cinema / 『ラブソングができるまで』

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ラブソングができるまで
原題:“Music and Lyrics” / 監督・脚本:マーク・ローレンス / 製作:マーティン・シェイファー、リズ・グロッツァー / 製作総指揮:ナンシー・ジュボーネン、ハル・ギャバ、ブルース・バーマン / 撮影監督:ハビエル・ペレス・グロベット / プロダクション・デザイナー:ジェーン・マスキー / 編集:スーザン・E・モース / 衣装デザイン:スーザン・ライアル / 音楽:アダム・シュレシンジャー / 出演:ヒュー・グラント、ドリュー・バリモア、ブラッド・ギャレット、クリステン・ジョンストン、キャンベル・スコット、ヘイリー・ベネット / リザーヴ・ルーム制作 / 配給:Warner Bros.
2007年アメリカ作品 / 上映時間:1時間46分 / 日本語字幕:藤澤睦実
2007年04月21日日本公開
公式サイト : http://www.lovesong-movie.jp/
有楽町よみうりホールにて初見(2007/04/11) ※特別試写会

[粗筋]
 80年代、人気グループ“ポップ”のツイン・ヴォーカルのひとりとして一世を風靡したアレックス・フレッチャー(ヒュー・グラント)も、とっくの昔に過去の人。かつての相棒コリンが着実に地位を固める一方、アレックスは既に中年となった往年のファンを相手に同窓会や遊園地での興行などドサ回りに明け暮れ、元スターを利用した色物企画でもお声がかかる状態。
 そんな彼に、マネージャーのクリス(ブラッド・ギャレット)が千載一遇のチャンスを持ちかけてきた。現在ポスト・ブリトニーの呼び声も高い若手女性シンガーのコーラ・コーマン(ヘイリー・ベネット)が彼のファンであり、間もなく開催するニューヨークのコンサートで発表する新曲をアレックスに作って欲しい、と提案してきたのだ。期日は今週の金曜まで、しかも他に7人の作曲家と競って採用されなければならないシビアな条件だが、これを逃せば復活の機会は得られない、とアレックスは喜んで引き受ける。
 とはいえ、アレックスは自他共に認める作詞下手である。クリスはグレッグという若手の作詞家を連れてきて手伝わせるが、どうもしっくり来ない。だが、ふたりが侃々諤々とやっているとき、聴こえてきた鼻歌がアレックスに衝撃を齎す――植物の水やり係の代理としてやって来ていたソフィー・フィッシャー(ドリュー・バリモア)のアドリブに、作詞のセンスを直感したのだ。素人のセンチな詞を持て囃すのなら自分は不要だろう、と憤って帰っていったグレッグを後目に、アレックスはソフィーに協力を要請する。
 文才はあると思しいのに何故か最初は引け腰だったソフィーだが、アレックスの懸命の説得にほだされる格好で協力を始めると、ふたりの相性は抜群で、着々と新曲は形を成していった。
 やがてソフィーは、もともと作家志望であった自分が何故文筆を捨てたか、その事情を語る。大学時代に憧れ、真剣に交際していた作家スローアン・ケイツ(キャンベル・スコット)に手酷く裏切られたのが原因なのである。婚約者がいることを隠してソフィーと交際し、やがて彼女を捨てたあと、ソフィーの経歴をそのままモチーフにしながら、性根の悪い女として描いた作品を上梓した。
 まるで人格を否定するようなその文脈に傷つけられ、ペンに触れることさえ恐怖するようになっていた彼女を、だがアレックスは懸命に励ます――誰かに腐されて何ヶ月落ちこんでも、作り手ならちゃんと自分の作品と向き合うべきだ、と。
 アレックスの誠実な励ましに力を得て、いよいよ曲作りは佳境を迎える。そして期日、ニューヨークに出発する直前のコーラに曲を託し、ふたりは息を呑んで審判を待った……

