「愛があれば…?」
アレ以来、顔を合わせるたびに『結婚しよう』と言い続けた。
初めのうちこそ一々反応していた土方だが、この頃ではだいぶ諦め気味な態度だ。
処置なし、と言ったふうで溜息をつく。
まあ、どんな反応を示されようと、諦めるつもりは毛頭ないのだけど。
子供のころに出会った可愛い女の子。
大人になってもう一度出会えたら『ケットウしよう』そう約束していた相手。
出会ったその時に、きちんと恋心を自覚していたわけではない。
けれど、いつかもう一度会いたいと、その時彼女を真っ直ぐ見れない自分でいたくないと、そう思ったから今の自分がある。
子供の頃の、ほんの1日出会っただけの俺との約束を忘れずにいてくれた。
その約束を守ろうとしてくれた。
小さくて可愛かった女の子は、成長したら『鬼の副長』になっていたけれどそんな事関係ない。
真っ直ぐに自分を見る目は、昔のままだったから。
それだけで十分だった。
「結婚しようよ!」
「…あのなあ。」
「多串くんだってプロポーズ受けてくれたんだから!」
「『ケットウ』を受けた覚えはあるが、プロポーズを受けた覚えはねえ。」
「だから、今してんじゃん。」
「お前の沸いた頭に何度叩きこめば分かるんだ。男同士は結婚できねえんだ!」
「愛があれば、大丈夫!!」
そう俺が叫んだとき。
俺の後ろに土方の視線が流れて。そして極限まで見開かれた。
何?後ろに何があんの?
振りかえった俺の目の前には、恐ろしく美人の女性が立っていた。
「ね、ねねねね、姉さま!!?」
「は?姉ちゃん?」
そう言えば土方にはお姉さんがいた。
俺が会ったのは一人だけだけど、実は4人いてその誰もがとても『凄い人』なのだそうだ。(ゴリラ談)
「あなた、今聞き捨てならない言葉を聞いたような気がするのだけれど?」
「は?俺?」
「ね、姉さま。どうして江戸に!?」
「うちの人の商談についてきたのよ。トシさんにもずっと会ってなかったしね。今、屯所へ向かうところだったのよ。ちょうど会えてよかったわ。
それより、釈明してもらいましょうか!何で髪を切ってるの!それに煙草!!!肌が荒れるからダメだってあれほど言ったでしょう!!」
「っ。」
真っ青な顔になった土方は、慌てて煙草を踏み潰した。
近くのファミレスに落ち着いた俺たち。
お姉さんの前には顔面蒼白の土方、その隣に俺が並んで座る。
「さ、聞かせて頂戴。どうして髪を切ったの!」
聞くというより、もはやこれは尋問だ。
普段は尋問する側のはずの土方がされる側に回っている…。
「そ、その、隊の規則で…。」
「規則、ですって!そんなもの変えてしまいなさい!」
「そ、そんな、無茶な…。」
本当のことを言うと、そんな規則はないらしい。
ただ、長髪が鬱陶しかった土方は、規則のせいにしてお姉さんに無断で切ってしまったらしいのだ。
「あ〜、あの、お姉さん。」
「あなたに『お姉さん』と呼ばれるすじあいはありません!」
口をはさんだ俺を、ぎっと睨みつける。
美人なだけに迫力がある。
「そ、その、規則を変えろとおっしゃいますが…。」
「ええ、変えたらいいわ!トシさんの髪を切らなきゃいけない規則なんて!!」
や、この人どんだけ土方LOVE?
「けど、真選組は男所帯なんですよ?みんなが土方くんみたいな美人じゃない。お姉さんだって局長のゴリラを知ってるでしょう?」
「え、ええ。」
「あんなむさくるしいのがわんさかいるんだよ。もしも隊の中で長髪が流行ったりしてみんなが髪を伸ばし始めたら、そりゃもう鬱陶しいよ?」
「…ま、まあ、それはそうかも…。」
「しかも男ばっかり。多少は男臭い臭いもこもるし、不潔にもなる。そんな中みんなが髪を伸ばして、それを小まめに洗わなかったりしたら…。」
「…したら…?」
「毛じらみとか、湧くかもね。」
「ヒイ!」
「もちろん土方は清潔を心がけているでしょう。けど、周り中が毛じらみ持ってたら、いつ土方にそれがうつるか…。そう考えたらぞっとするね。」
「………。」
「俺だって、土方くんの長髪はみたいよ。そりゃあもう、絶品だと思うけどね。」
絶品であるがゆえに、他者には見せたくない。今度二人きりの時に鬘でもかぶらせてみようか。
「………仕方ないわね。確かに、不潔なのは一番良くないわ。」
土方の短髪は、どうやら渋々認めてくれたらしい。
けれど、それからはくどくどと煙草の害についての説教が始まって。
これについては、俺だって控えてほしいと思うから助け舟を出さずに黙っていた。
土方がげっそりとイスに沈み込むほどの長い説教のあと、姉ちゃんは俺をぎっと睨みつけた。
「で、トシさんの問題はそれでいいとして。…あなた!」
「お、俺!?」
「そうです、あなた!あなたは何者です!?」
「あ、ご挨拶が遅れまして。坂田銀時と言います。」
「そう、坂田さん!あなた、先ほど聞き捨てならない言葉を言っていたわね!」
「え、………そうでしたか……?」
俺、何言ってたっけ?
