やさしい笑顔を 〜エプロン〜

 

 

 

「う〜〜〜ん。」

 リアーナがその場で唸りはじめてから、そろそろ30分はたつだろうか?

 はじめは心配そうに様子を窺っていた店員達も、今では遠巻きにちらちらと視線を送るだけであまり係わりあいたくは無さそうだった。

「やっぱ…黒…かな?」

 そう結論付けて商品を手に取り、顔を上げた。

 『おお』小さなどよめきが起こったような気がしたが、ふと時計を見たリアーナは足早にレジへと向かった。

 『夢中で気がつかなかったけど、もうこんな時間!?』

 スーパーで食材を調達してから帰ると言っていたハボックもそろそろ家についている頃だ。

 合鍵を持っているから入れはするだろうが、一人で夕食の準備を全てやらせてしまうのは申し訳ない。

 代金を支払い、袋に入れてもらったそれを手に急ぎ足で家路について。ふと、不安になる。

 ………気に入って、くれるかしら……?

 

 

 元々料理の出来るハボック。

 付き合い始める前に、朝食を作ってくれる男が良いとリアーナが言ったせいか。朝食どころか夕食まで結構マメに作ってくれる。

 まあ、男の料理なので。たまに、リアーナが味を直したりすることもあるけど、大抵は案外美味しい物を作る。

 料理をするときに、一度リアーナのエプロンを貸したことがあった。

 いくらあまりサイズを気にするものではないとはいえ、あれはあまりにも小さすぎた。

 かわいらしいキャラクターの絵が描いてあったせいもあって、悪いとは思いつつも笑いを堪えられなかった。

 それ以来ハボックはエプロンも何も着けずに、服のままで料理をする。

 普段着もTシャツが主なので、それほど気にするものでも無いのかもしれないが。色が薄い物の時にトマトソースなどが跳ねたりすると、実に情けない顔をするし。

 普段の感謝の気持ちも込めて、エプロンをプレゼントしようと思ったのだ。

 以前から機会あるごとに、あちこちの店で物色していたが。男物のエプロンと言うのは絶対的に数も種類も少なかった。

 今日。ようやく『これは』というものを見つけたのだった。

 ただ、いざ買う段となると迷うもので。黒がいいか青のストライプがいいか悩みに悩んで結局黒と決めるまでに30分掛かった。

 

 

「ただいま。ごめんね、遅くなっちゃった。」

「おう、お帰り。」

 思った通りキッチンから声が聞こえた。

「どう?」

「作り始めたばっかりだからな。まだ、出来ねえよ。」

「うん。今、着替えて手伝うわね。」

 手早く部屋着に着替えて、買ってきたばかりのエプロンのタグを取り外しキッチンへ戻る。

「良いもん、買えたか?」

「うん。」

 買い物をするのだというのだけは伝えてあった。

「…これ…なんだけど…。」

「……?」

 ハボックが野菜を切っていた手を止めて、振り返った。

「…エプロン?……もしかして、俺の?」

「う、うん。」

「すっげー、かっこいいじゃん。」

「そ?良かった。」

「付けて。」

「え?」

「今、俺。手が濡れてるからさ。」

「う…ん。」

 エプロンの首のところは、そのまま掛ければ良い様に輪になっている。

 背の高いハボックの首に、背伸びをして掛けた。

「サンキュ。」

 思いのほか近付いた唇にチュっと、キスされる。

「〜〜〜〜。」

「後ろも、止めて。」

 そう言いつつも後ろを向かない。

 …このまま、紐を結べと?

 抱きつくように手を回し、手探りでハボックの背中で紐を結ぶリアーナ。その間、ハボックは何度も何度もリアーナの唇に触れるだけのキスを落とす。

「…ん……もう…。」

「へへ、だって嬉しくてさ。」

 口には出さなかったけど、料理をする度にエプロンがあればなあと思っていたのが伝わったみたいで…。

 それに、これだけ帰りが遅くなったということは。何軒も探してくれたのか、もしくは物凄く真剣に選んでくれたということ。

 嬉しくない訳が無い。

 そんな風に幸せそうに笑うハボックを見て、リアーナの気持ちも暖かくなる。

 エプロンをプレゼントしたのは自分なのに…。

 まるで、自分がハボックから『何か』を貰ったようで…。

 

 

 『贈り物って、あげた人も幸せな気持ちになれるのね。』

 そう言ってにっこりと笑ったリアーナ。

 そんなリアーナを見て『かわいい!』と、ハボックはさらに幸せな気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

20060711UP
END

 

 


 

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(06、07、20)