やさしい笑顔を 〜寒い夜には〜
今日は二人とも、超特急で仕事をこなしていった。
定時上がりは無理だったが、定時より1時間遅れ位で全ての仕事を片付けた。
そして、マスタングが席を外している隙にそそくさと退勤してきたのだ。
明日はリアーナが非番。ハボックが昼からの遅番。だから、ゆっくり過ごせる。
「門の所で待っててくれよ。」
そうハボックに言われ、着替えた後門の脇で待っていたのだが、中々来ない。
日が落ちれば一気に気温が下がるこの時期。
しかも、間の悪いことに今日はスカートだった。パンプスの足元からじわりと寒さが登ってくる。
「悪ィ。遅くなった。」
「…ジャン、…どうしたの?」
軍の車に乗っている。
「ちょっと借りてきた。」
「…?何か仕事が残ってるの?」
「いや、ドライブしようかと思って。」
「はぁ?」
この無骨な軍の車で?
「見かけはアレだけど、足回りは良いし。」
「そりゃ、軍の車だからね。…って、そんなに悪路を行く気なの?」
「何よりタダだし。」
「ああ、まあね。」
諦めて助手席に座る。
「まずは、メシだな。」
「え?これから行くの?」
ドライブは明日だと思っていたリアーナが首を傾げた。
「今じゃなきゃ、駄目なんだよ。」
「?」
その間にも車は走り、レストランへ着いた。
カジュアルで値段も手頃、その割には味が良い。二人が気に入っている店だ。
何しろ寒かったから。温かいメニューを選び、食後のコーヒーもフウフウ冷ましながら、熱いうちに飲んだ。
「車じゃなきゃ、酒が欲しいところなんだが…。」
とぼやいたところを見ると、ハボックも多少は寒さを感じているらしい。
「で?どこへ行くの?」
「内緒。着いてからのお楽しみ。」
何回か聞いてみたけれど、そうはぐらかされる。
リアーナは首を竦めて、聞き出すのを諦めた。変な所で頑固なんだから、この男は。
車は郊外へと向かっていた。
そして、周りには木々が多くなる。
「山?」
「雑木林な。この間、テログループの内部抗争があったろ?あの件の遺体捜索で行ってさ、良いところを見つけたんだ。」
『何ですと?』デート中に“遺体捜索”とか言いやがりましたか?この男は!
過去、彼女に振られまくったハボック。その原因は女性達だけにあるのではないと知る。
周りに民家は少なくなり、次第に道幅も狭くなる。
道も緩やかに登り坂で、高台の方へ向かっているようだ。
暫く黙っていたリアーナがおもむろに口を開いた。
「ねえ、知ってる?大総統の車とか将軍様方の専用車って、物凄くエアコンが効くんですって。ずるいわよね。私たち一般の軍人の使う車も、ちゃんとエアコンが効くようにしてくれれば良いのに。こんな、外よりマシ程度の情けないのじゃなくてさ。
それとも、ここは『よーし、そういう立派な車に乗れるように出世するぞ!』とか意気込むところなのかしら?」
「……お前…。」
ハボックが苦笑する。
「そんなに、寒いのか。」
せっかくレストランで温まった身体も、再び足元から冷え始めていた。
ハボックは路肩に車を停め、自分がしていたマフラーを外してリアーナに掛けた。
「え?大丈夫よ。」
「良いからしてろ。それ、暖かいだろ?」
「…うん…。…ありがと…。」
「もうすぐ着くからな。」
そう言って車をスタートさせる。
リアーナは心の中で溜め息をついた。
このマフラーも実は不機嫌の理由の一つ。
冬物の服を出す時に、ハボックはどこからかこれを出してきた。
一見して分かる、手編みのマフラー。明るい茶色のそれ。
何故、手編みと分かるのかと言えば。見るからに編み目が不揃いで。つまり、ぶっちゃけ“ヘタクソ”だから。
『手編み』とか『手編み風』などと称して店で売っているものでは決して無い。
編み物が得意では無いリアーナも、さすがにもっと上手く作れると思う。
…つまり、誰かがハボックの為に編んだと言うこと。
けどリアーナの知る限り、去年も一昨年もこんなマフラーを彼が使っていた覚えは無い。仮に当時の彼女からのプレゼントだと言うのなら、絶対にリアーナに自慢していたと思う。
…と言うことは、リアーナが東方司令部に配属になる前に貰ったということ?
