キタキツネ夏紀行・その3
【平成18年8月5日 恩根湯温泉(キタキツネ牧場)→札幌】

 さて到着したキタキツネ牧場、5ヶ月前に来た時との違いは雪の有無と気温、そして薄曇か快晴か程度であろう。人影の無さは相変わらずだが前回はこの中で大いに満喫できたのだからむしろ好ましいというべきか、とにかく夏仕様に幾分変わった建物の中を抜けて券売所へ向かう。G氏と共に大荷物を持っていたのを見た係の女性の方が気を使ってくれて荷物を預かってもらえたのは幸いだった、全く感謝するところである。
 さて500円にて入場券を、3月には薄い青色だった箇所が緑色になった子狐の写真の印刷された券を手に中へ。豪雪地帯の商店街などで見られる歩道の上の覆いの様な下をくぐり、狐が外に出ないように作られている扉を開いて中へ。前回はもうここに狐が居たが今回はいなかった、代わりに入ってすぐ右手の小屋の中には多くの子狐達が。


 恐らくこの5ヶ月の辺りに生まれたのだろう、そしてここからは写真にてその時の様子を見てもらいたい。ちなみに他の違いと言えば前回は見なかった黒狐が幾つもいた事だろうか、入れ替えたのかそれとも新入なのか・・・のんびりと昼寝する気持ち良さそうな姿からは、とてもうかがえず見つめるのもまた無粋なようだった。
 しかしこの写真は一部に過ぎない、もっと見たいという方は・・・是非行くべきだろう。

↑寝る

↑寝るその2

↑一匹だけ何故か元気に跳ね回り・・・。

↑賢い

↑寝るその3

↑寝るそのy(略

↑全景


↑混じりたい・・・。


 そしてG氏と共に萌えに萌えて萌浸りお土産を買い求めて外に出たのは1440頃、少し駆け足で再びバス停へと向かう。バスが一台ついており園内に入ってきた観光客達はツアーでここに寄ったのだろう。一見すると日本人だが言葉がどうも中国語。最近急増していると言う台湾人観光客だろうか、とにかくそんな事を思いつつ来た時とは別に出てすぐ左へ曲がって建物沿いに東へ行き、先ほど見た大きな傾斜の突いた橋へ上って下りあの五叉路へ出る。
 そこから元来た道を今度は東進しバス停へ、この道中も人影はまったく見られなかった。ただ一台のミニバンが手前の道路を横切って行っただけで全くの静寂・・・こうも静かで良いのかと思えてしまう。バス停にも当然人影がある訳が無く、駆け足の甲斐あって1445に到着。3月にタクシーの運転手から3月に聞いた時には10分もあれば歩いて、と言われたのでもう少し余裕を持ってくるべきだったろう。雪道だったら15分ほど見た方が良いかもしれない。

 ここから旭川までは都市間バスを利用する、都市間バス石北号は1日4往復旭川〜北見間を層雲峡・恩根湯・留辺蕊経由で結んでいる。3月の際は留辺蕊駅までタクシーで戻り1439発の特急「オホーツク6号」にて札幌まで戻った。とは言えそれでは今回の様に北見駅から路線バスで来ては時間的に厳しくなってしまうので、この様に復路は旭川まで都市間バスを利用する事にしたのである。
 都市間バスの恩根湯到着は1447、3分遅れで到着したバスの扉が開き運転手が名前を確認してくる。この都市間バスは事前予約の座席定員制である、この旅行に行くと決めた日に2人分電話にて予約してあったので名前を確認して乗車。車内の乗客数は自分達を含めて7人ほど、後ろのほうに陣取って大きくリクライニングさせて腰掛ける。
 そして発車したバスは国道39号線を東へ向けて走り始める、道路はしばらく平地を直線で走るがふとしたカーブをすぎると次第に坂に入り段々と山の中を走り始める。静かな車内でG氏を見れば居眠りをしていた、自分は本を読みつつ車窓を眺めていると「くまがい北きつね牧場」なる文字が。恩根湯の北きつね牧場とは別の北きつね牧場が、こんな山の中にあるとは予想外であった。
 大変気になるところだがタクシーかレンタカーが無いととてもここまで来れないのが残念であり、その案内看板を見つつ山を登っていく。その内にいよいよ急になった傾斜と共に石北峠へ、幾つかのヘアピンカーブを過ぎていくに連れて景色は雄大になり心地よい。そして峠の頂点を乗り越えると本当急に下り始める、その落差は余り味わった事がないから面白く感じられた。
 正に峠を下る・・・そのままに、人家は当然無い。層雲峡の中を進む車窓には石狩川の源流に人造の大雪湖、ロックフィルの大雪ダムの姿が見えたかと思えばトンネルを過ぎた地点で国道273号線と合流する。確かこの273号線を進むと十勝平野、そしてその沿線にはかつて旧国鉄が鉄道の一部として唯一のバス代行区間としていた士幌線の終点十勝三股駅に至る筈である。