「トシさんと結婚するとか!」
「あ…。」
「ね、姉さま、それはこいつの冗談で…。」
「冗談じゃねえよ。本気だって!」
「ちょっと坂田さん。あなた、お仕事は?」
「『万事屋銀ちゃん』っていう何でも屋を…。」
「そう自営業なのね。月収………いえ、年収はおいくら?」
「へ?」
「年収です。」
「え〜。」
帳簿なんて付けたことはない。毎月の家賃と、子供たちの食費とから大体の金額を想像して答えると。
「んまあ!!!それだけ!?」
「はあ、まあ。」
「賃貸にお住いで?」
「はあ。」
「…お1人暮らしなら、それでも生活出来るのかしら…。」
「や、居候いますけど。ペットも…。」
「何ですって!!!」
あんぐりと口をあける。そして次第にその顔は怒りを込めたものに変わっていった。
「坂田さん。その収入でトシさんを養っていけるの?」
「や…しなう?」
「それとも、トシさんの収入が目当てなの?」
「いやいやいや、そんな事…。」
「けれども。もしも、あなたとトシさんが結婚したとしてよ?あなたの収入では到底生活していけませんよねえ?」
「あ〜、はあ。」
「結局はトシさんの収入を使われるのでしょう?」
「あ〜、や〜。」
「それともトシさんに貧乏生活をさせようって言うの!?」
「いや〜、その辺は…。」
「『愛があれば何とかなる』?」
ふんと鼻から息を吐きだした土方の姉さんは、力いっぱい力説した。
「愛なんかじゃ生活できません!!!!」
「………。」
「………。」
「…その、すまなかったな…。」
「い、いや…。」
あの後、滔々と結婚生活における旦那の役割というものについて心行くまで力説した土方の姉ちゃん。
旦那の商談が終わった後は歌舞伎を一緒に見る約束になっているとかで、待ち合わせの場所にいそいそと行ってしまった。
残された土方と俺は、気力をすべて奪われ立ち上がることもできずにその場で呆然としていた。
げっそりと力なくうなだれる俺を見て申し訳なく思ったのか、土方は俺の分のチョコレートパフェを追加し、自分の分のコーヒーのお代わりも頼む。
ウエイトレスが、土方の姉さんの残して行ったカップを片付けたので、俺は土方と向かい合う席に移った。
「なんか、こう、すさまじい姉ちゃんだな。」
「俺、女兄弟ばっかりで、唯一生まれた男なんだ。」
「じゃあ、長男?」
「ああ、まあな。けど、姉さまたちとは年も離れてたし、両親も俺が幼いころに死んだし…。本来なら俺が家を継ぐんだろうけど、姉さまたちは俺が成長するのを待つつもりなかったんだ。」
「へ?」
「どこから見つけてきたんだか、そりゃもう人柄といいい才覚と言い本当にできた人をそれぞれ旦那にして、長女は家を継いでるし…って言っても農家だけどな。ただ、地元の名士っつうかそんなんで村の顔役みたいな感じのこともしてるし。次女の旦那は地方のだけど代議士してるし、三女の旦那は事業初めて成功させてるし、今の四女の旦那も最近商売初めて…結構大きな金動かして頑張ってるらしいし…。」
「へええ。」
「そうやって、みんなが家を守ってくれたり姉さまたちを守ってくれたりしてくれてるから俺はこうやって家を出て好き勝手やってられるんだ。」
「そっか。」
「義兄さんたちも本当の弟みたいに接してくれる。義長兄なんか、兄っていうよりもう父親に近い感覚で…。」
「ふうん。」
「…だから…姉さまたちからすれば、自分の旦那が男性の基準なんだよ。」
「まあね、そういう出来た人たちと比べりゃ、俺がマダオなのは本当だしな〜。」
「………俺は、………お前はそのままでいいと思う。」
「へ?」
「生き方なんて人それぞれだし…。そ、そりゃ!もう少しちゃんと仕事すりゃあ餓鬼共にちゃんとしたメシ食わしてやれんのにとか思うけどっ。」
自分を肯定するような言葉を言われて一瞬浮かれたが、すぐに思いなおす。
「けどさあ、その中にお前はいないんだよな。」
「は?」
「だから、俺がメシ食わしてやるメンバーにお前は入ってねえんだよな…って言ってんの。」
「何言ってんだよ。俺は自分の分は自分の収入で食ってるし…。」