それ以前に付き合っていた彼女から?それをリアーナに貸してくれるって、どう考えれば良いのだろう?
………。…エ?まさか、自分で編んだとか?…うわ、余計に寒くなったかも…。ぷるりと身震いをする。
「まだ寒いのか?」
「ううん、大丈夫。」
ほとんど上の空で答える。
それとも、それ以前?地元で仲の良い女の子が居たとか?…居そうよね。
…ええい!『妹』!うん。妹さんが編んだ! そうなると、今まで使わなかった理由が分からないけど…でもいい。妹さんが作ったマフラー!うん、決定!!
リアーナが自分の心の中で、勝手に結論を出した時。
「この先なんだ。」
そうハボックが言って、車が停まった。
エンジンを切り、車を降りてしまう。…まさか、外にでるの?この寒い中。
リアーナが席から動けないで居ると。早速煙草に火をつけたハボックが、ガサガサと落ち葉を踏みしめながら助手席側へ廻ってきてドアを開けた。
「……どうぞ?」
ほんの少しだけ『寒くて、悪いな』という表情。でも、ニヤッと笑った口元は、自分の見つけた宝物を見せてくれようとする子供のようだ。
従者よろしく差し出された手に、溜め息をつきつつ手を添えて車を降りた。
「こっち。」
そのまま、手を繋いで歩く。
全く熱量の多い男だ。手を繋いでいるだけで、随分と温かさが違う。
カサカサと音を立てて、木立の間を抜けると。少し開けた所に出た。
上を見るように言われる。
「………わぁ…。」
葉が落ちた枝の上に、満天の星空が広がっていた。
「凄い…。…綺麗…。」
「だろう?」
ちょっと得意げの声に思わずクスリと笑ってしまう。
ピューピューと吹き付ける風は冷たいが、その分空気は澄み切っていて、まさに手が届きそうだった。
「…流れ星でも見れないかしら?」
「どうかな?…見れたら、何か願い事でもあるのか?」
「勿論。強力エアコン付きの車!」
だって、二人のことは星に願うべきことじゃない。自分たちで努力して築いていくものだ。
「お前なあ……って、リアーナ!?」
「?」
「何…泣いてんだよ。」
「え?」
リアーナが自分の目元をそっと確かめると、確かに涙が零れていた。
「ああ、…寒いからよ、きっと。」
「え?…じゃあ。」
煙草を消して自分のジャンパーを脱ごうとするハボックを、慌てて押し止める。
「待って、違うの。風がね、強いでしょ?目に入ったんだと思うの。それでよ。」
「そ……か?」
「うん。ジャンパーも嬉しいけど、手を繋いでいる方が暖かいわ。」
一度離れてしまった手を、もう一度繋ぎ直してにっこりと笑った。
「お前…涙目は、反則。」
「?」
「少し、目を瞑ってろよ。」
「そうしたら、星が見えなくなっちゃうわ。」
「……良いから…目を、閉じていろ。」
少し低い声音で甘く言われて、素直に目を閉じると。すぐにハボックの唇が落ちてきた。
「……ん………。」
互いに甘い吐息が漏れる。
………と。
風に吹かれたためか、マフラーがポトリと落ちた。
「あ。」
慌ててリアーナが拾い、パタパタと落ち葉を払う。
「あら?……つなぎ目?」
マフラーの中程より少しずれた場所に『つなぎ目』としか言いようの無い編み目を見つけて、リアーナは首を傾げた。
「ああ。…車へ戻ろうぜ。」
「…うん。」
雰囲気は最高の場所だけれども、とにかく寒い。話は車の中で、となった。
「つなぎ目からこっちの長いほうが上の妹。短いほうが下の妹が編んだ訳。」
「…合作?」
「そ。」
