やさしい笑顔を 〜一番大切な誓い〜

 

 

 

「ハボック。ちょっとこれ、聞きたいんだけど…。」

「教会の解体作業?」

 昼休みが終わった時、リアーナに声を掛けられた。

「うん。ウチの隊でこれだけ大きいのをやるのは初めてだから。」

「…俺はてっきり、こいつはウチの隊に回ってくるもんだと思ってたけど。」

「さすがに、これ以上は無理じゃない?」

 苦笑するようにリアーナが言った。

 今、ハボックの隊は大きな現場作業を2つも抱えている。隊員にはそれぞれ仕事を割振ったが、隊長であるハボックはその両方を統括しなければならず。尚且つ、その他の事務作業もあるので、先週辺りからハードな日々を過ごしていた。

 確かに、この上建物一つ丸々の解体作業は物理的に無理だった。

「そっちへとばっちりが行ったか。悪かったな。」

「え?良いのよ。何事も経験だし。ただ、これだけ大きいのは初めてだから、ちょっとアドバイスが欲しかっただけなの。

 今日、ハボック巡回の当番だったでしょ?ウチの副官に代わりを頼んでおいたから、その時間だけ下見に付き合ってもらえない?」

「ああ、良いけど。」

 頷いた瞬間。ほんの心の片隅に何かが引っかかったけど、疲れのためかすぐに消えてしまった。

 

 

「ここか。」

「うん。」

 司令部から少し離れた場所だったので、車で来た。

 随分前から監理する者が居なくて放置されていた古い教会。

そこへ、ならず者が集まり始めた。武器を集め、何か行動を起そうと計画していたらしいが。その過程で下っ端の一人が捕まり、この場所がアジトだと判明した。

 突入して全員捕らえ、大量の武器を押収したのはリアーナの隊だったが。久々にマスタング大佐の焔も出て、大きな捕り物となった。

 もっともリアーナに言わせると『大佐ってばこの頃デスクワークばっかりでストレスたまってたから、面白がってやったのよ。迷惑だったらないわ』と言うことらしいが。

 元々古かった建物は、さらにみすぼらしさに拍車がかかった。

 倒壊の危険もあったし、また良からぬ者が入り込んでも困るので、早々に解体してくれと言うのが付近の住人の要望だった。

「やっぱ、古いな。」

「中なんか、もっと情けない感じよ?」

「へえ。」

 まずは教会の周りを下見し、作業中の迂回路や作業用車両を停める場所などを検討する。

 そして『立ち入り禁止』のロープをくぐって中へと入った。

「…こりゃ、ひでえな。」

「掃除はしたんだけどね。」

 正面の壁にはステンドグラスがある。祭壇があり、長椅子が左右に整然と並んでいるが、壁や床はいたるところに銃弾で開いた穴や黒く焦げた跡がある。

「作業中に崩れないように注意しねえとな。」

「本当よね。」

 溜め息をつきつつ作業の段取りや必要な機材の見積もりを出していく。

「…こんな感じかしら?」

「大目にしておいた方が良いぞ?途中何があるか分かんねーからな。」

「…じゃあ、もう1・2台ずつ増やした方が良い?」

「ああ。」

 修正を入れながらメモを取っていく。

「いつからやるんだ?」

「大佐の許可が下り次第…かな。」

「そうか。」

「…ちょっと、座ろうか。」

 4・5列目の長椅子の中央寄りに並んで座った。

 座った途端に、考えないようにしていた疲労がドッと出てきたような気がする。

「…あの、ステンドグラス…ね。」

「うん?」

 返事をするのも億劫だ。

「あれだけはとっても綺麗なんで何とか残せないかと思ったんだけど、ちょっと無理だったわ。」

 目線を上げると、聖母をかたどったステンドグラスがあって。ゲージュツなんて分からないけど、確かに綺麗だなと思った。

「移築するにも保存するにもお金がかかるでしょ?大佐もあちこち声をかけてくれたみたいだけど、結局ダメだったみたい。」

 …そうか。多分もう声にはなっていなかったと思うけど、心の中で返事をした。

「突入の時も、あれだけは傷つけないようにしようって、大佐も焔を避けてくれたのに…。」

 皆にもあっちは撃たないように注意させたのよ…って。

 相当大きな捕り物だってって聞いてるのに、お前ら何やってんだよ。

 突っ込んでやりたい気持ちはあったけど、…口も目も開かなくなってきた。

 

