やさしい笑顔を 〜オレンジの月〜

 

 

 

「すごい…」

 司令部の建物から出たリアーナは思わず声を上げた。

 夜空には昇ったばかりの大きなオレンジの満月。

 星の光などかき消すかのように輝いている。

「そ…か、もう秋なのよねえ。」

 日の差す日中はジリジリと暑い日もあるけれど、空気はカラリと乾き朝晩は随分と冷え込むようになった。

 忙しい毎日につい忘れそうになるけれど、季節はきちんと巡っているのだ。

「オレンジの月…か。」

 あまりにも大きく明るい月は、なにやら心を不安にする。

 …嫌なことが起きなきゃいいけど…。

 治安の安定しないイーストシティ。

 事件が起きる時は起きる。分かってはいるけれど、本当はいつだって笑っていられるのが一番良い。

「アレは…、どこにあったかしら…。確か…こっち…だっけ?」

 いつもの帰宅のルートからはずれて道を曲がろうとした時。

「おい。」

 後ろからぐいっと腕を掴まれた。

「どこ行くんだよ!?」

「あ…ジャン。もう、終わったの?」

 本当は一緒に上がれるはずだったのに、書類の不備を指摘され急遽直させられていたハボック。

 走って追いかけてきたのか、息が上がっていた。

「終えた。…で、どこ行くんだ?」

 もう一度聞かれて、自信無さ気にリアーナは首を傾げた。

「ここを少し行ったところに、ススキが無かったかしら?」

「ススキ?」

「うん。だって見てほら、大きな月。」

「ああ、本当だ。」

「やあね、気がつかなかったの?」

「気付くかよ。」

 お前追いかけるのに必至だった。

 そういわれて、思わず頬が赤くなる。

「…とにかく、お月見にはススキでしょ。」

「にしたてっよ、この先は昼間はともかく夜に一人は危険だぜ。」

 人通りが少ない路地が多いからこそ、夜間の犯罪件数が跳ね上がる地域だ。

「ちょっと行ってすぐ戻るつもりだったし。」

「ダメだ。今回は俺も一緒に行くけど、今回きりにしろよ。」

「…うん、分かった。」

 私も軍人だし、とか。銃を携帯してるのだし。…とか。言いたい事は色々あったけど。侮っているのではなく、本気で心配してくれているのは嬉しいので素直に頷いた。

 手を繋いで少し歩くと、急に開けたところに出た。

 川岸にあった工場が取り壊され空き地となった場所。

 そこには一面にススキが茂っていた。

 川からの風に揺られて波打つススキ。

「海みたい。」

「ああ。」

 流れる風の音。揺れるススキ。甲高く響く虫の音。

…そして空には大きな月。

 まるで1枚の絵のような光景に、二人は暫く無言で見入っていた。

 

「…で、このススキを何本か持って帰るのか?」

「そのつもりだったけど。…もう、いい。」

「うん?」

「お月見。ジャンと一緒にしたかっただけだから。」

「え?」

「もう、しちゃったもんね。」

 ふふふと笑うリアーナ。

「そのために、治安が悪いと分かっている地域を通ってまでススキを取りに来たのか?」

「ん〜。…なんか…そういう言い方をすると凄いけど…。…まあ、そうかな。」

「ダメだ。マジ、お前可愛すぎ。」

「?」

 ハボックが急にぎゅうと抱きしめてきた。

どうかしたの?と抱き返せば。

「月見だけじゃない。」

「ジャン?」

「これからも、いろんなことを二人でしよう。」

「いろんなこと?」

「ああ、紅葉を見たり。積もる雪で遊んだり。春になったらピクニックして、夏は川遊びをしよう。」

「ふふ、うん。落ち葉で焚き火をしたり、雪だるま作ったり。ピクニックの時は木登りもしよう。川遊びだけじゃなくて釣りもしたり。」

「ああ。」

「楽しみね。」

「楽しみだ。」

 目を合わせて見詰め合って、にっこりと笑い合う。

「で、…だな。とりあえず冷えてきたし、帰らないか?」

 元々熱量の多いハボックはそれほどではないようだが、リアーナは羽織ったカーディガンの隙間から冷気が忍び込んでくるような感じがし始めていた。

「そうね、秋の夜は冷えるわね。」

 ハボックから体を離そうとするともう一度抱きしめられる。

「…ジャン?」

「何か…、月が綺麗過ぎると…。」

 語尾は濁したけれど…、先ほどリアーナが感じたような漠然とした不安をハボックも感じたのだろうか?

 リアーナはハボックの背中に腕を回した。

「大丈夫よ。」

「…リアーナ?」

「二人でいれば、大丈夫。」

「ああ、そうだな。」

 大きな事件が起きなければいい…とか、誰かが怪我をしたりしなければいい…とか。

 様々な不安は確かにあるけれど、リアーナにとって一番怖いのは目の前のこの人を失うこと。

 ハボックと共に有る事の出来ない未来など、意味が無いとすら思ってしまう。

 一度こうして幸せを知ってしまったから。余計だ。

 でも、だからこそ。

 一緒にいられる時間を大切にしたい。

 いろんなことを一緒にしよう。いろんなものを一緒に見よう。

 そして、何度も喧嘩して、同じ数だけ仲直りして。

たくさん泣いて、たくさん笑って、たくさんたくさんおしゃべりしよう。

「リアーナ…。」

 探るように寄せられた唇が重なる。

 心にわだかまる不安を拭い去ろうとしているかのように、何度も何度もキスを繰り返した。

 ようやく唇を離し、はにかむ様に笑い合う頃には。

 漠然と感じていた不安は、どこかに消えてしまっていた。

 

 

 

 並んで家路を辿る二人の頭上で。

 オレンジの月は何事も無かったように、中天へと登っていった。

 

 

 

 

 

20061017UP
END

 

 

 


 

20000HITお礼フリー小説です。
『今までありがとう、これからもよろしくお願いします』と言う気持ちをこめて作ってみました。
いかがでしたでしょうか?
気に入っていただけたら、どうぞお持ち帰り下さい。
いつもの通り、背景のお持ち帰りはご遠慮下さい。
文自体を変えなければ、自体の変更・文字色の変更はご自由に。
そして、もしもサイトに載せてくださるという方は、隅っこの方にでも月子の名前とサイト名を書いて置いてください。
20000HITありがとう御座いました。
これからもどうぞよろしくお願いします。
(06、10、24)