ここにある体温
その日、土方が万事屋を訪れたのはもうあと3時間ほどで日付が変わろうかという夜になってからだった。
「………。」
「…んだよ?その情けないツラは。つまみなら買ってきたぞ。」
どうしてもこの日に来いと言われていた土方。
確かにこのところ忙しくてしばらく会えていなかった。
罪滅ぼしという訳ではないが、あまりのしつこさに『仕事が終わってからなら』と承諾した。この時間を作るためにどれだけ大変な思いをしたか…。
だから、遅くなったことに文句を言おうものなら切り捨ててやると愛刀に手をかけた。
「あ…うん。や、お仕事ご苦労様。」
「ほら、つまみ。…それと酒。」
「…うん。ありがと。」
「………。何が不満だ。」
元々気が長いほうではない、何か言いたげで不満そうな銀時の様子に苛立ちが募っていく。
「あれは?」
「あれ?」
「チョコレート。」
「チョコレートだあ?手前、日本酒飲みながらチョコレート食うのか?どこまで甘党なんだよ。…ってか、甘いモンならシュークリームとか団子とか色々買ってきたぞ。」
と、スーパーの袋をテーブルに置いた。
人に買い物を任せたくせに、内容に文句を言うなよ!といえば。
「いやいやそうじゃなくてさあ。今日が何の日か知ってる?」
「はあ?」
「や、だからさ。バレンタインよ、バレンタイン・デー。」
「知ってるぞ、それくらい。」
「へえ?」
「アレだろ?女が好きな男にチョコ渡して告る日だろ?」
「ああ、うん、まあ、そうかな。で、さ、今日が…。」
「今日が、そのバレンタインデーだって言うんだろ?」
「あれ、知ってたんだ?」
「だから知ってるっつーの。屯所にも送られてくるからな。」
「え〜、多串くん宛てに?」
「それもあるし、総悟宛てとかもあるし。どこがいいんだかな、あんなドS。」
「ふうん。酔狂な女も居たもんだよね。」
「女だけでもねえけどな。」
「え!お、男からも!!?」
「一応女を装っちゃ居るが…。中に爆弾とか入ってるのは攘夷浪士たちの仕業だろうな。」
「便乗するってこと?」
「紛れて送れば、成功するかも…とか思うんだろう。」
「紛れて…って…、どのくらい来るの?」
「俺は3箱くらいだな。」
それが純粋に『3個』なら紛れないから…。
「ま、まさかダンボール箱とかに3箱!?」
「ああ、そのくらいだな。」
う、羨ましい。ってか、悔しいっていうか。なんなの、それ。的な複雑な気分になる。
しかし、それだけチョコが送られてくればさすがに今日が何の日かは分かるということなのだろう。
「俺も欲しいんだけど…。」
「1個も貰えなかったのか?」
「ん、まあ、いくつかは…。」
「なら良かったじゃねえか。こういうのは数じゃねえからな。爆弾混じってるのより、きっと手前の方が気持ちは篭ってるのを貰ってると思うぜ。」
よほど銀時は情けない顔をしていたのだろう。珍しく土方がとりなすような言葉を言う。
「ああ、う〜ん。そうじゃなくてさ、多串くんからのが欲しいんだけど…。」
「はあ?俺?…俺は女じゃねえし、いまさら手前に何を告るってんだ。」
「バレンタインってさ、別にそうきっちり定義が決まってるわけじゃねえんだよ。夫婦とか恋人同士で送るカップルだって多いんだしさ。」
「ああ?なんだ、手前がくれるのか?」
えええええ!?
そ、それって。俺のことはちゃんと恋人って認識してくれてるってこと?