[感想]
 基本的に13人同時のロシアンルーレットとか命を賭けたゲームとか時間軸をひっくり返して綴るスリラーとか、そんな殺伐とした作品を好む私だが、たまーに恋愛映画も観たくなる。そんな風にたまにだからこそなのか、観ると意外なほどよくアタリを引き当てる。本編もそんな類であった。
 しかし本編はまず恋愛映画を云々する以前に、ショウ・ビジネスの世界をモチーフにしたコメディという側面が色濃いことを指摘しておかねばならない。そもそも冒頭からして、主人公アレックスが80年代にヒットさせたという楽曲のPVをまるごと流すという趣向で、この楽曲といいPVといい、オリジナルであるにも拘わらず完璧に当時の雰囲気を再現している。そして映像は流れ込むように、かつてのスターたちを玩具にしたテレビの色物企画の紹介に写る。
 この音楽業界、ひいてはショウ・ビジネス業界の子供っぽい残酷さを揶揄したようなユーモアが、冒頭に限らず全篇でスパイスを利かせている。当時の流行であった腰振りに今なお拘るアレックスと、それに絡めて繰り返し腰の“障害”に触れるあたりもそうだが、ビジネスに対する態度についてもやたらと筋が通っており、意外なほどリアリティが備わっている。音楽業界でなくとも、エンタテインメントに関わっている人間であれば、随所に共感したり身につまされる描写があって、そこがまず楽しいのだ。
 恋愛映画としてはごくごく王道を辿っている。そんな風にすっかりと落ちぶれ、ドサ回りの虚しい毎日を送っている主人公が、起死回生のチャンスに素晴らしいパートナーとなる女性と巡り逢う。作業を通して次第に心も通わせていき……という実に解りやすい過程であるが、その解りやすさが観ていて却って心地好い。
 相手役となる女性の設定も絶妙だ。作詞に求められるセンスを充分に備えながら文筆を執ることに恐怖を覚えているその理由が明確であり、規模は違えど主人公にとっても昔通った道でもあるが故に、励ます術を弁えている。そうして彼女に自信を与えるにつれて、主人公自身もプライドを取り戻し、過去から新しい道へと赴く情熱を持ち始める。そうしてふたりが惹かれあっていく過程もごくごく自然で無理を感じさせない。
 終盤に至ってふたりは初めて意見の食い違いを起こし危機を迎えることになるが、その食い違い方も最初から提示されているふたりの価値観や認識をきちんと踏まえており、唐突な印象を与えない。前述のとおり、ショウ・ビジネスの世界においてごく当たり前の価値観と、作り手としてごく当然の誠意が衝突するこの流れは、似たような世界に身を置いていれば充分に理解できるものだ。
 その挙句に辿り着く決着もごくお約束通り、理想論に徹しているが、だからこそフィクションとして観ていて心地よい。過剰に皮相的なリアリズムを追求していくのもアリだろうが、本編はとことん娯楽に徹し、観る者を裏切らないことに腐心しており、その姿勢もまた誠実で実に心地好い。
 だが本編で何よりも出色であるのは、音楽の完成度の高さだ。オリジナルでありながら80年代ポップスの雰囲気を完璧に再現した“ポップ”の楽曲の数々もさることながら、次世代のディーヴァとして設定されたコーラの無意味にエキゾティックで性的な主張に富んだ楽曲、そして主人公アレックスとソフィーが必死の共同作業の果てに作りあげたラブソングの説得力が素晴らしい。本国では公開後、サントラが大ヒットとなったそうだが、それもなるほどと頷ける。
 強いて言えば、何もかもが予測通り、とんとん拍子に進んでいくことがいささか物足りないが、しかし意図してそう話を運んでいるからこそ作り出せる安心感、心地好さが本編にはある。そう志して完成された理想的なデート・ムービーであり、また80年代ポップスという要素をポジティヴに、しかし滑稽に再現した良質なコメディでもある。捻りのない作りと苛立つ人もいるだろうが、こういうものも本来求められ、作られて然るべきものだろう。
 エンドロールと並行して流されるエピローグ部分における徹底したお約束ぶりには少々失笑したものの、そういうところまで踏まえて、職人芸的な心意気で作りあげられた佳作と評価したい。

(2007/04/12)


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