cinema / 『キューティーハニー』

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キューティーハニー
原作:永井 豪 / 監督:庵野秀明 / プロデューサー:甘木モリオ、川端基夫 / 企画:奥田誠治、中嶋哲也 / 脚本:高橋留美、庵野秀明 / 監督補:尾上克郎、摩砂雪 / 撮影:松島孝助 / 美術:佐々木 尚 / ビューティー・ディレクター:柘植伊佐夫 / 編集:奥田浩史 / VFXプロデューサー:大屋哲男 / 特撮監督:神谷 誠 / アクション監督:山田一善 / 武術指導:シンシア・ラスター / キャラクターデザイン:寺田克也、安野モヨコ、出淵 裕、貞本義行、すぎむらしんいち / 音楽:遠藤幹雄 / 主題歌:倖田來未 / 出演:佐藤江梨子、市川実日子、村上 淳、及川光博、片桐はいり、小日向しえ、新谷真弓、手塚とおる、篠井英介、松田龍平、京本政樹、吉田日出子 / 配給:Warner Bros.
2004年日本作品 / 上映時間:1時間33分
2004年05月29日公開
公式サイト : http://www.cutiehoney.com/
丸の内シャンゼリゼにて初見(2004/06/01)

[粗筋]
 東京湾上の海ほたるで、戦慄の事件が発生した! 故・如月博士の友人でありその遺志を受け継ぐ科学者宇津木(京本政樹)を拉致した怪人物が、海上に孤立した海ほたるで多数の警察官によって包囲されたのだ。現場の指揮官である公安八課の警部・秋 夏子(市川実日子)は組織力によってことを収束させようとするが、パンサークロー四天王のひとりゴールド・クロー(片桐はいり)を名乗る怪人物は警官の中に潜ませていた部下とともに圧倒的な戦闘力で、蝟集した警察を蹴散らしていく。
 自ら矢面に立った夏子が包囲され、窮地に陥ったとき――いきなりやって来て彼女を救い出し、あっという間に宇津木博士まで奪還してしまったのは、ピンクのコスチュームが眩しいキューティーハニー(佐藤江梨子)! すったもんだの末、ハニーによって爪を叩き折られたゴールド・クローは逃走する。犯人の情報を持っている人物として夏子はハニーと、ついでにその場に居合わせた自称毎朝新聞の記者・早見青児(村上 淳)を連行しようとするが、訳の解らない力であっさりと逃げられてしまった……
 何にでも変身できる能力の持ち主であるハニーはふだん、総合商社に派遣社員として勤めている、が、毎日無数のおにぎりをかっ喰らわないと変身を維持できない異常な燃費の悪さと、日々悪事に立ち向かっているが故の遅刻早退の多さと、ついでにノーテンキな性格も手伝って、会社での評判は悪く、お掃除のおばさん(吉田日出子)とぐらいしか親しく話したことがない。謎の怪人を退けた今日も彼女はおにぎりにつられて大量の仕事を押しつけられて、ひとり寂しく残業するのだった。
 明けて翌日、宇津木博士のところに連絡してみたら、パンサークロー一味による留守録の応答メッセージが博士を拉致したことを伝えてきた! パンサークローと宇津木博士の行方に関する情報を得ようと、夏子に変装して警察に潜り込んだハニーだったが、どういうわけかみんな冷たく情報を提供してくれる様子は皆無。困った彼女の前に、海ほたるの事件の時現場に居合わせた青児が現れて、独占取材を条件に情報を明かしてくれた。
 パンサークローとは、永遠に等しい生命を手に入れたシスター・ジル(篠井英介)を首領とし、彼女の快楽のためにすべてを奉仕する組織。シスター・ジルとその四天王であるブラック・クロー(及川光博)、ゴールド・クロー、コバルト・クロー(小日向しえ)、スカーレット・クロー(新谷真弓)はいずれもナノマシンによる身体強化を行っている――その原理は亡き如月博士がハニーに施した<Iシステム>と酷似している。その為に、前々からパンサークローは如月博士を狙っているふしがあった。博士亡き今、彼らのターゲットはハニーその人に絞られている……
 復讐を誓うハニーに、だが青児は「憎しみはキミに似合わない。父上だって悲しむさ」と諭す。そんな彼女のもとに、確実にパンサークローの魔手が迫りつつあった……

