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87xxxx タイムスリップ
 

半年でまとめようと計画した マイ・ウェブサイト。 冗長になってしまったが 気まぐれにタイムスリップしながら 当初予定した項目は 大体半分消化した。 「 簡潔に!」を心がけながら なおタイムスリップを続ける。

で早速「ノン・ジャイロ 」から〜但し「 簡潔 」でない。

初めて目撃したマイクロライト航空機

将来の見通しとして 以前から勤務先の内諾も一応取っていた事なのだが 
実家の事情を考慮して退社 福島県郡山市へ移った。 
その後生活が忙しかったりで 空の活動はしばらくブランクが有ったが 
その間にマイクロライト ( ウルトラライト航空機 MLP ULP )が大普及した。
ある夏 家族で猪苗代湖へ行楽に行った折り 湖上を飛ぶクイックシルバー機を目撃したが   
それを追う事も無かった。 




                           右 / 猪苗代湖上を飛ぶ クイックシルバー
                                バックは会津磐梯山           



しばらくして 木製飛行機を作ってみたくなり 昔夢見た事があるモーターグライダーをとも考えたが マイクロライト機には目下規制が無いとの事なので 目標は決まった。 しかし 手を付けてみればジャイロとは大違い 大変厄介で一向に進捗しない。 その様な折りに遠縁の者から誘いがあって マイクロライト機の操縦訓練が始まった。 ジャイロプレーンに復帰する前の事で 以下は パソコン通信のフォーラムにアップした訓練顛末
(一部修正加筆)。


私のドジなMLP体験記

いづれの御時にか (明治でも大正でもなかった)
  

遠縁の者から声がかかって 彼のラジコン仲間とMLPを始めることになって ( 計7人のグループ ) 某業者を訪ねました。
ドリフターとチャレンジャーで体験同乗〇〇。 私はドリフでしたが 風を受けての快感を味わって皆興奮状態。 
広告で知った経済的 ( これがきっかけでした ) な機体の事はすっかり忘れてグループの予算の約3倍 ( 各個人についても同じ事 ) の
価格のスピットファイア機 ( 中古 ) を購入するはめになりました。
当初の候補機は つばさ > クイックシルバーMX > B1-RD ( いずれも中古 )。 機体選定にあたっては一応 あーだ こーだが有った
のですが結局そのような選択をしました。

 * 私達〜ドウセ買うなら良いものをイツマデモ ( これは空のベンツです〜業者の方 )。
 * 私達〜オレタチには基礎知識がカナリ有る ( そうでしょう そうですとも〜業者の方 )。

何がまずかったか 残念ながらこの機体とグループは極く短命に終りました。

 Spitfire


いづれの御時にか 2


 * 業者の方 < < 私は○○○資格を持っています ライセンスを出せます > >
 * 私達    < ははー これはあれだな 「 相互理解による瞬間資格取得 」 そーだよ おれたちお客さんで 大金を払うんだもんな>

こんな事が決め手?になり契約 早速次週からサンデー・トレーニングが始りました。
時期的にはマイクロライト機に対して規制が始まって間もない頃 過度期であって こんな時えてして経過措置がとられて案外融通が効く 
その様な感覚がありました。

当時 以前から既にあった ジャイロプレンの技量認定制度のもとでは 認定員の前で 「 主輪のみで安定した高速滑走 」 をやって
見せれば良く 健康診断も学科試験も義務付けられていませんでした。

 * 私たち  < ジャンプして見せればそれでOKなんだろう 認定証(準ライセンス)がもらえて 後は自由安価な空が楽しめる!>


いづれの御時にか 3

クイックシルバーMXの経験者2人を含む会員7人の新生MLPフライングクラブは〜遠い人は自宅を出てから約4時間かけて〜
隣県の場外飛行場で訓練を開始しました。

 第1訓練日 皆 慎重にタキシング 機体 操縦装置 エンジン等に慣熟。

 第2訓練日 少しスロットルを開いて滑走。更に次のステップ ノーズを上げて中速度で。

         私、クロスウインドで 風上側に方向を取られ崖っぷちで危うくストップ。  

 第3訓練日 ジャンプを始める。 始めはオッカナビックリふらふらと浮いてスロットルを絞って何となく着地する。 
         更にスロットルを開いて速度を付けてやると急に手ごたえが出て舵の効きがはっきりしてくる。
         ある会員、少し高く上がり過ぎ失速ぎみに〜左翼がドロップして翼端から〜ドーン。 翼が大きく撓んで弾んでメインギアを破損。

