よせ鍋
後ろから抱き締められている。
逢瀬のたびに、夜中にふと目を覚ますといつもそうだ。
普段からつかみどころのない銀時は、その心が見えづらい。
抱き合う関係になってからも、いつもどこか突き放したような無関心なような…そんな態度を崩さない。
そんな銀時が、唯一土方への執着を感じさせるのが。これだ。
本人はグーグーと、すこぶる熟睡しきった寝息であるのに、少しでも土方がその腕から逃れようと身じろぎすれば、許さないとばかりに抱きなおす。
だから。
別にどうでもいいんだけど…とでもいうかのようにやる気の無い目線で『一緒に暮らさない?』と言われた時。
ほんの一瞬迷ったものの、すぐに承諾した。
素直に頷いた土方に驚いた顔をした銀時だけど、すぐに小さく笑ったから…。
この選択は、間違ってない。…そう思ったのだけど…。
「………ふう。」
せっかく一緒に暮らし始めたというのに、土方が万事屋へ帰って過ごす時間はそれほど多くない。
屯所内で寝起きしていた時は、仕事もプライベートも区別がつかない生活だった。
だから多少仕事が残っていたって『いつでも出来る』という思いがあり適当なところで切り上げることができたが。
万事屋へ帰るということになると、仕事を残しておくのに後ろ髪をひかれる思いがしてしまい。
後少し、もう少し切りのいい所まで…などと思っているうちに深夜になってしまい、さすがに今から帰っても銀時も神楽も眠っているだろうと思うと、そのまま屯所で夜を明かしてしまう日も多かった。
そんな土方をどう思っているのか?
銀時は、特に帰って来いとも言わないし、時々会えば『仕事忙しいんだな』と言うだけで不満も何も口にしない。
『一緒に暮らさない?』
あの言葉にいったいどれほどの想いがあったのだろうか?
その一言を重く受け止めたのは自分だけだったのだろうか?
そんなことを思い始めると、更に帰りづらくなる。
自分が帰ったって別に嬉しくもないんじゃないか?
むしろいない方が静かでいいとか?
や、さすがにそれはひねくれ過ぎた考えだろう、と思い返して…。
けど、もしかしたら…なんて、ぐるぐる考え始めるとさらに万事屋から足が遠のく。
忙しい仕事が言い訳になっていたけれど、そんな年中無休の真選組にだってヒマな日はある。
「良かったですね、副長。今日は家に帰れますよ。」
山崎がニコリと笑って言った。
「ああ、そうだな。」
「ここんところ忙しかったですもんね。きっと万事屋の旦那もチャイナさんも待ってますよ!」
かけらもあの二人の気持ちを疑っていない山崎に、複雑な気持ちになる。
自分に見えてないものが、他の人間には見えているんだろうか?
今日、残るといえばさすがにみんなに不審に思われるだろう。
夕方というには少し早い時間に、仕事を上げた土方はノロノロと帰り支度を始めた。
私服に着替え、屯所を出ようとするとすれ違う隊士たちから一様に『今日は帰れて良かったですね』というような言葉がかけられる。
「あれ、土方さん。もう上がりですかぃ。」
「ああ。」
「へえ、それはそれは。」
「んだよ、何か言いたいことでもあんのか。」
「いいえ、何も。…ただ…。」
「んだ?」
「あんたこのところひでぇ顔してたんで…。」
「え?」
「あれ、無自覚だったんですかぃ?あの、近藤さんでさえ気づいて心配してたって言うのに…。」
「近藤さんが?…ってか、俺が?」
「やだねえ、ウチのモンみんながあんたの機嫌伺って右往左往してたって言うのに…。いいからとっとと万事屋へ帰って、そのひでぇ顔どうにかして来てくだせえよ。何なら明日も休んでもらって全然かまいやせんから。」
「総悟。」
「んな顔でウロウロされても目障りなんでさぁ。」
そう言って小さく舌打ちすると総悟はアイマスクをくるくると回しながら行ってしまった。
つまりこれは、いくら意地を張ったって結局求めているのは自分の方で、自分が惚れてしまってる以上、多少無関心な態度を取られたところで諦めて帰るしかないということなのだろうか。
溜息を一つついて、土方は屯所を後にした。
「あれ?」
「マヨラ?」
「土方さん?」
万事屋の玄関を開ければ、3人が一斉にこちらを振り返った。
「今日はもうあがりなんだ?」
「ああ。」
「そっか、…う〜ん、じゃあ今夜は鍋にしようぜ」
「肉!」
