「泳げ!こいのぼり!」
後編
「新八、今日って、子供の日だよな。」
「ええ、そうですよ。今さら何を言ってるんです?」
「他に何かなかったっけ?」
「え………他ですか?」
「なんかあった気がすんだけど………。」
「今日ですか?…ええと、5月5日ですよね。」
「……5月5日……!!あ、5月5日か!!」
「何ですか?何か思い出したんですか?」
「あいつの誕生日だ。」
「あいつ?」
「土方の誕生日だ。今日!」
「え、そうだったんですか!?」
「何?土方の誕生日?」
「へえ、今日はマヨラの誕生日アルか。」
「まあ、土方さまの。」
銀時の言葉に、屋台を覗いていた茂茂たちもこちらを向いた。
「普通忘れますか?恋人の誕生日を…。」
幾分非難めいた眼を向けてくる新八。
「うるせえよ。連休中は忙しくて会えないって言われてたから、そのうち休みが取れたら…って思ってたからよ。」
どうせ会えないのなら、となるべく日にちのことは考えないようにしていた。
「何と、そなたと土方は恋人であったのか?」
「いや、問題はそこじゃねーよ。」
「市井の誕生日会とはケーキを食すものだと聞いたのだが。」
「ああ、まあそうね。」
「年の数のロウソクに火を付けて、たらすのであろう?」
「違げーよ!!ケーキにろうそくを立てて火を付けて吹き消すの!!」
「誰から聞くんですか?そういう情報。」
世間知らずというかちょっと(大分)ずれてる茂茂の知識に呆れつつ。
「ならばケーキを買ってこなければいけないな。」
茂茂は手元の5千円札を見た。
「え、それは今日の小遣いだろう?」
「土方には日頃世話にもなっている。今日だって、土方のお陰でこうしてそよと休日を過ごせている。」
「そうですね。土方さまのおかげで神楽ちゃんにも会えました。」
「そうアルね。」
新八にも特に異論はないようで、にこにこ笑っている。
「…この辺ケーキ屋なんてあったかな…。」
頭の中でこのあたりの地図を思い描く。
「では、土方に遠出をすることを伝えねば…。」
茂茂の声に土方の方を振り返ると、こちらに背を向けて携帯で話をしている。多分他の場所で警戒中の隊から何か連絡が入ったのだろう。
「………いいや、やっぱこういうのはサプライズだろう。」
ニヤリと銀時が笑う。
「ええええ、そんなことしたら土方さんに怒られますよ。」
「構わないアル。どうせ怒られるのは銀ちゃんだけネ。」
「いいからほら、走れ!」
土方が背を向けているうちに、それっと5人は一斉に走り出した。
「ふ、副長!」
気づいた隊士の声が聞こえ。
次いで。
「こんの!!!クソ天パ〜〜〜!!」
嫌に通りの良い土方の怒声が聞こえてきた。
土方のいるところから見えないあたりまで走った。
ハアハアと切れた息を整えながら、この先にケーキ屋があったはずだと歩き出す。
「けど、土方さんって甘いもの苦手じゃなかったでしたっけ。」
「しょっぱいケーキがない以上仕方ねえだろう。」
「甘さ控えめのケーキを選んだ方がいいですよね。」
「あ〜いいのいいの、控えめだろうが激甘だろうがどうせ『甘い』っつって一口しか食わねえんだから。」
「さすがに良く分かっているのだな。」
茂茂から他意なく普通に関心したように言われて、何やらくすぐったいような妙な気分になる。
そのうち小さなケーキ店が見えてきた。
「あ、あそこアルね。」
「噂ではすげえ美味いらしいぜ。」
「へええ。」
「かわいらしいお店ですね。」
「うむ。」
店内は甘い香りが漂っていて、ショーケースの中には大小様々なケーキが所せましと並べられていた。
一番大きなホールのケーキが、ちょうど予算内で収まる金額だった。
フルーツがふんだんに乗っていて、奇麗にデコレートされたクリームが美味そうだ。
「あれがいいんじゃね?」
という銀時に、皆も頷いたのでそれにプレートを付けてもらう。
「お名前は?」
「とうしろうくんか?」
「え〜、トシちゃんでいいアル。」
「怒られるよ。」
「トシちゃんの方が可愛いですわ。」
「では、トシちゃんにしてもらおう。」
良いのかよ?と思いながらも店員に頼めばクスクスと笑いながらそのようにしてくれる。
ロウソクも付けてもらって店を出た。
「あ!万事屋の旦那。こんなとこにいたんですか!?もう、勝手にいなくならないでくださいよ!!」
土方に捜索を命ぜられていたのだろう、息を切らせた隊士が駆けよってきた。
「………ケーキ…ですか?」
「そ、バースデーケーキ。」
「あ!もしかして副長のですか!?」
「だから内緒にしとけよ。」
「はい!ただ見つけたことだけは報告しますからね。」
そう言って携帯を開いた隊士は銀時たちを見つけたことと、これから戻ることだけを告げて電話を切った。
「あいつの誕生日、皆知ってんだね。」
「朝一番に近藤局長が大声でおめでとう!とか叫びますからね。あと、副長の寝起きを沖田隊長がバズーカーで襲います。」
それは賑やかな誕生日だ。
「土方は皆に好かれているのだな。」
大切そうにケーキを持つ茂茂。
悪い奴じゃねえんだよな。
随分昔、天人が襲来した時に即座に降服することを決めたのは茂茂ではなくその父親だった。
傀儡といわれ、たぶん本当に何の権限も持たない将軍なのだろうけれど。
その立場に腐るわけでもなく、淡々と日々を過ごし。そんな生活の中で、こうして市井のことを知り、交わろうとする。
もしかしたら、10年後20年後に、今とは違う形の幕府となるかも知れない。
将軍としてはもう少し覇気があった方がいいのかもしれないが、案外この飄々とした感じで上手いこと人間と天人を繋げてしまうかも知れない。
買いかぶりだろうか?