「うん、まあ、お前の方が俺より高給取りなのは本当だし、だから姉ちゃんに何言われたって反論なんかできなかったんだけどさ。」
「だから、それは……。」
「まあね、万事屋なんて料金設定はあってないようなもんだし、そうかと言って金額釣りあげたらなんかヤバイ仕事しか来なくなりそうだし。だったら数こなせばいいんだろうけど、定期的に依頼が入ってくるって仕事でもねえし。…お前が俺のプロポーズ断り続けてるのは、収入の少ない俺が頼りないから?」
「はあ?何言ってんだ、お前。」
「俺の収入が安定して、家族が一人増えても何とか暮らしていけそうな感じになったら受けてくれんの?」
「だから、根本的な問題として!男同士は結婚できねえって言ってんだろうが!」
「それともさ、ちゃんと神楽や新八に話して、二人がお前のことを受け入れられるようになったら?」
土方に結婚してくれと言い続ける俺を、子供たち二人は苦い表情で遠巻きに見ているだけだ。もしもこのままの状態で土方が家に来たとしても、ひどく居心地の悪い思いをすることになるだろう。
「お前、人の話を聞けよ。」
「いやさ、さっきの姉ちゃんの話を聞いてさ。俺ちょっと反省してるっつうか…。」
「反省?お前が?」
「なんか、俺の好きって気持ちだけでプロポーズし続けてきたけど、その前にやらなきゃいけないことがあるんじゃねえか…って………。」
「………。」
それまで、いちいち律儀に返事をしてくれていた土方の声が途切れたので、アレと思って改めて土方の顔を見ると、真赤になって驚いた顔でこちらを見返している。
俺が驚いたのが分かったのか、慌てて顔を隠すように外の方を向いた。
「や、ちょっと、どうしたの?」
「い、いや、何でも………。あ、っとそうだ、俺仕事中だから、もう行かなきゃ。それ、食ってていいから。じゃあ。」
「待った!」
慌てて席を立とうとする土方の手をとっさにつかんだ。
「ちょ、どうしたって?何で急に帰るんだよ。さっき姉ちゃんと店に入った時ゴリラに連絡入れてたじゃねえか。ゆっくりしてこいって言われてただろ。」
「だからって、いつまでもってわけにはいかねえだろうが。」
「とにかくいったん座れって。」
逃げられないと思ったのか、渋々といった様子で土方が席に座る。
「なあ、どうした?急に赤くなって。」
「べ、別に。」
土方からは聞き出せそうにない。俺はその前の自分の言葉を思い出そうとした。
『俺の好きって気持ちだけでプロポーズし続けてきたけど…』
あ、あれ、あれれ?
「もしかして、俺、ちゃんと『好き』…って言ってなかった…?」
「し、知らねえよ。そんな事。」
「あ〜ええと、ごめん。」
『好きだ』という気持ちを告げないままで、『結婚しよう』『愛があれば大丈夫』といくら言ったって、そりゃあ冗談にしか聞こえない訳だ。
「知らねえっつってんだろ。」
「土方、好きだよ。子供のころに初めて会った時からずっと。」
「っ。」
チクショウとか小さくつぶやく土方は真っ赤で。
「土方が俺のこと好きなのは分かってたし。」
「勝手なこと言ってんな!」
「だって、プロポーズした時いつだって『男同士じゃ結婚できない』としか言わかなったもんね。」
「本当のことだろうが。」
「うん。けど、俺としちゃ一番堪える断り方は、『お前のことなんか嫌いだ』…なんだけど?」
「っ。」
「一度も言われたことないもんね。」
だから何度もプロポーズを断られたって、土方の気持ちを疑ったことなんかなかった。
昔も今も、まじめでまっすぐな土方。
「大好きだよ。」
「っ、馬鹿!」
法律上男同士が結婚できないのなんか分かってる。
手続きがどうのという問題じゃなくて、そういう気持で一緒に暮らしたいということなんだ、と改めて伝える。
今すぐ家に来いなんて言わない。言えない。
けど、収入のことも、神楽や新八のことも、これからちゃんと考えていくから。
土方が安心してお嫁に来られる家にするから。
「そしたら、『ケッコン』してくれる?」
「………仕方ねえな…。」
うん。『約束』な。
20110517UP
END