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041121 ライフルとジャイロ

「ライフルと愛馬」 これは昔々 昭和30年代アメリカ映画 「リオ・ブラボー」中 ディーン・
マーチンの歌。
「ライフルとジャイロ」 これは平成4〜5年頃 日本人がかかわりを持った実話。
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2004(平成16)年11月21日(日) 例によって午後 河川敷の滑走路に着いて 1回目
の飛行を終えた所に 二人の訪問者があった。ひとりは先程まで回っていたロータックス
447エンジンの提供者さん 1998(平成10)年9月23日福島スカイパーク(農道空港)
で「アントノフAN-2」から降りてきた時(この件に関しては別項を予定)に挨拶して以来の再
会。 で さんが紹介してくれた もうひとりの訪問者Oさんの話が 耳を疑うような信じら
れない事だった。 これが「ライフルとジャイロ」がらみで 正しく?は「地雷とジャイロとライフ
ル」と言うべきか 物騒な「地雷」がテーマの話であった。
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実を言えば さんOさんの後 更に予想外の訪問者(娘一家)が有って その子供たちの
相手をするハメになって Oさんの話を更に詳しく聞く事が出来なかったので 次は推測も
交えて記してある。

   13年もの長期間のカンボジア紛争が終結して 1992(平成4)年3月から1993(平
   成5)年9月まで 国連によるPKO(平和維持活動)が行われた。 その活動部隊の一
   員だったOさん達の任務の一つが地雷の除去作業。その為にジャイロプレーンが最適
   と判断してタンデム複座機の購入を要請した。 操縦要員とライフル銃を持った射撃要
   員が搭乗して地雷原の上を飛行し 地雷と見れば機上から撃って爆破した。
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さんが最初 Oさんを「いろいろな経験をしている ジャイロもやった」と紹介してくれた。 
それで私の「何処で?」の質問に対して返ってきたのが「カンボジア」だった。カンボジアと言
う国の事も そこで有った紛争の事も全く頭にない自分は 規制の多い日本を離れて外国
でジャイロプレーンの飛行を楽しんで来たのだろうと 勝手に解釈した。 が次に 話の中に
「地雷」が出て 「ライフル」が出て全く驚いた。一瞬ゲームの事か?とも思ったが 「仕事で」
との言葉で耳を疑った。スポーツやリクレーション以外の目的での飛行が認められていない
私達には 全く信じがたい話である。ジャイロプレーンの「操縦訓練は?」に対しての返事は
「回転翼の出身なので・・・」との事で 改まっての訓練は無かったらしい。すなわちヘリコプタ
ーのパイロット(日本人)が 任務遂行の為にジャイロプレーンを希望して入手 即慣熟して
業務 しかも非常な危険を伴う任務に活用した。地雷の除去とかの戦争がらみの業務は 
本来有ってはならないのだろうが ともあれ Oさん達がジャイロプレーンで行った実務は 
旧陸軍「カ号」オートジャイロの観測業務以来の事と思われる。
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さて この日私は3回の周回飛行を行った。 梁川橋の架け替え工事の進捗状況を
上空から「視察」した〜但し任務でも業務でも無い。 上の話とは次元が違うようです。


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