天晴れ
イライライライラ
「銀ちゃん、何不機嫌アルか?」
「べっつに!」
「銀さん。神楽ちゃんに八つ当たりしないでくださいよ。」
「してねえよ!俺不機嫌じゃねえし!!」
「めっさ不機嫌アル!」
「不機嫌じゃねえ!」
「ああ、もう。そんなことで喧嘩しないでください!」
「うるせえ、アイドルオタク!」
「そうアル、ダメガネ!」
「ちょ、何でこっちに矛先回ってくんだよ!」
「あ〜、もう。ちょっと一回りしてくる。ほれ、新八これを持て。」
「あ、ちょ、銀さん!?」
スーパーの袋を新八に無理やり持たせ、万事屋とは反対方向へ足を向ける。
「銀ちゃん、きっとアノ日アル。」
「や、ありえねえし。ってか、神楽ちゃん。女の子がそんなこと言っちゃダメ。」
後ろから子供らの声が聞こえたけど、もはや突っ込む気力もない。
不機嫌だって?分かってるそんなこと。
…不機嫌の理由だって。
今日は大江戸スーパーの特売日だ。
ちょうど、依頼料が入ったばかりだったんで、ここぞとばかりに3人で買出しにやってきた。
なるべく日持ちするものを多めに買いこんで、『これでしばらく何とかなりますね』なんて言う新八に頷いて。
ふと視線をあげれば、黒い制服。
アレは…。
真選組のゴリラ局長と鬼の副長がそろって巡回のようだった。
どういうシフトになっているのかは知らないけれど、この二人が一緒に巡回してるのなんて珍しい。
まあ、最もゴリラの方はストーカー行為の方が忙しくてあんま仕事してる風じゃねえけど。その分いつも土方が忙しそうで。
徹夜だって、頻繁だし。休みがなくなることだってしょっちゅうだ。
ゴリラには一言言ってやりたいと常々思ってはいたけれど。奴がストーカー行為をしている間は、つまり土方とは一緒にいない訳で…。
馬鹿みたいだってことは重々承知。
けど。
あんなゴリラが、何よりも一番大切なのだ。土方は。
だから今だって、見たこともないような穏やかな顔。
ぽつぽつと言葉を交わしては、ちょっと笑って見せたりして。
なんだよ。
俺の前では、そんな顔見せてくれたこと。ねえよな。
いつも瞳孔ガン開きで。
ああ言えばこう言う。ムカつく言葉の応酬で、時には手が出たりして。
そんな喧嘩相手だったけど、実はずっと好きだった土方と最近やっと付き合えるようになったけど。
その心の方向が、こっちを向いちゃいないのは分かってた。
あいつが大切なのは、あのゴリラで。真選組で。
俺はただ、ほんのわずかに開いていた隙間に何とか滑り込むことができただけ。
声をかけるのはいつも俺。
誘いをかけるのも、いつも俺。
連絡とって、休みを聞いて、約束を取り付けるのも…俺。
なんだこれ。
付き合ってるのか?俺たち。
あの時、確かに心が重なった。と思ったのは、俺の錯覚だったんだろうか…。
土方にしてみたら、たまたまなんかそんな雰囲気になって、そしたらなんか思ったよりもヨかったからそのままズルズル…って感じなのかなあ?
いまさら。『俺たち、付き合ってるんだよな』なんて改めて聞けないし。
聞いてもし、『は?付き合う?冗談だろ』なんて言われたりしたら…。
立ち直れない…。ブルリと背筋に悪寒が走った。
はあ、とため息つきつつ公園のベンチに沈み込む。
見上げれば、どこまでも突き抜けるような青空。
今の自分にはまぶしすぎるような気がして、あわてて目線を足元へ落した。
「万事屋。」
「…あれ、多串くん?」
「多串じゃ、ねえ。」
言いつつ俺の隣に座ると、煙草の煙をふうとはいた。
あれ、何で?ゴリラは?