そういわれて良く見ると、確かに長いほうが幾分編み目も揃っていて、短いほうが目の粗さが目立つ。
「俺が士官学校へ入るから家を出るって家族に言って。…実際に出発するまでの間、…何日位あったかなぁ?その間に二人で作ってくれてたらしい。前の日の夜中までかかったらしくて、見送りの時は寝不足で目が真っ赤だった。」
「そう。」
笑って聞きながらも、そんな訳無いでしょうとリアーナは心の中で思った。
大好きなお兄さんが居なくなるのが寂しくて、目を赤くしていたのに決まっているじゃない。
『マフラーの製作者は妹』と勝手に結論付けたことが当たっていたので、驚きつつも。浮かび上がる疑問もある。
「けど、今まで使ったこと無いわよね?」
「ん…まあな。」
「何で?」
「…だって、…ヘタクソだろ?つなぎ目もあるし。」
「……そりゃあ、確かに上手ではないかも知れないけど、他のどんなマフラーより気持ちが篭ってるじゃない。」
だから、こんなに暖かいのよ。と言えば。いやに嬉しそうに笑った顔が近付いてきて、再びキスをされる。
「?…何なの?」
「いや。リアーナならそう言ってくれるんじゃないかと思ってたから。…その通りだったから、嬉しくて。」
「?」
「今までずっとな、一目見た途端『まさか、そのマフラー使ったりしないわよね』とか言われてさ。」
「………。」
なる程、ずっと駄目出しを喰らっていたから使えなかったのか。
『妹が作ってくれた』って言えば、分かってくれたんじゃない?そう言おうとして。その言葉を飲み込んだ。
説明したところで、OKを出すような人たちじゃなかったような気がする。以前のハボックの彼女たちは…。
「…さて、帰るか。」
「うん。」
「帰ったら、熱いシャワーを浴びて。」
「うん。」
「冷たいビールを飲んで。」
「ふふふ、うん。」
「んで、いっぱいリアーナを抱きしめる!」
「……は?」
「明日は、朝ゆっくりで良いしな。」
「…何、勝手に決めて…。」
「お前は非番。俺は午後から。…な。」
「『な』じゃなくて…。私、部屋の掃除とか洗濯とか色々…。」
「午後からすれば良いだろ?」
「今、冬なのよ。そんな時間から洗濯物干したって、きれいに乾くわけないじゃない。…ちょっと、聞いてる?」
「やー、楽しみだなあ。この頃忙しくて、ゆっくり出来なかったしなあ。」
車をUターンさせ、来た時よりもむしろ高速で家路へと向かう。
「ジャン!」
「へへへ。」
機嫌良く笑うハボック。
リアーナは手元のマフラーの感触を確かめた。
妹さんたちが作ってくれたマフラー。
歴代の彼女たちに駄目出し喰らっても捨てずにとって置いた、大切なマフラー。
それをあっさりとリアーナに貸してくれた。
身体ではなく、気持ちがふわんと暖かくなる。
「………もう、…しょうがないわね…。」
笑いを含んで小さく呟いた言葉。
…ハボックには聞こえただろうか?
20051129UP
END
TaTa様、こんなんなりましたけど…。
いかがでしたでしょうか?リクエストに答えられていたでしょうか?
ちょっとは甘くなっているでしょうか?
…という訳で。
2000HIT キリ番ゲットおめでとうございます。
TaTa様のみ、お好きにお持ち帰り下さい。…こんなものでよろしければ…。
もしも、サイトなどに載せてくださるという場合は隅っこのほうに「月子」の名前だけでも…。
後、文章自体を変えなければ文字の色を変えるのも、名前変換できるようになさるのもご自由にどうぞ。
(05、12、05)