それでも、そうなったらいい。と思うのだ。
河川敷に戻れば、不機嫌を絵に描いたような表情の土方が仁王立ちで待っていた。
「………。」
一体誰に文句を言うべきだろうか、というように一同を睥睨する。
「すまない、土方。ちょっと欲しいものがあったのだ。」
茂茂が言うと、今にも舌うちをしかねないような顔で煙草の煙を吐いた。
「この場を離れるなら一言言ってからにしてください。」
「うむ、すまない。この者がこういうことはサプライズにするものだというから。」
「えええ!ここで俺に振る!?」
「やっぱり手前か!!このクソ天パ!!!」
胸倉をつかもうと伸びてきた土方の手を銀時がギュッとつかむ。
「まあま、何事もなく帰ってきたんだからいいじゃねえか。この後は大人しくしてるよ。なあ?」
「はい。ちゃんとシートに戻ります。」
銀時の言葉を受けて新八が頷くと。
今度こそ本当に「ち」と舌うちをして土方は手を引いた。
シートに戻り、土方にもシートに座るように即す。
渋る土方をやっとの思いで座らせ、買ってきたケーキを箱から出す。
その頃には、先ほどケーキ屋の前で会った隊士から話を聞いた他の者たちもシートの周りに集まって来ていた。
「誕生日おめでとう、多串くん。」
「っ………。………多串じゃ、ねえ。」
何のために銀時たちがこの場を離れたのか分かったのだろう。
言葉に詰まりながらも返した言葉はそっけなかった。
けれど、その表情は普段『鬼の副長』と恐れられる土方とはかけ離れた、照れくさそうな表情で。
…ああ、しまった。
そんな顔、他の誰にも見せたくなかったのに。
ケーキにロウソクを立て、火をつける。
皆でハッピーバースディを歌おうとすれば、それだけは勘弁してくれと土方が懇願し。
仕方ねえな、と『お誕生日おめでとう』の掛け声でロウソクを吹き消す。
切り分ける包丁がなかったので、そのままフォークをケーキに差し一口分をすくい取る。
「ほれ、あ〜ん。」
「ば、馬鹿野郎。」
「ほら、お前が一口食べないと将軍たちも食えねえだろうが。」
気不味く土方が周りを見回せば、じっと皆がこちらを見ている。神楽にいたっては口から涎が垂れ始めていた。
「っ。」
仕方がないとばかりに開かれた口にケーキを押し込む。
「どうだ?美味いか?」
「甘え。」
予想通りの言葉に一同が内心苦笑する。
「ほら、食っていいぞ。」
「きゃっほう〜い。」
「ああ、神楽ちゃん、そんなにしたらそよ様の分が無くなっちゃうよ!」
「俺たちにも一口〜。」
見守っていた隊士たちも入り混じり、神楽と銀時で半分ばかり食べたものの、他の者は一口食べられたかどうか。
それでも茂茂もそよも楽しそうに笑っていた。
しばらくして、土手の上に黒塗りの車が停まる。
「…楽しかったが…時間のようだ。」
茂茂が残念そうに言う。
「神楽ちゃん。元気でね。」
「そよちゃん、またね。」
二人は手を握り合った。
茂茂とそよが車に乗り込む。
「土方、楽しかったぞ。」
「今日はありがとうございました。」
「は。」
姿勢を正して見送る土方の隣で銀時たちも手を振って見送った。
「…じゃあ、私たちも帰るアル。」
「うん、そうだね。…それじゃ、土方さん。」
「ああ。」
神楽と新八が、家の方へと歩いていく。
河川敷では隊士たちが、シートなどを片付けていた。
「報酬は後で振り込む。」
「ああ、まあ、特に何にもしちゃいねえけどな。」
「それでも、たった10人の護衛じゃ連れだせねえから、助かった。」
「つったって俺たちだってたった3人だぜ。俺たちのことをなんて言ったんだよ?」
「凄腕の用心棒。」
「はあ?どこの時代劇の話よ!?」
「現代にもいるんだって喜んでたぜ。」
「あのね〜。」
「…さてと、屯所へ戻らねえと。」
「まだ、仕事か?」
「ああ、連休が明けてその次の日曜までは特別警戒態勢だからな。」
「まあ、じゃあ、良かったのかな。」
「何がだ?」
「今日、お前に会えた。」
「…万事屋…。」
「誕生日当日には会えねえと思ってたからな。良かったよ、当日におめでとうを言えて。」
「………。」
照れてそっぽを向く土方の顔を引きよせ、ちゅ、と口づけた。
「ば、」
「誰も見てねえ…って。」
慌てて土方は周りを見た。
隊士たちが全員不自然に後ろを向いている。
見られてんじゃねえか!!
20110503UP
END