「え?花火大会?」

「そう。今週末だってさ。」

 

 

 

「年上の彼女と年下の彼氏」 〜特別な花火大会〜

 

 

 

 

 

 あれから1年たった。

 退院して、この部屋へ転がり込んでからそろそろ9ヶ月位か?

 その間、ティナは一度も締め切りを遅らせることなく仕事をこなしてきたが。少し前に体調を崩してからは、少し余裕の無いスケジュールとなったらしい。

 『夏バテだよな、きっと』

 急に暑くなったから疲れたのだろう。

 仕事を優先せざるを得ない状況のティナに替わって、この数日はハボックが買い物や家事を担当していた。

 ハボックが、買い物の時に仕入れてきた情報を熱いコーヒーと共に届けると。

 デスクに向かって手を動かしていたティナがきょとんと顔を上げた。

「……今週末?」

「後…3日…かな?」

「う…。」

 情け無さそうに手元を見た。

 買い物に行く前から比べれば、それなりに進んでいるようだけど。予定よりは遅れているらしい。

「終わりそう?」

「終わらせる!」

 コーヒーを一口飲んで、デスクへ向き直った。

「じゃ、なんか準備しとくよ。」

「準備?」

「酒にツマミに…。ここのベランダ、多分特等席だぞ。」

「え。花火大会…って、ここの川でやるの?」

「らしいぞ。」

 マンションの前には大きな川が流れている。

 花火大会の会場となるのはこの川で、打ち上げ場所もそう離れていない。

 ここは5階だし、相当良い眺めとなるだろう。

 まだ完全に体調の戻っていないティナも、人ごみで疲れることなく花火を眺められるはずだ。

「よっし!頑張る!」

「無理すんな。」

「大丈夫。」

 初めは車椅子生活だったハボック。リハビリを重ねオートメイルを付け、ようやく自由に動けるようになった。

 ティナの秘書のようなことをしつつ、さらに軍復帰へ向けた1段階上の訓練をようやく始めたところだ。

 ほとんど居候と替わらない生活をしているのに、ハボックが引け目を感じないのは。

 この部屋へ来た時、一番最初にティナから提示された1枚の紙だった。

 『雇用契約書』

「こよう?」

「うん、こなした仕事に対してちゃんと報酬は支払うから。」

 実際には、ほとんど家賃や食費に替わってしまってハボックの手に残るのは小遣い程度だが。少なくとも、『世話になっている』と言う引け目だけは感じなくて良い。

 そして、恐らくそれを見越してティナは最初にきちんとしてくれたのだろう。

 そんなところは本当に適わないな…と思う。

 

 

 花火大会当日。

 昼間。何とか仕事を上げたティナが『少し出かけてくる』と言って出かけている間に、ハボックは花火見物へ向けての準備を進めていた。

 ベランダにテーブルと椅子を出し、料理や酒を整える。

 程なく戻ってきたティナはなにやら嬉しそうだった。どうしたのか聞いても『別に』、と言って要領を得ない。

 きっと花火大会が楽しみなのだろうと勝手に納得して、ベランダへと導いた。

「凄い、ご馳走ね。」

 目を丸くして驚くティナを椅子に座らせる。

「そろそろ始まるぞ。」

 自身も並んで席に付いて、料理へと手を伸ばした。

 

 どーーーーーん

 

 どーーーーーん

 

 目の前に上がる花火。いつもより大きく見えるような気がする。

「凄い。」

 目を輝かせるティナ。

「本当だな。」

 何よりティナが喜んでくれるのが嬉しくて。ハボックは目を細めた。

 花火を見て、食事を口に運び。

グラスを傾け、他愛も無い話をする。

こんな和やかな花火大会は、大人になって初めてじゃないだろうか…?本来なら、眼下に蠢く人ごみの中で、汗だくになりながら警備をしていたはずなのだ。

「………。」

「ン?………なんか言ったか?」

「う…ん。一緒に見れて良かったなあと思って。」

「ああ、そうだな。」

「来年はきっとこんな風な花火見物は無理ね。」

「………っ。」

 自分が軍に復帰したら、こんなにのんびりとした時間を過ごすことなど夢の又夢だ。

「でも、良いことなのよね。その方が。」

 にこりと笑うティナ。

 たまらなくなってぎゅっとティナを抱きしめた。

「それに、きっと私も忙しいし。」

「? 何か大きな仕事でも入ったのか?」

「ふふ、違うわ。きっと来年の今頃は、赤ちゃんのお世話でてんてこ舞いだもの。」

「へ?」

「さっきね。病院に行ってきたの。 2ヶ月だって。」

「え…ええ!?」

 じゃあ、この頃体調が優れなかったのって…?

食欲が無かったのって…?

酒の量が減ってたのって…?

 さっきからなにやら嬉しそうなのって…?

「ま…マジ?」

「マジ、本当よ?」

「す…げえ。」

 驚きと感動で、すぐには言葉が出なかった。

 幾分こちらの様子を窺うようなティナの視線に笑いかけた。

「すっげえ、嬉しい!」

「…良かった。」

 ほっとしたようににこりと笑う。

 恐らくはほんの少しでもハボックが困惑したそぶりを見せたなら、『子供は私が1人で育てるから大丈夫よ』くらいは言っただろう。

 それが出来るだけの財力と度量を持っているのが、この人の怖いところだ。

 ハボックはこのところずっと心の中で決めていたことを話し出した。

「本当は、もう少し後に言うつもりだったんだけど…。」

「なあに?」

「今、軍へ復帰に向けての訓練をやってるんだ。」

「うん。」

「後3ヶ月掛かる。それが終わって、入隊テストに合格すれば晴れて軍人へ返り咲きだ。…で。復帰して、最初に貰った給料で指輪を買って…ティナにプロポーズしようと思ってた。」

「……ジャン?」

今、ハボックが手にできる金は全部ティナから貰ったものだ。確かにハボックが働いた分の報酬として貰ってるのだが…。それを支払ってくれるのはティナ。

その金で買った指輪でプロポーズ、と言うのは気が進まなかった。

きちんと収入を得(それでもティナには遠く及ばないのだけれど)その金で…と思っていた。

「ティナ。結婚して下さい。子供が出来たから…とかじゃない。

 この1年、俺はずっとティナに支えてもらいっぱなしだった。今度は俺が支えたいし。ずっと一緒にいたいから。」

「う…ん…、嬉しい。」

 にっこりと微笑みながら、涙の溢れるティナの瞼にそっと口付けた。

「…指輪は…その。やっぱり自分の給料で買いたいから…もうちょっと待ってくれるか?」

「うん。…でも、そんなの無くたって全然構わないのよ?だって、私が欲しいのはジャンだもの。」

「っ。」

 無邪気に大胆発言する年上の彼女に、思わず赤面する年下の彼氏。

 『やっぱり何だかんだ言って、適わないのは俺の方かも…。』

 けど、それがちっとも不快ではない。

盛大に上がる花火が、まるで二人を祝福しているようだと微笑みあって。

次々と上がる花火の色に染められながら、二人は誓いのキスをした。

 

 

 

 

 

 

20060720UP
END

 

 

 


1周年記念フリー小説です。
皆さまのおかげで、何とか1年やってこれました。本当にありがとうございます。
気に入っていただけたなら、お持ち帰り下さい。
いつものように、文自体を変えなければ字体や文字の色の変更は自由です。
背景のお持ち帰りはご遠慮下さいね。
そして、もしもご自分のサイトに載せてくださるという方は、隅っこの方にでも月子の名前とサイト名をお願いします。
(06、08、02)