公園の入り口の方を見てみても誰かがいる様子はない。
「仕事は?」
「ああ、今しがた巡回を終えて、この後はオフだ。」
「ふうん?…一人?」
「え?」
「や、あの、アレ、ホラ、巡回っていつも二人でやってるから…。」
「ああ。近藤さんと組んでたんだが…、さっきお妙さんを見つけて追っかけて行った。」
「あ、あ、そう。」
「屯所には連絡を入れたから、これで仕事は終いだ。」
「…そう。」
いつもだったら、『じゃあ、どっか行かねえ?』なんて声をかけるんだけど。今はとてもじゃないけど、そんな気分になれない。
そんな俺を、土方も怪訝そうに見ていた。
「万事屋、何かあったのか?」
「…や、別に。」
「……そう、か。」
そして沈黙が流れる。
土方が煙草をもみ消すのを視界の隅に捉える。
ああ、行っちゃうのかな…。
そう思ったけれど、土方はそのまま背もたれに寄りかかるようにして空を見上げた。
「…天気、良いな。」
「うん、そうね。」
つられるようにして、俺も再び空を見上げる。
そして、また。沈黙。
なんだろう、これ。
気まずいのかな。そうも思うけど、そうじゃないのかな…とも思う。
と。
クスリ。
土方が笑った。
「?何?」
「いや、さっき、近藤さんに言われたことを思い出して。」
「あ、そう。」
我ながら、冷たい声になったと思う。
土方もびっくりしたように俺を見返してきた。
「万事屋…。お前、やっぱ、変だぞ。」
「ほっとけよ。」
「………。」
ああ、やっちまった。
今度こそ、土方は行ってしまうんだろうと思った。
案の定土方はすっと立ちあがった。
けれど、土方は一人立ち去ってしまうのではなく、俺の手をむんずと掴むとぐいぐいと引っ張り始めた。
「来い。」
「ちょ、何?」
「いいから来い。」
半ば土方に引きずられるようにして、ついた先はファミレス。
ウエイトレスに何か言われる前に『二人!喫煙席!』と告げる間も俺の腕は離さず。
案内された席に放り込まれるように座らせられる。
「ちょ、何…。」
「コーヒーとチョコレートパフェ。」
メニューも見ずに注文を済ませる。
「は、はい。」
慌てて下がったウエイトレスが、厨房に何と告げたのか?
店内がすいている時間だったせいもあったのだろうが、頼んだものが信じられない早さで出てくる。
テーブルの上に置かれたチョコレートパフェを俺の前にドンと置いた。
「食え。」
「え?」
「食え。」
「ちょ、多串くん?」
「多串じゃねえよ。いいから、食え。」
何が何やら分からず、けど、大好物だし。このところちょっとご無沙汰してたし。
土方の鋭い目線で見られているのをちょっと伺いつつ、一番上の生クリームをすくって食べた。
甘い!
美味え!
そのあとは、夢中で食べた。
半分くらいを一気に食べて、ふと土方を見ればコーヒーを片手にひどく穏やかな表情で俺を見ていた。
「っ。」
「機嫌、治ったか?」
「多串くん?」
「どうせ糖分不足だったんだろ。」
「…うん。」
土方がそう言うんだったら、そうなのかも知れない、と思う。
今なら、聞けそうな気がして、できる限りさりげなく聞こえるようにそっと聞いてみた。
「そういや、さっきゴリラに何か言われたって言ってなかったっけ?」
「ああ……。のんびり空見上げてたらな。こんな風にのんびりするのは久しぶりだと思ってな。
近藤さんが『トシはこの頃ちゃんと休暇を取るようになったな。前は何度俺が休み取れって言ったって滅多に取らなかったのに』って言ってたのを思い出して。
そういや、そうだったな…と思って…。」
「………そう、なんだ。」
それは、俺と一緒の時間を過ごしたいからだって思って良いのかな?
一番大切なゴリラに言われても取らなかった休みを、俺と一緒にいるためには取ってくれるってこと?
「どうしよう、俺。」
「ん?どうかしたか?」
「多串くんのこと、すげえ好き。」
「…っ。」
真赤になって『脈絡がねえんだよ!』と叫ぶ土方が可愛すぎる。
ねえ、土方。
これからいったん屯所へ戻って私服に着替えたら。
今日はのんびりデートしようよ。
天気もいいし。
きっと楽しいよ。
20090529UP
END