「いいですね、鍋。寒いですし。」
「てことで、買出しな。」
「あ、ああ。」
入ったばかりの万事屋を後にし、4人でスーパーに向かう。
アレコレと鍋談義をしながら具材を選ぶ。
みんなが食べたいものをチョイスしていたら結局よせ鍋になった。
土方が子供たちとテレビを見ているうちに、銀時が材料をざく切りにして鍋を作り始める。
神楽が食べたいといった肉。
珍しく新八が譲れないと主張した水菜。
銀時が絶対これだと拘った、深谷ネギ。
そして土方が旬だからとカートに入れた牡蠣。
それらが、その他の雑多な材料と一緒にグツグツと鍋の中で煮えている。
「…どうした?」
じっと鍋を見つめる土方に、銀時が聞いた。
「いや、美味そうだな。」
「ああ、食おうぜ。」
「いただきますアルヨ〜!」
叫ぶように言った途端猛烈な勢いで肉を食べていく神楽。
そんな神楽の箸をよけつつ、器用に自分の食べたいものをちゃっかり食べている新八。
「ほれ、牡蠣。」
土方の椀に牡蠣を放り込みつつ、自分の椀にも山盛りに材料を取り分ける銀時。
「まだ材料はたくさん残ってるから、たくさん食べろよ。」
なんかお前痩せたみてえだしな。
土方さん、お仕事忙しかったんでしょ。
そう、アル。何か疲れた顔してるし。
ハフハフと食べはじめた三人からそんな風に言われて、え?と顔をあげれば。
「鍋食べてあったまるアル。」
「鍋なら消化がいいですからね。」
「あ、マヨは自分の分だけにしろよ。」
当たり前に土方の前に用意されているマヨネーズのチューブ。
思う存分自分の椀にマヨネーズをかけるのを、幾分呆れたように見ながらも誰も文句を言わない。
受け入れられている。という感覚。
それまで、どこか居候のような、自分だけ余所者のような気がしていたけれど。
そんな風に思っていたのは自分だけだったのかも知れない…、と思い直す。
とても4人では食べきれないだろうと思われた量も、殆どが神楽の腹に納まって、無事締めの雑炊まで堪能できた。
新八は自宅へと帰って行き、神楽が風呂に入る。
そして、土方と銀時が交代で風呂に入る間に『夜更かしは美容の大敵アル』と、寝床の押し入れに潜って行った。
夜のニュースを何となく見ていると。
「じゃあ、そろそろ寝るか。」
と銀時に手をひかれ、奥の和室へと連れて行かれる。
そして、それまでの穏やかだった銀時の様子とは一遍して、激しく何度も抱きしめられた。
「………ん…。」
夜中に目を覚ます。
どうやら途中で意識を失ったらしい。
ふと、以前にここへ帰ってきたのはいつだっただろう、と思って。すぐに思い出せなくて。
先ほどの銀時の無茶に、文句も言えなくなる。
スースーと背中から聞こえる銀時の寝息。
又。抱き込まれている。
久しぶりの銀時の腕に、そう言えば…と思いだす。
一緒に暮らし始めたころには、この抱き込む寝方はなかったような…。
つまり、今の土方と銀時の距離は、以前の一緒に暮らしていなかった時と変わらないということか…。
銀時が土方の仕事を理解してくれているのにはとても感謝している。
けれど、そんな銀時に甘え過ぎてはいなかったか…?
何も文句を言わないからといって、何も思っていない訳じゃないんだ…。
ようやく銀時の不満に触れることができたような気がした。
ギュッと抱きしめてくる銀時の腕から、強引に逃れる。
「…ん?…土方?」
背中から銀時の寝ぼけた声がする。
「……仕事…?」
なんでもない振りをして、けど声が震えているのに気づいた。
ああ。
今まで自分はどれだけ無神経だったんだろう?
ほんの少し、注意していれば気づけたはずの銀時の不安や不満に全く気付いていなかった。
「…仕事じゃ、ねえ。」
そう言って、土方はそれまで背中を向けていた銀時の方へと向きなおった。
「……ん?……えええ?」
銀時の胸に、顔をうずめるようにして抱きついてきた土方に、戸惑うような声。
「うるせえ。俺は寝る。」
そう言って目を閉じた土方をしばらく唖然と見ていた銀時だったが、小さく笑うとその背中に手を廻してきた。
ゆるく抱きしめられて、眠りにつく。
これからは、屯所でぐずぐずしてないで、なるべくここへ帰ってこよう。
平気なふりだけは上手い寂しがりが、必死に手をのばしてここで待っていてくれているのだから。
20100214UP
END