「FAMILY? FAMILY!」
後編
「ったく餓鬼はごちゃごちゃうるせえよな。」
シンと静まり返った部屋で銀時はブツクサと文句を言った。
大体普段から夜間の仕事になると、現場で早々に寝てしまう神楽だ。
口では『役に立たねえ』と文句をいいながらも、夜遅くにあんな子供を連れだしてしまったことを内心では反省したりしているのだ。
今回の仕事は、結構ハードなSMクラブでそのハードさゆえに時々客とトラブルになることもある店の用心棒だ。
いつもなら顔を真っ赤にする新八が、幾分引いてた位だから。本当にマニアックというかそれの何が楽しいんだ…というエグい店だった。
『神楽ちゃん、連れてこなくて良かったですね。』という新八の言葉に心から頷いたくらいだというのに。
やたら達者な口であれこれと文句を並べ立てて、挙句怒って出て行ってしまった。
「まあ、晩飯にゃ戻るだろ。」
徹夜明けの銀時は、ソファに身体を横たえるとすぐに居眠りを始めた。
ふ、と目を覚ますと窓から差し込む陽が昼をとっくに過ぎたことを知らせていた。
「………神楽…?」
まだ帰っていないのか…。
それともここへまっすぐ帰るのが気まずくてお登勢のところにいるのかもしれない。
お登勢なら、銀時の判断が間違っていないと口添えをしてくれるだろう。
のそりと起き上がって階段を降り、階下の店の戸をあけた。
「神楽?来てないねえ。」
「そうか…。」
「どこかで時間を忘れて遊んでるんじゃないかねえ。……そう言えばこの頃、子供が行方不明になる事件が起こってるらしいよ。」
「行方不明?」
「どうも人身売買の組織が動いてるって話だけど…。ああ、あれは先週真選組に摘発されてたっけか。」
「何だよ、脅かすなよ。」
「だからってあんた、子供誘拐する組織がそこだけとは限らないじゃないか。」
「う。」
「まあ、あの子はしっかりしてるから大丈夫だろうけど。」
「まあな。」
店を出て、辺りを見回す。
神楽が道の向こうから帰ってくる様子はない。
じわり、と胸の中に不安が広がる。
確かに神楽は同じくらいの子供と比べればしっかりしていると思う。力だって規格外に強い。
けれど、変なところでうっかり口車に乗せられそうだし。考えてみれば、何か食わせてやるといわれたら一発でついていってしまいそうだ。
近場の公園や河原など、いつも神楽が遊んでいるような場所を回って見たが見当たらなかった。
その足で新八の家にも行ってみる。
「え、神楽ちゃん帰ってないんですか?」
昨夜徹夜仕事だったため、今日新八には休みをやっていた。
「今、姉上の店にも電話で聞いてみましたけど、来てないそうですよ。」
「しゃーねえな。もう少し探してみる。」
「僕も行きます。」
「いや、ここにいてくれ。もしかしたら、ここへ来るかも知れないし。」
「そ、そうですね。」
「どうせ、どこかで遊び呆けてるんだろうけどよ。」
「ええ、神楽ちゃんしっかりしてるし…。」
時々連絡を入れると言い置いて、新八の家を出る。
歩き出した足はいつの間にか小走りになっていて、気がつけば全力で走っていた。
家と家の隙間や、普段は見落としそうな小さな公園などものぞいてみるが神楽の姿は見えない。
気持ばかりが焦る。
大通りに出て、あたりを見回すがやはり神楽の姿は見当たらない。
「おい、親父。」
顔なじみの団子屋の店主に声をかけた。
「銀さん?」
「神楽、見なかったか?」
「ああ、見たよ。」
「な、何だって!いつ!?」
「昼間さ。あのでっかい白い犬に乗ってこの道を走ってきたよ。」
「どっちへ行った?」
「いや、それがさあ。すぐその先で黒ずくめの男に止められてね。」
「へ?」
「腹は減ってないか?とか言って連れて行ったよ。」
「んな!!!!?」
やっぱりか、やっぱりなのか!神楽よ?何よりも食欲が優先なのか?
「ああ、それなら俺も見たよ。」
「何?」
横から隣の店の店主が口をはさむ。
「全身黒ずくめの男が神楽ちゃんを連れて行った。」
全身黒ずくめ…って…。
「何だよ黒の組織ですってか。イヤイヤイヤ作品違うだろ。薬飲まされて子供になるっていったって神楽はまだ子供だし…って。違っがーう。」
なんだよ全身黒ずくめなんて怪しすぎだろ。やっぱりそれ人身売買してる組織なんじゃねえの?
