽しむことを身上としている。その一方で、準ガールフレンド扱いしているシングルマザーの息子をやたらと可愛がってみたり、親友の恋愛相談に親身になって応えたり、と情の深さをちらつかせたりして、妙に憎めない。
 ただ、観客がアルフィーを肯定的に受け止めてしまう一因はそのキャラクターと同時に、一風変わった表現手法にもある。ナレーションによって登場人物の感情や状況を解説する、というのは有り体すぎて逆に安易の誹りを免れないやり方だが、本編はそれをアルフィー自らが、その場にてカメラ目線で観客に直接語りかけてくる、という変化球で繰り出してくるのだ。ジュリーを抱きしめ甘い言葉を囁く傍らで観客へと悪戯っぽい視線を送りつつ語りかけ、自分の上で腰を振るドリーを後目に観客に向かって己の性生活のポリシーを表明する。この意外性のある表現は、本編のオリジナルである1966年で既に採用されたものであり、そういう意味では新しくはないのだが、前述のように過剰な説明台詞を避けることが評価されるいまとなっては逆に新鮮だ。しかもそれを、アルフィーのような美男子がユーモアたっぷりに観客に仕掛けてくるのだから、効果は絶大である。言っていることは生意気だったり思い上がりが激しかったりするのだが、そんななかにも気取りや照れ隠しが混ざっているので、余計に彼のキュートさが引き立っている。
 しかし本編はそんな色男のサクセス・ストーリーでは全くない。寧ろその骨子は、万事軽薄に過ごしてきた彼が移住数年を経て少しずつそのツケを支払わされ、己の生き方の空虚さを自覚させられるまでの物語と言える。悪い方へ悪い方へと傾いていく状況はほとんど因果応報とも言える必然的な推移なのだが、それを承知していても、彼に悪意がないことはナレーションや様々な所作から窺えるだけに痛々しい。だが、それでもアルフィーの行いは確実に、その気がなくとも廻りにいた人々を傷つけている。もっとも傷つけたくなかった人物にそう指摘された挙句、更にもうひとつ待ち受けているしっぺ返しが、実に痛烈だ。たとえ彼のような暮らしからは縁遠い人間であっても、我が身を省みずにいられないだろう。
 とまあ、かなり辛口の物語なのだが、過剰に余韻が苦々しくならないのはタイトルロールであるアルフィーの気障でも憎めない、妙に愛らしいキャラクターに加えて、彼を取り囲む女性達のリアルな存在感と力強さ、それをテンポのいい演出によって小気味良く絡めて、洒脱なイメージで染めあげているからだ。全体を支配している“軽さ”が、苦い結末にもポジティヴな印象を添えている。この辺のバランス感覚は絶妙である。そのうえラストシーン、ひとり去りゆくアルフィーの背中に被さるように流れるのは、ミック・ジャガーとデイヴ・スチュアートが本編のために書き下ろして絶賛された曲、“Old Habits Die Hard(身に付いた悪習は抜けない)”――結局どれだけ痛い目を見ようと、どれだけ孤独を味わおうと、この男はたぶん本質的に変わることはないのだろう、と予感させる。呆れ半分で、しかしそれ故に痛ましさが軽減されいっそ快くもある余韻を醸成している。
 描かれていることに決して教条的な色合いはないのだが、それでも我が身を振り返り、なんとなく生き方を見なおしてみたくなる、実にいい映画。そして本編を観たら最後、アルフィー=ジュードの笑顔の虜になること確実の一本である。

(2005/07/13)


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