「Angel's Wing」 〜恋は命がけ〜

 

 

 

 元々国家錬金術師で、…ということは所謂『少佐相当官』な訳だ。

 そんな俺が士官学校へ入学するにあたって、頼んでもいないのに周りの大人たちがあれこれと気を使い。(ちなみにその中にはかつての上司などは入っていない。『揉まれてこい』とカラカラ笑っていた)

 その結果、寮の部屋は一人部屋となっていた。

 

 

 士官学校へ入学してもうすぐ1年になろうかと言うこの時期。

 それまで勝手気ままに…というか、自分の予定で好きな時間に起きて寝るという生活をしてきた俺にとって。何かと規律にうるさい生活は、わずらわしいようでいて結構新鮮だった。

 万人と仲良くなんて出来ない俺の性格から、何度か周りとぶつかりはしたけれど。そんなこんなを経験しつつ、中には気心知れた友人数名にわいわい楽しい仲間も出来。それなりに充実した生活を送っていた。

 そんな仲間の中には女子も数名いて、彼女達からは友情チョコレートを幾つか。係やクラスのつながり、食堂のおばちゃんなど明らかに義理と分かるもの数個。

 気持ちはありがたいけれど、こたえる気もないのに受け取ったらマズイと断るものの。せめてチョコだけでもと必死に懇願され渋々受け取った重たいチョコもあり。

 中には今のうちに仲良くなっておけば将来何かの役に立つかも…と、未来の投資のためのチョコなんかもあったりして。

 『女』と言っても色々だなあと感慨にふけりつつ。

 先日送られてきた幼馴染のチョコなんかも合わせれば。

男女比が8:2の校内において、両手の指の数よりも幾つか多いチョコの量は、まずまずの収穫なんじゃないだろうかと思ったりする。

 まあ、何と言うか。

 中にはロイ・マスタングの学生時代はこうだったんじゃないかと思わせるような、女子にマメな奴もいて。そいつは、それこそ袋で幾つ箱で幾つと貰っていて。何故かこっちを見てふふんと得意げに笑っていた。

 ムカッとしたけど、あんまり羨ましくはない。

 …いや、負け惜しみではなく、な。

 むしろ、羨ましいのは。たとえその1個だけだとしても本命の女子や付き合ってる彼女から貰えた奴のほうで…。

 はあ、と。ため息を付く。

 夕食の後。ラジオから流れてきたのは、彼女の歌声。

 生で収録しているらしい。

 司会者との受け答えも穏やかで、にこりと笑った顔が思い出される。

 …貰ったんだろうなあ。

 あいつの傍にいるスタッフ達は。そして、今日一緒に仕事をした奴らも…。

 多分ごっそりと買い込んだチョコレート。思いっきり『義理ですよ〜』と主張しているチョコレート。

 そんなもんでもあいつからもらえるんなら、やっぱり羨ましい。

 自室へ戻って、課題やら調べ物やらを片付けていきながら、時々溜め息をつく俺は。傍から見たらかなりうっとうしい感じだっただろう。

 こんな時は一人部屋で良かったと思ったりする。

 やるべきことを終えて。

 そろそろ消灯時間だし、寝るかなあ…。

 う〜んと伸びをした時、カツンカツンと窓が叩かれた。

「?」

 何事かと、窓の外へ視線をやれば…。

「!!おまっ…。」

 にっこり笑ったジュディがヒラヒラと手を振っていた。

「何やってんだ!ここ、3階だぞ!」

 慌てて駆け寄り、勢いのままに開けようとして…。

 外開きだ!この窓は! すんでのところで手を止める。

 手振りで脇によっているように示し、そっと窓を開けた。

「エド!」

「ジュディ!何やってんだよ!どっから来た!」

「非常階段から。」

 確かにここは一番奥の部屋で非常階段から一番近い。けど、窓の下の足場なんてほんの10cmあるかどうかだぜ。

アブねエな。何かあったらどうするつもりだったんだよ!!

「とにかく入れよ。寒かっただろ?」

「うん。」

 …しかし、こいつにあっさり入られるなんて…ここのセキュリティーは大丈夫なのか?

 窓枠を乗り越えるジュディに手を貸す。

「冷たい手だな。」

 冷気の侵入を防ぐために窓を閉めて、にっこり笑うジュディを抱きしめた。

「身体も冷え切ってるじゃねーか。」

「うん。寒かった。…エドは暖かいね。」

 その冷えた身体が少しでも温まるようにとさらにぎゅっと抱きしめる。

「今日は、バレンタインデーでしょ。だから、今日中に会いたかったの。」

 エドに。

「うん。」

 チョコなんか無くたって、会いたいと思ってくれただけで。会えただけで嬉しい。

 それなのに。

「はい。チョコレート。」

 肩から下げたバッグの中を探り、かわいらしくラッピングされたチョコを差し出す。

「もしかして、手作り?」

「うん。」

 がんばっちゃった。と照れくさそうに笑うジュディ。

 仕事だって忙しいだろうに…。

「サンキュ。」

 すっげえ、嬉しい。そう言って、唇を重ねれば。その整った顔がきれいに微笑む。

 狭い部屋なのを幸いに、そのまま二人でベッドへ乗り上げ。

 久しぶりの逢瀬をたのしんだ。

 

 