けれど、ただ『黒ずくめ』というだけではこれ以上探しようもない。
ここは仕方がないけど、真選組へ行ってみるか。
先日摘発したという組織と関連があるかも知れないし、ほかの組織についても何か情報を持っているかもしれない。
「ありがとよ。」
話をしてくれた店主たちに礼を言って、銀時は屯所へ向かって走り出した。
脇目も振らずに走る銀時は、後ろで親父たちがにやりと笑って見送っているのには気がつかなかった。
はあ、はあ、はあ。
屯所に着いた時には、息が切れていた。
「万事屋の旦那。」
門番の隊士が駆けよってくる。
「どうしました、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、…あのさ、多串くん、いる?」
「はい、どうぞ。中へ。」
いつもだったらこの場で待つよう言われるのを強引に振り切って中に入るのに、なぜだかすんなり中へ通される。
けれど、今の銀時にはそれをおかしく思う余裕もなかった。
そして、庭に駆け込んだ銀時は信じられないものを見ることになる。
「………ちょ、何?」
庭では、神楽と総悟が壮絶な『かぶって叩いてじゃんけんポン』をやっていた。
数名の隊士がそれを見て『やれ』だの『行け、そこだ』などと声をかけていた。
「か………ぐら…?」
「え?銀ちゃん?」
五体満足で元気そうな神楽の様子に、それまで張りつめていた気持ちがフツリと切れた。
体中の力が抜けてがっくりと膝をつく。
銀時が来たら呼ぶように言われていたらしく、奥から土方が出てきた。
「遅かったな。」
「遅かった…って、どうなってるのこれ!人身売買ってなに!」
「人身売買の組織があったのは本当だ。先週摘発したがな。」
「じゃあ、黒ずくめの男が神楽を誘拐したってのは!」
「あ〜、俺だな。」
「へ?」
改めて土方を見れば、確かに全身真っ黒の制服だ。
というか、真選組の制服が真っ黒なのは知ってたはずなのに、なぜ思いつかなかったのか?
やはり店主たちの証言のせいだろう。
彼らだって真選組のことも土方のことも知っている。
ふつうなら『真選組の土方に付いていった』と言うべきところをわざとぼかして土方の名前を出さなかったのだ。
…なぜ?
「………銀ちゃん、心配、した……アルか?」
「へ?」
「チャイナがお前に置いていかれたんで、落ち込んでたんでな。自分は邪魔者なんじゃないかって。」
「………神楽…。」
「夜の仕事に子供を連れて行かないってのは、お前にしちゃまともな判断だったと俺は思うけどな。」
顔面蒼白で駆け込んできた銀時。
息を切らし、全身汗だくの姿を見て、漸く神楽も安心したようだ。
「試すようなマネして悪かったな。」
「………。」
「ほら、チャイナも謝れ。心配掛けたんだから。」
「ごめんなさいアル。」
「………。」
脱力のあまり言葉が出ない。
それでも銀時の顔を心配そうに覗き込む神楽の頭をなぜ、怒っていないことを伝える。
「チャイナ、夕食ができたらしいぞ。食堂で食って来い。」
「わあい!!おばちゃんのごはん、楽しみ!」
喜声をあげた神楽は靴を脱ぎ棄て、そのまま縁側から屯所の食堂へと駆け込んでいった。
その場に集まっていた隊士たちも、解散する。
「大丈夫か?万事屋。」
「………。」
「悪かったな。」
「………いや。」
ようやく、と言ったふうで立ち上がる。
「ほら、水。」
土方が持っていたペットボトルの水を差しだす。
「…ずいぶん用意がいいじゃねえか。」
「お前が必死で走ってくるのは分かってたからな。」
「…。」
「お前がチャイナやメガネのことを大事にしてるのなんて、丸分かりなのにな。案外本人は気がつかねえもんだな。」
おかしそうに土方が言う。
「もしかして町の連中に…。」
「ああ、俺のことは言うなと頼んでおいた。…けど、それだけだぞ。」
確かに誰も神楽が誘拐されたとは言っていない。ただ銀時がもしかしたらと心配しただけで。
「ちゃんと親父をやってんじゃねえか。」
「そんなものになった覚えはねえよ。………けどまあ、家の場合はお母さんが優秀だから…。」
「………?お、…俺か?」
「そうだろ。言葉の足りない駄目親父をフォローしてくれる優しいお母さんがいてくれて、本当助かるわ。」
「ち。俺の方こそそんなものになった覚えはねえよ。」
銀時と神楽、それに新八も。
血の繋がりなんて全くないいびつな家族だ。
けど、そんなのもアリだと思わせてくれるのは、温かく見守ってくれて、何かあったときにはフォローしてくれる人がいるから。
「走り回って疲れただろう?お前も夕食食って行け。」
「おお。…そう言えば、先週摘発が終わったんならそろそろ仕事の手があいたりしないの?」
「あ〜、明日はオフだな。」
「ちょ!そういうことはもっと早く言えっての。」
「仕方ねえだろ、連絡入れようと思った矢先にチャイナと遭遇しちまったんだから。」
そして、自分のことより神楽や銀時のことに一生懸命になってくれたってこと。
「メシくったらさ、家来るだろ。」
「ああ、そうだな…。」
それから土方は新八に連絡を入れた。
心配のあまり食事のことなんか忘れていたという新八も屯所で夕食を食べることになった。
その夜。
月明かりが照らす道を万事屋へ向かう影が4つ。
定春のと。
新八のと。
眠ってしまった神楽を背負った銀時のと。
並んで歩く土方のもの。
他人からは到底家族には見えない4人と1匹だけど…。
これが銀時の大切な家族だ。
20110520UP
END