身延線の車両・・・臨時列車及び貨物
169系

 平成14年7月14日甲府〜竜王間・撮影管理人
 169系は165系に碓氷峠対策を施した車両であり、165系に遅れる事5年の昭和43年に登場した。碓氷峠を通過する急行・普通電車として活躍してきたがこちらも特急増発急行削減の波に揉まれて165系と同じく勢力を弱めながらも存続していたが、平成9年の長野新幹線開業によって4編成12両が信越線篠ノ井〜軽井沢間を引き継いだ第三セクター「しなの鉄道」に譲渡された。
 JRに残った編成は長野五輪中の臨時急行として活躍した後は団臨と八王子・府中本町〜大宮間の快速「新幹線リレー号」を中心として運用され、165・167系と共に平成15年に全車廃車された。なお、しなの鉄道に譲渡された4編成は今も全車健在であり、現在も長野駅にも時折顔を出す。
 身延線には平成12年からそれまでの東海神領電車区165系の代わりに東日本三鷹電車区から169系を借りて5月を中心に修学旅行臨として甲府〜静岡間を往復していたが、平成13年に列車自体が廃止されている。

今なお活躍を続けるしなの鉄道169系 平成14年8月4日しなの鉄道軽井沢駅・撮影管理人
485系

↑大阪駅停車中の金沢行き雷鳥485系 平成15年12月29日・撮影管理人
 485系は交直両用特急型電車として昭和43年より製造が開始された車両であり、全盛期には四国以外のほぼ全ての地域でその姿を見る事が出来た。現在は特急雷鳥・北越・はくたか・いなほ・かもしか・白鳥・つがると快速ムーンライトえちご・フェアーウェイに使用されている。
 この485系は富士宮への団体列車として北陸から度々入線し、西富士宮以北の区間へ入線した際にはトンネル内でパンタグラフを破損したと言う逸話を持つ。現在では臨時列車自体の運転本数が激減しており後述する489系が北陸方面からの団臨の中心となっている為、また485系の本数自体が減少している事もあって今後入線する可能性は極めて低いものと考えられる。
489系
 489系は昭和46年より製造が開始された交直両用特急型電車である。同じ交直両用特急車両である485系と異なるのは489系が信越線横川〜軽井沢間でのEF63との協調運転装置を備えている点が異なっているほかはほぼ同一である。かつては特急「白山」「はくたか」「あさま」や長野地区のホームライナーである「モーニングライナー」にも使用されていたがこれらは長野新幹線開通による信越線篠ノ井〜軽井沢間の経営分離と軽井沢〜横川間の廃止によって消滅し、その後雷鳥系統からの485系の「しらさぎ」への転用によりしらさぎとしての運用も消滅した今は上野〜金沢間の急行「能登けがその主な働き場となっている。
 身延線には現在も数ヶ月に1回ほど糸魚川から米原周りで富士宮まで団体臨時列車として運転され入線する。平成16年は1月と5月に運転された。
183・189系
 183系は昭和47年外房線内房線特急「さざなみ」「わかしお」の新設と同時に製造された直流用特急型車両である。後に上越線特急「とき」「新雪」東海道線特急「あまぎ」中央東線特急「あずさ」「かいじ」急行「アルプス」総武・成田線特急「しおさい」「あやめ」「すいごう」も183系で運転された。
 これらの内、上越線系統は昭和57年の上越新幹線開業にて東海道線でも185系「踊り子」のデビューで原則として定期運用は無くなり、その後は中央東線と房総地区を中心に使われホームライナーとして東海道線でも使用され続けていた。一方189系は前述の489系と同じく横軽協調運転装置を備えており、信越線特急「あさま」「そよかぜ」急行「妙高」で使用されていたがこちらも長野新幹線開業と同時に中央線系統の「あずさ」「かいじ」の183系と運用が共通化されている。
 だが、平成14年に一大勢力を誇っていた中央線系統に新型のE257系が投入されたのをきっかけに同年12月までに「あずさ」「かいじ」と急行「アルプス」から完全撤退し、大量の余剰車が発生した。余剰車の大半は房総地区の老朽化が激しい183系初期車の置き換えに使われ、しばらくは安泰かの様に見えた矢先の平成16年、その房総特急もE257系化が決定し今年の10月16日改正より外房・内房線特急から完全引退し、平成17年度には総武・成田線系統からも定期列車としては前面引退している。
 身延線への入線は、中央線からの引退後の平成15年に数回東京方面から富士宮までそれまで165・167・169系で運転されていた臨時列車のスジで行われている。
683系
 683系はJR西日本が北陸線特急にて主に使用している681系の後継車種として平成13年より投入が始まった車両である。現在運用されているのは特急「サンダーバード」「しらさぎ」「はくたか」であり、「はくたか」に投入された編成は北越急行が保有しており桃色の塗装が施されている。
 今回身延線に入線したのは「しらさぎ」に主に用いられる683系2000番台5両編成であり、3月24〜25日にかけて金沢→糸魚川→米原→富士宮→米原→糸魚川→金沢の経路で入線した。そのダイヤ構成などからかつての489系によって運転されていた団体臨時列車の後継としての683系として取る事が出来るだろう。
113系1000番台
113系1000番台は昭和47年7月に当時国鉄の進めていた「五方面作戦」の一環として新設された総武快速線の東京地下駅乗り入れのために製作された。  113系0番台との差は東京〜錦糸町間の地下トンネルを通過する事から、難燃化基準である運輸省の定めたA-A基準に対応し、地下線内の保安設備のATC装置を搭載している事である。外見上はそう差は無いが、前面の警笛が0番台がヘッドライトと同位置にあるのに対し、1000番台はテールランプの斜め下に付いている点で異なっている。
 当初は11利用編成で登場した113系1000番台だか、次第に編成が伸ばされ昭和55年10月の横須賀線との直通運転開始時にはグリーン車2両を含む15両編成となっていた。だが、平成4年に登場した後継のE217系の増備と共に東海道・高崎・東北線へと転出していき平成11年12月を最後に総武快速・横須賀線から引退した。また、一部の車両についてはJR四国へ売却され、大幅な113系とは思えないほどの改造を受けて予讃線や瀬戸大橋線などのJR四国の電化区間で運用されている。
 東北・高崎線へ転出したグループはE231系投入により廃車となり、東海道線へ転出したグループも間も無く開始される東海道線へのE231系投入により廃車が発生する見込みである。
 なお、房総各線を走っている113系0番台は東京地下線の保安設備がATSへ変更される前に製作された初期車で、一度も東京トンネルへ直通した事が無い。また、老朽化も進んでいる事からこの後継に東海道線からの1000番台後期車が充てられる事は十分に考えられる。
 身延線には創臨として基本11両編成の特急格下げグリーン車1両連結で入線した実績がある。
103系

