cinema / 『ノボ NOVO』

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ノボ NOVO
原題:“NOVO” / 監督・脚本:ジャン=ピエール・リモザン / 共同脚本:クリストフ・オノレ / 音響編集:フランソワ・ミュジー / 出演:エドゥアルド・ノリエガ、アナ・ムグラリス、ナタリー・リシャール、エリック・カラヴァカ、パス・ベガ / 配給:GAGA Communications / DVD発売元:日活
2002年フランス作品 / 上映時間:1時間33分 / 日本版字幕:関 美冬
2003年06月14日日本公開
2003年11月21日DVD版日本発売 [amazon]
公式サイト : http://www.gaga.ne.jp/novo/
DVDにて初見(2003/12/03)

[粗筋]
 イレーヌ(アナ・ムグラリス)が新たに派遣された会社には、不思議な男がいた。整った容姿にセクシーな印象を漂わせながら、どこか無垢な雰囲気を纏っている。イレーヌを案内している途中で、どこまで案内しているか忘れてしまったその男――グラアム(エドゥアルド・ノリエガ)に心惹かれた彼女は、その日のうちに彼を自宅に誘い、ベッドを共にする。情熱的に抱き合った次の朝、だがグラアムは横に寝ているイレーヌが何者なのか解らなかった。
 グラアムはわずか五分程度で、それまでの過去を喪っていく記憶障害を患っていた。グラアムが頭脳の代わりに頼るのは、左手首にマジックテープで巻き付けたメモ帳だけ。次の日の夜、ふたたびグラアムとセックスしたイレーヌは、およそ普通の恋愛では味わえない、新鮮な二度目の感覚の虜になった。グラアムの胸に自分の名前を書き、首筋にいっぱいのキスマークをつけて、彼の意識に自分を刻み込みながら、日ごと新鮮なセックスに溺れていく。
 だがある日、イレーヌはつまらないミスを女社長(ナタリー・リシャール)に取りざたされて、その日のうちに任を解かれてしまった。イレーヌはそれでも挫けず、グラアムに携帯用のGPSを持たせて、どんな状況にあっても自分のいる場所に辿り着けるようにした。最初こそ遊び感覚だったふたりの関係は、しかしいつの間にか忘れてしまうことを恐れ、忘れられてしまうことに怯える微妙な緊張感を帯びていた――

[感想]
 設定が見事に『メメント』を意識しており、謎めいた展開も用意されているが、だが決してサスペンスではない。記憶障害から生じた奇妙な生活形態と、刹那的だった恋愛を通してそこから脱却していく姿を描いた、理知的でスタイリッシュなロマンス、と言うべきか。
 観客がなかなか状況を把握できないうちにずんずんと話は進んでいく。多視点で、しかも時折時間軸を相前後して描かれるため、混乱の度合いは更に著しい。これは、一直線に描くとこれと言ったとっかかりもないまま話が進んでしまい、退屈させることを懸念しての細工と思われる。実際、こういう手法を取る必然性は、話の方向や主題にはない。
 だが、こと飽きさせない、という意味においては、この構成は見事に役目を果たしている。これはいったいどの時間のどういう意味を持つ出来事なのか、と頭の中で配置を考えているうちに次のエピソードが示され、あれよあれよという間に登場人物たちの心が変わり、別の視点から話が進められている。恣意的だがいい加減に並べ立てた、という印象はなく、よくよく考えた上で筋を混乱させている。その辺が「理知的」と表現する所以である。小刻みに展開するエピソードは、小気味良いテンポを形作り、知らず知らずのうちに観客を牽引していく。
 ヴィジュアル面の洗練ぶりも、そのテンポとスタイリッシュな雰囲気作りに一役買っている。フランスの美しい町並み――と言っても名所名跡の類ではなく、そこらのオフィス街や落書きだらけの下町界隈――を徘徊する主人公と彼を巡る人々の右往左往ぶりを、頻繁にコマを刻み視点を変えるスピード感のあるカメラワークで見せていき、画面を眺めているだけでも引き込まれるものがある。その中心にいるのが、エキゾチックな野趣のある容貌のエドゥアルド・ノリエガと、シャネルの“ミューズ”として広告媒体に登場するアナ・ムグラリスという美男美女であるというのがまた効いているのだ。文字通り絵に描いたようなカップルが互いの肉体に戯れる姿は、エロチックであると同時にどこか幻想的だ。
 とは言え、あまりに細かく画面を刻み、一切の説明抜きに話を進めていくものだから、人によっては置き去りのままあっけなく話が終わってしまったように見えるだろう。ミニシアター系の作品にありがちな文芸的な内容を狙ってのことかも知れないが、ここまで意味不明に感じられると少々行き過ぎている。
 しかし、決して無理ばかりを並べた話ではなく、主人公たちの境遇に少しでも理解が及べば、このラストシーンはなかなか爽快だ。色々と褒められない行動もしているし、今後のことを想像するとハッピーエンドとは言い難いのだが、それでもいいか、という不思議な後味の良さがあるのも事実。
 何せ全編エロティックな描写に溢れているうえ、観客に必ずしも理解されようなどと考えていない作品なので、万人に勧められる代物ではない。が、割り切って鑑賞すれば、そのハイレベルな映像センスが楽しめるはず。サスペンスとしての華麗な決着や、明快な筋を求める方はなるべく近づかないようにしましょう。最低でも背中がむず痒くなること請け合いです。

 ところで、あの「歯」はどうなったんでしょうね、その後。

(2003/12/04)


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