今日はバレンタインデー。恋人達の日だ。
なのに、私は今日。失恋をした。
Sweet Chocolate
何をする気も起きず、私は公園のベンチに座り続けた。
あたりはもうすっかり夜。治安が良いとは言えないイーストシティでこのまま女一人でいるのが危険なのは分かっているけれど、それすらどうでもいいような気がしていた。
今日はバレンタインデー。恋人達の日だ。
なのに、なんで私はこんなところで一人で凹んでいるんだろう…。
私の大好きな人は、私がバイトしているパン屋にいつも来てくれるお客さんだ。
笑顔が爽やかで、気さくに話しかけてくれた人。
バイトを始めてすぐの頃から、慣れない私を心配してくれて。
辞めたいと思ったことも何度もあったけど、あの人に会いたいから頑張った。
そうしたら『この頃慣れてきたね。』なんて笑ってくれて。
だから、バレンタインデーにはチョコをあげたいと思った。
感謝の気持ちと愛情をたっぷりこめて、何日も前からチョコをたくさん作って練習して。
毎日試食させられた家族は、迷惑だったかも知れないけど。一生懸命な私を見て『頑張んな。』って言ってくれた。
だって。
あれだけ、優しくしてくれたんだもの。
ずっと気に掛けてくれていたんだもの。
断られるなんて…思ってなかった。
ううん。
渡すことすら出来ないなんて…思ってもいなかったのだ。
今日。お店に来たあの人は一人じゃなかった。
綺麗な女の人と一緒で、その人に私のことを『妹みたいに可愛いんだ。』…って紹介した。
………。妹………だったんだ。
いつもよりたくさん(きっと彼女と二人分)のパンを買ってあの人は帰って行った。
その後の事は良く、覚えていない。
気がついたら、仕事を終えていて。
渡せなかったチョコを持って。この公園のベンチに、お尻に根っこが生えたように座っていた。
ふと、視界の隅に人影が映った。
あの人のはずは無いのに、慌てて顔を上げるとその人は走ってきた。
やっぱり、あの人じゃなかった。随分と背の高い男の人。
その人も近付くと人違いに気付いたように足を止めて、キョロキョロとあたりを見回した。
自分で言うのもなんだけど、こんな時間に他に人なんかいないわよ。
がっくりと肩を落としたその人は、ゆっくりとこちらに近付いてきて私の隣にドスンと座った。
「は〜〜〜あ。」
大きな溜め息をついて、うつむく姿があまりにも哀れで思わず可哀想になる。
「ねえ、君。」
「はい?」
「このあたりで、女の人が待ってなかったかなあ?」
「さ…あ?」
夕方には何組かのカップルが待ち合わせをしていたけど、待ちぼうけを食わされているような人はいなかったように思う。
そう言うと、その人はもう一度『はあ』と溜め息をついた。
「あの、振られちゃったんですか?」
「そう…みたいだな。」
苦笑いをすると、胸のポケットから煙草を出した。
良い?というようにこっちを見るので『どうぞ』と答えた。
「で、君は?」
「は?」
「こんな時間に、一人?誰か来るのか?」
「いえ…。」
始めはポツリポツリと話していたのだが、そのうち言葉が止まらなくなった。
あの人がどんなにステキな人なのか、どれだけ好きだったのか。どれだけ頑張ってチョコを作ったのか。
そして、彼女といる時のあの人がとっても幸せそうだったとか…。
はっきり言って支離滅裂。順序も何もあったもんじゃない私の話を、その人はうんうんと頷きながら聞いてくれていた。
言いたい事を話しきって、ちょっと泣いて。
さっきの自分の状態からすると信じられないくらいに、私はスッキリとしていた。
「や〜、俺もさあ。」
私の気が済んだのが分かったのか、その人はおもむろに喋り始めた。
「仕事が忙しくてさ、彼女となかなか会えなくて…。」
「お仕事、何なさってるんですか?」
「ん〜〜〜、軍人?」
「え…。」
ちょっと引いた私に、クスリと苦笑する。
「仕事は不規則だし、残業は多いし。もう、大分危ない感じではあったんだよね。けどさ、バレンタインこそはちゃんとデートの時間を作ろうと思ってさ。」
今日、定時で上がるために前もって他の人の仕事を引き受けたりして調整していたのだそうだ。
そして、今日。いざ帰ろうとしたときに爆弾テロ事件の一報が入ったのだという。
「え…、テロ?」
「うん。事件が起こっちゃったらさ、問答無用だよ。現場へ行かなきゃいけねえの。今日、定時で上がりたがってた奴なんて俺だけじゃねえぜ。みんな彼女や奥さんや、意中の人を待たせてんだから。」
その人が話す『軍人』は本当に人間味溢れていた。
街中で見かける『軍人』さん達はみな怖い印象があったからちょっと驚いた。
そうか、『軍人』さんって『人間』なんだ。
「結局未遂ですんだから、この時間に上がれたんだけどさ。これが本当にテロになってたら今頃まだ司令部かなあ?…もしかしたら、まだ現場に居たかも…。」
「大変なんですね。」
「まあね。けど、仕事だから。」
そう言って、3本目の煙草を吸い終えたその人はすぐに次の煙草に火をつけた。
…凄い、ヘビースモーカー。
「でも、急いで来てみれば彼女はいねし。…って仕方ねえか。もう3時間たってんだもんな。」
今までも、仕事のせいで約束に遅れたり、キャンセルしたり…ってことが何度もあったのだそうだ。
「それは…えっと、大変でしたね。」
「うん?」
「彼女もそうですけど、あなたも。」
「………え?」
何度も約束を反故にされるのは、悲しいこと。
けど、この人も優しそうな人だから。約束を守れなかったことをとても悔やんだと思うし、彼女に対しても申し訳なく思っただろう。…と、思うのだけど…。
「はは。まあね。けど、1回2回じゃなかったから、やっぱり俺が悪いんだろうな。」
ほら、そうやって彼女を決して責めないで、自分のせいにしてしまう。
夜遅くに女一人でいるのは危ないから、そのまま帰らずに声をかけてくれたんでしょう?
