cinema / 『交渉人真下正義』

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交渉人真下正義
監督:本広克行 / 原案:君塚良一 / 脚本:十川誠志 / 製作:亀山千広 / プロデューサー:臼井裕詞、堀部 徹、安藤親広 / アソシエイトプロデューサー:小出真佐樹 / ラインプロデューサー:石田和義、村上公一、古郡真也、羽田文彦 / 撮影:佐光 朗 / 照明:加瀬弘行 / 録音:芦原邦雄 / 美術:相馬直樹 / 装飾:田中 宏 / 編集:田口拓也 / VFXプロデューサー:浅野秀二 / VFXディレクター:山本雅之 / 助監督:波多野貴文 / 制作担当:片岡俊哉 / スクリプター:山内 薫 / 音楽:松本晃彦 / 主題歌:“Santa Claus is Comin' to Town” / 制作プロダクション:ROBOT / フジテレビジョン、ROBOT、東宝、スカパー!WT製作 / 出演:ユースケ・サンタマリア、寺島 進、小泉孝太郎、高杉 亘、松重 豊、甲本雅裕、遠山俊也、柳葉敏郎、水野美紀、八千草薫、西村雅彦、石井正則、金田龍之介、國村 隼 / 配給:東宝
2005年日本作品 / 上映時間:2時間7分
2005年05月07日公開
公式サイト : http://www.odoru-legend.com/
日劇PLEX2にて初見(2005/05/07)

[粗筋]
 発端は、2003年11月、お台場で発生し、最終的に一帯を完全封鎖する騒ぎにまで発展した殺人事件において、ひとりの人物がマスコミから注目を浴びた。警視庁刑事部管理官・室井慎次(柳葉敏郎)の指揮のもと、脅迫や立て籠もり犯などとの交渉を行う専門チームである交渉課立ち上げの準備に携わる警視庁初の交渉人・真下正義(ユースケ・サンタマリア)である。いささかお調子者のきらいがある彼はお台場の連続殺人事件解決直後、マスコミに対して官僚にしてはサービス過剰の受け答えをした――その見返りが、一年後のクリスマス・イブに真下に届けられる。
 新たな事件はまず、警視庁ホームページの改竄という形で勃発する。真下を挑発するような内容のアニメーションを画面上に上書きし、そしてその予告通り葛西第二公園でゴミ箱が爆破される。怪我人は出なかったが、警察は“弾丸ライナー”を名乗る犯人が本気であることを痛感する。室井管理官はさっそく、未だ体制の整わない交渉課立ち上げ準備に追われている真下を、東京トランスポーテーション・レイルウェイ=TTRの総合指令室に派遣する。
 同じころ、TTRでも異変を察知していた。車両基地にて整備中だった新型車両・クモE4-600が行方を眩ましたのだ。指令室長の片岡(國村 隼)らがパネルを見守るなか、クモは東陽町駅に出没する。初めて目にする車両に困惑する乗客と興奮する一部の駅員をよそに、最初の危機が駅へと接近しつつあった――クモが停止するホームに、クリスマス・イブゆえに通常よりも遥かに多くの客を収容した列車が迫ってきたのだ。
 あわや衝突、というところで、何者かによって遠隔操作されているらしいクモは発進、とりあえず大きな被害はなかった。だがクモはそのまま線路を猛スピードで突き進み、先行車両を激しく追い立てる。地下鉄網はパニックに陥った。そうでなくてもクリスマス・イブで稼働率の高いところへ、異常な速度で疾駆し追いかけっこを続ける車両がダイヤを掻き乱した。路線の随所に設けられた留置線に車両を避難させることで対応するが、乱れたダイヤによる各駅と乗客の混乱、そして予測の出来ないクモの行動による危険は増大の一途を辿る。
 当初、片岡から「素人は口を挟むな」と言われて省かれていた格好の真下だが、警察としてまるっきり手を拱いていたわけではない。交渉課準備室の麾下にあるCICルームが指令室の片隅に対策本部を設置、係長の小池茂(小泉孝太郎)を筆頭に整理の不充分な資料を相手にして、一方地上では捜査一課の木島丈一郎(寺島 進)が彼の個性である動物的な勘を駆使して、いずれも乏しい情報から犯人の割り出しと先回りに全力を尽くしていた。
 そして遂に、TTR指令室の電話が鳴り響き、“弾丸ライナー”を名乗る何者かが接触を図ってきた――!