 

 ぽふんと肩にハボックの頭が落ちてきて、クスリとリアーナは笑った。

 ハボックの疲労は目に見えて明らかだったから、ハボックの隊の副官が泣きついてきたのだ。

 『何とか休憩だけでも取るように言ってください。あのままでは倒れてしまいます!』と。

 リアーナも、そろそろ限界だろうから何とか休ませなくてはと思っていたので、渡りに船の申し出だった。

 休めと言って休むハボックじゃないのは分かっていたので、ここへ連れ出したのだ。

 部下も居ない静かな場所なら、多少はゆっくり出来るかなと考えて。

 案の定、規則正しい寝息が聞こえてくる。

「あ…らら。」

 ずるりとずれた頭が、狙い済ましたようにリアーナの膝に収まる。

 狭い長椅子の上でもぞもぞと身体を動かし、足も椅子の上に上げて寝やすい体勢を取る。

 椅子から転げ落ちもせずにやってのけたので『本当は起きているのかしら?』と顔を覗き込むが、やっぱり眠っていたので感心するやら呆れるやら。

 まあ、とにかく。 暫くは眠らせてあげましょう。

寝ているハボックを起さないように、バインダーを台にして解体作業の申請書類を書き始めた。

 

 

「ん……あれ…?」

 何か暖かく柔らかいものを枕に横になっていたらしい。

「起きたの?」

 上から降ってきたのはリアーナの声で、慌てて上半身を起すと『落ちるわよ』と小さく笑われる。

 ど…どこだ、ここは?

 キョロキョロと見回すと、ステンドグラスが目に入り。その途端に寝る前のことを思い出した。

「なっ、何時だ?今?」

 慌てて時計を見ると2時間はたっていて、『げっ』と情けない声がもれた。

「あんまり気持ち良さそうに寝てたから、起こしそびれちゃったわ。」

 動けなくて辛かった、と笑うリアーナをきょとんと見返す。

 何が…どうなってるんだ?

