「その手触り」
今日は土方が久しぶりのオフだ。
本当に、本当に、久しぶりに1日ゆっくり休めるらしい。
で。
子供たちが出払った万事屋に、銀時と土方はいた。
「茶、淹れ直すか…。」
「ん。」
土方が買ってきた菓子類をつまみつつまったりとTVを眺めていた二人。
ソファから立ち上がった銀時は自分の分のコップにいちご牛乳を継ぎ足し、土方のための急須には湯を継ぎ足した。
「ほれ。」
「ん。」
土方の湯呑に茶を入れてやる。
そうして又、二人並んでTVを見る。
TVでは、大して役にも立ちそうもない情報をさも凄い知恵のように大げさに紹介していた。
どうせ自分では試してみる気もないくせに『へええ』と感心して見ていると。
「何だ、試してみるのか?」
「まさか。」
だろうな、と土方が笑う。
そのうちTVの話題は芸能ネタに移っていき、アイドルの熱愛だの大女優の離婚だのを国家の一大事とばかりにレポーターが熱弁をふるっていた。
「平和だねえ。」
「………フン。」
本当に平和なら、土方がこんなに忙しい訳はない。
けれども、自分とは全く関係のないはずの芸能人のプライベートに一喜一憂する…出来る大多数の人間にとって今の世の中は『平和』なのだ。
「いいじゃねえの、平和で。」
「…まあ、そうだな。」
確かに、土方は平和を装った『今』の裏側を知っている。
テロリストの暗躍、麻薬の密売、人身売買、武器の密輸………。
けれど、それは世の中の極一部で起こっていることだ。
ほんの数年前まで、この江戸の大部分を焦土に変えた戦争があった。
戦争に参加した多くの侍や天人が死んだ。一般市民にだって被害は出た。
それを、一番深いところで見つめ続けた男がいる。
どれほど苦しかったかなんて、想像することしかできない。
身体にではなく心に深い傷を抱えているのだろうということも、ただそう察するだけだ。
それでも。
家族のように大切にする人に囲まれ、規格外にでかいペットの世話をして、のんびりまったり仕事を(したりしなかったり)して。
そして、休日にはいちご牛乳を飲み、菓子をつまみ、ジャンプ片手にTVのワイドショーを見て『平和だねえ』と目を細める。
もしもその『平和』を守ることに自分の、自分たちの存在が役に立っているというのなら。
多少の激務など何でもない、と思うのだ。
しばらく静かだと思ったら、土方はソファにもたれて眠ってしまっていた。
久しぶりに会った土方は、目の下に隈ができていた。
少し痩せたかもしれない。
疲れているのだろうと思う。
けれど、休みが取れればこうして当たり前のように万事屋を訪ねてくれるようになったことが嬉しい。
二人で並んでTVを見て、どうでもいい話をしつつお茶菓子をつまむ。
そして、心許して隣で眠ってしまう。
自分がこんな風に心満たされた時間を過ごせるようになるなんて思いもよらなかった時期もあったのに。
カラカラ、と玄関の戸が開いて、のっそりと入ってきたのは定春。
神楽と一緒に出かけたはずだったのだが。
きっと友達を見つけた神楽は遊びに夢中になってしまっているのだろう。
ちゃんとここに帰ってくる定春。
こいつもここを己の家と認識しているのかねえ。そう思うとなんだか可笑しい。
少し前まで、人生諦めたようなその日暮らしのむさくるしい男が一人だけだったのに。
今は神楽がいて、定春がいて、新八が通ってきて、時々恋人が来る。
いつの間にここは、そんな場所になったのだろう。
土方の存在を確かめるかのようにスンスンと匂いを嗅いでいた定春は、そのままスッとソファの脇に丸くなって目を閉じた。
「………お前、本当に土方のことは噛まねえなあ。」
銀時も新八も何度定春に噛まれたか分からない。
神楽は隙を見せないから噛めないだけだ。
なのに、土方には一度も噛むそぶりをしたことがない。
かといって格別に懐いているという風でもないのが不思議だ。
大切なものが増えることは苦しいことだと思っていた。
それを守りきれない自分の無力さを嘆く日々が続くものだと思っていた。
けれど、大切なものに囲まれた日々は、ひどく暖かくて、優しくて、ちょっとだけ切なくて泣きたくなる。
眠る土方の髪をそっとすいた。
彼が命を削る勢いで仕事をするのは、大切な上司や部下たちを守るため。
けれど、それだけじゃないことを知っている。
彼の大切なものの中に、自分たちがちゃんと入っていることを分かっている。
だからせめて自分のそばにいる時はゆっくりと休ませてやりたい。
土方の頭を自分の肩に寄りかからせた。
「お休み。」
TVを見ているうちに銀時も転寝をしてしまっていたらしい。
起きた瞬間に忘れてしまった夢は、ひどく幸せだった気がする。
銀時にとって『幸せな夢』といえば、幼少期の先生がいて悪友たちと遊んだり悪戯したりという夢だった。
だから、『幸せな夢』なのだけれどその夢から覚めた時にはいつも痛みを伴った。
もうその時には戻れないことを知っているから…。
けれど、なんだか今見た夢は違う気がする。
夢から覚めた今も、幸せな気持ちが残ったままだったから…。
ほとんど忘れてしまったけれど、神楽がいた気がする。新八がいた気がする。定春がいて、階下のお登勢たちがいて、見知った人がたくさんいて。
そして、そっけないけれどいつも銀時のことを案じてくれている恋人が、いた気がする。
その土方がいるはずの隣を見ると、………いない!?
慌てて部屋の中を見回すが、姿は見えない。
厠か?
それとも仕事で呼び出しがあったのだろうか?
いや、テーブルの上には彼の携帯電話が置きっぱなしになっている。
………では…?
立ち上がった銀時の目の隅に白いものが映る。
「定春…。」
「……オン。」
小さく定春がなく。
「なあ、土方、知らねえ?」
「ワン。」
まるで知っている。と答えるかの様な鳴き声に、定春に近づいてみると。
「………おいおいおい。」
土方が定春の腹をベッド代わりに眠っていた。
「なんだかなあ……。…恋人の肩より定春の毛並みの方がいいって、どんだけよお前。」
良い歳した男が、白いモフモフにもたれてくうくうと眠っている。
酷く心和まされる光景だと思ってしまうのは、自分の目がおかしいのだろうか…??
「なあ、定春。ちょっとの間、俺のこと噛むんじゃねえぞ。」
「…クウ。」
勝手に『了承』と取って、定春の腹の所に座る。
土方を抱き寄せると、そのまま二人で定春の毛並みにぽふんと納まる。
寝心地の良い場所を探すように少し身じろぎした土方は、銀時の腕を枕にしてまた気持ち良さそうに寝息をたてはじめた。
「ああ、…やわらけえ。」
20110428UP
END