 第4訓練日 いつまでもジャンプしていても埒があかないとMX経験者(お医者さん)が場周飛行へ出る。 
         おめでとう、握手攻め。そして質問攻め。
         先生いわく ( 2舵機と違って ) ラダーペダルを踏まないと 向きが 旋回がうまく行かない。

 第5訓練日 よーし、今日こそ我も私も場周飛行へと 皆エキサイトする。 
         まず会長(自営の工場主)が目標達成。 模型飛行機の経験が豊かで軽飛行機体験同乗も何回かしているけれど
         初のソロフライト。 オメデトウ。  

         次 私の番。

−−−−−−−−−−−−

少し付け加えます。 当時としては比較的実用機に近い仕様の機体( フラップ付き ダブル・サーフェス主翼 ストラット式高翼トラクター
エンジンは 川崎 TA440 )で経験者無し。 指導的立場になれる人が誰もいなくて 先生−生徒といった関係はありませんでした。
一歩先へ進んだ人がアドバイザーで  < 速度**以上出さないとノーズが上がらない > < フラップは*段目に固定して使用しよう > 
 < 速度**で浮上する > と言伝えて進行しました。 〜〜〜〜〜〜〜 対等の立場で? 民主的に? リーダー不在 。
あいつに遅れをとった  ビビっていると思われたのではメンツにかかわるとかの競争意識による訓練効果 無しとはしないが 闇雲に突き進んだとのそしりを免れない。


いづれの御時にか 4

小破した機体の修理や天候の都合での空戻り それからお盆休みなどあったけれど 実質的訓練の第5日目の昼前
私の番だ。 風は少し強くなっていて右前方から吹いている。 慣熟ジャンプ飛行を繰り返しながら ここ何日か考えてきたイメージフライトを
思い出しながら 「 何時かは上がらなければならない 」 「 自分が判断して決める事だ 」 「エンジンの調子も良い」・・・「よーし 行こう!」。

上がってみれば 上空は予想以上に風が強くて偏流操作も意のままにならず流されて 地面に対して 「 2 」 の字を描いて進入経路へ。 滑走路中央に沿わせるべく本能の赴くままに手と足を動かして そして修正して 「 クラブとウイングローの併用もどき 」 をぎこちなくやって そしてやはりぎこちなくふらついて かろうじて着地した。
バイク事故の後遺症で 「 ガタ 」 のある膝がとりわけ大きく震えている私に < どうでした? *15*年ぶりの飛行は > < うん こんなものでしょう 永年とりの仲間をやって来たから どうという事は無い>  < とりの仲間?>  < 「 月給とり 」 とiいう鳥の仲間 >。
申し送り事項 < 機体 エンジン異常無し。 上空は風が強い >。

ここで 「 ちょっと 待った 」 が 「 冷却の為の時間 」 が有るべきであった。
闇雲に進んできた私達 ボルテージが上がりっぱなし。 ノーブレーキ状態。 多少遅れ進みは有っても誰かがやれば他の人もすぐ
次のステップへ進んでなんとかこなしてやってきた。 あの人がやれた。 同じように自分もやれるはずだ と言ったムード。
誰も疑問に思わない。 次に上がった会員は大きく流されて滑走路を 飛行場を見失ってしまった。 
「 速度いのち 」 「 高度いのち 」 を良くわきまえて 燃料搭載量の管理がまずまずだったので 幸い大事には至らずに済んだ。 

ここに至ってさすがに全員に反省の機運が出てきて < 機体の修理と平行してルールに従って健康診断を受けて 
しかるべき資格認定員の学科講習を受けて正規の許可申請をする運びとなった > と聞きました。 

え? 「 聞きました 」 だって? 私はどうしたかって?。 心がけの悪い私は周回飛行の翌日 つまらない事で またもや足の骨折事故を
やってしまい 入院したので訓練に参加出来なくなったのでした。 そして間接的な影響でまたしても失業。 トホホ。