 しかしその士幌線は国鉄末期に廃止されて今はない、士幌線は当初の計画では午前中に通過した石北線上川駅まで至り上川駅と根室線帯広駅を結ぶ計画であった。しかし建設の容易な帯広側から工事が始まり平野の尽きる十勝三股まで建設したところで、予算何よりも技術的な問題も合って建設は停止されたまま1987年、昭和62年に廃止された。
 もし仮に繋がっていたらどうだろうか?層雲峡を貫通する路線として観光需要があったかもしれない、また北海道第二の都市旭川と帯広を直接結ぶ路線として賑わったかもしれない。とは言え元々、今でも人煙稀な過疎地帯であるから廃止されていた可能性は高いだろう。そもそもその建設を示していた改正鉄道敷設法自体、その制定当初に後々追加の度に改正するのは面倒だとしてろくに建設・運営の採算などを考えず、片っ端から要求のあった路線を盛り込んだ悪法である。
 故にその産物の一つに過ぎなかったのかもしれない、そしてその路線も法律、更には事業主体としての国鉄も今は無い・・・。
 

 銀河トンネルを抜けて一旦国道を外れ、層雲峡郵便局の前にて客を1名降ろして出発。辺りは層雲峡名物柱状節理の岩山が緑に包まれている中を進んで行き、やや広がった場所にあるドライブインで10分ほど休憩となる。寝ているG氏はそのままに下車してバスの写真を撮り体を伸ばす、全くこうも天気がいいと心地よかった。石北峠付近では圏外だったFOMAの電波もここでは3本柱、もう里が近いのだろう。辺りの雰囲気からもそううかがえた。

 そしてバスに戻りG氏を起こして休憩を告げる、しばらくぼぅっとしていたG氏はようやく覚醒して外にあるソフトクリームを買いに行こうと降りたが買わずに戻ってきた。すると運転士が戻ってきて扉を閉めたので発車、バスの中で何時しか居眠りをお互いに始めて・・・起きたらもう旭川の市街地の中で軽い渋滞に詰まりながら動いているところであった。
 もう夕暮れも近い、外には巨大な煙突。後々で地図を見てみると恐らく日本製紙の工場だったのだろう。位置としては新旭川駅のちょうど東側か、そして旭川四条駅の傍らで宗谷線をくぐり旭川駅が斜向かいに見える降車用停留所に到着した。そこで運賃を支払って下車、2050円。一旦留辺蘂駅に戻るタクシー代よりも余程安くて旭川まで戻ってこれた。所要時間は2時間50分。
 さてここからは時間通り着いたので1800発の特急「スーパーホワイトアロー28号」で鉄路帰ろうかと考えていたが、意外と資金を使ってしまったので高速バスで帰る事に変更。いきなりの変更だったので運転士に・・・一応念のために覚えておいた地図を思い浮かべつつ場所を尋ねて早速移動開始。
 高速バスは路線や事業者によって乗り場が違うのが難点である、駅前からの通りを折れて西武百貨店の脇を東進するとちょうどお神輿が通過していった。全く盛岡さんさと言いこれで祭りに遭遇したのは今回は2度目である、そしてそのお神輿の通過していった通りを横切ってローソンを超えた所にあるバスターミナルに到着。ちょうど1800発の高速バス札幌行きの最終案内が流れていたので駆け足で窓口へ行くと、係の方も駆け込み客・・・そりも不慣れな客だと一瞬で理解したのだろう。
「どこ行くの!」
「札幌っ!」
「じゃまっててっ。」
 と身軽に脇の扉から外に出てきて用意した4000円を自動券売機を操作しながら受け取ると往復切符を、何気に250円安くなったのは嬉しく同時に申し訳なかったが時間が無かったからだろう。次から余裕持って乗れるように気をつけないといけない、それを受け取りG氏と共に走ってバスに飛び乗る。車体は北海道中央バス乗客は自分たち含めて10人程ですぐに発車した。
 そのまま市街を抜けて高速道路へ、熊が走る高速などと揶揄される北海道の高速道路だがかつての地元山梨を走る中央高速並みに混んでいた。車内放送にて高速上の途中バス停での降車客がいないので乗車客がいない限り全て通過するとの流れ、車窓では日が沈んでいく。
 高速バスは鉄道の特急と同じく30分間区を基本に走っており運賃も安いが鉄道が最速1時間20分で行くのに対し、2時間と40分ほど差があるので目的次第で使い分ける必要がある、とは言え中々に調子も良いのでまた次回以降も利用しようかと思えたものであった。

 何時しかまた眠り目を覚ますと高速を降りて札幌郊外を走っていた、すっかり夜で大型SCの明かりが眩しい。途中時計台前などで降車が出来るらしく、ホテルとの位置的にはそちらの方が近かったものの夕飯の事などを考えて札幌駅まで。
 そして下車し外に出る、その後は駅ビルの上のレストラン街にてカレーを夕飯に食べて地下鉄に乗り最終的には東西線の西18丁目駅で降りてそのまま下っていく。途中で路面電車と出会う、G氏は路面電車にしろ地下鉄にしろ初めてとの事だったので興味深げに見ていたのが印象的であった。そしてプリンスホテルと中央区役所が見えた所で折れて狸小路の一角にあるホテルに投宿。時間は21時前後だった。


【この項目での行程】北きつね牧場→恩根湯温泉→層雲峡→旭川→札幌
 続

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