[感想]
 約一年と九ヶ月ぶりに登場した『踊る大捜査線』シリーズ最新作にして、劇場版では初のスピンオフ企画である(ドラマ版では内田有紀演じる婦警を主人公にしたスペシャル版が存在する)。こういう企画が成立するのは、都市博の消滅から企業の誘致に失敗し一時は空き地ばかりであったお台場地区を管轄とする湾岸署という、現実に則しながらもファンタジー的に世界観を築き上げていき、キャラクターひとつひとつを丹念に練り上げて、一方で視聴者を楽しませる遊び心もふんだんに盛り込んだ製作姿勢の賜物であろう。
 本編の主役・真下正義も、キャリア候補生でありながら湾岸署に長々と居つき、シリーズの主人公・青島俊作を先輩と呼んで慕っていた、どちらかというと日和見主義的なキャラクターだったが、先の劇場版では遂に警視庁初の交渉人という成長した姿で復活した。そのときから既に布石はあったわけだが、よもやまさか、の主人公に大抜擢されての再登場である。驚きではあるが、その程度の冒険が出来るくらいに各人のキャラクターが完成されていることもまた事実だろう。
 シリーズ初の本格的スピンオフ企画である本編は、同時に初めて、お台場が舞台になることのない作品ともなっている。だがそれでもきちんと雰囲気が繋がっているのは、キャラクター性や遊び心によってもはやお台場に縋るまでもなく『踊る〜』の雰囲気を再構築することが可能だ、という自信の表れだろう。実際、青島に恩田すみれをはじめとする湾岸署の面々の大半が登場せず、新たに寺島進演じる木島刑事やTTRという組織のメンバーを登場させているが、そのやり取りも醸成される空気も見事にシリーズそのまんまである。シリーズ通してのファンもその点で安心するはずだ。
 しかもその上、本編の完成度はシリーズ最高と言っていいかも知れない。従来の劇場版では複数の事件を織り交ぜて描き、事件それぞれの謎解きよりもキャラクターの個性を描くことに執心したために、全体として眺めると物語としてのバランスを著しく欠いていたのだが、本編は明確に真下正義対“弾丸ライナー”の知恵比べというベースを打ち出し、事件や障害がそこからはみ出すことがない。序盤、専門知識に関する説明がやや長めに挟まれるが、そこさえ受け入れてしまえばあとは息を吐く暇もない。衝突寸前の危機、狭い坑内を列車同士がギリギリで回避し合うスペクタクル、そして犯人と真下の穏やかだが行き詰まるやり取り。見所に欠かず、しかもそれらが有機的に繋がりあっているので、物語全体の結束も極めて固い。
 一方で、シリーズの特徴であるお遊びやユーモアがところどころでいい具合で緩衝材の役割を果たしている。初期と比べて能力も経験も増したはずなのに相変わらずどこかすっとぼけている真下のキャラクターに、直感オンリーで強引に突っ走り周辺を怯えさせながらもどこか愛嬌のある木島刑事、堅物だが随所で人間くささを覗かせる指令室長の片岡、序盤からムードメーカーとして笑いの部分を一手に引き受けた感のある広報担当の矢野といった面々の言動が何かと笑わせてくれるし、『踊る〜』シリーズならではのスタートレックおじさんや久々登場の爆発物処理班(なんと連続ドラマ第2話以来らしい)、相変わらず手の込んだ小道具類など細部の擽りも忘れない。『踊る〜』らしさにストーリーの一貫性も備わっているのだ。
 但し、欠点も多い。題名のわりには交渉人である真下の手管が解りにくく、一方で期待される犯人との知恵比べもやや物足りない。与えられるヒントの方向性とその解釈が全般に恣意的で、話を聞いていても本当にその解釈でいいのか、と思わされることが殆どで、そのくせあっさりと正解に辿りついてしまう印象がある。終盤で真下らが提案する打開策も、少々安易だった――演出的には大変面白かったのだけど、“交渉人”という題材から想像されるカタルシスではない。『踊る〜』の真下正義の話と考えると、実に彼らしいのだけど。
 ……ああ、そう考えていくと、『交渉人真下正義』という題名には非常に相応しい作品だ、と言えるようだ。シリーズらしさを留めながらも緊迫感を維持し、同時にふ、っと気を抜くような瞬間を用意して物語をいい具合に和らげており、バランス感覚が絶妙だ。そのうえ、少々微妙な印象を残す決着のあとにもうひとつ、如何にも真下らしいシメを用意していて、事件そのものの異様な後味をうまい具合にフォローしている。
 そういう意味で、『踊る〜』のファンにとって充分無聊を癒す作品となり得ているし、なおかつ完成されたキャラクターと世界観によって、これが初見であっても充分に楽しめる要素の詰まった娯楽作品にも仕上がっている。私は首尾良くチケットが入手できたので初日舞台挨拶のある回に鑑賞したのだが、本広克行監督が自信を窺わせていた(が故に初めて反応が怖くて緊張していたらしい)のも納得の出来である。

 さあ、次は8月27日公開の『容疑者室井慎次』だ。

(2005/05/08)


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