−−−−−−−

スピットファイア機は座席が翼の真下にあって バンク角 旋回地点 状況により滑走路が見えなくなって速度も速いし 
あまり好きになれない機体でした。 その後やったクイックシルバー機は経験した中では私向き 「 ばんざーい 」 です。


いづれの御時にか その5 あるいは その後と言おうか エピローグ

題して 「 沈んじゃいけない 」 

またしても とりわけ家族に迷惑をかけたが 反省に加えてクヤシイナー こんな事で沈んでなるものかと病院で充電の日々。 
そこへ飛び込んで来たクラブの事故のニュース。 大怪我そして大破。 ノーテンキな私も 収まっていた微熱がぶりかえして完全に沈む。
まさしく忘れた頃に 少し慣れた頃にやって来た災難。 タキシング訓練を始めてからまもなく3ヶ月になろうとしていた。
昭和62(1987)年秋の事だった (注)。




次の年が明けて、松葉杖をついた私は やはり杖をついた方に再会しました。
お互いに頭をかいて 「 エヘヘー 」 「タハハー 」。

ロストポジションをやった工業高校の先生は その後モーターグライダーに進んで見事ライセンスを取得。
あとで伝え聞いた話として 彼いわく < 航法訓練であの場外(宮城県旧瀬峰飛行場)へ行ったが あそこは非常に分かりにくい地形だ>。

私を誘ってくれた 親戚の者は 軽飛行機へ進んで自家用ライセンシーとなった。

他の方々 やはり空へ思いをはせながら それぞれの道で頑張っておられます。


私はといえば・・・。
拾う神様があって ( 有難いことです ) おかげさまで生活も元に戻って するとやっぱり 「 悪さ 」がしたくなって 言うところの 「 研究熱心 」 で
モグラとかセスナをほんのチョット体験したりして あちこちをウロウロしていたら 地元のMLPクラブが準会員として混ぜてくれて訓練再開。
機体は クイックシルバー QS−MX  ( 単座 2舵式 )。

オー これぞまさしくマイクロライト。 この感覚、これだよ。低速で軽々浮上して舵の反応もヨイ。 先のスピットファイヤーはジャンプするにも覚悟が要った。
しかしまたしても挫折。 2日ジャンプしただけで・・・猪苗代湖湖畔の場外離着陸場は 地主さんの都合で閉鎖された。

 QS-MX / 登録番号 JR0002

天皇様が代わって 県北地方の有志が阿武隈川の河川敷を開拓して MLPのクラブを創設して会員を募集したので早速入会。
私の 「 当初の目標 」 場周飛行に関わる技量認定証 ( 航空協会の指導員資格 ) を手にしたのは結局平成6年になってからでした。


注 : (財)日本航空協会発行 「 超軽量動力機 航空事故調査報告書集 3 」 参照。


番外  いづれの御時にか  

はるか昔 縦列(タンデム)複座のクライダーで訓練を受けたのですが 通常指導者は後席です。 
「左90度旋回をやって。」 「だめだな こうやるんだよ。」 「もう一度やって。」 「はい その調子 良く出来ました。」てな感じで
進む訳ですが 訓練生 いまひとつ確かに自分が操縦した気がしない。 その様な訓練生仲間内のボヤキが伝わったのかどうか。 
こんなことが有りました。 有る時 飛行中に 後から肩を叩かれて 「 これ 何ーんだ? 」 の声があって首筋から前方に棒がのびてくる。 
先端に見覚えの有るグリップが付いていた。 まぎれもない後席の操縦捍です。 その後しばらく うしろでなにやらゴソゴソやっている気配が
あったそうで ( 注 ) まあ普通に着陸してその日の訓練は終了。 
それで訓練生が一瞬ドキッとして改めてステックの感触を再確認して 何かを得るところが有ったかどおかは又別の話で ポイントは
「 指導 」 とか 「 教育 」 の本質とか言うのは  そのぉ 「 生易しい物ではない 」 と言うような事です。 ちなみに私は今だかつて
操縦に関しても人を育てた実績はありません。 自分の管理で精一杯なものですから。

注 : 萩原式Hシリーズ滑空機では ピン1本でこれが出来ました。

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