cinema / 『怪談新耳袋[劇場版]』

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怪談新耳袋[劇場版]
共通スタッフ
原作:木原浩勝&中山市朗(メディアファクトリー&角川文庫・刊) / プロデューサー:丹羽多聞アンドリウ(BS-i)、山口幸彦(KING RECORDS)、鈴木浩介(HONEY BUNNY) / 脚本:三宅隆太 / 音楽:遠藤浩二 / 主題歌:Viki“Signal” / 撮影:近江正彦 / 照明:紺野淳一 / 美術:橋本 優 / 助監督:荒川栄二 / 編集:木村悦子 / 製作:怪談新耳袋劇場版製作委員会、株式会社ビーエス・アイ、キングレコード株式会社 / 製作協力:HONEY BUNNY Inc. / 配給:SLOWLEARNER
2004年日本作品 / 上映時間:1時間32分
2004年08月21日公開
2005年01月26日DVD発売 [amazon]
公式サイト : http://www.actcine.com/sinmimi/
渋谷シネ・ラ・セットにて初見(2004/08/21)

[解説]
 全国津々浦々から拾い集めた体験談から“怪奇”のエッセンスを抽出し、一冊あたり百物語にひとつ足りない九十九話で構成された怪談本『新耳袋』。来年刊行予定の第十夜で完結予定のこのシリーズに収録されたエピソードを、気鋭の映画監督が5分を基準にした短篇として映像化するオムニバスドラマ『怪談新耳袋』を劇場版としてパワーアップさせた作品。以下、各編の粗筋と感想を列記する。

「夜警の報告書」
監督:吉田秋生/出演:竹中直人、林 泰文、嶋 大輔
○警備会社が解体までのあいだ監視を引き受けたビルだが、どういうわけかひとりを除いてなかなか居着かない。ベテランまでが逃げ帰る異常事態に、司令補が赴くが……
●原作最新刊である第九夜の白眉と言える連作の映像化である。出来事のインパクトは強烈ながら、すべて「気のせいなんですよ〜」と言い切ってしまう警備員のとぼけた怖さが見事に再現されている。やりすぎてしまいには笑ってしまうが、それもまた怪談の味わいである。実際には、こーいう反応をする人もいる。

「残煙」
監督:鈴木浩介/出演:坂井真紀、坂上香織、佐藤康恵
○会社旅行の旅館から抜け出したOL三人。だが道に迷ってしまい、不気味な雰囲気の漂う社に出てしまう……
●原作は“神隠し”のその瞬間を目撃した、という話なのだが、アレンジされた結果、相手の姿が見えないクリーチャーものとなった。これはこれで面白いのだけど、異様な雰囲気や敵の特徴が掴みづらいので、登場人物がドタバタしているだけ、という印象を残すのが残念。

「手袋」
監督:佐々木浩久/出演:高岡早紀、大沢樹生
○別れた男が一晩だけ泊めて欲しいと女のマンションを訪れた。その夜から、女は自分の首を絞める“手袋”の姿を見るようになる――
●女の情念にまつわる話。視点人物となる女性のナレーションを多用しており、綺麗に感情移入出来るばかりか、“怪”の源泉となった人物の心情までが伝わるエピソードとなった。いちおう因果関係らしきものが示されるが、それでも説明のつかない部分を残しているのが如何にも『新耳袋』的である。

「重いッ!」
監督:鈴木浩介/出演:井上晴美、北村一輝
○突如のしかかった重みに目を醒ました女。目に見えぬ何かをどうにか払い除けて安心したものの、今度は別の形でそれは襲いかかってきた――
●唯一、テレビドラマシリーズで発表済の作品。前に鑑賞したときも思ったことだが、北村一輝はこういう訳の解らない“悪意”を演じさせて逸品である。現象の意味不明さはこの劇場版随一で、客観的になると滑稽な有様なのだが、いざ我が身に置き換えてこれほど不気味で恐ろしいことはない。これも『新耳袋』らしい作品。

「姿見」
監督:三宅隆太/出演:上条 誠、内野謙太
○就職も決まった高校生ふたり。久々に訪れた体育館で、ふたりはやり残したことを実行に移す。不気味な噂のある姿見の覆いを取り払い……
●……ちょっと反則気味。こう来られたら誰だって驚きますって。不気味な出来事を示すタイミングは非常に巧く、このジャンル、スタイルを手がけ続けてきたことへの自信を窺わせるが、それに依存しすぎて最近のホラー映画のパロディめいた仕上がりになってしまったという気が。

