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930829 河川敷の滑走路(2) 超軽量動力機 認定員実地試験

87xxxx タイムスリップ 1 「いづれの御時にか」に掲載した様な経過を経て 1989(平成元年)秋 福島県県北地方の有志が開拓
設置した梁川町地内を流れる 阿武隈川の河川敷を場外離着陸場とする「阿武隈フライング・クラブ」の会員となった。

クラブには (財)日本航空協会が構築したシステムに基づく超軽量動力機(ウルトラ・ライト機=ULP 又はマイクロ・ライト機=MLP)の
「操縦者」や「安全管理者」の有資格者はいたが 操縦資格を認定する「認定員」は実質的に所属していなかった。 故に 有る程度
操縦技量が向上した段階で 外の有資格者に依頼して受験する必要が有った。 その様にして私は 「超軽量動力機技量認定証」を
取得(1990年12月)したが 実技試験とは言っても 口頭試問の他に「認定員」の前でジャンプ飛行して見せれば良かった。

しかし私の「目標」は 場周飛行に関わる技量認定証であり 実地試験で場周飛行を要求されるという事実に鑑み これは航空協会の
「認定員」資格の取得を意味した。 
また所属するクラブの中にも「認定員」がいないと 何かと不便だという事情も有って 1993(平成5年)6月5日 上京して航空協会の
学科試験を受け 同年8月29日(日) 梁川町の河川敷で実地試験を受ける事になった。



     阿武隈川 河川敷 場外離着陸場


以上 前書き。

 1993(平成5)年8月27日(金)午後 中型で並みの強さの台風11号が九十九里浜に上陸  関東地方を暴風雨域に巻き込み
 銚子市付近から鹿島灘へ抜け 活発な雨雲を伴って東北地方の太平洋岸に沿って北上 北海道東部からオホーツク海に抜けて
 温帯性低気圧に変わった。
 この間 福島地方気象台は県下全域に大雨洪水強風注意報を発令し 21河川で警戒水位を超え 阿武隈川流域にも27日夜半
 洪水警報が出された。 上流の須賀川市内の水位は翌28日(土)午後に下がり 下流梁川町の河川敷に於ける増水も徐々に減って
 昼過ぎに 冠水していた滑走路部分が見え始め 続いて ”いきなり” といった感じで滑走路が現れた。 
 この日は 明29日(日)に予定されていた 実地試験への影響が懸念されたので使用機体の点検整備の合間を見ては堤防や 
 その先の離着陸場の小高い部分へ何度も行って河川の様子を見ていたのである。 あとは滑走路のあちらこちらに残ったゴミの類や
 水たまりを処理すればウルトラ・ライト航空機の離着陸に支障は無いと判断された。 幸いJR東日本のダイヤは28日始発から ほゞ
 平常に戻っていたので (財)日本航空協会から派遣される試験員を計画通りの日程時間で迎える見通しがついた。

 夕方遅く滑走路の整備が一応まとまり 協力してくれた会員の皆さんは帰路についた。 私も疲れたが一時休憩を入れてやる事が
 残っていた。 少し高い位置にあるピスト部周辺の掃除とテーブルや椅子の泥を洗い落とし 更にそこへ至る傾斜路を滑って転ばない
 様にしなければならない。 半日前には近くにイッパイ有った水〜滑走路を何度も横断して川から汲み上げて運び 傾斜通路の泥を
 かき分けてビニール・シートを敷く作業を月明かりの下で完了。 これで試験員を迎える事が出来る。

 翌試験日は台風の余韻か何か知らないが 2舵式のクイック・シルバー機を操るには 私の技量では少し辛い乱流気味の横風状態。
 試験員から飛行の「やり直し(!)」を求められたり「注意」を受けたりして 最終的には「おめでとう」の言葉と「握手」を頂く事が出来たが
 これは又 別の話で有る。


後書き。

 「認定員」として クラブの会員4名に対して マイクロ・ライト機に関する技量認定をしてあげる事が出来た。 

 その後 航空協会のシステム変更があって「認定員」制度は無くなり 認定業務は 以前から有った「指導員」の業務に組み込まれた。
 結果 一部の学科試験と実地試験が免除された上で「指導員」の航空協会資格を得たが この資格の活用実績は無い。

 更に2001(平成13)年3月 国土交通省が通達を改訂 (財)日本航空協会はジャイロプレーンを含む超軽量動力機等に関する
 殆ど全ての業務を終了する事になり 現在は「新通達」の中で規定されている「操縦指導者」が技量認定を行うことになっている。
 この新しい制度の下では 私はまだ実績は無い。

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