[感想]
 贅沢なチープ感、とでも言うべきものが横溢する、何とも変な映画である。
 子供向けヒーロー映画でも今時ここまでやらんだろう、というシンプルかつ極端な合成に、雑だけどおかしな迫力のある戦闘描写、突然現れるマンガチックな効果線、極度にデフォルメされたキャラクター。オープニングと一部の表現をアニメーションで行っている以外すべて実写なのだが、その表現の感性はまさに1970年代くらいの娯楽漫画のそれを彷彿とさせる。猥雑で非現実的、だけどそれ故にポップで、理屈抜きに楽しい。作っている側も色々な面倒を抱え込みつつ、それを楽しんでいる雰囲気が伝わってきて、微笑ましくさえある。
 が、楽しさに酔いしれすぎたのか、色々な要素が放り出されたままになったり、適当すぎてだらけた場面が多いのも事実だ。中盤の警察上層部の言動はさすがに起きている出来事から目を背けすぎていて却って不自然だし、夏子の部屋の枯れた鉢植えもあそこまで沢山並べてあるのはちょっと変だ。青児が事情に明るすぎるのも、また如月博士の死を巡る事実も、話の成り行きに委ねすぎて実際の出来事と並べてみると辻褄が合わない。何より意味不明なのは、クライマックスで登場する招待状と“盛装”の理由である。折角あれだけ美味しい要素を最後に提示しておいて、まったく役立てずじまいなのはどうだろう。
 そうした部分を、ヒーロー(ヒロイン)アクションのお遊びとして理解するとしても、全編通して冒頭における戦闘シーンほど強烈なインパクトを与える場面がなく、中盤からクライマックスの戦闘に至るまでの筋書きがどうにもだらけているせいで、お遊びというよりそれが本筋のように感じられてしまうことが、作品全体から纏まりを失わせているのはちと問題ではなかったか。冒頭とラストの戦闘はそれなりに決まっているのだけど、そのあいだを繋ぐ話運びがどうも緊張感に欠いているので、1時間半程度の短い尺にまとめたわりには退屈だった。
 ただその分、細部のこだわりというか、行き過ぎた嫌いさえあるお遊びが助けとなっている。上で並べた微妙な描写もそこに含めていいし、例えば冒頭、上空から鳥瞰で撮影した海ほたるを無数のパトカーが埋め尽くし、回転灯でほのかに赤らんでいるあたりや、青児がハニーにパンサークローの情報を教えている場面で意味もなくセグウェイに乗っているところ、また悪役及川ミッチーにちゃんとテーマソングを歌わせてやるあたり等々、微妙なくすぐりが随所に挿入されているので、ダレ気味の筋でもけっこう楽しめてしまうのだ。筋の不整合や伏線の放棄が目立つのもたぶんにその行き過ぎた遊びのせいなのだが、それはそれで致し方ないかな、という気もしてしまう。
 とりあえずマンガチックと呼ぶほかない独特の間と演出、極端かつ完成されたキャラクターの珍妙な言動、ある意味お約束に終始するストーリー――ある意味突き抜けた作品である。たぶんに観客を選ぶ作りだという気もするが、選ばれる自信があるなら挑戦してみる価値はある。こういうタイプの映画はなかなかお目にかかれません。
 ……ただ、個人的にはオープニングアニメ含む冒頭場面だけでも充分だったんじゃあ、という気がしなくもない。

 底抜けに明るく愛嬌たっぷりのスーパーヒロインの実写化、というのはけっこうハードルが高い。まずハニーの設定自体が完璧な容姿を要求していて、しかも下手に演じきろうとすればわざとらしさや厭らしさが際立ってしまう。
 今回ハニーを演じた佐藤江梨子はその点、実に素晴らしいキャスティングだったと思う。あまり滑舌が良くないので冒頭台詞が聴き取りにくいのが難だったが、慣れてくるとさほどでもない。あまり上手に演じようとせず、マンガチックなキャラクターだと割り切って仕種や表情を作っているので、ハニー本来の言動の不自然さやそれ故の愛嬌が非常によく出ているのである。
 が、今回ハニーとともに注目して頂きたいのは、秋 夏子である。組織に身を置きながら他人の力に頼ることを拒み、自力でのし上がってきたことにプライドを持ちながら孤独をも感じている。すっぴんに近い顔に無粋な眼鏡、長い髪をひっつめにして職場でも自宅でも洒落っ気なし。セグウェイに乗ってパンサークローの話をしているハニーと青児のあいだに割り込んだとき彼女が乗っていたのはただひとり自転車だった。二人と交流しているうちにだんだん素直な表情を見せるようになって、しかも笑うと可愛い。
 ほぼ映画オリジナルといってもいいキャラクターらしいが、時としてハニーを喰いかねないくらいに魅力的に仕上がっている。……これで伊達眼鏡じゃなかったら完璧だったのに。

(2004/06/02)


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