思いもかけない土方の一言で、銀時はすっかり有頂天になる。
『俺は甘いもん嫌いだから、別にいらねえぞ。』と続けた土方の声など届いちゃ居なかった。
「多串くん!」
「のわあ!」
いきなり抱きついた銀時に、普段ならありえない声を上げる。
「もういい、銀さん十分貰っちゃったよ。」
「はああ?」
自分の言葉の影響力を全く分かっていない土方の頭の中は、ただただクエスチョンマークが飛び交っていた。
『とりあえず落ち着けよ』と土方に軽く頭を叩かれ、二人は土方の買ってきた酒とつまみをテーブルの上に広げた。
「バレンタインに乾杯。」
「訳分かんねーよ。それに何で手前は隣に座ってんだ。」
いつもなら向かい合って座るのに。
「まあ、いいじゃん。今日は神楽も居ないんだし、バレンタインだし。」
この朴念仁は分かってないようだが、バレンタインデーといえば『恋人同士の日』だろう。
「チャイナはどこへ行ったんだ?」
「ん〜、お妙の店。何でも今日はバレンタイン祭りとかってのをやるらしくて、『男共にたかれるから』とか誘われてったぞ。」
俺は行かないからね。そんな日に言ったら身包みはがされるから…。と銀時が身震いする。
「あ………。近藤さん…行ったかも…。」
「ああ〜、ご愁傷様。」
そうしてしばらく酒を傾けながら、あれこれと話をする。
土方が買ってきたつまみの半分は甘いもので…。甘いものが嫌いなのにこうしてきちんと銀時用のつまみも買ってきてくれる。
その上、それらのほとんどが以前銀時が『美味い』と言ったものばかりで…。
そういうのを覚えていて買ってきてくれるマメさが、こいつがモテる理由だろうかと思ったりする。
対して銀時は、枝豆があれば殻を入れる小皿を用意したり、温めた方が美味しい物をさっと台所に立って温めて来たりと細かいことに気が回る。
モテないとか本人は嘆いているが、その割りには周りに女性が絶えないのはそんな気遣いが出来るからかもしれない…と土方は思う。
「お前の味覚はどうなってるんだ…。」
「それ、マヨラにだけは言われたくねえんですけど。」
「日本酒飲みながらシュークリームって…。」
「美味いんだよこれが!甘みが五臓六腑に染み渡るんだぜ。」
「げ、気持ち悪りぃ…。」
ご機嫌でシュークリームをほおばる銀時を呆れたように見る。
「口の横に、クリーム付いてんぞ。お子様かよ、手前は。」
「え?どれ?」
「そっちじゃねえ、こっちだ。」
見当違いのところを探る銀時に焦れて、土方が口と頬の中間くらいについていたクリームを指ですくった。
「ほれ。」
その指を銀時の口元に持っていく。
「へ?」
「んだよ、俺にクリームを食えと言うんじゃねえだろうな。」
「あ、う…ん。」
無自覚?無自覚なのか?この子?
「んじゃ、遠慮なく。」
差し出されたクリームごと土方の指をぱくんと銜える。
「っ、おい!」
慌てて手を引っ込めようとするのを逃さないように、がっちりと身体ごと抱き寄せる。
「〜〜〜〜や、め。」
「おいしい、多串くんの指。」
「っ、そ、それはクリームが、付いてた っから。」
慌てる土方も可愛いけれど、それだけじゃ足りない。
さらに抱き寄せて唇を寄せる。
「……ふ……う ン…。」
甘い吐息がほろりと零れる。
突っぱねようとしていたその手が、銀時の着物に縋る様にしがみ付いて来るのが合図。さらに、深く口内を探る。
「……っ、…や…め。」
素直じゃない口は否定の言葉を吐くけれど、その瞳は感じ始めた熱を伝えていた。
やばい、煽られる…。
土方を抱くときは、いつだって余裕なんか無い。
欲望のままに抱いてしまっては、きっと傷つけてしまうから必死に抑えているだけ。
バレンタインチョコが無いことで、ちょっぴりすねたりもしたけれど。
考えてみれば、男にとってバレンタインデーは『チョコを貰う日』だ。
土方から貰うことばかり考えていて、送ることなど思いもよらなかった自分だって同罪なのだろうと銀時は思う。
昔チョコレートは媚薬としても使われていたらしいけど…。
目の前にはチョコレートなんかよりも、もっと効き目のある媚薬があった。
多分この世で一番甘い銀時の為だけの媚薬。
「…っ、加減、出来ねえかも…。」
「……っ、……バ カ…。……は やく…。」
プツン。
何かが切れた音が聞こえた気がした。多分『理性』とかなんとか、そういうもの。
激しくなった銀時の愛撫に、甘い嬌声が上がった。
「…無茶しすぎ…。」
「あはは〜、ごめん。あんまり多串くんが可愛いから銀さん張り切っちゃった。」
途中から布団に移動して、本格的にその身体を味わった。
「…明日は仕事が午後からで、良かったぜ…。」
「へ?」
「……このところ忙しかったし…、その……。」
「ゴリラが休みくれたんだ?」
「………。…無理矢理もぎ取った…。」
「ええ?」
仕事命のこの子が?半日とはいえ、自分から休みを切り出したって!?
どこまで銀時を喜ばせるのが上手いんだろう。
「じゃ、もう1回。」
「ばっ、何回やったと思ってんだっ!いくらなんでも無理だっ。」
「駄目、銀さん止まりそうに無い。明日の昼まで、多串くんを俺の好きにするからな。」
抱きしめて唇を這わせれば、すぐに快感に従順になる身体。
「…ン……アッ……、明日の 昼っ、まで…?」
「いんや。ずっと、ず〜っと、俺の好きにする。」
銀時の言葉に、ふふと笑うその顔はまさに妖艶で、あっという間に銀時の理性を奪っていった。
腕の中には疲れ果てて眠る愛しい体温。
本物のチョコレートなんか無くったって、二人で一緒にいられるのが一番じゃね?
20080205UP
END