そして、自分のグチを言うより先に、私の話を聞いてくれた。
「軍人さんって、もっと怖い人たちなのかと思ってました。」
「軍人もイロイロだよ。けど、まあ。君らが見るのは、事件の時とか仕事中が多いだろ?」
「ですね。」
「やっぱり、命の危険がある場面でにこにこは笑ってられないからさ。」
「そっか。」
そうか、あの軍人さん達の怒っているような顔は『怒っている』のではなく『緊張している』顔なんだ…。
「あなたも?」
「俺は真剣なつもりだけどね。上司にはやる気の無い顔って言われる。」
へえ、と改めて覗き込んだ顔はちょっとタレ眼だったけどびっくりするくらい青い眼が綺麗だった。
じっと見ていると、この人も私の顔を改めて見たようで一瞬目を見張ったように見えた。けどすぐににっこりと笑う。
その顔がとっても優しくて、慌てて視線を外した。
な、な、な。何?ドキドキしてる。
「エエと、君。」
「は、はい。」
やだ、声裏返ってる?
「その、さ。こんな日にこんな所で出会ったのも何かの縁だと思ってさ。」
「はい?」
「その。チョコレート、俺にくれない?」
「へ?」
私は慌てて自分の手元を見た。
ずっと手で弄んでたので、紙袋のヒモが格好悪く潰れてしまっているけど、紛れも無く私の作ったチョコレートがそこにはあった。
「これ、ですか?けどこれは…。」
あなたのために作ったチョコじゃないんですよ?
それを申し訳なく思っている自分が居た。
「ダメ…かな?」
「このチョコレートの行き先が決まるのはとっても嬉しいですけど…。」
「確かに、俺のために作ってくれたんじゃないのかも知れないけど…。けど、一生懸命作ったんだろ?」
「え?」
「さっき、そう言ってた。何日も練習して、家中チョコの香りが充満して、試食させられた家族が『半年はチョコを見たくない。』って言ったんだろ?」
あんな訳の分からない話を、ちゃんと聞いていてくれたの?
何て、何て優しい人。そして、なんてステキな人。
あれだけ大騒ぎをして作ったチョコレート、このまま家に持って帰るのは気まずかった。
家に帰れずに居た理由の一つにそれもあったのだけど、そんなことまで分かってくれたのだろうか?
チョコを手渡しながら、私は必至に叫んでいた。
「あ、あの!来年はあなたのために作ったチョコをプレゼントしますから!!」
「へ?」
ぽかんと開いた口から、ポロリと煙草が落ちて地面を転がったけど二人ともそんなことに構っちゃいられなかった。
私ったら、何を言ったの!?今!?
目の前の人も、『あ〜』とか『う〜』とか唸っていたけれど。
「じゃあ、よろしくお願いします。」
と、右手を出してきた。おっきなその手と握手をすると。
「俺は、ジャン。ジャン・ハボック。君は?」
そういえば、まだ名乗ってもいなかった。
「チヅル…。私、チヅルっていいます。」
今日は、バレンタインデー。恋人達の日だ。
今日、私は失恋をして。
そして、新しい恋を見つけました。
20070215UP
END
千鶴様。キリ番ゲット、おめでとうございます。
こんなん出来ました。宜しければ、お受け取り下さい。返品可です。
バレンタインデーに間に合わなくて、大変に申し訳ありません。
え〜、例によって例のごとく文自体を変えなければ字体や文字色の変更もご自由にどうぞ。
背景のお持ち帰りはご遠慮下さい。
あと、もしもサイトなどをお持ちで掲載してくださるという場合は隅っこの方にでも月子の名前とサイト名をお願いします。
(07、02、15)