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700715 基地司令の杖

昭和45年7月15日 航空自衛隊岐阜基地の”飛行場運用委員会”へ出席。
13:30〜15:30 6月末から準備した資料を添えて 7月7日に申請した飛行場使用
許可に関して出席と説明を求められたもの。 飛行場を使用する関係者〜航空自衛隊
 海上自衛隊 川崎重工など〜が一同に会して月に1回行なっている会議だと聞かさ
れた。あまり深く考えず軽く構えていたら大変な誤りであった。 国旗などが掲げられた
部屋で 会議の始まりは大変おごそか、 定刻に発声があって参加者全員が起立、 
足が不自由なようで 杖を付いてゆっくり歩行して入場して来る基地司令(空将補 多田
一男氏)を迎えて そして着席。 この段階で緊張を強いられ さてどうなることやらと思
案しながら議事進行を聞いているうちに自分の申請に付いて説明を求められる。 資料
に基づいて3分ぐらい話して”よろしく許可をお願いします”。 で 続いて出た質問は
「救難体制についてどのように考えているか?」だった。 全く予想もしなかった事でしば
らく絶句 なにやら訳の分からない事をしゃべって〜室内が一時笑い声で満ちたりして
〜結局その席では「旧滑走路(900m×30m)を使用 地上滑走は許可する」との返事
を得た。
      航空自衛隊岐阜基地 
       参照:Google Earth へリンク

18日 正式な許可書が出た旨の連絡があり その後46年7月(基地司令は 1等空佐
今井治三氏)まで必要に応じて1ヶ月ごとに経過報告と申請を繰り返して 滑走試験〜
飛行試験と順次スムーズに許可を得る事が出来た。

 飛行場使用許可書

途中から志水さんと連名の申請になり 飛行場使用許可書には使用の条件(地上支援
人員、飛行空域限定)を簡潔に明記した文書が添付されていた。

         

基地からの文書による許可は誠にありがたくうれしい事であり 後で航空局の許可を
得る上で非常に有効だった。

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