 足を降ろして座りなおした。

「あ…。」

 先程心の隅に引っかかった違和感はこれだ。

 確かに今回の解体作業は大規模だけど、リアーナだってこういう作業をやったことがない訳じゃない。

 先程自分で出した見積もりも、アドバイスはしたが決しておかしな数値だった訳じゃなかったし…。わざわざハボックを連れ出さなきゃならない程のことじゃない。

 思い返してみれば、昼休みにリアーナと彼女の副官と自分の副官が3人でなにやら話をしていて…。

アレは、ハボックの巡回当番を変えてくれと話していたのではなく、ハボックを休ませてくれと副官が頼んでいたのだ。

そういえば、行き過ぎようとした視界の隅で『よろしくお願いします』と頭を下げたのは自分の副官の方だった。

「……やられた。」

「…怒ってる?」

「いや…。」

 元々体力のあるハボックは、自分の体力を過信しすぎるきらいがある。

数時間の休憩で済むのなら、その後ダウンされるよりマシと周り中が判断した結果だろう。

 ふと、リアーナを見ると幾分青白い顔をしていて…。

 暖房器具一つ無いここが、日中であるにも係わらず随分と気温が低いことにいまさらながら気が付いた。

 二人とも軍から支給された冬用の厚手のコートを軍服の上に着ていたけれど。動いているのならともかく、座りっぱなしでは相当寒かっただろう。

「寒くないか?」

「…そうね、少し。」

 首を竦めて何でもないみたいに言うけれど、普段からハボックよりも体温の低いリアーナにとっては、結構きついはずだった。

 なのに、ハボックを休ませるために2時間も我慢してくれていたのだ。

 ハボックは自分のコートのボタンを素早く外し、前を開くとその中にリアーナの腕を引っ張って抱き込んだ。

「っ。」

 驚いて息を飲んだリアーナだったけど、コートの中の暖かさに身体の力を抜いた。

「ジャンの傍、あったかくていいなあ。」

「そうか?」

「うん。冬の必需品ね。」

 ゆっくりとリアーナの体温が戻っていくのを感じてほっとする。

 もしも風邪なんて引かせたりしたら、彼女のファン達にどんな仕打ちを受けるか分からない。それに、やっぱりここまで気を使わせてしまった自分を責めることになるだろうし。

「悪かったな。」

「うん?」

「気ぃ使わせた。」

「あら…。」

 面白そうに目を見張ってにこりと笑った。

「仕事中に『どうぞ、デートをして来て下さい』って言われたのよ?そりゃ、飛びつくでしょう。」

 デート。だったのか?

「車でドライブして。」

 司令部からここまで真直ぐ…な。

「近所を散歩して。」

 迂回路とかの下見…な。

「古びた教会で二人っきり。」

 弾痕と焦げ跡の残る…な。

「まあ、…二人きりだな。」

 同意できるのはそこだけだったので、そう言うと。リアーナはおかしそうに笑った。

「私の膝枕ではご不満だったかしら。」

「いや。そこだけ最高。」

 リアーナの顎を持ち上げて、口付けた。そしてそのまま深く口内を探る。

「……っふ………。」

 そっと唇を離し。

「…何か誓ってくか?」

「え?」

「せっかく、教会だし。」

「………浮気はしません…とか?」

「してねえだろ。」

「…ソウカシラ。」

 不満そうにブツブツと上げる数名の女性職員の名前は。確かに、接点が多くて話しやすいと感じている相手ばかりだったけど…。

「浮気じゃないだろ。お前が一番なんだし。」

「本命が居るから『浮気』になるんでしょ。」

 自分を本命と認められるようになっただけでも、リアーナにとっては物凄い進歩なのだが、掛けられた疑いには異議を申し立てたい。

「…ジャンってば、…誰にでも優しいんだもの。」

 ハボックのコートに潜り込んで不安げな小さな声。愛おしくてぎゅっと抱きしめる。

「もう、付き合い始めて半年くらいだし、そろそろかしらと思ったんだけど…。」

「お前ね。俺は今までだって、浮気されたことはあってもしたことはありません。」

 散々ハボックの女性関係の話は聞かされていたのだから。『お前だって良く知ってるだろ?』と言えば。『まあね』と呟く。

 こんなに毎日毎日、リアーナのことを可愛いなあと思ってて。言ってみれば毎日惚れ直しているようなもんなのに。

他へ目が行くわけないだろ?

 それでも、まあ。不安だったり不満だったり。そういう感情を全て飲み込んで笑顔を絶やさなかったリアーナが、やっと負の感情をぶつけくれるようになったことに、ちょっとほっとしたりもするのだけど。

「神様。ワタクシ、ジャン・ハボックは絶対に浮気はしません。」

 芝居がかった声音でステンドグラスに向かって言う。これで良いか?と聞くと。

「ま、いいでしょう。」

 とリアーナは鷹揚に頷いてクスクスと笑う。

 『誓いのキスだ』ともう一度、口付けて。

さすがにもう時間だからと、手を繋いで教会を後にした。

 

 

 心の底から誓いたいことは別にあった。

 けど、それは本当に大切な誓いだから。

こんな古くて殺伐とした場所で言うことじゃない。

 

 綺麗な教会で、大勢の人の笑顔に囲まれて…。

 

 いつか、絶対に…。

 

 

 

 

 

20060210UP
END

 

 

 


 

サイト開設6ヶ月記念お礼フリー小説です。
甘く…なりきってない?すみません。
ですが、何はともあれフリーですんで…。
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(06、02、15 月子)