首都圏最後の牙城であった鶴見線で活躍していた103系 平成16年9月23日浅野駅・撮影管理人
 103系は現在の電車の基礎を築いた101系の後継車両であり、一時は国鉄至上最大の3884両という規模を誇った通勤電車である。これまでに主要都市圏の多くの路線での活躍した実績があり現在に至るまでその両数の記録は破られていない。
 民営化後は次第に置き換えが進み、東海地区では平成11年に姿を消している。山手・横浜・京浜東北・中央快速線で置き換えが終わった後は一段落していた首都圏でも、総武緩行線を走行中に制御装置から火が吹くという事故が発生した事を受けて急速にE231・205系への置き換えが進み、平成16年8月現在では仙石・常磐・武蔵野・京葉・鶴見・八高・川越線以外では消滅しており、山手線からの205系転出が予定通り進んでいる事から見ても完全消滅は時間の問題であり、平成19年3月現在では関東圏からは消滅している。
 一方西日本ではかなりの数が生き残っており、大阪環状・桜島・阪和・関西・奈良・和歌山・桜井・播但・赤穂・宇野・山陽・呉・可部線でその姿を見る事ができる。また今年12月に電化開業する加古川線にも改造車が投入される事が決定している。初期車や簡易冷房改造車を中心に廃車は進んでいるが状態の良い車両には延命工事が施されているのでまだ当分はその姿を見る事が出来そうである。
 九州唯一の直流線区である筑肥線の103系には、後継車種と目される303系が登場しているが全車健在で、こちらもトイレ設置改造などの改造工事が施されている事から引退の心配は当分しなくてよさそうである。
 この外にも西日本の地方電化線区で運用されている105系は103系からの改造車であり、貫通路が取り付けられてすっかり姿形が変わってしまった者もいるが、103系そのままの顔を残した車両もかなりある。
 身延線には横浜線用8両編成ウグイス色の103系が入線した実績があり、品川〜富士宮間にて創臨として運転されたと言う。なお103系は通勤用であるので長距離団体向きには難がある事から、本当に不足した場合に限定した運用であったらしい。
【電気機関車】
EF64 0番台

 山岳線区向け電気機関車として開発されたEF64は中央線・奥羽線向けに0番台、上越線向けに1000番台が製造され現在では東日本地域では0番台・1000番台が共通化されて運用されている。0番台については後継車種としてEH200が製造順次配備されており、平成19年4月現在では次第に運用を離脱している次第である。
 身延線に入線していたのはJR貨物とJR東海所属のEF64であり前者は貨物列車として、後者はバラスト及びレール輸送の工事用臨時列車として入線していた。JR貨物のEF64は東花輪駅発着の石油輸送列車と南甲府駅発着の天然ガス及び石灰石輸送列車で、石灰石輸送列車については八高線高麗川駅を発着とし天然ガス輸送列車は根岸、石油輸送列車は千葉発着としてそれぞれ運転されていた。
 最後まで運転されていたのは東花輪駅発着の石油輸送列車であって共同石油東花輪油槽所の廃止に伴って廃止に至り、平成10年10月が最終運転となりこれにて身延線内の定期貨物列車はすべて廃止になっている。
 JR東海所属のEF64については今でも前述した用途での工臨列車として数ヶ月に一度の割合で入線している。発着するのは南甲府・市川大門・身延・内船の各駅であり特に市川大門・内船の各駅では構内踏切を塞いでの入換風景が見られるなど中々貴重でもある。しかしながらJR東海は機関車及び輸送化車の老朽化対策として専用輸送車両の新造を発表しており、こちらもまたそう先は長くはないだろう。なお写真のEF64はJR東日本所属の39号機である。
 また平成16年3月にはJR東日本のジョイフルトレイン「浪漫」が入線した際にはユーロライナー色のEF64 35が牽引し甲府→富士間を走破した事があり、この両者にしてもこれが最後の入線となっている。特に「浪漫」は平成19年3月下旬にJR東日本長野工場にて解体された事が確認されているのでEF64 35のみでの入線は今後有り得ても「浪漫」についてはそれが最後の入線であったと言えよう。
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