「視線」
監督:豊島圭介/出演:堀北真希、乃木涼介
○女子高生たちが十年後の自分について語る、というテーマで撮影したビデオテープに奇怪な影が映りこんだ。誰にも見せるべきではない、と教師は諭したが、話題は広まり学園祭で発表する羽目に……
●展開の生々しさと迫力はトップクラス。こちらもモチーフそのものは昨今のホラー映画ではお馴染みのものだが、原作の設定を敷衍した上でのことなので違和感がない。堀北真希の繊細な雰囲気と素朴だが誠実な演技が更に作品に似合ってます――彼女を贔屓にしているせいも多分にありますが、今回の作品群ではお気に入りの一篇。

「約束」
監督:雨宮慶太/出演:曽根英樹、小野寺昭
○旅行に出る叔父の部屋に留守の間だけ住まうことになった青年。出発前、叔父から念を押されたのは、「呼ばれたら返事をすること」。彼以外誰もいない部屋で、確かに誰かが名前を呼ぶのだ……
●コミカルな展開と結末のおぞましさのギャップが凄まじい。結末部分は映画化に際しての付け添えで、いかにもフィクションっぽいがそのお陰で『新耳袋』的というよりホラー映画、それも短篇らしい作品に仕上がっている。コミカルな展開にも終盤の不気味な展開にもしっくりと馴染んだ曽根英樹の演技がいい。

「ヒサオ」
監督:平野俊一/出演:烏丸せつこ
○疲れ果てた印象の母親。家中にしたたる水の気配。ヒサオは確かにそこにいるようだった……
●白眉。もともと原作『新耳袋』のなかでは異質なテーマであり、微妙な問題を孕んでいるため映像化の難しいエピソードだったのだが、“母”という視点人物を用意し狂気と怪奇とを織り交ぜて描くことで、映像という媒体ならではの“怪談”として昇華されている。ほとんどひとり芝居で作品の雰囲気を構築してしまった烏丸せつこの熱演は喝采ものである。

[全体の感想]
 原作を知っていると、どうしても気分的にハードルを高くしてしまう。こと、枝葉末節を刈り落として“恐怖”や“怪奇”のエッセンスを抽出することに務めた『新耳袋』シリーズの映像化ともなれば尚更らしい。特に「残煙」「姿見」のアレンジの仕方は原典の方向性を歪めている面もあるので、原作の愛読者としては複雑な気分になる。
 だが、ドラマ版よりも恐らく増やされた予算を駆使して手間をかけ、“恐怖”の比率を増すことに腐心したと思しい仕上がりには好感を抱いた。『新耳袋』の内容はその気になれば幾らでも“笑い”に逃げられるものであり、事実ドラマ版や本編でも「夜警の報告書」の一部などはそういう方向性で作られているのだけど、そこから本来の“恐怖”に戻ろうとした意思は評価出来る。原作を丁寧に拡張することで雰囲気を再現した「手袋」や「視線」、異なるアングルから本質に迫っていった「ヒサオ」、最後に脱線することでホラー映画としての風格を帯びた「約束」など、受け手の嗜好によって評価は変わるだろうがそれぞれに“恐怖”を演出することに真摯であろうとした姿勢が窺われて心地よい。前述した「残煙」や「姿見」にしても、原作からかけ離れたとは言えホラー映画に仕上げようとした態度は一貫している。
 そこまで徹底しただけあって、全体での怖さはドラマ版より増している。ドラマ版で物足りないと思っていた方も一見の価値のある、上質な新作である。

 ――が、ひとつだけどーしても解らないのは、ほぼ全篇映画のための新作だったのに、何故テレビ版シリーズで放送済の「重いッ!」を収録したのか、ということ。予備知識からなんとなく想像はついているのだが、そういう知識がなければ何となく損をした気分にさせられるんじゃないかと危惧するのだけど……ま、ドラマ版を知らずに鑑賞すれば済むだけの話なので、大した問題でもないのだが。

(2004/08/22・2005/01/27追記)


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