白い雲のように
眠い…。
眠い、眠い、眠い…。
はあああ、と溜息ひとつ。
それまでどちらかといえば勤勉とは言えない日常を送っていた俺だけど。
この仕事に就いてから、っつうか『副長』なんてものになってから、どうにも睡眠時間が足りない気がする。
それでも、元来の性格ゆえなのか…。
上司にも部下にも目が離せないっつうか、とにかく任せておくととんでもない事態を引き起こす奴らばかりなので。
睡眠時間を削り、休暇も仕事し、何かあればいつでも出られる。それが当たり前だったこの数年。
けど、さすがにこれはない。
時間を見つけて、漸く仮眠をとる。
ささくれた神経が、ゆっくりと眠りに落ちようとする一番気持ちの良い、その瞬間。
『副長〜〜、大変です〜』
ゴリラが。
沖田隊長が。
攘夷浪士が。
事件が。
事故が。
ああ、もう!!!
何日続いたんだ、これが!!
2時間なんて贅沢は言わない!
1時間で、いいや、30分でいい、俺を寝かせてくれ!!
あああ、知らなかったな…。
眠気…って、極限を超えると吐き気を伴うんだな…。
眠すぎて、吐きそうだなんて…マジ、笑えない…。
それでも多分、もう、一段落ついた。
もう、あとは屯所へ帰るだけだ。
帰れば大量の書類の山が待ち受けているだろうけど。
それでも少しは眠れるだろう。
我ながら、おぼつかない足取りで屯所への道をたどる。
ああ。
今襲われたら、ヤベえかも…。
平衡感覚すらおかしいのを自覚しながら、ふあああとでっかいあくびを一つ。
ああ、いい天気だな…。
梅雨の前の晴天。
まぶしい空は、もうすぐ夏が来ることを教えてくれている。
眼下の川から、さわやかな風が吹いてくる。
気持ちいい。このまま眠ってしまいたい。
緑の鮮やかな土手は、格好の昼寝ポイントに思える。
頭の中で屯所までの道を反芻する。
ああ、持たないかも…。
30分、いや15分でいい。
ここで寝て行ってはだめだろうか?
川に石を投げる子供。
犬の散歩をするおっさん。
きゃっきゃと笑いあうカップルがすれ違って行く。
平和だ…。
まさか、こんな開けた場所で俺を襲ってくる奴もいないだろう。と思うのは、ただ俺が眠いからだけなのか…?
どうにも誘惑に勝てなくて。
少し土手を下ったところへ、ごろりと横になった。
自分の腕を枕にして、漸く横になれた体にほっとして。目の前に広がる空を見上げれば。
ああ、空がまぶしい。
白い雲が流れていく。
ふわふわとして、白くて、まぶしくて。
アイツみたいだ…。
そう、思ったとたん、眠りに落ちた。
………、あれ、何こんなところで寝てるの?
どれくらい眠ったのだろうか?
ふと、聞こえてきた声にゆっくりと意識が浮上する。
大丈夫なのかよ?こんなとこで無防備に眠っちゃって。
そんな言葉の後、ふと、すぐ隣に座る人の気配。甘い香り。
あ〜あ、目の下にクマ作っちゃって。 せっかくの美貌が台無し。
美貌って何だよ、男に言う言葉じゃねえ。
突っ込んでやりたいのは山々だったけれど、どうにも体が動かない。ついでに目も明かない。
まだ、睡眠は十分とは言えないようだった。
それでも知っている。
この気配は、大丈夫。
俺が守ってやらなくちゃいけない相手じゃない。
俺を守ってくれるかどうかは別として、たぶん自分の目の前で争いなんて起こさせない。
つまり、俺の安眠は保障される。
どうやら俺は小さく笑ったようだった。
あれ、なんかいい夢見てるの?綺麗な顔で笑っちゃって。
そいつの声も少し嬉しそうで、俺はさらに気分が良くなった。
もう少し眠ろう。
そう思った時、ふと、そいつの気配が動いた気がした。
唇に触れる柔らかい感触。
??
ま、いっか。
俺は今すこぶる気分がいい。
もう少し眠って、目を覚ましたら。お前はまだ、ここにいるかな…?
いたら、一言言ってやろう。
キスする前に、ちゃんとコクれ…ってな。
20090611UP
END