「泊まってはいけないのよ。」

 残念そうに呟くジュディ。

「明日、朝一でツアーに出発するの。」

「そっか、俺も当番があって早く出なきゃいけねーんだ。」

 内心溜め息をつきつつも、互いにきちんとやらねばならないことがなんなのかは分かっているつもりだ。

 名残惜しげにするりとその白い肌に服を着けていくジュディ。

 いつも思うけど、この体は俺のものであって俺のものじゃない。傷なんて付けられないし、キスマークなんてもってのほかだ。

 いつか思いっきりキスマークつけてやりたいとか思いつつ。そんなのはこいつが引退する時かなあ…なんて溜め息を付いたり。

「エドも、風邪引くよ?」

「オウ。」

 さっき脱いだ、パジャマとして使っているルームウエアを着込み、まだ少し時間があるというジュディとベッドに並んで座る。

「帰り、大丈夫なのか?」

「事務所の車が近くで待ってるから。」

「え?待たせてんのかよ?」

「ううん。待ち合わせ。向こうは向こうで用事があって、終わったら帰りに拾ってくれるって言うから…。」

 それでも秘密の逢瀬を知られているのかと思うと、何とは無しに気恥ずかしい。

「…にしても、手作りかあ。頑張ったな。」

「うん。本、見ながら作ったの。」

「そっか。…大丈夫、なんだろうな?」

 冗談めかして言ってみる。

「あ、そうだ。もう一個プレゼントがあったんだ。」

「何?」

 これ以上何が?…と、この時ちょっと期待にドキドキした自分を。俺はすぐに呪うことになる。

「はい、これ。」

 にっこりとジュディがバッグから出して来たのは…。

 どう見ても、薬のビンだった。

中にはなにやら液体が入っていて、わざとらしくピンクのリボンが巻いてある。

「……ジュディ…?…まさ…か…」

「えへへ。…胃薬…(&毒消し)?」

「お前!」

 そうだよ、こいつ。料理はからっきしダメだったんだ。

 レトルト食品や缶詰なんかを使って、それにちょっと手を加えたものがせいぜいで。

 お菓子作りなんて生まれて初めてだろう。それを、俺のためにってのは嬉しいけれど…。胃薬付きかよ!

「だ…大丈夫なんだろ?…お前だって、一口味見くらい…。」

「え、…だって明日からツアーなのに体調崩す訳に行かないし…。」

「おい!」

「食べられないものは入ってないから…。」

 にっこり笑う。ちっくしょう。かわいい顔で笑うな!無条件で許してしまいたくなるだろ。

「あ…っと。時間だから…。」

「………。」

「あの、またね。」

「………。」

「エド?」

「………。」

 『帰ってしまえ!』と言いたい口と、帰って欲しくない気持ちと。

 少し不安げにゆれる瞳。そっとその頬を包んで唇に触れる。

「来年は…。」

「ん?」

「来年は、買ったチョコか食べ物じゃないものにしてくれ。」

「………。」

 真剣にそう言うと、実に複雑そうな表情になる。

「…じゃあ、絶対に食べてよね。」

「ジュディ?」

「私が一生の内に、たった一度手作りしたチョコレートなんだから。」

「………。」

 すぐには返事が出来なかった。…けど。

「分かった。」

 と、俺は。文字通り、死ぬ気で答えたのだった。

 

 

 その後、待ち合わせ場所だと言う門の外まで送っていって(勿論窓からではなく非常口からそっと出た)部屋へ戻ってきた。

 そして。

 机の上をキレイに片付け、部屋の中も出来るだけ片付け。

 何かあったらすぐに医者を呼んで欲しい旨のメモを目立つように置き。

 ベッドに座ると、ごくりと生唾を飲み込みながらラッピングされたソレをゆっくりと開けていった。

 手作りらしく多少の大きさや形のバラつきはあったが、形自体はそれほど悪くない。

 長いためらいの後、意を決して1つ口に放り込んだ。

 香りは確かにチョコレートなのだけど。何となく、苦いような焦げ臭いような変な苦味が口の中へわずかに残る。

 何も考えないようにと自己暗示をかけながら、最後の一つも食べ終えた。

 そしてその瞬間。電光石火の速さで薬のビンを開け、中身を口へと流し込んだ。

「ふ〜う。」

 さあ、喰っちまったぞ。後は、どうとでもなりやがれ。

 ベッドに潜り込み、目を閉じた。

 

 

 夜中見たのは悪夢ばかりだった。

 相当うなされたようで、じっとりと嫌な汗でパジャマが濡れていた。

 朝起きて、頭が重かったのは。

寝不足のせいなのか、チョコのせいなのか…。

 ふと、気付くと手足がじわりとしびれている。

 指先がとても冷たい。

 何となくバクバクと心臓がうるさい。…『動悸』と言う奴か?

 3日間。そんな症状が続いた。

 校医は、『原因不明だ』と首を傾げた。

 

 けれど、何とか命だけは取りとめたようだった。

 仕方ないだろ。

 だって、いつの世も『恋は命がけ』なのだ。

 ほとんどの場合、俺とはニュアンスが違うのかもしれないが…。

 

 

 

 

 

 

20060130UP
END

 

 


5000HITありがとう記念。エドフリー小説です。
…感謝の気持ちが、エド生命の危機か?…と言う突っ込みは置いておくとして。
お持ち帰りになりたい方はどうぞ…と言うか是非お持ち帰り下さい。
その際に、背景のお持ち帰りはご遠慮下さい。
文自体を変えなければ、文字の色や字体の変更も、名前変換が出来るようになさるのも自由です。
そして、もしもご自分のサイトに掲載してくださる方がいらしたら。
隅っこのほうにでも、当サイト名と月子の名前を書いておいてください。
あ、もしもご連絡いただければ喜んで遊びに行かせてもらいます!
何はともあれ、皆さんありがとうございました。
(06、02、13 月子)